だから、今日もできる。
文字数 4,049文字
「ふう、ようやっとみんな揃ったね」
桜の君が、つぐみたちの舞を見てほっとした声をもらした。
初めてつぐみが舞を最後まで踊れるようになって約三週間。六月も最後の週にさしかかり、練習を重ねた四人の神楽舞はやっと安定しはじめた。
舞を終えた四人の前で橘の君がパンと手を打ち、練習場の空気が引き締まる。
「明日からお披露目会までの間は、全員で揃って舞う練習になるよ。同じことを何度も繰り返して、磨いて、舞手を決める日を迎える」
本番の『祓 神楽 』では四人のなかから二人が選ばれて、残りのふたりは外される。つぐみが息を呑みながら視線を傾けると、他の皆も互いの顔を見つめ合っていた。
「その日まで、誰が舞ってもいいと思えるほどに鍛錬する気持ちで。今日の呼吸を忘れないようにね」
「でも、もうひとつ、夏休み前のテストのことも忘れたらあかんよ」
「……あ」
と、声をあげたのはつぐみだけだった。
「やっぱりそこはフツーの学校と同じだよね」
「やだ、もうつぐみさん! 双葉葵学院だって普通の女子高よ」
「ぜんっぜん違うよー! 最初の日、一伽のお弁当見た時からずっとそう思ってるもん」
「あ、あれはですね、特別です! いつもじゃないから!」
「あの、先輩。普通の高校ってどういう感じなんでしょうか。私たちずっと双葉葵(ルビ:ここ)に通っているので、すごく気になります」
「フツー……そうか、うーん、言葉にして説明すると、案外難しいのかな……」
テストのこととか、誰かが誰かを好きだとかそうじゃないとか、髪がうまくまとまった時の満足感とか。普通の学校に通っていれば当たり前に感じていた出来事を、つぐみは思い出そうとしていた。
「わたし今までそういう話、してなかったなあ」
「ふふ、そうやねえ。つぐみちゃん、ここに来てすぐに青様に選ばれたんやもんね。放課後はずうっと練習ばっかりやったし」
つぐみたちのやりとりを見つめて、桜の君が優しく笑っていた。
放課後がくるたびに、つぐみは『舞手候補』という時間を過ごしていた。その時間にはつぐみが今まで知らなかった、特別なものに向かい心を重ねてゆく空気が満ちていた。
でも、そんな毎日はもうすぐ――七月になったら終わる。
「ねえ、わたし」
つぐみは顎を引き、窓の外を一度見た。
もう木々の緑は色濃く、夏を宿している。七月の本番まで残された時間はあとわずかだ。
「わたし、皆がちゃんと手を伸ばしてくれたからここまで来れたよ。だから、夏までまっすぐ走ってく。ずっとちゃんと、みんなの隣に並べるように」
最初に頷いたのは一伽。瑠璃はその横でぎゅっと自分の手を握り締めている。
つぐみが美硝のほうを向いた時、ちょうど練習場のなかを風が吹き抜けた。
「美硝さ――」
さあっと長い髪が美硝の顔を隠してしまう。
花弁のような唇がかすかに開いたのが、見えた。
つぐみには聞こえなかったけれど、美硝は確かに何かを言ったあと、薄く微笑んだ。
美硝さん。きっとわたし、明日も明後日も、一緒に練習してる。
今日のこと、忘れないように。ずっと今日が続いていくように。
つぐみは胸の奥で、美硝に答えた。
*
――七月十日。
『四神 選抜 』と呼ばれる儀式から、三ヶ月がたった。
季節は春からもう夏へと移り変わっている。視界を白く染めてしまうほど強い日差しが足元に落ちはじめると、京都は古祭の準備を迎える。
