第15話 エピローグ ー Merry assumption of helix ー

文字数 5,320文字

 もうすぐ冬休み。その前にある定期テスト。休日を、もうすぐ午後になろうという頃まで八喜子(やきこ)はぼんやりと過ごしていた。

直後は夢のようにはっきりしなかったが数日経った今の方が篠目(ささめ)のことを思い出すことが増えている。
怖いというよりは悲しさが胸に重くのしかかってきていた。

雪輝(ゆきてる)は朝から出かけており1人で家で過ごすのがつらくなってきた。
かといってどこかへ行くあてがあるわけでもない。
逢魔(おうま)のことが頭に浮かんだが八喜子(やきこ)の胸は別の意味で苦しくなった。
八喜子(やきこ)が暗い顔をしていると彼女には彼が戸惑っているのがわかってしまう。
眼鏡をかけていない八喜子(やきこ)の目には彼の周りに白い光が見えているが彼の思惑は混乱しているのがわかった。


 逢魔(おうま)さんに会いたいけど
 優しくしてほしいというのは
 私のわがままで困らせている。
 ……大人だったらどうするんだろう?


 不意に玄関のチャイムが鳴り八喜子(やきこ)は小さく驚きの声をあげた。
来客の予定はない。
八喜子(やきこ)が玄関のドアへ目を向け凝視すると外に黒づくめの男、(あがま)がいるのが見えた。

 八喜子(やきこ)には全く縁のない都内の百貨店で彼女は眼鏡を選んでいた。
選ぶというよりは店員が勧めるままに返事をしているだけと言っていい。
店員が調整する、と離れると八喜子(やきこ)は少し離れたところに座っている(あがま)に話しかけた。

逢魔(おうま)さんのお兄さん」

(あがま)は無言で八喜子(やきこ)に目を向けることもしない。

「こんなに高いのじゃなくて! 普通のでいいんです!」
「普通だ」
「私には違います! よくわからないけれど壊れにくいって言ってましたけど! レンズが割れたら自分じゃ買えないです」
「弟に買わせればいい」
「だから逢魔(おうま)さんに一回でも何か買ってもらったら絶対しつこくてうっとうしいです!」

店の外からやってきた胸に金色のネームプレートをつけた店員が霞末(かすえ)様、と(あがま)に話しかけた。
(あがま)は表情がないまま店員の話をきいている。

戻ってきた眼鏡店の店員が八喜子(やきこ)へと新調した眼鏡を渡した。
青い細い金属のフレームがむき出しのレンズについている。
八喜子(やきこ)が礼を言って新しい眼鏡をかけると年配の店員はにこやかにけれど声をひそめて彼女に話しかけた。

「こんなに可愛らしいお嬢さんをつれてくるなんて。霞末(かすえ)様とはどういったご関係ですか?」
逢魔(おうま)さんのお兄さんです。逢魔(おうま)さんっていうのは、ええっと……私の……」

八喜子(やきこ)はしばらく考えこんでからこたえた。

「旦那様です」
「そう。大事にされているのね」

店員はプロだった。少しも動揺することなくにこやかに話し続ける。

霞末(かすえ)様は事故でお怪我をされて、お顔が動かないとうかがっています。もちろんご存知でしょうけれど」
「そうなんですか?」
「はい。怖がらないであげてくださいね。無愛想に思えるけれどお優しい方だから」
「そうなんですか?」


 そういえば今日はいつもの黒い色がみえない。
 何も見えない。
 私に何の興味もないからだ。


 これからも八喜子(やきこ)に縁のなさそうなホテルで(あがま)と遅い昼食をともにし、よくわからないまま彼についてホテルの一室に入った八喜子(やきこ)は居心地の悪さを感じながら(あがま)と向かい合って座っていた。
八喜子(やきこ)は沈黙に耐えられず(あがま)に話しかける。

逢魔(おうま)さんのお兄さん、ありがとうございました。眼鏡とご飯も。ごちそうさまでした」

食事中も奥から料理長が出てきて(あがま)に挨拶をしにきていたり八喜子(やきこ)には何もかもが初めてのことだった。
(あがま)は表情のない目で八喜子(やきこ)を見ている。
眼鏡をかけている八喜子(やきこ)の目には彼の周りに何の色も見えない。

