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文字数 1,096文字

「平子デカ、高村くんはいずこへ?」
「大塚先輩に呼ばれて部室に……その呼び方なに」
 クロスワードから顔を上げた平子デカは思いきり眉をひそめている。
「高村くんからの愛です」
「は?」
「例え意味は違えど、平子デカのことを刑事と呼んでほしくないそうで」
「ああ、他の男の名前呼ぶなよ的な?」
「はい。愛でしょう?」
「アホみたいな嫉妬としか思えないんだけど」
「嫉妬するくらい愛されてるんですかねえ?」
「さあね」
 呆れた表情を浮かべると、平子デカはさっさとクロスワードに意識を戻してしまう。くそう、愛だと思ってやまない私に形だけでもいいから賛同してよ。小糸ちゃんにも同じような反応をされたから悲しい。あの千春ちゃんですら苦笑いだったし。千春ちゃんの反応が一番ショックだったよ。どこからどう考えても愛でしょうに。
「あ、そうだ! 見てくださいよ平子デカ~」
 私は生徒手帳に挟んでいる栞を取り出した。
「なにそれ。なんで絆創膏?」
「前に高村くんが貼ってくれた絆創膏ですよ。私の、左手の、薬指に!」
 思い出し興奮をしていたら、「馬鹿みてえ」と鼻で笑われた。結婚指輪にも等しいこの絆創膏を馬鹿みたいとは失礼な。この栞を使いたいがために本屋の足だなんて言って本屋に行ったけど、字ばっかりの本は私にはちょっと難しすぎた。
「そういや竹邉ちゃん、これもうインクなくなりそうなんだけど」
 と言って平子デカは私の机にペンを置く。いつもクロスワードを解いているペンだ。
 実はこのペンは録音機能がついている。私と平子デカの携帯を電話で繋げないとき、主に教室にいるときを含め、常に高村くんの発言を録音してくれる働き者だ。もう一本同じペンがあり、平子デカと毎日交換することでデータをパソコンに保存している。私の期末試験を支えてくれた「僕はそのままの竹邉がいい」という発言もばっちり保存済みだ。わからない問題にぶつかったとき、その音源データを再生して勉強を頑張ったのだ。
「他のはどうする? 高村の家に仕掛けてるやつ」
「家の方はもういいです。お兄さんに協力し続けてもらうのも悪いですし」
「あの人そんなの気にしないと思うけど。まあ、おっけー。今度遊びに行くからそのときに回収しとく」
 盗聴器を回収するのは少し、いや、かなり名残惜しい。今までと比べたら高村くんを知る機会が減ってしまいそうで、ちょっと怖い。また携帯の目覚ましの音楽が変わったらどう知ればいいの? 昨日の高村家の晩ご飯をどう知ればいいの? ちょっと考えただけで不安が募る。
「平子デカ、やっぱり夏休みのうちは回収しないで、もうちょっとそのままで」
 だって、盗聴器は私の耳も同然なんだから。
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