第11話 <秘密のバー>

文字数 1,549文字


撮影が終わると、中野が満面の笑顔で話しかけてきた。

「佐伯! お前と連絡取りたかったんだよ!
こないだ同級生を探す番組で探してもらいたかったんだけど、
スタッフに連絡つかないって言われて!」

そりゃそうだ。
俺は大学を卒業した時に携帯の番号も変え、
SNSも一切やめてしまっていた。

実家にも勝手に俺の連絡先を教えるなと釘を刺していた。

特に高校の頃の奴らには、今の俺を知られたくなかった。

「店何時に終わるの?
今夜俺空いてるんだけど良かったら飲みに行こう!!」

中野が言い、正直「勘弁してくれ」と思ったが、
あまりにも嬉しそうな顔をするので、つい承諾してしまった。

21時、俺は指定された恵比寿のとあるバーに向かった。

看板のない、一見さんや紹介のない人は入れない店。

恐々とドアを開けると、すでに中野は来ていた。

ほの暗い店内は色とりどりのモロッカンランプが幻想的に灯っていて、
オーナーのセンスが伺えるインテリアだ。

「ここは芸能人も隠れ家的に使える店なんだ。
マスターも秘密は絶対守る人で安心だし」

カウンターでビールを飲みながら中野は言った。

「本当に久しぶりだな」

中野は懐かしそうに微笑んで言った。

「すごいよお前、大人気じゃん」

と、俺が言うと

「うん、あんまり実感ないんだけど。
目の前のこと必至こいてやってたら、
いつの間にかこうなってたって言うか」

と中野は屈託なく言ったが、
どんな言葉も俺にはチクチクと刺さった。

「佐伯、結婚は?」

「いや、まだ。
お前もまだっぽいけど、いい人いないのか?
芸能界にいてその地位だったら
いくらでもいい女寄って来そうだけど」

「まぁ、モテないって言えば嘘になるけど……」

そう言って中野はビールを一口飲んだ。

「ずっと忘れられない女性がいるんだ」

「え?」

「ずっといいなって思ってた子がいてさ、
やっと付き合えたと思ったら突然理由も言わずに
『別れたい』って一言メールが来てそのまま姿を消しちゃったんだ」

中野の目に少し影が宿った。

「そうか。
でも女なんてそういうもんじゃねーの?」

「そうなのかな?
彼女はそういうタイプじゃないって思ってたんだけど」

伏し目がちに中野は言った。

「どうあれそんなメールでさくっと別れを切り出すような女、
向こうからいなくなってくれて正解なんじゃね?」

俺はピスタチオの殻をむきながら言った。

「うん……」

考え込むような顔で中野は頷いた。

「そう言えばお前、芝居は全くやってないのか?」

中野は気を取り直すように言った。

「やってないよ。 事務所辞めてから一切」

「そうか、なんかもったいないな。
お前、わりといい演技してたのに」

「よせよ!
俺、ワークショップで散々ボロカスに言われたんだぜ」

「最初は誰でもそんなもんだろ」

そう言って笑った。

「俺、お前のこと見て役者になろうって思ったんだぜ」

「え? そうなの?」

「うん、全力でヒーローやってみんなの心をわくわくさせてさ、
そういうのすごくいいなって思ったんだ」

「まぁでも、それだけだよ。
他の演技でもわくわくさせられたかどうかわかんないし」

「もう一度芝居やろうって一度も思わなかったのか?」

その質問に俺は答えられなかった。

「このままずっとあの店で働くのもいいけどさ、
お前はなんとなく表舞台に立つ人間って気がすんだよ」

「俺もう30だぜ?
今からまた若手とまみれて一からやんのやだよ」

「そうか」

口をにゅっとへの字に曲げて中野は言った。

それから俺たちはまた少し近況などを話し、その場はお開きになった。

「また近いうちに店に行くよ!」

中野は爽やかに笑ってタクシーに乗り込み、街の中に消えた。

俺は地下鉄に揺られ、家路につき、
この間実家から持ち帰ったトレインジャーの台本を開いた。

もう一度芝居をやりたいか?

トレイングリーンのキメポーズをした時の、
拓海くんのキラキラした目を思い出した。


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