第13話 野村史子 受けた影響の大きさ

文字数 1,333文字

驚きました。何にって野村史子さんのBLの名作、発売は91年なのに再販もされ今も読まれている「テイク・ラブ」にです!
本作は、これほど複雑な要素により構成されていたのかと、数年ぶりに読み返して驚いたのです。

舞台は現代、つまり91年頃と学生運動華やかなりし70年頃を行き来します。
かつて学生運動の中心メンバーだった山崎は運動、そして恋愛の挫折から日本を離れ、文化人類学を専攻していた関係からエクアドルに渡り、ほぼ彼の国で暮らしています
恋愛の挫折。
山崎は年下の恋人、春樹を置いて日本を去ったのです。
春樹を見捨てたのは、春樹が山崎の妹、礼子を殺めたからでした。
礼子は春樹の子を宿していたのです。

まず作中驚いたのは、山崎が同性愛者として描かれ、しかも彼は70年の段階で同性愛差別は政治課題だと主張し、運動を展開しようとしているんです!
正確な歴史を知らないので軽率なことは述べられないのですが、山崎がやろうとしたことは「リブ」と呼ばれ、日本でゲイリブが始まったのは70年頃だったのではなかったでしょうか?
いや正確な歴史を知らないのですが、少なくとも野村史子さんはゲイリブの概念を持っていた、同性愛が異常ではないと知っていた、86年の段階で。驚きました。

一方春樹はジャズピアニストであり、差別なんてどうでもいい、山崎との暮らしが上手くいけばそれでいいのだ、と運動に関心を持ちません。
春樹はゲイではなく誰とも性行為を行えますが、運動よりも個の暮らしが大事、というより、機能不全家族に育った彼は愛情に飢えて運動どころではない、山崎から愛情を常に「補給」されていなければ気持ちが安定しません。

そして礼子は、兄である山崎を男性として愛しています。
しかし男女の仲になるのは無理で、山崎がどれほどエクアドルに憧れていたかを知っており、しかしエクアドルに渡る夢を捨て選んだのは春樹というつまらない少年。
礼子としては納得が行かず、しかし山崎が逮捕され淋しさを持て余した夜、春樹と礼子は性行為をし、礼子は妊娠、後に春樹に殺められます。
「自分を妊娠させたのは春樹」、そう山崎に告げられることを春樹は怖れたのでした。

で、礼子と春樹が寝たのは、二人とも互いの体を通じて同じ男、不在の男、つまり山崎と寝たのだ、という指摘がサブキャラによりなされ、このエピソードに、三島っぽい理知を感じます。

他にも生活と理想の対立などへの言及もありつつ、また名前も与えられない登場人物たちがイキイキし、作者の人生経験の豊かさを思います。

そして、一番ビックリしたのは、本作は悲恋となぜか僕は思い込んでいたのですが、今回読み直ししたら、山崎と春樹が添い遂げる未来がさりげなく暗示されていて、ハッピーエンドと少し違うけど、苦味と安らかさの共存したラストを堪能しました。

野村史子とは、一体何者だったのでしょうか。
描かれたエピソードを見ると知識が豊富で現実の厳しさを知りながらロマンティスト。
活動時期は短かったですが、作品に込められた熱量を見ると、長くは続けられなかったのも然りと思います。
そして、本作は僕に大きく影響を及ぼしていると再読して気づきました。
一番の影響は――、野村史子さんは、本作を書かずにはいられなかった、その姿勢です。
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