(2)つまらない言い訳

文字数 4,051文字

 高村って情けねえやつだと思う。
 あんなにも高村への愛に生きてる竹邉ちゃんに、主導権を握りたいっていういらねえプライドだけで張り合っているとこ見ちゃうと、余計にそう思う。 ミノリンと竹邉ちゃんが二人で話してるのを浮気だの密会だのと言い出して、 挙げ句には「竹邉の夢にミノリンが出てきたらしいんだけど、それってミノリンのことが好きっ てわけじゃないよね!?」と聞いてきたこともある。んなわけないって。
 自分に向けられた余りある愛が見えてねえのかな、って思うくらい鈍いんだよな。そのくせ変なところで勇気を出しやがる。竹邉ちゃんが指切ったとき絆創膏貼ってあげたのには驚いたね。切ったのがどの指だろうと、よく触れたなあって感心した。普通好きな女のこと簡単に触れなくない?
 高村は竹邉ちゃんとの関係を真面目な顔で相談してくるんだけど、俺は適度に背中を押しつつ何度も鼻で笑っていた。高村が素直になれば解決する問題だってわかってたから。こちとら盗聴器仕掛けるのに一枚噛んでるし、もう早くくっつけよ面倒くせえなくらいに思ってた。クロスワード解いてる方が楽しいよ。真剣さが足りない俺のそんな態度が高村は不満だったみたいだけど。
 まあ、なにが言いたいかっていうと、
「塩沢のツボってなんだろうな」
 散々馬鹿にしてきた高村に、不覚にも俺は助けを求めようとしている。
 文化祭が終わって授業ばっかの日々に戻って三日、俺は授業どころじゃなかった。休み時間になり自販機に来て、 りんごジュースとバナナオレで悩む高村に思わず尋ねるくらいには。
「ツボ? なんで?」
「なーんとなく」
 そのくせに、塩沢のあの笑顔を高村に教える気はさらさらなかった。 高村も歯切れの悪い俺に首をかしげる。
「本人に聞いてみれば?」
「は? 聞いてみれば? なんて聞くの? どうやって? もうちょっと頭使えよ」
「理不尽なんだけど! どうやってって、メールとかで聞けばいいじゃん」
 高村は唇を尖らて不満を露わにする。可愛くねえよ。俺はずっと君達のキューピッドやってやったというのに。恩を仇で返す気かこいつ。まず人にツボ聞くやつとかいねえって。見たことねえよ。
 これは相手を間違えた。高村がミノリンに助けを求めてた理由もわかるわ。
 けど、もし聞いたとして、塩沢はなんて答えるんだろう。一ミリも想像つかねえな、あのときだって、塩沢がなんで笑ったのかわかんねえもん。俺が馬鹿みたいな声出して返事したのがそんなに面白かったのか? 間抜けなとこを見られた引き換えに笑顔が見れたとしても、試合に勝って勝負に負けた感が否めない。ていうか俺、塩沢の連絡先、知らねえんだけど。
「ツボなのかはわかんないけど、B級映画見るのが好きだって言ってたよ」
「B級限定かよ」
「B級だとストーリーだけじゃなくて製作サイドに対してもツッコミどころ万歳だから、ひとつの作品で二度楽しめるんだって」
「リバーシブルみてえな言い方」
 B級映画、ねえ。けど俺あんま映画見ないんだよなあ。見るとしても金曜ロードショーくらいだし、王道なやつしかわっかんない。
「でも塩沢さんB級以外の作品も好きだから、聞いたら色々教えてくれるんだよね。前もメールでオススメの映画教えてくれてさ」
 めっちゃ怖いホラーだったんだけど、と結局りんごジュースのボタンを押した高村が、聞いてもないのにぺらぺらとそのホラー映画の感想を述べてくる。いや、ホラー興味ないけど。
 ……ん? あれ。は? あれ……は? ちょっと待て。
「なんで高村が塩沢の連絡先知ってんの」
 ガタンと自販機が鳴る。俺は動揺を隠しながら尋ねた。竹邉ちゃんと意味のない攻防を繰り広げたこのニブチンが、塩沢の連絡先を知っているいう事実に目ん玉が飛び出そうになる。いや、一ミリくらいは出たかもしれない。
 取り出し口からりんごジュースを取り、高村は呑気に紙パックにストローを刺した。
「竹邉を介して教えてもらったんだ。あ、三人でのグループメールもあるよ」
 ほら、とスマホを見せられる。おそるおそる見た画面には「千春の笑顔を守り隊」という名のグループメールが。まじかよ。これは認めざるを得ない。
 ていうか塩沢のアイコンなんだよ。まぐろの寿司って。やめてよ俺のツボなんだけど。
「冷たく見えるけど塩沢さん結構優しいから、ちゃんと答えてくれると思うよ」
 知ったような口きくな高村の馬鹿。そうか、高村は自分が塩沢の連絡先を知ってるから、勝手に俺も知ってると思ったのか。勝手にもほどがある。流石は稲葉ちゃんとミノリンをくっつけるときに全くキューピッドとして機能しなかった男だ。
 俺は自販機の前にうずくまる。頭を掻いて、ああーって唸った。どうしたの、と俺を心配する高村の声がする。お前のせいだわ。
「あ、 塩沢さん」
 高村の声に反応して顔を上げれば、噂をすればというやつで、 本当に塩沢がいた。
「咲記が探してたぞ。千春が相手してやって迷惑被ってるから、早く教室帰れ」
「え、どうしたんだろう。ごめん平子、 僕先に戻ってるね」
 高村は足早に教室へ戻っていった。このとき初めて思ったね、行かないでくれ高村って。
「そんなとこに座るなよ」
 邪魔だぞと言いつつも、塩沢は俺が退くよりも早く自販機にお金を入れていく。頭の右上の方でチャリンチャリンと音がする。
 俺は思わず固まった。ちょっと待って、近くない? 近すぎない? え、すぐ後ろにいるんだけど。それになんかいい匂いする。うわあ、まじか。
 そんな俺を気にすることなく、塩沢はオレンジジュースのボタンを押す。見上げたら塩沢がすぐそこにいた。俺はまた俯き頭を掻いた。
「ジュース取って」
「ハイドーゾ」
 ジュースを渡すついでに立ち上がる。
「ありがとう」
 無表情で礼を言うところ、ストローをぶっ刺すところ、色気なくズズッと吸うところ。
「なに?」
 あばたもえくぼって言うけど、こんなどうでもいいようなところまで可愛く見えるなんて聞いてねえ。
「別にぃ」
「じゃあジロジロ見てくんな。あげないよ」
「いらねえよ。 俺はブドウ派なんで」
 と言っても、もうジュースなんて飲む気にはなれない。今俺がやるべきことは、塩沢を引き止めることと、
「そういや塩沢、映画好きなんだって?」
 連絡先を交換することだ。
「まあ、趣味ではあるね。めっちゃ詳しいわけじゃないから勘弁して」
「なんも言ってねえじゃん」
「あんたニワカに厳しいタイプでしょ?」
「俺より心広いやつ見たことないけど」
 嘘つけ、と言わんばかりのジトっとした目が向けられる。
「冗談だって。それで映画のことなんだけど、塩沢が一番好きな映画ってなに?」
「知ってどうすんの」
「なんか映画見たいなあって思ってんだけど、俺あんま詳しくなくてさ。高村が塩沢にホラー映画教えてもらったって言ってたから」
「なるほどね。てか高村あの映画見たんだ」
 よし、ナイス置き土産だぞ高村。この調子で連絡先交換までいけるか?
「私が一番好きなやつねえ」
「別に一番じゃなくてもいいよ。塩沢のオススメならなんでも」
「んー、じゃあ高村にすすめたそのホラーで」
 塩沢はそう言って強引に会話を終わらせようとする。ちょっと待ってって。せめて連絡先交換するまで待ってって。
「ホラーじゃないやつがいい! できればコメディで、痛々しい描写がないやつで!」
「注文多い」
「頼む注文通り料理してくれ」
 必死なのが情けねえな。でも注文つけないと教室戻っちゃうだろ? もう少し、連絡先が知りたい俺の言い訳に付き合ってくれ。
「ならまた今度でいい? すすめるならちゃん と考えた上ですすめたい」
 よしきた餌にかかった。メールで教えてくれればいいよ、あーそういやお互い知らないのか、なら交換しとこうぜ。これで決まりだろダイレクトアタックだ。
 じゃあ後でメールで教えてくれよ。
 落ち着きを装ってそう切り出そうとしたそのときだ。
「じゃあメールでいい? あとで高村にあんたの連絡先聞いとくから」
 見事に先手を取られた。塩沢はオレンジジュースを啜り、それでいいかと確認するように首をかしげる。やめてよそんなの、ぐっとくるだけなんだから。
「わかった、高村に聞いといて」
「おっけー」
 塩沢は親指をたてグーサインを作る。そんな仕草ですら可愛く見えて、俺はまた塩沢をじっと見てしまう。
「だからジロジロ見るなって」
「見てねえし。じいしきかじょー」
「うっわ、言いがかり。見てたでしょー」
「……ジロジロは見てない」
「やっぱ見てんじゃん。平子刑事のえっち」
 ああ! それ塩沢が言ったら洒落にならないんだけど!

