第14話 <まるでお人好し>

文字数 2,044文字

数日後、俺は中野とまたあのモロッカンバーで会った。

「あいつと話してくれたか?」

前のめりぎみに中野は言った。

「うん、言ったけど……
もうその気は無いから会いたくないって」

それを聞いて中野の目から光が消えた気がした。

「そっか……」

そう言ってビールを一口飲んだ。

「まぁ俺、地味だしな。
きっともっとイケメンの彼氏とかできたんだろうな」

そう言って笑った。

「本気だったんだけどな。
あいつだったら一生寄り添える気がしてたんだ」

中野は肩を落としてうなだれた。

気落ちする中野を見て、
なぜか「してやったり」という気持ちにはなれなかった。

心臓がドキドキ鳴っている。

本当の事、このまま話さないのか!?

俺は俺に問いかけた。

話せば中野はきっと黙ってないだろう。
熊坂さんの元に飛んでいくはずだ。

そしておそらく熊坂さんも、
本当は中野と一緒にいたいんじゃないのか?

不器用なだけに意地張って何でも一人で頑張ろうとしてるけど、
彼女の言動は中野への思いが詰まっている。

「はぁーーーー!!」

俺が大きなため息をついたので、中野は驚いたように俺を見た。

「違う!! そうじゃない!!」

俺は頭をかきむしった。

「なんだ? どうした?」

中野は怪訝な表情で言った。

「熊坂さんがお前に会いたくないって言ってるのは、本心じゃない」

「え?」

「熊坂さんには子供がいる。 おそらくお前の子だ」

言ってしまった。

「は!?」

中野は店中に響くような声で言った。

「それほんとか!?
なんで! なんで黙ってたんだよ!!」

「悪い、彼女に口止めされてたんだ」

「なんであいつは、そんな重要な事黙って一人で!!」

「彼女なりの思いがあったんだ。 悪気があった訳じゃない」

「あいつ、今どこにいるんだ!!
佐伯、知ってるんだろ!?」

中野は俺の肩を掴んで詰め寄った。

俺はしばし考えて

「北品川の従姉妹のマンションだ」

と答えた。

「佐伯、その場所知ってるのか?
知ってたら教えてくれ!!」

そして俺たちはタクシーに乗り、北品川を目指した。

タクシーの中で中野は一言も話さなかった。
その横顔は怒っているような、
でもどことなく目を細めて嬉しそうにも見えた。

北品川のマンション周辺は、
時折帰宅途中のサラリーマンが歩いていたが、
ほとんど人はいなかった。

俺はマンションの近くで、熊坂さんを呼び出した。

「佐伯さん、どうしたんですか? こんな時間に」

熊坂さんはエントランスから姿を現し驚いたように言った。

「ごめん、熊坂さん!!」

俺が謝ると、少し離れた場所にいた中野が近づいて来た。

「あ!」

熊坂さんが踵を返して中に戻ろうとしたが、
間一髪中野が熊坂さんの腕を掴んだ。

「逃げるな!!」

「だって!!」

「ずっと美咲のこと気にかけてた」

「……」

熊坂さんは唇を噛み締めたまま口をつぐんだ。

「子供……いるのか?」

熊坂さんは黙っていた。

「俺の子供なら俺にも会う権利はある。
会わせてくれ、俺にとっても血を分けた子供だ」

「もう、寝てる」

「それでもいい!!」

熊坂さんは力なくうなずき、俺たちをマンションに招き入れた。

玄関から「夜分にすみません……」と、俺と中野が顔を覗かせると、

「きゃ!」

と、中野を見るなりマキさんは悲鳴をあげたが、
拓海くんが寝ているので、言葉を飲み込んだ。

寝室に通されると、
拓海くんはすやすやと寝息を立てて眠っていた。

「拓海って言うの」

「たくみ……」

中野は静かに横に座り、拓海くんの髪を撫でた。

「この子が生まれた時も、初めて歩いた時も、
初めて喋った時も俺は見る事ができなかった……」

中野は寂しそうな目をして言った。

「ごめんなさい」

熊坂さんは言った。

「あなたたち、これからどうするの?」

マキさんが聞いた。

「もちろん俺は美咲と一緒になりたいと思ってるよ。 美咲は?」

「わ、私は……私がいたら智巳の足手まといになる……」

「そんな事あるわけないだろう!!
お前の存在がどれだけ励みになってたか!!」

中野の声が大きくなったので、みんなで「シーッ」と指を立てた。

ここに来て一体俺は何を見させられているんだ……。

己の立ち位置の間抜けさが浮き彫りになった。

しかし現実問題、今のタイミングで結婚となると、世間は大騒ぎだろう。

隠し子発覚、今まで認知しなかった非情な父親、
もしくはお金目当てで近づく元アイドル、
マスコミはそんな心無い記事をでっちあげて、
二人ともスキャンダルの格好のえじきとなりかねない。

「一緒になるにしても今のお前じゃすんなり行くとは思えない。
その辺はどう考えてるんだ?」

俺が言うと

「あぁ、美咲とたくみには危害が加わらないように
慎重に進めるつもりだ」

と、中野は言った。

大人たちの話し声が耳についたのか、拓海くんがうーんと目を覚ました。

みんながはっと目を見張ると、拓海くんはぼんやり目を左右に動かし、
中野の顔を見て手を差し出した。

そして中野が手を握ると「父ちゃん……」と言って
また夢の中に落ちて行った。

本能ってあるのかな?
誰も何も説明しなくても自分の父親はわかるのだろうか?

本物にはかなわないか……。

俺はまた小さくため息をついた。

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