第14話

文字数 848文字

 慈光の寺に、切羽詰った声の富貴子から電話がかかってきたのは、それから半月後のことだった。
 あれから、しばらくは何事もなく、猫も大人しかった。それで、安心しはじめていたのだが、先週くらいから、徐々に、怪異が起こりだしたのだという。
 最初は、いつものように猫が唸り、毛を逆立てた。そのうち、猫の毛が抜けだした。そして、盛り塩が湿り、すっかり融けてしまった。
 それからは、夜な夜な、部屋の中を誰かが歩き回り、翌朝には部屋中が水浸しになっていた。そして、今は、昼も夜も関係なく、部屋のあちこちから、ピチパチと、ラップ音が鳴り響いているという。
 一週間、そういうことが続き、富貴子は耐え切れなくなり、藁にもすがる思いで慈光に連絡をしてきたのだった。
「祐太のやつ、ずいぶん、派手にやりやがったな」
 東京へ向かう車の中で、片手におやき、片手にハンドルを握りながら総一郎がおもしろそうに言った。
 北アルプスの山々はまだ雪に覆われているが、長いトンネルを抜けるたびに、季節が進んでいく。
 慈光は、窓の外に広がるまばゆい新緑に目を細め、おやきを噛みしめるように咀嚼してごくりと飲みこむと、のろのろと口を開いた。
「予定通りなんだけどさあ。僕たちが富貴子さんと会って、それから祐太くんがちょっと騒ぎを起こして、そんで僕らが呼ばれて、お祓いっぽいことをして、総ちゃんの通訳の口寄せで祐太くんの思いを彼女に伝える…。でも、なんか、騒ぎ方がちょっと剣呑な感じがするんだ。時々、猫にちょっかいかけたり、ほんのちょっと物を動かすくらいでいいって話だったでしょ。富貴子さんを必要以上に怖がらせたくないって、彼、言ってたのになあ。僕、ちょっと心配になってきちゃった」
 総一郎がちらりと慈光に横目を向けてから、おやきにかぶりついた。
 祐太の野郎、なんか思い出したんだろうか…。もし、そうだとしたら、あいつは、あいつのままでいられないかもしれない。
 亡者らしくない祐太の笑顔を頭によぎらせる総一郎の不安は、数時間後、的中することになる。
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