第16話

文字数 1,138文字

「俺はなあ、祐太の死亡事故について調べたんだよ。よくある交通事故だ。深夜に、ほろ酔いの祐太がうっかりトラックの前に飛び出して、そのまま轢かれた。ドライバーはすぐに救急車を呼んだが、祐太は意識不明のまま病院に搬送されて一時間後に心肺停止。そんくらいの事故だから、ネットの記事にもたいしたことは書かれてなかった。で、俺は、執行猶予がついた加害者に会いに行ったんだ。気の毒に、トラックのドライバーはもうできないから、職を変えてた。真面目そうな人だったよ。最初は面食らってたけど、少し話をすれば、当時の状況を話してくれた」
 あの日、トラックは、急に路地から飛び出してきた祐太に気付き、急ブレーキをかけたが間に合わなかった。ドライバーはあわてて運転席から飛び降り、祐太に駆け寄って、すぐに携帯電話で救急車を呼んだ。そのとき、言い争う声が聞こえたので振り返ると、若い男女が逃げ出すように走り去って行ったのだというのだ。
 震えて言葉を失う富貴子を抱きとめながら、康太は抗うように総一郎を睨み付けた。
「そ、そんなこと、裁判でも、言ってなかった。そんなの、そいつの嘘だ」
「弁護士に、それは言うなって言われたらしい。祐太の体内からはアルコールが検出されたし、やつが飛び出したってことだけはドライブレコーダーに記録されてるが、そんな男女の存在は証明できない、目撃者もいないしな。ヘタなことを言って心証を悪くするより、わかりやすい事実だけを言えって。それで、刑も軽減されたし、執行猶予がついたんだから、弁護士の判断は間違っちゃいなかったってわけだ」
 二人の男女は力尽きるように、その場にへたりこみ、互いの腕を掴み合って、ぶるぶると震えた。総一郎はめんどくさそうに前に踏み出し、腰を曲げて二人の顔を覗き込んだ。
「なあ、加害者はよお、こう言ってたんだ。祐太は、まるで、何かから、誰かから逃げてきたみたいだったって。もしかしたら、あの男女に追われて、それで飛び出してきたんじゃないかって、今でも思うってよ」
 総一郎は身を乗り出し、両手を突き出すと、左手に康太、右手に富貴子、それぞれの首の後ろを掴んで引き寄せ、囁いた。
「なあ、おめえら、祐太殺したんか」
「もうやめてくれっ」
 叫んだのは祐太だった。その声は部屋中にこだまして、その場にいた者たちの耳ではなく、頭に、心に、直接突き刺さった。
 康太と富貴子は、頭に手をあて、あわただしく辺りを見回した。そして互いに顔を見合わせてから、恐る恐る、部屋の中央に目を向けた。そこにはぼんやりと、白い、人の形の霧がゆらゆらと揺れている。
 部屋の中は冷え切っていた。まるで業務用の冷凍庫みたいだ。寒さと恐怖で震える彼らの脳裏に、あの日の出来事が、映像となって映し出された。
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