第7話 トニ・モリスン 他者化について

文字数 2,382文字

数年前、たぶんシミルボンさんを始める前後――ということは持病を本格的に発症した頃――に、アルコール依存などに関係する文筆家・月乃光司さんと朗読詩人・成宮アイコさんが出演するイベントに行きました。

成宮さんは、仲間の演奏するピアノに合わせて自作の詩を朗読なさり、その伸びやかで澄んだ声、静かだけど絶えることない波を連想させる歌メロ、選ばれた言葉、その場にいないと感知できない迫力、臨場感。方向性は違いますが、エレファント・カシマシのライブ会場にいるような熱量が伝わりました。

月乃さんのパフォーマンスというか、ステージでの月乃さんは、格好悪かった。掛け値なしに格好悪くて、あそこまで格好悪い姿をさらけ出してくれると、逆に光り輝くから不思議。お元気かなあ。

このイベントのときに、確か宇宙人と懇意にしているという方を月乃さんがステージでご紹介なされて、樋口は悲しいかな常識の囚われ人ですので、そりゃーまあ色んな疑問・反論したい内容が頭に浮かびまくりだったわけです。
けれど、あの会場内の雰囲気、宇宙人についてお話しする方の楽しそうなお顔やその隣の月乃さんの表情を見ていると、「疑問とか反論とか、やみくもに否定すりゃ良いってモンじゃないな」と思いました。
後にあの体験は、幻覚や幻聴を感知している、または確率は相当に低いけれども宇宙人と交信しているかもしれない「他者」に対するイメージを変える一助となった、と結論づけています。

ということで、トニ・モリスン著、森本あんり解説、荒このみ訳『「他者」の起源 ノーベル賞作家のハーバード連続講演録』であります。

本書において重要なキーワード、「他者化」について森本さんは次の解説をします。



更に森本さんは続けます。

unlearning



自分の常識や価値観を問い返すことは、「自己」が「自己」である土台を揺らすことであり、そこに苦痛を感じることは自然と思われます。自分は正しいと信じられなくて、どうして痛みを感じずにいられるでしょう。
故に大抵の場合、自分が無意識にか意識的にか行っている「他者化」の正当性を疑うことを人はしないのだろうと思います。
この「人」の中には当然樋口も含まれます。

しかし先の引用を踏まえて「他者化」そのものを否定することは事実上不可能であり、問題は、その行為により良くない現象が生じること、本書を例に挙げれば「黒人差別」が生じることであろうと思います。
更に森本さんの解説を。



この引用文から何を感じ何を思うのかは、読む方によって違うと想像しますが、樋口を例にとれば、「イメージと現実の他者は違う」ということであります。
「違う」が極端にすぎるなら、「往々にして違う」と言い換えても構いません。
同時に、冒頭で宇宙人と懇意にしている方について言及した理由がご理解いただけるかと期待します。
僕は、現実を体験して「他者」のイメージの誤りに気づいたのだと思います。

ここまで記して、「そこまで厳密にヒトの根源的な性質について言及しては生きるのが大変で仕方ないよ」という考えが僕の中に浮かびます。
けれど、昨今ネット上に流れる言説を見ていると、どうせすぐに消える波紋と分かっていても、濁流に石の一つも投げたくなるというものです。

著者のモリスンは自作であり歴史であり、過去の文学作品を分析・批評し、そこで行われた「他者化」が如何にして黒人差別を成立・継続させているのか論じます。
例えばある奴隷所有者の日記について以下の言及を。



繰り返しになりますが本書で中心に論じられているのは黒人差別です。
けれど本書で論じられた内容はその他の様々な社会問題を考える上で有効と思われます。
例えば「奴隷制度」の部分に「働き方」と入れたらどうでしょう?

また本書に寄せた序文の中でターネハシ・コーツはモリスンの仕事についてこう述べます。



文学はすべてこうあるべき、と嘯くつもりはありません。幻燈に似た文芸作品の味も知っていると思います。
けれど、様々な要素から生じる不安、怒りや悲しみ、負の感情が人への信頼を難しくしているように感じる昨今(感じているのは僕だけかもしれませんが)、幻想に頼らない美は、その信頼を育み養う滋養になる気がするのです。

たぶん――幻想に極力頼らない、すなわち肌の色などの分かりやすい特徴を論拠としない「他者化」は、その人の奥の魅力、例えば人間性や性格に美を見出すことだからでしょうか。
いや、森本さんの言葉を借りれば、「われわれを脅かすほどにイメージが肥大化する」ことの抑止に通じるからでしょうか。
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