街の木々に細いしめ縄が渡され、白や青で彩られた丸い提灯がそこかしこに吊られていた。
そして双葉葵学院では、舞手候補者によるお披露目会が開かれる日を迎えた。
午後になり、神楽舞の披露が行われる講堂に、高等部・中等部を合わせた生徒たちが集まり舞台を見つめていた。
舞台にはすでに笛や太鼓、手のひらほどの大きさの鉦 を持った雅楽部の生徒が揃い、練習中はテープで鳴らしていた音を、今日は彼女たちが実際に奏でることになっている。
薄暗い舞台袖に立ったつぐみは、血の気が引いて真っ白になった自分の手のひらを見た。
「……これ、緊張してるんだ」
その袖元はいつもの制服ではなく、巫女装束の長い袖だ。つぐみだけでなく、舞手候補の四人全員が揃いの千早 をまとっている。
「大丈夫、私も同じ感じやよ。ほら、まっしろ!」
一伽が目の前に広げた手のひらも、やっぱり白い。実家の神社で巫女舞を披露したことのある瑠璃ですら、唇を固く噛みしめている。
ただひとり、美硝だけが練習場と変わらぬ様子でまっすぐ立っていた。
「ずっと何度もやってきたうちの、一回だから」
「……うん。そうだ。そうだった。わたしたち、毎日同じ舞を繰り返していたんだから」
だから、今日もできる。
舞台の上はライトと集まった生徒たちの眼差しが降り注いで光っていた。
今いる場所からわずか数歩先だというのに、そこから先だけ切り取られたように眩しい。
「先輩、私、今わかりました。どうして舞手の候補が青様白様とか、特別な名前で呼ばれるのか」
つぐみは瑠璃の言葉に頷いた。
――特別。
入学して、卒業して、何百人もの少女たちが『双葉葵 』を通り過ぎてゆく。
その中で、毎年たった四人だけ選ばれる舞手の候補者。
「わたしが選ばれた理由はわからないけど、特別になる意味はわかった。練習してちゃんと踊れるようになるだけじゃないんだね」
「うん。私たち、違うものになったんやって感じる」
一伽も自分たちに浴びせかけられる期待や羨望に気付いていた。
ひるみそうになるほどそれらは大きかったけれど、行くしかない。
「……怖い?」
美硝がつぐみに囁いた。
「怖いかも。うん。でも、その先に行ってみたい。どんなものが見えるのか知りたい」
つぐみの返事が意外だったのか、美硝は少しだけ唇を開いて何かを言いかけて、やめた。
高い笛の音が鳴る。
「はじめます」
一伽の言葉に皆が頷く。
瑠璃と一伽、続いて美硝の後ろをついてつぐみは舞台に向かう。
「あっ」
つぐみは、自分に注がれる何百もの視線に貫かれた。
春の『四神選抜』の時も、こうやってたくさんの生徒たちに見つめられた。
でもその時とは何もかもが違う。
ここに立っているのは、わたしじゃない。
ほんの数時間前まで教室にいたはずの、わたしはどこにもいない。
名前も学年も消え去って、『舞手』に選ばれた少女たちとして舞台に立っている。
講堂に集まった生徒たちの顔が、眩しい光に呑み込まれてだんだん見えなくなっていった。
笛の音が舞のメロディを奏で、鉦 や太鼓がリズムを刻み始める。
神楽舞の始まり、最初のひと振り。
真っ白な光のなかで、つぐみたちは舞い始めた。
右。左。それからくるりと回って。
指先に力を入れて、でも手首は柔らかく。
頭の中で聞こえてきたのは、つぐみ自身の声だ。
だけど体は頭から切り離されたみたいに、動かない――というよりも。
まるでここにないように、軽くて、自分が空気になったみたいだった。
――わたし、美硝さんと一緒に舞えている……?
