第16話 <団欒も悪くねぇ>

文字数 1,409文字

「あらあらまぁ!!」

事前に連絡しておいたお袋が玄関で出迎えて、
「さぁさぁ」と熊坂さんと拓海くんを中に迎え入れた。

「本当にご迷惑をおかけしてすみません」

熊坂さんが申し訳なさそうに言うと

「ニュース見ましたよ。大変でしたね」

と、お袋はねぎらった。

若くて可愛い女性がやってきた事で、
親父も心なしか明るい顔をしていた。

まったく男ってのは、
いくつになっても単純なものなんだな……。

「ここは都心からも離れてるし、安心してくれて大丈夫よ」

お袋はそう言って、
とりあえず熊坂さんと拓海くんには俺の部屋を提供した。

「殺風景な部屋だけど……」

「いえ、全然大丈夫ですよ」

熊坂さんは笑った。

「あのさぁ、前から思ってたんだけど、
熊坂よしえと南美咲はどっちが本名なの?」

「あぁ、南美咲が本名です。
正体がバレないように母方の祖母の名前を語っていました」

と、すまなそうに言った。

「でも熊坂でいいです」

と言ったので、俺はこれからも熊坂さんと呼ぶ事にした。

中野にも無事に脱出できた事を告げると、
ひとまず安心した様子だった。

次の休みは中野も一緒に俺の実家に行った。

帽子とマスクとメガネを取って家に入ると、

「きゃぁ! 中野智巳!! ウソ!!」

と、まおみが声をあげた。

あいつ、中野のファンだったのか?

「マネージャーと相談して、
ひとまず記者会見をやることになった。
まぁ多少のイメージダウンは免れないだろうけど」

中野はそう言った。

中野は何社かCM契約もしていた。

イメージが下がれば契約解除もありえるだろう。

そうなった場合、下手したら違約金発生の可能性もある。

別に悪い事をしたわけではないのだが、
芸能人にとってイメージダウンというのは、
様々な問題を引き起こす。

「でも、それでもし仕事が激減しても、
美咲と拓海がいればまたやり直せる」

そう言って中野は目を細めて二人を見つめた。

うちの家族と中野一家は共に食卓を囲み、
いつも味気ない空気が漂っていたうちの実家は
華やいだ雰囲気になった。

「博也と同級生だったなんて、この子全然教えてくれなくて。
ドラマ見てましたよ」

お袋が中野に言った。

俺がこんなショボいことになってんのに、
中野の話なんかできるか!!

「次はどんなお仕事入ってるんですか?」

まおみも興味津々に中野に質問した。

親父は熊坂さんにお酌されながら酒を飲んで、
終始ニコニコとご機嫌だった。

拓海くんがアニメ、「クレパスけんちゃん」の歌を
オリジナルダンスつきで披露して、みんな笑った。

賑やかな晩餐が終わり、中野が

「それじゃ、そろそろおいとましようかな」

と言うと、

「中野さん! 
良かったら私が車で家までお送りしますよ!!」

と、まおみが珍しく積極的に申し出た。

「ちょっと距離あるから申し訳ないなぁ」

と中野が申し訳なさそうに言うと

「運転好きなんで、それは全然気にしないで下さい!!」

と、まおみは食い下がり、

「まぁでもタクシーで帰るよりはその方がいいかな。
すみませんがお願いします」

と、中野は言った。

お前、中野と一緒にいたいだけだろと心の中で思ったが、
確かにこの状況ではまおみに送ってもらった方が安心だろう。

「父ちゃん、次いつくるんだ!?」

拓海くんが寂しそうに言った。

「すぐ来るよ、すぐみんなで一緒に暮らせるようにするよ」

そう言って頭を撫でた。

そして熊坂さんと拓海くんも、まおみの駐車場まで「見送る」と、
一緒に外に出た時、俺たちははっと息を飲んだ。

実家の前はマスコミの記者でごった返していた。

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