第1話

文字数 1,811文字

河田哲夫は七月の深夜頃、居酒屋からT橋に向かっていた。

「ついてねぇなぁ」と、独り言を漏らしたのは、居酒屋の隣の席に居たやつと、やったポーカーに負けた結果奢らされたからだ。だが、俺は気にしない。運命の相手(SNS経由の出会い)がいるからだ。仕送りするぐらい、その人の事が好きだ。あったこと無いけど。



「ん?」

橋の手前にホームレスっぽい人がいる。風貌は、のびきった髪と髭、泥が跳ねたグレーのズボン、拾ったと思われる新品の緑のジャケット、そして片腕がない。片腕がない?片腕がない!事故で失くしたのか?それとも、あのホームレス、よく見ると体でかいから元軍人とか?まさか。そのホームレスの前には小銭が入った缶が置いてあった。俺は近づいて、迷わず千円札を入れて、すぐ立ち去った。俺には余裕がある。だから、あの子にも好かれるのさ。



 小鳥遊正義は全人類を嘲るような張った胸で、冷えた深夜の空気をきりながら帰り道を進んだ。行き先はもちろん、我が家(女学生の家の屋根裏)だ。それよりさ。さっきの頭の弱い連中から、イカサマで奢らしてやった時、痛感したね。



 健常者ってのは頭ん中に、アルコール漬けの糞を詰め込んだ奴のことを言うんだ。あいつらは自分たちの行いが、公正なジャッジを受けると、愚かにも思い込んでる。公正世界誤謬ってやつだっけ?まぁいい。アインシュタインがいってたろ?ノートに書いてあることを、覚えとく必要ないって。



それとおんなじ様に、ネットですぐ見つかること、固有名詞なら猶更覚えとく意味ないんだよ。ま、着いたみたいだし、保土ヶ谷のロマンス詐欺の出来、聞いてみるか。男釣れたってこの前言ってたし。隻腕野郎の小銭あわせりゃ、十分な利潤だな。あ、法律上は違うんだっけ?何でもいいや。さぁ、帰ろうか。



「で、遅かったけどなにしてたんですか?」女学生こと、保土ヶ谷真が言った。俺の部屋(保土ヶ谷の部屋)の時計の針は、健康に悪そうな時刻を指している。

「仲間達に迷惑をかけない為の、節約案を実行してた」仲間に嘘がつけないのが俺の性質。



「具体的に言ってください」

わかりやすく、猜疑心に満ちた顔の保土ヶ谷が座りながら言う。

「何で?」

即答。保土ヶ谷じゃなきゃ見逃しちゃうね。

「何でって・・・正義さんの日頃の行い、振り返ってくださいよ」

えーっと、詐欺でしょ、あと詐欺でしょ、あ!そうそう詐欺があった!つったらこいつキレそうだし、もっとキレそうな事言お。

「おっさん騙してるお前がゆうの?まぁいいけどさ。安心しろよ。お前みたいな痛い女なんていっぱいいるから。あぁそう、ガチな話、普通にバイトだよ」

「何て?」

半ギレを示す眉間の皺が、保土ヶ谷にみられる。おしいなぁ。もう一声ほしい反応だ。これはこれで、言いくるめんの楽でいいけど。さぁ適切な関係を築こうか。



「冗談。指示してるのは俺だもんな。俺が悪かった。それと本当は、ホームレスに喧嘩売られて下手にやり返したら面倒事になった。次からすぐ連絡する。」

「え?・・・まぁ、別にいいですよ。」

「ああ、そうだな。ありがと」笑みを浮かべて言ってやった。。

「いえ」



仲間だろうが騙すのが、俺の性質。あ、そういえば。こいつなんで起きてんだ。遅かっただの文句言ってるが、黙って寝りぁいいのに。考えられるパターン1、俺を心配して待ってた。そんなの、俺が指名手配犯にでもならなきゃないだろ。いやその場合、締め出されるだけか。無論、パターン2は無し。己すら裏切るのが、俺。



「じゃあ、明日に備えてもう寝ます」

立ち上がって、ベッドに座りながら保土ヶ谷が言いやがる。理由訊くのは明日だな。

「そうしよう。保土ヶ谷は特にな」聞き返す事を誘う様、屋根裏の梯子を伝いながら、俺が言った。

「何で?」デジャヴ。さっきの俺と同じ返し。少し楽しそうに、保土ヶ谷が予想通りの反応を示す。

「何でって・・・あー、やべ、なんも考えてなかったわ」

用意周到の対義語みたいな返し。

「はは・・・おやすみなさい。」

俯きながら失笑して眠そうに、奴(保土ヶ谷以外いねぇ)が言う。

「おやすみ、保土ヶ谷」

梯子を上りきって言ってやった。



時刻は午前10時20分。えーと、俺が起きた後保土ヶ谷とT橋にむかったのですが、なんと!あいつさらわれました!わーパチパチ。拍手喝采。・・・じゃねぇよ!どうなってんだよ!保土ヶ谷が返品可能な状態かどうかで、気が気じゃねぇよ。とりあえず、出来ること探してみるか。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み