第5話 <彼女の正体って…?>

文字数 1,193文字

次の日、冷蔵部屋のストックのチェックをしようとドアを開けると、
デコポンのダンボール箱を二つを抱えた熊坂さんと
ぶつかりそうになった。

「わ! ごめんなさい!!」

よろよろと箱を抱えて熊坂さんが出て行くのを見て、
後を追い、箱を一つ引き取った。

「そんな無理しないでいいから」

「すみません、一度に二つ運んだ方が早いと思って」

そう言って顔を赤らめた。

「私、何でも一人でできるようになりたいんです」

前を見据えて熊坂さんは言った。

「でも男はねー、頼られると嬉しいものよ」

そう言うと

「そう言うものですかねぇ」

と熊坂さんは少し目線を落として答えた。

なんか、思ったより男慣れしてないって言うか……。

「熊坂さんは彼氏とかいないの?
あ、結婚してたりする?」

それとなく探りを入れてみた。

「未婚です。 彼氏もいません」

よっしゃ!!

俺の周りにハートの弓矢を抱いたキューピッドが舞った。

お前ら、頼んだぞ!!

この出会い、ちゃんと生かさねば!!

俺はニヤニヤと緩みそうな顔を必死で引き締めた。

熊坂さんは明らかにお客の心を掴んでいた。

「お姉さんすみません!」

ほとんどの客が熊坂さんに声をかける。

「はーい!」

熊坂さんはどんなお客にも笑顔で対応していた。

接客の鏡だな……。

いっそう惚れ惚れした気持ちで彼女を見守った。

夕方になり、遅番で女子大生の湊さんが出勤してきた。

「新しい人、入ったんですよね?」

バックヤードに備え付けの鏡を覗き、
髪を後ろでひとつに結わきながら湊さんは言った。

「うん、今売り場に出てるから挨拶してきなよ」

と言うと

「はーい」

と、売り場に出て行った。

が、しばらくすると湊さんは少し考え込んだような顔で、
バックヤードに戻って来た。

そして俺に近づくと、小声でこう言った。

「佐伯さん、あの人、南美咲ですよね!?」

「え? 熊坂よしえさんだよ?」

「いや、昔アイドルグループの
フルーツバスケットにいた南美咲ですって!
メイクも薄くて地味な感じにしてるけど、絶対そう!」

そう言ってスマホで南美咲を画像検索した。

その写真はメイクや髪型をバッチリ作り込んで
雰囲気は随分と華やかだったが、言われてみれば熊坂さんに似ている。

「でも何で名前変えてんの?」

「さぁ、何か事情があるのかも」

「とりあえずこの事は誰にも言わないで」

俺がそう言うと

「わかりました」

と、湊さんも再び売り場に出て行った。

俺は家に帰ってからパソコンで南美咲を検索した。

アイドルにはあまり興味がなかったので知らなかったが、
南美咲は六人組のアイドルグループ、
フルーツバスケットのオレンジ担当。

目立つ方のメンバーではなかったが、
グループ自体は若い子に認知度はあったようだ。

ただ、ネットの記事によるとオレンジがグループに在籍していたのは
一年くらいで、5年前に突然引退を表明し、
芸能界から消えたとの事だった。

熊坂さんが南美咲だとすると、
なんで芸能界を去って、今こんな所で働いているのだろう?

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