 その日の夜、塩沢からメールがきた。初めてのメールだ。なんてきたと思う?
『変なアイコン』
 これが初めてのメッセージかね? 思わず笑っちゃったよ。だって普通は「よろしくー」とか「登録しといてねー」とかじゃない? 塩沢らしくていいなあと思った。
 ちなみに俺のアイコンは、高村のお兄さんから送られてきた「セクシーな尻に見えるピーマン」の写真だ。弟の友達に、この写真に「これエロくない?」ってメッセージを添えて送れるお兄さんまじでろくな人間じゃねえと思う。ああいう大人にはなりたくないね。
『で、 おすすめの映画がこれ』
 塩沢から画像が送られてくる。見れば映画のポスターで、派手な色使いとポップなフォントのタイトルを見て、コメディという注文を飲んでくれたんだと嬉しくなった。
『ニワカのわりには面白そうなのすすめてくれるじゃん』
『やっぱニワカに厳しいタイプじゃん』
『うそうそ、教えてくれてありがと』
『いえいえ、えっちな平子刑事殿笑』
 塩沢って「笑」って使うタイプなんだあ。この笑って、俺の心臓にトゲみたいに引っかかってるあの笑顔なのかな。メールもいいけど、やっぱ顔見て話すのが一番だな。

『塩沢さんの連絡先知らなかったの!?』
 高村から送られてきた邪気のない煽りに、俺は思わずスマホをぶん投げそうになった。
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