第4話 「俺、男じゃなくなっていく」~俺が妹になるってめちゃ難しい~  

文字数 6,977文字

 次の一週間の始まる朝、朝早く目が覚めベッドの上でパンツとショーツとキャミのままごろごろしている俺。いつの間にかそれはシンプルなものからレースやフリルの付いた可愛い物に変わっていた。何故かって言われても、ただなんとなく…だって俺妹の杏奈にされるんだからさって感覚で身に着けていた。
 寝転びながらふと俺は自分の太股を見ると、ある事に気づく。一週間前脱毛で赤かった俺のそれは、真珠色になっていて艶が出始めていた。
「え?」
 俺は自分の太股をすっと指で触ると、つるつるしてなんだかくすぐったい感じ。そして後ろには以前は無かったぽったりと柔らかい肉が付いているのに気づく。
 太股をふると、それはふるふると揺れる。あきらかにこの一週間で俺の太股に付いた新しい肉。しかも、
「柔らかい…これって、女の肉って奴?」
 暫くそれに触りつつ、その柔らかさになんだか満足した俺。そして俺の頭の中には…、美容体操のたびに俺の横にいつのまにかショートパンツ姿で一緒に体操してた水村さんの姿が浮かぶ。下はトレーナーかズボン姿の俺に見せびらかす様にして自分の綺麗な足を時にはぶつけながら笑う彼女。そんな彼女をなんだか羨ましく感じてた俺。
 えーいっと思った俺は、ベッドから飛び起き杏奈のタンスからショートパンツを物色。中にはフリンジとかレースとかパステル調の色のものが有ったけど、さすがにそれを履く勇気は無く、黒の地味なものを手に取ってベッドの上に戻り、まるで映画の中で女の子がやっていた様に寝転んだままそれを履いた。さすがにちょっと窮屈だったけど、なんとかウエストのボタンは留まった。とそこへ水村さんが俺を起こしに入ってくる。
「おはようございます杏奈様。朝ごはんつくりましょ…」
 ベッドの上に座り、胸元で両手でVサインする俺。最近なんとなくこういうの慣れてきた俺だけど。
「あー、杏奈様、ショーパンにしたんですか?」
「あ、うん、なんとなく今日はショーパン気分」
 以前に口にしてた水村さんの口真似で俺。
「なんかふともも可愛くなってません?」
「そ、そう?」
 俺って可愛いって言われたのって何年ぶりだろう。と、その時、
「おおい、杏奈、先に注射だ注射」
 部屋のドアから水村さんを押しのけて入ってくる柴崎さん。と俺の姿にちょっとびっくりした様子。
「なんだ、ショーパンにしたの。まあいいや脱がせやすいから」
 そう言いつつ、彼女はずかずかと部屋に入り、ベッドに近寄り、俺を強引にベッドの上に寝かる。
「はい、ぱっぱと終わらすよ。今日も二本ね」
 手に持ったケースから手早く注射器とアンプルを手に準備を始める彼女に俺は尋ねた。
「ねえ、それって一本は、その、女性…」
「女性ホルモン。あんたの体を女にする為のね」
「もう一つって何?」
「さあ、何かしらね。おまじないかな」
 なんだよそのおまじないの注射って…。ともかくその時は俺は何も言わず、柴崎さんにショーパンとショーツを降ろされて注射を受けた。
「やっと可愛いの履く気になったか…」
 柴崎さんが俺の履いてる花柄のショーツを指でパチンとはじいてそう言った。
 
 次の一週間も同じ事が続く。だけど、少し違ってきたのは、だんだんお喋りになっていく俺だった。女の家政を教えてくれる水村さんの女言葉とかギャル言葉が次第に俺に写り、会話のイントネーションが次第に女っぽく変わり、同時に雑談の中女の子ファッションとかコスメ、メイクの知識が少しずつ頭の中に入っていく。
 なんだか、その、すごく楽しい!俺が別人になっていく!最初の二週間、こんな充実した時なんて今までなかった。
 もっとも逆にだんだん意識が男でなくなっていく自分に、ある程度の恐怖は、やはり有った。それは体にも現われていく。
 全身の凹んだ部分には柔らかい女の肉とか脂肪が埋まって平らになり、白く輝く様になった肌からは、毎日のスキンケアの影響で、常に香水の香りがまとわりつく。そして白くなった肌に目立つ赤黒くなったバストトップ。それは全体が倍の大きさになって先端がマチ針の大きさだったのがいつのまにか小指の先位になり、常に何かがくっついている感覚が有った。