*
ひとりの拍手が広がっていき、講堂にいる全生徒がつぐみたちを讃えた。
手を打つ音にまじった興奮や尊敬が、空気を伝って響いてくる。
鳴 り物を奏でていた生徒たちも楽器を脇におき、拍手を始めた。
音の波に体を揺らされて、つぐみはぽかんと口を開いたまま天井を見上げた。
「美硝さん。わたし、ちゃんと最後まで舞えた?」
「ええ。ひとつも間違わなかったわ」
「何も覚えてないの、すごく眩しくて」
「いいのよ。それが私たちの舞うものだから」
「魂が抜けちゃったみたいだった、美硝さんも?」
「……うん」
「一緒?」
「一緒よ、つぐみ」
つぐみは春から今日までのことを思い出した。
放課後が来るたびに憂鬱になっていたこと。できないことが悔しいと思ったこと。
今まで何かに対してこんなに本気になったことなんて、なかった。
長い拍手が止み、四人は一礼をしてから舞台袖へと戻った。桜の君と橘の君も表情を崩し、お披露目会の成功を喜んでいるようだ。
つぐみたちは雅楽部の生徒たちにお礼を述べたあと、練習場へ戻り制服に着替えた。
夏服の軽い手触りで、やっと手足が自分のもとへ戻ってきた気分になる。
つぐみたちがほっと息をついた頃合いを見て、桜の君は鞄から大きめの水筒を取り出した。
「今日の成功を祈って、御神水をくんでお茶をいれてきてん。氷もね、ちゃんとそのお水で作ったんよ」
新緑色のお茶を注がれたガラスのコップに、すぐさま水滴が浮かび上がる。
口に含むと、わずかな苦味の向こうに甘い香りがした。
「ほんまに素敵やったよ。今までで一番やった。みんな、本番に強いんね」
「うん。なあ、つぐみちゃん――転校してきていきなりのことばかりで、本当にしんどかったでしょ。私も緋音 もずっと心配だった」
「や、あの、それはわたしもです! 最初はどうしてってばかり思っちゃって」
「でも、今は違うでしょう」
橘の君の問いかけに、つぐみは頷いた。
「良かった。それなら安心してみんなを送り出せるよ」
「……送り出す?」
つぐみは首を傾げながらも、はっとある事に気付いた。
『祓神楽』の舞手は二人。
四人の候補者のうち、誰かと誰かが選ばれるのだが――それは、誰が選ぶのか。
「わたしたちのうちの誰かを選ぶのは、先輩たちですか?」
橘の君は頭を横に振った。
「違うよ、私たちじゃない」
「じゃあ、誰が」
桜の君の唇から、小さな囁き声がこぼれた。
か、み、さ、ま。
――と。
桜の君が、つぐみたちの舞を見てほっとした声をもらした。
初めてつぐみが舞を最後まで踊れるようになって約三週間。六月も最後の週にさしかかり、練習を重ねた四人の神楽舞はやっと安定しはじめた。
舞を終えた四人の前で橘の君がパンと手を打ち、練習場の空気が引き締まる。
「明日からお披露目会までの間は、全員で揃って舞う練習になるよ。同じことを何度も繰り返して、磨いて、舞手を決める日を迎える」
本番の『
「その日まで、誰が舞ってもいいと思えるほどに鍛錬する気持ちで。今日の呼吸を忘れないようにね」
「でも、もうひとつ、夏休み前のテストのことも忘れたらあかんよ」
「……あ」
と、声をあげたのはつぐみだけだった。
「やっぱりそこはフツーの学校と同じだよね」
「やだ、もうつぐみさん! 双葉葵学院だって普通の女子高よ」
「ぜんっぜん違うよー! 最初の日、一伽のお弁当見た時からずっとそう思ってるもん」
「あ、あれはですね、特別です! いつもじゃないから!」
「あの、先輩。普通の高校ってどういう感じなんでしょうか。私たちずっと双葉葵(ルビ:ここ)に通っているので、すごく気になります」
「フツー……そうか、うーん、言葉にして説明すると、案外難しいのかな……」
