第2話 黄昏ルミネセンス

文字数 4,055文字

 雨が降りそうな空を見上げながら雪輝(ゆきてる)はため息をついた。
その様子を見て久恒(ひさつね)(りょう)が声をかける。

「どうした? 」
「いや……幸運なんだろうけどなぁ……」

先日、妹が怪しげな契約を結び当面の生活の心配はなくなった。あとは妹が高校へ来てくれてば当面の間は何も心配はない。当面の間は。

「そんな顔するなって! 野球しようぜ! 」
「意味がわからない」

(りょう)はげらげらと大声で笑う。雪輝(ゆきてる)よりもはるかに大柄で性格も体格に近い。
雪輝(ゆきてる)に対して「草」野球部と言われる部への勧誘も強引に行われ条件つきで承諾することとなった。

「降りそうだから帰る」
「おう、また明日……いや、俺も帰る」

校門へ目を向けた(りょう)もそそくさと帰り支度を始めた。怪訝に思った雪輝(ゆきてる)も校門へ目を向けると八喜子(やきこ)が傘を持って立っている。
雪輝(ゆきてる)(りょう)を押しのけ校門へと走った。


 雪輝(ゆきてる)と目が合うと八喜子(やきこ)がにっこりと笑う。
雪輝(ゆきてる)が知らないうちに切った前髪は形のよい瞳を露わにしていた。
彼は妹の母によく似た顔立ちを密かに自慢に思っている。

「おかえ「はじめまして! 」

雪輝(ゆきてる)より先に(りょう)八喜子(やきこ)の前に進み出る。

「お兄さんのクラスメイトで親友の久恒(りょう)です! 」
「会ってから一ヶ月たってない」
「出た! クール王子! 」
「帰るぞ、八喜子(やきこ)

歩き出した雪輝(ゆきてる)八喜子(やきこ)の後ろを(りょう)がついてくる。

「お前こっちじゃないだろ。帰れよ」
「そう言うなよ、親友! 」
「クラスメイト? 」

八喜子(やきこ)にきかれ雪輝(ゆきてる)は頷く。

「そう。八喜子(やきこ)も同じクラス」
雪輝(ゆきてる)と年子だけど双子みたいなもんだよな? なら俺と八喜子(やきこ)ちゃんも親友だよ」

体格にふさわしく豪快に笑う(りょう)雪輝(ゆきてる)は淡々と言った。

「意味がわからない。お前は帰れ」
雪輝(ゆきてる)ってそういう言い方してるのに友達多いね。よかったね」

笑う八喜子(やきこ)の横で(りょう)が深く頷いている。

「お前の傘ないから、また明日な」
「大丈夫、俺が八喜子(やきこ)ちゃんの傘になる! 」

(りょう)はどん、と胸をはる。
雪輝(ゆきてる)は静かに言った。

「意味がわからない」
「そう言うなよ。最近ここになぁ……出るんだよ」
「変質者か? 」
「違うって。きいろちゃんだよ」

(りょう)はおどろおどろしさを出そうと声をひそめたが、あまり効果はなかった。八喜子(やきこ)は首をかしげて彼を見上げる。

「何ですか、それ? 」
八喜子(やきこ)ちゃん、きいろちゃんはね、黄色いレインコートをきた女の子で傘をさがしてるんだ」
「迷子の子ですか? 」
「いや。きいろちゃんに傘を知らないか、きかれるけど答えられないと世にも恐ろしいものを見るんだ」
「あいまいすぎてザ都市伝説って感じだな」
「夢がないな」
「悪夢だろ」

 ぽつりぽつりと空から雨が降り始めると(りょう)はまた明日、と八喜子(やきこ)たちとは反対方向へ駆け出した。
雨はすぐに激しくなり地面に落ちた雨粒が砕けて飛び散っている。

「今日は掃除が終わるのが早いんだな」
「しばらく来なくていいって」
「そうか。何かあったのか? 」

八喜子(やきこ)の表情が曇ると雪輝(ゆきてる)はそれ以上、追求しなかった。


 八喜子(やきこ)は校門に立っていた時に通り過ぎる生徒たちと先程までいた(りょう)に見えたものを思い返していた。


『おっぱい大きい』『誰? 胸でかっ! 』


恥ずかしくなり自然と俯いてしまう。
同時に今朝のおうまとのやり取りも思い起こされた。


 玄関にある階段の掃除をしながら八喜子(やきこ)は動きづらさを感じていた。今朝はぼんやりとしていて下着をつけ忘れてしまい胸の重さが負担となる。

「おはよう」

階段の右手からおうまがやってくる。
おうまの目が一瞬、見開かれ八喜子(やきこ)から目をそらした。頰が赤くなっている。
気づかれたことに恥ずかしくなり八喜子(やきこ)が思わず身をすくめたが、おうまの周りにピンク色の光が見えた。


