第9話 <疑似家族>

文字数 1,841文字

それから俺は熊坂さんを外敵から守るのに徹した。

クレームおやじが熊坂さんを困らせていれば飛んでいき、
自分が対処した。

パートの連中が「結婚しないの?」と余計な詮索をすれば、
彼女らに作業を与えて、それ以上その話をさせないようにした。

「母ちゃんーー!!」

ある日また拓海くんとマキさんがやってきた。

「きょうはライオンジャーのえいがをみたんだ!」

興奮した様子で拓海くんは言って

「ライオングリーン!!」

とキメポーズをしてみせた。

「この子、グリーンが好きなんですよ」

熊坂さんは笑った。

「え? そうなの?」

俺は少し驚いた。

「普通、レッドかせめてブルーですよね。
でも、この子グリーンが好きなんです」

「へぇー」

なんだかちょっと嬉しくなった俺は

「俺もキメポーズできるんだぜ!」

と言って

「平和のグリーン!!」

と、トレイングリーンのキメポーズを思わずやってしまった。

すると拓海くんの目の色が尊敬の色に変わった。

「おじさんかっこいい!! ほんものみたい!!」

お、おじさんか……。
って言うか本物だけどな。

「そうか?」

そう言って得意げに笑ってみせた。

「おじさんもグリーン好きなの?」

「そうだな、グリーンはいいよな」

「ねぇ! こんどヒーローショーいっしょにいこうよ!!」

拓海くんはキラキラした目で言った。

「こら! 佐伯さんに無理言っちゃダメ!!」

熊坂さんはそうたしなめたが、
もしかしてこれはチャンスではないか!?

「お、いいね! 一緒に行こうか!!」

俺はすかさず話に乗った。

「そんな佐伯さん、ダメですって!!」

「いえいえ、戦隊ものはいくつになっても男は好きなもんです!
ヒーローショーは大人になっちゃうと恥ずかしくて行けないけど、
子供と一緒だったら行きやすいし」

そう笑顔で答えた。

「わー!! 
母ちゃん、さえきさんもいっしょにいこうよーー!!」

拓海くんもノリノリで俺を後押しした。

いいぞ、拓海くん!!

「ご迷惑ではないですか……?」

熊坂さんは申し訳なさそうに言った。

「全然! 楽しみができました!!」

そうして俺はうまいこと熊坂親子と、休日会う機会を作った。


ヒーローショーの日、水道橋の駅で待ち合わせをして、
三人は後楽園に向かった。

「お休みの日わざわざ合わせていただいて、本当にすみません」

熊坂さんは申し訳なさそうに言った。

ヒーローショーが開催されるステージ前の椅子に
熊坂さんと拓海くんは座り、俺は少し離れた所で立っていると、

「お父さん、よかったらこちらにお座りください!」

と、スタッフさんに席に誘導された。

わ、俺ら家族に見えるのか!?

ヒーローショーを見ながら、
俺も体が動きそうになるのを必死で抑えたが、
こう言うものは普遍的だな。

あの頃と変わらない。

観客の子供達の食い入るような顔を見て、
当時のカメラの向こう側にこういう子供達がいたんだなと、
改めて思った。

ショーが終わり、
「何が食べたい?」と拓海くんに聞くと「ナポリタン!」と言うので、
俺らは近くのレストランに入った。

拓海くんは、
スパゲッティのケチャップで口の周りを真っ赤にしながら、

「おれ、おとなになったらグリーンになるんだ。
そんで母ちゃんをまもる!
だから父ちゃんなんかいらない!!」

と、また眉を上げて言った。

「そうか、まぁ拓海くんなら守れるかもな」

そう言って俺は笑った。

レストランで食事を済ませ、俺らは水道橋の駅に向かったが、
スパゲッティでお腹いっぱいになったのか、
拓海くんは半分寝ながら歩いていたので、俺はおんぶをした。

俺に背負われながら拓海くんは

「父ちゃん……」

と寝言を言った。

熊坂さんは複雑な表情をしていた。

「この子、あんな事言ってましたけど、
本当はお父さんが欲しいんです」

拓海くんの髪を撫でながら熊坂さんは言った。

「保育園で、お父さんがいない事をお友達から言われるみたいで。
多分悔しいんでしょうね。
この頃は余計に『お父さんなんかいらない!!』って言い張るんです」

そう言って視線を落とした熊坂さんの横顔は、
午後の日差しが肌を透けて通るようでとても綺麗だった。

「熊坂さん……」

俺はたまらず口を開いた。

「俺じゃだめですか?
すぐにどうこうってわけじゃないけど、
時々こうやって一緒に出かけたりとかしちゃだめですか?」

俺がこんな食い気味になるなんて……と思ったが、
止められなかった。

「頼って欲しい。
お父さんの代わりなんておこがましいけど、
もし迷惑じゃなかったらまたこうやって三人で会いたい」

熊坂さんは驚いたように目を見開いてこちらを見たが、

「そうですね……」

と静かに目を伏せた。

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