テストのこととか、誰かが誰かを好きだとかそうじゃないとか、髪がうまくまとまった時の満足感とか。普通の学校に通っていれば当たり前に感じていた出来事を、つぐみは思い出そうとしていた。
「わたし今までそういう話、してなかったなあ」
「ふふ、そうやねえ。つぐみちゃん、ここに来てすぐに青様に選ばれたんやもんね。放課後はずうっと練習ばっかりやったし」
つぐみたちのやりとりを見つめて、桜の君が優しく笑っていた。
放課後がくるたびに、つぐみは『舞手候補』という時間を過ごしていた。その時間にはつぐみが今まで知らなかった、特別なものに向かい心を重ねてゆく空気が満ちていた。
でも、そんな毎日はもうすぐ――七月になったら終わる。
「ねえ、わたし」
つぐみは顎を引き、窓の外を一度見た。
もう木々の緑は色濃く、夏を宿している。七月の本番まで残された時間はあとわずかだ。
「わたし、皆がちゃんと手を伸ばしてくれたからここまで来れたよ。だから、夏までまっすぐ走ってく。ずっとちゃんと、みんなの隣に並べるように」
最初に頷いたのは一伽。瑠璃はその横でぎゅっと自分の手を握り締めている。
つぐみが美硝のほうを向いた時、ちょうど練習場のなかを風が吹き抜けた。
「美硝さ――」
さあっと長い髪が美硝の顔を隠してしまう。
花弁のような唇がかすかに開いたのが、見えた。
つぐみには聞こえなかったけれど、美硝は確かに何かを言ったあと、薄く微笑んだ。
美硝さん。きっとわたし、明日も明後日も、一緒に練習してる。
今日のこと、忘れないように。ずっと今日が続いていくように。
つぐみは胸の奥で、美硝に答えた。
*
――七月十日。
『
季節は春からもう夏へと移り変わっている。視界を白く染めてしまうほど強い日差しが足元に落ちはじめると、京都は古祭の準備を迎える。
街の木々に細いしめ縄が渡され、白や青で彩られた丸い提灯がそこかしこに吊られていた。
そして双葉葵学院では、舞手候補者によるお披露目会が開かれる日を迎えた。
午後になり、神楽舞の披露が行われる講堂に、高等部・中等部を合わせた生徒たちが集まり舞台を見つめていた。
舞台にはすでに笛や太鼓、手のひらほどの大きさの
薄暗い舞台袖に立ったつぐみは、血の気が引いて真っ白になった自分の手のひらを見た。
「……これ、緊張してるんだ」
その袖元はいつもの制服ではなく、巫女装束の長い袖だ。つぐみだけでなく、舞手候補の四人全員が揃いの
「大丈夫、私も同じ感じやよ。ほら、まっしろ!」
一伽が目の前に広げた手のひらも、やっぱり白い。実家の神社で巫女舞を披露したことのある瑠璃ですら、唇を固く噛みしめている。
ただひとり、美硝だけが練習場と変わらぬ様子でまっすぐ立っていた。
「ずっと何度もやってきたうちの、一回だから」
「……うん。そうだ。そうだった。わたしたち、毎日同じ舞を繰り返していたんだから」
だから、今日もできる。
舞台の上はライトと集まった生徒たちの眼差しが降り注いで光っていた。
今いる場所からわずか数歩先だというのに、そこから先だけ切り取られたように眩しい。
「先輩、私、今わかりました。どうして舞手の候補が青様白様とか、特別な名前で呼ばれるのか」
つぐみは瑠璃の言葉に頷いた。
――特別。
入学して、卒業して、何百人もの少女たちが『
その中で、毎年たった四人だけ選ばれる舞手の候補者。
「わたしが選ばれた理由はわからないけど、特別になる意味はわかった。練習してちゃんと踊れるようになるだけじゃないんだね」
「うん。私たち、違うものになったんやって感じる」
一伽も自分たちに浴びせかけられる期待や羨望に気付いていた。
ひるみそうになるほどそれらは大きかったけれど、行くしかない。