『いい匂いがする。血の匂い。ああ……たまらない。なめてみたい。吸いつきたい』


八喜子(やきこ)の顔がみるみるうちに真っ赤になる。いやらしい目で見られることがないわけではないが、おうまのそれは違った。

「……もっと最低! 変態! スケベ! 」
「は? 何も言ってないでしょ! 君の方がよっぽどスケベだよ! 」

おうまは口を固く結び腕を組んでそっぽを向く。言いすぎたと反省した八喜子(やきこ)の罪悪感はすぐに消し飛んだ。


『いい匂いだなぁ。キスするくらいなら……。ああ、なめたい。たまらない』


おうまは目つきが険しくなる八喜子(やきこ)から少しづつ距離をとろうと後ろに下がり出した。


『ほうきの構え方が怖い。あれ絶対殴ってくるやつだ。この子、絶対に一発は入れてくるに違いない。痛いのは嫌だ。ああ、でもたまらない』


しばらく膠着(こうちゃく)状態が続き、やがて、おうまから口を開いた。

「……今日はもういいから。しばらく休んで。匂いがしなくなるまで」
「そうします」

八喜子(やきこ)を見送る、おうまの頰は紅潮し瞳はうるんで、きらきらと輝いており熱い視線を送っている。
「勘違いしないように」という仙南(せんなん)の言葉が思い起こされたが八喜子(やきこ)には勘違いのしようがない。


 八喜子(やきこ)は深いため息をついた。幸いなことに雪輝(ゆきてる)には雨音に紛れてしまいきこえていないようだ。
不意に雪輝(ゆきてる)が振り向いた。
つられて八喜子(やきこ)も降り向くと2人のすぐ後ろに子供がいた。
子供は八喜子(やきこ)のお腹のあたりまでの背丈で黄色いレンコートに同じ色の長靴をはいている。下を向いているので顔は見えない。

八喜子(やきこ)! 走れ! 」

雪輝(ゆきてる)八喜子(やきこ)の腕を掴んで走り出した。

「足音がきこえなかった。変だ」

走りながら雪輝(ゆきてる)が言う。角を曲がると雪輝(ゆきてる)の足が止まった。少し遅れて八喜子(やきこ)も止まると理由がわかった。
目の前に先程と同じ黄色いレインコートの子供が立っている。

「公園を抜けるぞ! 」

雪輝(ゆきてる)の指示通り八喜子(やきこ)も公園へ向かって走り出した。


 激しい雨によってできた水たまりを飛び越えて走る雪輝(ゆきてる)を追いかける八喜子(やきこ)の目の前に黄色いレインコートの子供が現れた。
雪輝(ゆきてる)が振り返り、こちらに走ってくるのが見えたが子供が顔をあげるのが先だった。
青白い肌に瞳は黒く穴のように、くぼんでいる。見たこともない濃い青が子供の周りに吹き出してきたかと思うと八喜子(やきこ)の目の前が暗くなった。


 がつんと頭を殴られ痛みに悲鳴をあげる。なおも痛みはとまらずに何度も殴られる。

痛い痛い痛い。怖い怖い怖い。やめてやめてやめて。

鬼のような顔をした女が何度も傘を振り下ろしてくる。

痛い痛い痛い。怖い怖い怖い。やめてやめてやめて。

何かが顔をつたってきたが手はとまらない。大好きな黄色い傘に汚い色がついていく。悲しい。悲鳴をあげる口に傘を押しこまれる。痛い怖い苦しい。息ができない。目の前がだんだんと暗くなっていく。



 「お前! 何やってんだ! 」

雪輝(ゆきてる)の怒声に八喜子(やきこ)が我に返ると生温かく柔らかいものが頰をなめあげている。
愛おしそうに八喜子(やきこ)の目に吸いつき、まぶたに口づけをしているのが、おうまだとわかると八喜子(やきこ)は無言で目つぶしをお見舞いしたが、その手はいとも簡単に彼におさえられた。

おうまの頰は上気し呼吸は荒く瞳はうるんでいる。雨はもうあがっていた。
雪輝(ゆきてる)がおうまを突き飛ばし八喜子(やきこ)をかばい立ちはだかる。

「ごめん、ごめん。我慢できなかった」

おうまはいつもの柔和な笑みを浮かべている。

「お前! 何なんだ! 」
雪輝(ゆきてる)、何があったの? 」
「知らん! 八喜子(やきこ)が倒れたと思ったら側にこいつがいたんだよ! 」

おうまは自分をにらみつけている雪輝(ゆきてる)が見えていないかのように八喜子(やきこ)に笑いかける。

「見過ぎちゃだめだよ。またね」

おうまは跳躍しひらりと電柱の上に飛びのると歩くような優雅さで家の屋根へ飛びうつっていき、やがてみえなくなった。

「……あれは何だ? 」
「おうまさん」
「あれが! ? あんな奴のー」
「帰ってからにしよう」

雪輝(ゆきてる)八喜子(やきこ)も雨でずぶ濡れだ。雪輝(ゆきてる)は頷くと八喜子(やきこ)を引き起こし傘を拾い上げると歩き出す。八喜子(やきこ)もその後に続いて歩き出した。
頰にまだ変な感触が残っている。おうまの様子を思い出すと彼の周りには白い光があり眩しいくらいだった。
そして見えたのはー。


『かわいいかわいいかわいいおいしいかわいいたまらないかわいいかわいいかわいいおいしいかわいいかわいいたまらないかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいおいしいかわいいかわいいたまらないかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいたまらないかわいいかわいいかわいいおいしいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい』


 恥ずかしさと嫌悪とよくわからないものが混じりあい八喜子(やきこ)の顔は赤くなった。
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