 まだどちらかというと女になるっていうより可愛くなっていく俺。声が少し変わって、時々無意識に女っぽい手足の仕草を取る様になっていく。
 二週間が終わり、三週目。俺の履いていたショーパンはいつしかフリルの付いた物に変わりトップスにもフリルの付いた可愛いのに変わっていた。だって、そろそろ暑くなってきたし、たまにはなんか気分変えたいし。女ってさ、暑い日にこんなの着て人前で堂々といられるなんてすごい楽だと思う。
 そして週間ぶりに来る柴崎さんがどんな顔するかってのも密かな楽しみ。
 だが、注射をしにきた柴崎さんは、
「可愛くなったじゃん」
 の一言だけ。と、注射が終わって部屋から出て行く間際。
「あ、そうそう田柄君お見舞いに来てっからさ。ほら」
 なんだって?田柄さんて、なんでこんな日に朝早く…
「よ、久しぶり」
 そう言って柴崎さんの立っている部屋のドアの隙間からひょいと顔を出す彼。と、その途端、
「あれ、右京君、どうしたんだよ。なんかその、目とか二重になってるのか?眉とか、その、可愛くなってない?」
 注射を終えてベッドに座っている俺にずけずけと近寄る彼。
「じゃ、ごゆっくりー」
と部屋を出て行く柴崎さん。それを見届けた田柄さんは僕の体をじっと眺めつつ、ため息つきながら言う。
「お前、大丈夫なのか?変な事されてねーか?」
 なんか相手をいたわる包容力の有る喋り方。
「されてるよー、ほら」
 俺はおもむろにキャミの胸元をめくり、大きくて真っ赤に染まった俺のバストトップを見せた。
「うわ…なんだこれ」
「最近さ、この胸がちょっと痛むんだよ。それにここだけじゃないんだぜ」
 驚く田柄さんに、今度はショーパンを脱ぎ、そしてフリルと花柄のショーツを男性自身が見えない所まで指でめくって、下腹部を見せた。
「ほら、やられちゃった…」
 真っ白になった俺の下腹部の下、この二週間で脱毛と共に綺麗に纏められた、長方形の女の子型の恥毛をちらっとだけ見せた。と田柄さんは、俺のふっくらとし始めた太股を手で触り始める。途端にぞくっとする感覚が俺を襲う。
「どうしたんだよこれ」
「う、うん。脱毛されて、なんか変な薬とか打たれたり」
 柔らかくふっくらとしてつるつるし始めた俺の太股を更に触ろうとする田崎さんの手を俺は軽く払いのけた。
「今日はなんでここへ来たの」
 俺は無意識のうちに彼の顔をじっと見つめて尋ねる。
「あ、昨日ここの近くで夜遅くまで飲んでてさ、終電もだるかったし、泊めてもらったんだ」
「え?じゃ、昨日の夜来てたんだ」
「え、あ、まあね…」
 少しバツ悪そうに髪に手を当て、そして続ける彼。
「いや、杏奈ちゃんに改造されるという右京君見るの、ちょっと辛くてさ。でもまあ、元気そうで良かった」
 そう言いつつ彼は、傍らに置いてあった荷物を手に取る。
「本当良かった。元気そうで。それじゃな」
 そう言いつつ、部屋のドアの方へ行く彼。と、ふと振り向いて彼が言う。
「右京君、なんか、その、うまく言えないけど、なんかマジで可愛くなってるよ。まあ、頑張って!」
 そう言いつつ、笑顔を俺に向け、ドアから出て行く彼。その途端静けさが戻った俺の部屋の中、俺は胸の中で何かがズドンと落ちるのを感じた。
(な、なんだこれ…この感覚)
 そして、その時、ずっと読み続けている杏奈の日記の高校二年になってからの項を思い出す俺。杏奈はしきりに田柄さんに会いたい会いたいと書き綴っていた。田柄さんはどう思ってたか知らないけど。
(や、やべぇ。とにかく杏奈と田柄さんの事は、知らない事にしておこう)
 次の一週間も瞬く間に過ぎた。体の筋肉は消え始め、割とくっきり出ていた力瘤はなだらかな曲線に変わっていく。杏奈が使っていたトレーニング用のピンクのダンベルも、ここへ来た時持ち上げてみたら全く重さを感じなかったのに、今はずしっと手に重力を感じてしまう。
 声は日常的に女の子のハスキーボイスっぽい声になった。逆に元の俺の声は意識しないと出せなくなってしまう。
 あきさんの脱毛に至っては、あらかた済み、今は無駄毛の脱毛程度になったが、その分俺の肩幅と足と腰周りのサイズダウンと骨盤肥大と胸のマッサージが主流になっていく。
