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文字数 1,213文字

 足早に中庭を去る背中を見送り、胸ポケットから携帯を取り出すと、
「ちゃんと聞いてた?」
 小糸ちゃんはこちらを見上げながら電話越しに尋ねてきた。私は閉められたカーテンから顔だけ出して、大きく首を縦に振ってみせた。
 高村くんの気持ちを知りたい、という頼みに協力してくれた小糸ちゃんに指示され、私は理科室から中庭の様子を見ていた。カーテンを少しだけ開けてこっそりとね。見るなら理科室からにしときな、と微笑んだ小糸ちゃんはいつになく協力的だった。
 でも見ているだけじゃ飽き足らず、私は無理を言って電話を繋げてもらった。高村くんの言葉を直接じゃなくても、この耳で聞きたかったから。
「電話繋げて盗み聞きするのって面倒だな……平子のやつ、いつも昼休みよく付き合ってくれてるな」
「付き合うもなにも、平子刑事の提案ですからね」
 無言になった小糸ちゃんは、この距離でもわかるほど眉間にシワを寄せた。そして小さなため息が聞こえた。え、なんのため息なの。
「そういえば高村が昼休み、なんで一緒に帰ってくれなかったんだ、って言ってたぞ」
「付き合ってもないのに一緒に帰るだなんて破廉恥な」
「どこがだしなにがだよ」
「私は恋人になってからハジメテを体験していきたいんです。だから初めて一緒に帰るのも付き合ってからにしたいんだ」
「友達と恋人、それぞれの関係の差を感じるのも楽しみだと思うけど?」
「……小糸ちゃあん、それ早く言ってよお」
 私は思わず唸った。一緒に帰らなかったことが急激に悔やまれる。その視点は盲点だった。友達と恋人の差、知りたい見たい感じたい。
 ああ、つまらないプライドなんか張らないで、自転車に乗らなければよかったなあ。
「まあ、咲記の悩みも解決したわけだし、次は千春だな」
「そうですね! 高村くん達の手を借りるのはどうでしょう?」
 よし、小糸ちゃんが私に協力してくれたみたいに、私も千春ちゃんに協力しなきゃ。余計なことすんなよ、って小糸ちゃんが釘を刺してくる。失礼だなあ、今まで一度だって余計なことなんてしたことないじゃん。
 千春ちゃんのことも大切だけど、とにかく高村くんの気持ちを知れてよかった。嫌いじゃない、だって。安心したし、救われた感覚で胸がいっぱいだ。
 でも、なんか物足りない。高村くんの気持ちを試すため、小糸ちゃんは「たぶらかす」という言葉をわざと使った。けど、私はたぶらかされている自信があるよ。数学の問題を一緒に解いてくれるところ、英単語の読み方をわかりやすいようにカタカナ英語で教えてくれるところ、呆れながらも絶対に振り向いてくれるところ。あの日から私の胸を離れない素敵な笑顔を、私の前でも見せてくれるようになったこと。なんてことない高村くんの言動にいちいち身体が熱くなるくらいには、私はちゃんとたぶらかされている。
 だから物足りないの。私ばかりが好きみたいで馬鹿みたい。もっと高村くんに近付くためには、好きになってもらうには。
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