序
文字数 980文字
目の前が真っ暗になって、自分がどこにいるのかもわからない。
ただぽつんと、闇の中にたった一人立っていた。
見えるのは、自分のまとう巫女装束の袖がふわりと舞い上がる様子だけだ。
怖くなって、何か明るいものを探そうと辺りを見回した時、視界の隅でぼんやりと青い炎が見えた。それは、真っ白な千早――巫女装束の上衣の袖から浮かび上がっている。
炎はあっという間に千早を駆け上り、燃え広がった。
「……いやっ」
両手で振り払ってみたけれど、青い炎は消えなかった。
なぜか指先に触れた炎は氷よりも冷たく、指先に痛みが走った。
「えっ……?」
目の前に自分の手をかざして、指先を見る。
炎が爪に灯っていた。どれほど強く振り払っても炎は消えず、指先が真っ黒に染まり始める。
「いや、いや、いやあっ!」
黒くうごめくものが、爪の間から現れた。鉱物めいた光を宿したそれは百足に似ている。次から次へと生まれ出した黒い蟲は親指ほどの太さになり腕を登る。その足跡には赤黒い血が滲みだしていた。
「やめて、やめ、て、もうやめて――ッ!」
ぼきぼきぼき、と不気味な音が聞こえた。自分の指の骨が折れる音だった。
「どうして、どうして、どうして、どうして」
黒い蟲が這い上った痕は、赤黒いアザが呪いの紋様のように巻き付いていた。爪が剥がれ、骨を折りながら指の節と節の間が伸び始め、赤黒い両腕は人の形を完全に失っていった。
さらに黒い蟲たちの作るアザは胸へ広がり、やがて首に巻き付き始めた。
「苦しい、わた、し、どう、して、ドウシテ、ねえ、タスケテ」
熱い、と感じたのが、人として最後の感覚だったのかもしれない。
眼球の裏側が爆ぜるように痛み、視界が真っ赤に染まった。
「クルシイ、寂しイ、哀しい、眩しい――眩しい、眩しい」
真っ赤に染まった視界のなかに、誰かのシルエットが見えた。
その誰かが放つ障りな神楽鈴の金属音と、ゆらゆら揺れている白い布が煩わしい。
「マブシイ、タベタイ、煩イ、消したい、ケシタイ――」
低く濁った声が聞こえるたびに、自分の喉が震えているのを感じる。
まさか、と絶望が全身をかけめぐった。
――まさ、か、これは、わた、し、の、さけびごえ――
――わた、し、は、なに、に、なってしまった、の――?
ただぽつんと、闇の中にたった一人立っていた。
見えるのは、自分のまとう巫女装束の袖がふわりと舞い上がる様子だけだ。
怖くなって、何か明るいものを探そうと辺りを見回した時、視界の隅でぼんやりと青い炎が見えた。それは、真っ白な千早――巫女装束の上衣の袖から浮かび上がっている。
炎はあっという間に千早を駆け上り、燃え広がった。
「……いやっ」
両手で振り払ってみたけれど、青い炎は消えなかった。
なぜか指先に触れた炎は氷よりも冷たく、指先に痛みが走った。
「えっ……?」
目の前に自分の手をかざして、指先を見る。
炎が爪に灯っていた。どれほど強く振り払っても炎は消えず、指先が真っ黒に染まり始める。
「いや、いや、いやあっ!」
黒くうごめくものが、爪の間から現れた。鉱物めいた光を宿したそれは百足に似ている。次から次へと生まれ出した黒い蟲は親指ほどの太さになり腕を登る。その足跡には赤黒い血が滲みだしていた。
「やめて、やめ、て、もうやめて――ッ!」
ぼきぼきぼき、と不気味な音が聞こえた。自分の指の骨が折れる音だった。
「どうして、どうして、どうして、どうして」
黒い蟲が這い上った痕は、赤黒いアザが呪いの紋様のように巻き付いていた。爪が剥がれ、骨を折りながら指の節と節の間が伸び始め、赤黒い両腕は人の形を完全に失っていった。
さらに黒い蟲たちの作るアザは胸へ広がり、やがて首に巻き付き始めた。
「苦しい、わた、し、どう、して、ドウシテ、ねえ、タスケテ」
熱い、と感じたのが、人として最後の感覚だったのかもしれない。
眼球の裏側が爆ぜるように痛み、視界が真っ赤に染まった。
「クルシイ、寂しイ、哀しい、眩しい――眩しい、眩しい」
真っ赤に染まった視界のなかに、誰かのシルエットが見えた。
その誰かが放つ障りな神楽鈴の金属音と、ゆらゆら揺れている白い布が煩わしい。
「マブシイ、タベタイ、煩イ、消したい、ケシタイ――」
低く濁った声が聞こえるたびに、自分の喉が震えているのを感じる。
まさか、と絶望が全身をかけめぐった。
――まさ、か、これは、わた、し、の、さけびごえ――
――わた、し、は、なに、に、なってしまった、の――?