「杏奈ちゃん…だよね。既に肩幅は五センチ小さくなったけど、まだまだ、あと三センチなんとかしたいなあ」
「足はようやく二十五センチってとこか。あと一センチ位はいきたいなあ」
 独り言みたいに呟きながら、ヒッピーみたいなおじさんは相変わらず週二回、夜やってきては俺の体をいじめ、そして夜どこかに飲みに出かけて行った。
 体には自分でもはっきりわかる位女の肉が付いた。椅子に座るとヒップに感じるふにゃっとした感覚。あばら骨のでこぼこは。あらかた柔らかい肉で埋め尽くされた。
 顔からはニキビやシミがすっかり消え、のっぺりとした白い顔になりつつあった。日付はもう五月の末。次の日曜日の自由時間が来た。
 注射二本の後、俺はようやく体得した杏奈の筆跡で、二十通もの彼女の友達からの手紙の返信を書き始める。もう何回も読んだ杏奈の日記と俺の作ったメモを片手に、無難でありきたりな文章だけど、内股に慣れっこになった姿勢で椅子に座り、机の上の便箋に俺の手から生み出される可愛い丸文字と、犬、猫、ウサギ、ネズミ、リス、怪獣の可愛いイラスト。
 ほぼ丸一日それに費やした後は、事前に目を通していたもう百通近く溜まっていた杏奈宛のメールの差出人に、杏奈の口調、癖と良く使う絵文字を混ぜこぜにして、一人一人に丁寧な返事を返していく。最後に水村さんの入れ知恵で、もうしばらく普通のメールの返信は待ってと付け加えておいた。でないともう毎日メールで忙殺されるから。
 そして、俺が屋敷に閉じ込められてとうとう一ヶ月。もう六月に入ってしまった。俺の杏奈としてのデビューまでもう一ヶ月も無い。
 柴崎さんが俺に定期的に注射を打ちに来る前の日の土曜日の夜。いつまでたってもスカートを履きたがらない俺にとうとう柴崎さんから最後通告が来た。
 その日、風呂に入った後、誰も部屋に入ってこないのをいいことに、ベッドの上で上半身裸で下着一枚で寝転がっていた俺。それは女児臭い綿パンではなく、数日前から短いピンクのショーツに変わっていた。
 事実もう俺の男性自身は小指位に退化して膨らんでいくお腹の影になり、股の奥の方にじわじわと移動し始めていた。そんな俺にとって短いショーツの方が収まりが良くなり、ショーパン履く時もそのピッチリ感のが楽。只、短くなってしまったそれで、もう立って用を足すことは出来ないかもしれない。
 そんな俺に突然柴崎さんからの電話。着ている物やトレーニングの進捗状況をこと細かに聞かれたが、どうやら彼女の満足する線には行ってなかったみたいだ。
「もう何やってんのよ!もう六月過ぎてんのよ!来月はもうあんたは杏奈ちゃんなのよ!」
 柴崎さんは明日俺に注射をした後暫くここに居座り、そして、俺は明日から女の子ではなく、本格的に杏奈になるトレーニングを受けさせられる事になるらしい。
「明日からスカートにブラよ!覚悟なさい!」
(ああもうやだなあ、何されるんだろ俺)
そう思いつつ、ベッドの上で四つんばいになってため息をつく俺、と俺はある事に気づき
「え!?」
 と小さな声を上げてしまう。
「な、なんだよ、これ…」
 四つんばいになったまま俺の目は胸元を凝視しつづける。俺の二つの胸は、また大きくなったバストトッブを頂点に小さな円錐形になって垂れ下がっていた。前は胸の贅肉なんてこれっぽっちも無かったのに。確かに胸に肉が付いたのは薄々わかっていたが、その他の場所にも肉や脂肪が付いてたのであまり気にしなかった。
(ど、どうすんだこれ…)
 俺はベッドの傍らの小さな鏡に自分を映す。そしてそれ以外にも
(うわっ、目が…)
 俺の目の睫毛は知らない間に正面から見てもはっきりわかる位伸び、僅かにカールした毛先は上を向いていた。何よりも、その目元は…、
(あ、杏奈…)
 二重のぱっちりした目と長い睫毛、細く整形された眉。刺青で作られた左目元の小さな泣きほくろ。顔の他の部分はともかく、目元だけはかなり杏奈に似て来ている様子。と、そこへ、部屋をノックする音。
「杏奈お嬢様、田柄様がお見えでございます」
 鏡に気を取られていた俺は、じっとそれを眺めつつ、
「どうぞ…」
 と言ってしまう。部屋に人の入る気配がしても、俺は胸と目の変化でぼーっとしたまま鏡を見つめていた。と、
「う、右京君…」