「……怖い?」
美硝がつぐみに囁いた。
「怖いかも。うん。でも、その先に行ってみたい。どんなものが見えるのか知りたい」
つぐみの返事が意外だったのか、美硝は少しだけ唇を開いて何かを言いかけて、やめた。
高い笛の音が鳴る。
「はじめます」
一伽の言葉に皆が頷く。
瑠璃と一伽、続いて美硝の後ろをついてつぐみは舞台に向かう。
「あっ」
つぐみは、自分に注がれる何百もの視線に貫かれた。
春の『四神選抜』の時も、こうやってたくさんの生徒たちに見つめられた。
でもその時とは何もかもが違う。
ここに立っているのは、わたしじゃない。
ほんの数時間前まで教室にいたはずの、わたしはどこにもいない。
名前も学年も消え去って、『舞手』に選ばれた少女たちとして舞台に立っている。
講堂に集まった生徒たちの顔が、眩しい光に呑み込まれてだんだん見えなくなっていった。
笛の音が舞のメロディを奏で、
神楽舞の始まり、最初のひと振り。
真っ白な光のなかで、つぐみたちは舞い始めた。
右。左。それからくるりと回って。
指先に力を入れて、でも手首は柔らかく。
頭の中で聞こえてきたのは、つぐみ自身の声だ。
だけど体は頭から切り離されたみたいに、動かない――というよりも。
まるでここにないように、軽くて、自分が空気になったみたいだった。
――わたし、美硝さんと一緒に舞えている……?
*
ひとりの拍手が広がっていき、講堂にいる全生徒がつぐみたちを讃えた。
手を打つ音にまじった興奮や尊敬が、空気を伝って響いてくる。
音の波に体を揺らされて、つぐみはぽかんと口を開いたまま天井を見上げた。
「美硝さん。わたし、ちゃんと最後まで舞えた?」
「ええ。ひとつも間違わなかったわ」
「何も覚えてないの、すごく眩しくて」
「いいのよ。それが私たちの舞うものだから」
「魂が抜けちゃったみたいだった、美硝さんも?」
「……うん」
「一緒?」
「一緒よ、つぐみ」
つぐみは春から今日までのことを思い出した。
放課後が来るたびに憂鬱になっていたこと。できないことが悔しいと思ったこと。
今まで何かに対してこんなに本気になったことなんて、なかった。
長い拍手が止み、四人は一礼をしてから舞台袖へと戻った。桜の君と橘の君も表情を崩し、お披露目会の成功を喜んでいるようだ。
つぐみたちは雅楽部の生徒たちにお礼を述べたあと、練習場へ戻り制服に着替えた。
夏服の軽い手触りで、やっと手足が自分のもとへ戻ってきた気分になる。
つぐみたちがほっと息をついた頃合いを見て、桜の君は鞄から大きめの水筒を取り出した。
「今日の成功を祈って、御神水をくんでお茶をいれてきてん。氷もね、ちゃんとそのお水で作ったんよ」
新緑色のお茶を注がれたガラスのコップに、すぐさま水滴が浮かび上がる。
口に含むと、わずかな苦味の向こうに甘い香りがした。
「ほんまに素敵やったよ。今までで一番やった。みんな、本番に強いんね」
「うん。なあ、つぐみちゃん――転校してきていきなりのことばかりで、本当にしんどかったでしょ。私も
「や、あの、それはわたしもです! 最初はどうしてってばかり思っちゃって」
「でも、今は違うでしょう」
橘の君の問いかけに、つぐみは頷いた。
「良かった。それなら安心してみんなを送り出せるよ」
「……送り出す?」
つぐみは首を傾げながらも、はっとある事に気付いた。
『祓神楽』の舞手は二人。
四人の候補者のうち、誰かと誰かが選ばれるのだが――それは、誰が選ぶのか。
「わたしたちのうちの誰かを選ぶのは、先輩たちですか?」
橘の君は頭を横に振った。
「違うよ、私たちじゃない」
「じゃあ、誰が」
桜の君の唇から、小さな囁き声がこぼれた。
か、み、さ、ま。
――と。