「そろそろ帰って雪輝(ゆきてる)のご飯をつくらないといけないので。
電車で帰ります。駅ってどこですか?」
「迎えに来させろ。確かめる」

(あがま)の指先が八喜子(やきこ)の額にふれると彼女は意識を失った。

 名前を呼ばれ肩を揺すられた八喜子(やきこ)が目を覚ますと逢魔(おうま)の顔が目の前に会った。
逢魔(おうま)八喜子(やきこ)が見たこともないような険しい顔で彼女の目を見ている。
眼鏡をかけている八喜子(やきこ)の目には彼の周りに赤い色がちらついているのが見えた。


 そういえば逢魔(おうま)さんのお兄さんとー


八喜子(やきこ)がベッドから体を起こすと雪輝(ゆきてる)がいるのが目に入った。
彼の周りにも赤い光が見える。
そういえばご飯をつくっていなかった、と八喜子(やきこ)がぼんやり考えていると逢魔(おうま)が彼女の肩を強くつかんだ。

「何で?」

八喜子(やきこ)がわけがわからず逢魔(おうま)を見上げて目を瞬かせていると彼の周りの赤い色が濃くなるのが見えた。

「どうして俺じゃないの?
君は俺のものでしょう?
俺は君に優しくしたよ。君がほしいものも叶えたいことも何でもしてあげる。
俺くらいいい男なんていないでしょう!
それなのにどうして君は! 俺じゃないの?」

八喜子(やきこ)には逢魔(おうま)が怒っているのはわかったが、よくわからなかった。

逢魔(おうま)さん、眼鏡とってもいいですか?」

逢魔(おうま)は無言で八喜子(やきこ)から眼鏡を外すと目を見開き手に持った眼鏡を見つめた。



 『これだ』『これのせいだ』
     『違った』『よかった』
 『よかった』『よかった』『本当によかった…』



八喜子(やきこ)の目には逢魔(おうま)の周りの赤い光が消え白い光散っているのが見えた。

逢魔(おうま)さんが怒ったのって勘違いですか?」

八喜子(やきこ)がいうと逢魔(おうま)はきまりが悪そうに苦笑する。

「でも君が! 何で兄さんとこんなところまで来るの? 兄さんだって男だよ?」
「壊されたから眼鏡を買ってもらったんです。お兄さんは私に何も思ってないのがわかります。逢魔(おうま)さん、勘違いで怒ったんですよね?」
「俺に言えば俺だって眼鏡くらいいくらでも買ってあげるよ。何で兄さんに言うの?」
「だ・か・ら」

八喜子(やきこ)逢魔(おうま)の目をまっすぐ見返した。

「勘違いで怒ったんですよね?」
「……はい。ごめんなさい」

八喜子(やきこ)は弾けるように笑った。
楽しそうに笑い続ける八喜子(やきこ)逢魔(おうま)が何がおかしいの? ときく。

「だって、逢魔(おうま)さんってすごく大人だと思ってたけれど、さっきの怒り方、子供みたい」
「あきれた?」

八喜子(やきこ)は首を横に振る。

「よくわからないけれど嬉しいです。私、今日も逢魔(おうま)さんのこと好きです。大好きです」

にっこりと笑う八喜子(やきこ)逢魔(おうま)も笑みを返した。八喜子(やきこ)の目には彼の周りに白い光が見える。


   『かわいい』『かわいい』
  『…かわいい?』『…あれ?』
       『あれ?』


逢魔(おうま)は笑うのをやめ彼の好きな八喜子(やきこ)の瞳を見つめたまま瞬きを繰り返す。

「俺の妹、可愛いだろう? お前にはもったいない」
「俺くらいに相応(ふさわ)しいよ」

逢魔(おうま)雪輝(ゆきてる)に言い返すといつもの通り柔和な笑みをうかべた。八喜子(やきこ)の髪をなでると彼女に眼鏡をかける。



    『ああ、そうか』



雪輝(ゆきてる)が小さくおお、と声をもらす。



  『この子が扇情的なんだ』
  『さとりって不思議だなぁ』
  『かわいい』『たまらない』
     『かわいい』



雪輝(ゆきてる)の期待は見事に打ち砕かれた。
ささやくようにバーカと言い肩を落とす。




 『ベッドもあるし雪輝(ゆきてる)君もいるし丁度いい』



「よくねえよ! バーカ!」

逢魔(おうま)は笑い声をあげた。冗談だよ、と言いながら。

 仙南(せんなん)が運転する逢魔(おうま)のリムジンに乗りながら八喜子(やきこ)雪輝(ゆきてる)から説教を受けていた。

「出かける前はきちんと連絡すること!」
「出かけるってSHINEしたよ」
「誰とどこに行くか、いつまで帰るかを連絡すること!」
「はぁい」
「それと男と2人っきりになるのはダメだ」
「じゃあ逢魔(おうま)さんとも?」