 田柄さんの声にはっと我に返るけど、俺は自分がピンクのショーツ一枚だって事がようやくわかった。
「きゃっ」
 思わず出た短い悲鳴の後、俺は咄嗟にベッドの掛け布団を取り体に巻きつけようとしたが、気が動転してうまく出来ない。ようやくそれを体に巻きつけ、田柄さんに背を向けるまで、俺の白く柔らかく女性化し始めた体は完全に田柄さんにチェックされたらしい。
 しかも俺の口から初めて出た女性の悲鳴を聞かれ、膨らみ始めた胸をばっちり見られた恥ずかしさで、俺は顔を真っ赤にしていた。
 田柄さんもかなり驚いたに違いない。しばし二人の間に無言が続く。
「右京君…」
 無言の俺は掛布団を掴む手に更にぎゅっと力を入れた。なんでそうしてるのか、俺にはわからない。けど、頭の中で何かがそうしろと命令してる。
「や、やだなあ右京君。男同士でさ、何やってんだよ俺達さあ」
 そう言って大笑いする彼だったけど、でもさ、俺今男としてはもうかなりやばい体になってるのは間違いないんだけど。
「男同士?」
 そう喋る俺の声は、もうハスキーな女声。元の声はもう意識しないと出せない。ていうか、俺の現実をはっきり田柄さんにわかって欲しい。俺は覚悟を決めた。
「これでも、そう言える?」
 俺は田柄さんの方に向き直り、体に巻いた掛け布団をゆっくり外す。流石にもう恥ずかしくて、彼とは目を合わせられなかったけど。
 そして彼はそんな俺に近寄り、まずは顎に手をやって俺の顔を上げじっと見つめ始めた。そして、今度はその手で俺の、その変化して膨らみ始めた両方の胸をそっと触り始めた。途端に胸に来る不思議な感覚。なんだか、そのすごく気持ち良く…。
「だめっ!田柄さん!」
 俺は反射的に彼の手を払い、そして再び掛け布団を体に巻いて言う。
「何しに…来たのよ」
 咄嗟に口に出てしまう女言葉がすごく恥ずかしい。再び彼は笑いながら言う。
「あ、あははは!いや、たいした事ないんだよ。基本土日は大学休みだからさ。それに右京君もう一ヶ月近くここに閉じ込められてるだろ。たまにはさ、外に出てドライブなんかどうかと、思ってさ、ははは」
 ド、ドライブ!?俺外に出られるの!?
「大丈夫。大澤さんには短時間ならって許可取ってるからさ」
「えっあっ行く行く!連れてって!」
 また田柄さんの前で披露してしまった自分の女声に更に顔を赤らめながらも、俺は体に布団を巻きつけたまま杏奈の衣装ケース前に行くけど、ふと手が止まる。ここには当然ながら女の子の服しかない。それを察したのか田柄さんが、
「スカートなんてまだ履きたくないんだろ全くしょうがねーなー」
 なんて言いながら、タンスや衣装ケースを物色し、ストレートのジーンズと男でも着れそうな白と黄色のロゴTシャツ、そして白のタンクトップを選んでくれる。
 手渡されたそれを
「ありがと」
 って笑顔で受け取り、彼にくるっと背を向け体に巻いていた布団をするっと落として着替え始める俺。
「お前さ、恥ずかしくないわけ?女のパンツ一枚の姿を俺に見せるのって」
 そう言われて、あっそうかって感じの俺。言われて始めて恥ずかしいって気が付くんだ。
「お前さ、なんか小さくなってない?」
「え?そ、そうかな」
 と、突然田柄さんに両肩を掴まれる俺。一瞬だけど、なんだかぞわっとする感覚。
「ほら肩幅なんてさ、絶対そうだよ。足とかもさ、なんか縮んでない?」
「気のせいだよ!」
 俺は身をよじって田柄さんの両肩の手を振りほどく。そしてさっきから田柄さんが俺を名前で呼ばず、お前って言ってるのに気が付いた。でも、何か別に嫌っていう気がしない。
 ちょっときつかったけど杏奈のストレートジーンズ履いて、Tシャツを着た俺は、考えた末、その裾をわざとジーンズから出した。
「なんだよそれ、女みたいにさ」
「え、いいじゃん。なんかさ、今日俺どういう訳か、可愛く振舞いたいんだもん」
 笑いながら言う田柄さんに振り向き、にこっとして言う俺。
「なんかさ、すっかりお前変わっちまったな…」
「いいじゃん…行こ行こ」
 俺は田柄さんの着ているシャツの裾を引っ張って部屋のドアに向かった。
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