雪輝(ゆきてる)はしばらく考えこんだ。

逢魔(おうま)以外と。一応、今のところは彼氏だからな」
「そっか。旦那様じゃなかったんだ」
「それで全然いいよ。俺と一緒にいればいい」

逢魔(おうま)は嬉しそうに八喜子(やきこ)の髪をなでる。

「お前は黙っててくれ」
雪輝(ゆきてる)、先生もダメなの?」
「先生はいい」

逢魔(おうま)が口をはさむ。

「それは俺がよくない。そんなにお金がほしいなら俺と一緒にいればいい」
「金だけじゃない。先生には世話になったから手伝えるなら手伝いたいだけだ」
雪輝(ゆきてる)君はかえって負担になってたけれどね。君に音をきこえないようにしたら八喜子(やきこ)ちゃんが危なかったのを気づくのが遅れちゃったし」

ため息をつく逢魔(おうま)雪輝(ゆきてる)はとげのある声で言い返した。

「7割くらいはお前のせいだろう?」
八喜子(やきこ)ちゃんはどうしてそんなに鷹司たちを手伝いたいの? お金をもらえるようになったから?」
「はい」
「君がお金を稼ぎたいって言うなら邪魔しないけれど」
「お前、邪魔してただろう?」
雪輝(ゆきてる)君は黙っててくれる? 八喜子ちゃん、俺と一緒にいればいい。お金のことは考えなくていいでしょう?」

きかれて八喜子(やきこ)はうーんと考えこみながら口を開いた。

「お金がほしいのは……私は雪輝(ゆきてる)みたいに大学に行けないし行けたとしてもお金の無駄だから」
「そうだね。今度の期末テストは追々試ぐらいで受かりたいね」
矢継早(やつぎばや)さんが特課(とっか)に入れば生活できるって考えてくれたんです。私は『さとり』で見えるから普通の就職も大変だって」
「それは俺と一緒にいればすむ話でしょう?」
逢魔(おうま)さんと一緒にいたいから自分でお金がほしいんです。逢魔(おうま)さんから必要ないのに何でも買ってもらうのは違うと思います」



 『…かわいい?』『あれ?』『あれ?』



八喜子(やきこ)ちゃん」
「はい」

八喜子(やきこ)は眼鏡越しに見える逢魔(おうま)の周りの眩しい白い光に目をぱちぱちとさせた。

「俺は君の一生を買うよ」
逢魔(おうま)、今までダメだったのはお前がダメなんじゃないのか?」

雪輝(ゆきてる)がぽつりと言うと逢魔(おうま)は優雅に両手を広げる。

「しなくていい苦労ならしてほしくないだけだよ。現に君たちの家はどうにかしたでしょう? それも自分たちでどうにかする?」
「それは感謝してる」
と、雪輝(ゆきてる)

「それは……」
八喜子(やきこ)はしばらく考えてからにっこりと笑った。伏し目がちに少し照れながら逢魔(おうま)を見上げる。

「甘えてもいいですか?」
「全然いいよ!」

逢魔(おうま)に強く抱きしめられ八喜子(やきこ)は恥ずかしくもあったが嬉しくて彼の体に顔をうずめた。
が、すぐに雪輝(ゆきてる)に両肩を引かれて離される。

「俺の妹、本当に可愛いだろう? お前にはもったいなさすぎる」
「俺こそ相応(ふさわ)しい」

逢魔(おうま)雪輝(ゆきてる)と同じで自分がかっこいいとわかっているんだな、と八喜子(やきこ)は思った。

「そういえば逢魔(おうま)さんのお兄さんはどうしたんですか?」
「先に帰ったよ。君を迎えに来いってよばれて俺と雪輝(ゆきてる)君が来たらすぐ帰った」
「事故でケガして顔が動かないってききましたけど、そうなんですか?」
「いや、表情をつくるのが理解できないって言ってる。面倒なんだと思う。そういうことにしておけば変に思われないからね」
雪輝(ゆきてる)逢魔(おうま)さんと一緒にいたんですか?」
「いや、俺が兄さんによばれてから連れてきた。だって雪輝君がいないとーー」
「お前! 俺と八喜子がいいって言ったら目の前でする気なのか!? 絶対に言わねえよ!」
「俺は気にしないよ」

逢魔(おうま)はくすくすと笑う。からかっているのか本気なのか雪輝(ゆきてる)にははっきりわからない。

「バーカ!」

雪輝(ゆきてる)が怒っているのはどうしてなのか八喜子(やきこ)にはわからなかった。
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