第27話 「女子高校生杏奈として」~僕が妹になるってめちゃ悲しい?~

文字数 15,917文字

 翌朝!とうとう来たこの日!男の子だった僕が初めて女子高校生の京極杏奈として登校する日!
 覚悟していたとは言えもう朝起きた時からガクブルの僕。Bカップのブラ付けて、半袖のブラウスにチェックのスカート、ボウタイ付けて、スカートの下は今風にきっちり一分丈のスパッツでガード。杏奈の形見のピアスを付ける事を忘れない!
 水谷さんに元気付けられ、京極邸の大きな門構えに行くと、もうそこには真帆ちゃんが待っていた。
「おはようございまーす。右京お兄さん!」
「や、やめてよ!そういうの!絶対言わないでよ!」
 笑いながらいきなりそう切り出す真帆ちゃんの口をあわてて軽く押さえる僕。
「言う訳ないじゃん!ばーか!」
 近くの江ノ電の駅まで人がいないからと仲良く手繋いで歩く女子高校生二人。
「あれ最後まで読んだ?クリオネ?」
「う、うん」
 早速話題振ってくれる間帆ちゃん。
「結局さ、クロエに妨害されながらもルナって彼氏と結婚しちゃうんだよね。それでその後頭がおかしくなっちゃったクロエを養子にまでしちゃってさ」
「あれ、続編出るんだって」
「えー!もうドロドロじゃん…」
 クリオネ大好き真帆ちゃんが僕にいろいろ解説してくれる。
「そういえばさ、女の子同士の事いろいろ教えてもらっちゃった」
「えー、誰に?」
「エッチビデオの女優さん養成所みたいな所の人に」
「えー嘘!マジ?」
 僕の方が真帆ちゃんよりいろんな事知ってるよっていう、なんか女の子同士の見栄の張り合いみたいな感覚がいつのまにか僕についちゃったみたい。それでいきなりそんな事言ってしまう僕。
「じゃあさ」
 僕の一歩前に躍り出た真帆ちゃんが、いきなり振り返ってあのクリオネサインを出して可愛くポーズ取る。
「えー、今日?だって絶対今日始業式終わったら連れまわされるかも…」
「だからー、ずっとサポートしたげるから、ね、今夜」
 そう言って後ろ歩きしながら首をかしげて可愛いポーズの彼女。
「はーい」
 そう言って僕も彼女に向かってクリオネのポーズ。
「やったあ!」
 そう言って真帆ちゃんはあたりに誰もいない事確認して僕の頬にキス。
「そうだ、今日の始業式さ、なるべくぎりぎりで教室入らない?」
「え、なんで?」
「だってさ…」
 そう言って誰もいないかあたりを見回す彼女。
「先に入ったらさ、みんな杏奈に集まっていろいろ聞かれるじゃん。そこで変な事喋ったらまずいからさ。ギリで教室入って、多分先生から挨拶させられるから、その時に事故の後遺症で記憶とんじゃいましたって、先にみんなに釘さしとくの」
「あ、そ、そうね…」
 正直僕初めて教室に入った時、いろいろ杏奈のクラスメートから聞かれるのが怖かった。
 初めての高校で、初めて会うクラスメートに、しかも初めて女の子で会うのに、みんなと旧知の仲のふりしなきゃいけない。すごく心配だったけど、それならなんとか…。
「ありがと、真帆ちゃん」
 そう言って僕は彼女の頬に軽くキス。もうこんなの男の子時代に考えられなかった。 
 江ノ電に乗る前少し時間潰して、海沿いの駅に降り立った僕達。正門で待ちくたびれたのか、
 「おっそーい!」
 僕の事を知らない愛利ちゃんに、ごめんごめーんと謝って、おっかなびっくりで真帆ちゃんの後について高校の正門をくぐる僕。もう後には引けない!
 それにしても流石は私立名門ミッション系スクール。校舎は綺麗できちんと掃除されてるし、行きかう生徒達もみんなどことなく品の良い子ばかり。男の子の時、僕が通ってた公立高校とは大違い。
 計画通り始業のチャイムが鳴る寸前に教室に入る僕。といきなり、
「あ!京極!」
「杏奈来たぜ!」
「え?杏奈?どこ?あーーー!杏奈!」
 男女共にすごい杏奈コール。とそこへ結構イケメンの学級担任が入ってくる。
「おーい起立!礼!着席。おい誰も登校拒否いねーだろな?いたら俺が校長に怒られるんだからな」
 そう言って始業式そうそう笑いを取る担任の先生。結構面白い人みたい。
「どうやら来てねー奴いないみたいだが、今まで来なかった奴が一人いる。おーい、京極、ちゃんと出てきて挨拶しろ!」
 もう顔真っ赤にして真帆ちゃんの隣の杏奈の席に座ろうとした僕は、その言葉に慌てて前に出た。いくつかの拍手が聞こえる。
「あ、あの、京極杏奈です…」
 その途端教室中で笑い声が起こる。
「んなこたぁ、みんな知ってるよ。結婚して苗字でも変わったか?」
 担任の先生の言葉に再び教室中に笑いが起こる。そう、そうだった。
「あ、あの、皆さんにご迷惑かけてすみません。あと、あの、事故の後遺症で記憶がかなり飛んじゃってて、あの、これからもご迷惑かけるかと…」
 通学途中で真帆ちゃんに教わった言葉を、顔を真っ赤にして言う僕。
「なんだよなんだよ京極、おめー事故ってから随分しおらしくなったじゃん?」
 笑いながら担任の先生が続ける。多分僕の不安を払拭しようとしてくれてるんだろう。
「なんか記憶喪失っぽくなったって家族の人から聞いてるからさ、みんなとりあえず転校生扱いって事でいいよな?」
「うんうん」
「うぃーす!」
 とその時、
「杏奈!海開き見てたよ。水着可愛かったじゃん?」
 一人の女の子がそういう。
「え?何それ?」
「杏奈ね、真帆とか愛利と一緒にキャンギャルやってたんだよ」
 その子の言葉に、
「まじ?」
「うそー!」
 男子から驚きの声が出る。
「おめー病気療養中じゃなかったのかよ?」
 担任の先生からもそんな声。
「ちがーうの!杏奈の社会復帰の為にあたし達が誘ったの!ね、愛利」
「あ、う、うんそう」
 真帆ちゃんの適当なごまかしに相槌打ってくれる愛利ちゃん。
「よーし、じゃあ京極、席に着いてよし。今日のスケジュール言うぞ」
 先生の言葉にこそこそと真帆ちゃんの隣の席に戻る僕。もうはらはらだったけど、なんとか乗り切ったみたい。

 僕の女子高校生生活が始まる。おしゃべりの女の子達に毎日毎日囲まれ、まるでスポンジの様に女子高校生言葉とトーン、仕草、足癖、そして女の考え方、そして女の子同士の気配り。言葉もだんだん早口ではっきりと言える様になったし、逆に早口でテンポの速い女の子の会話もいつのまにか聴き取れる様に。
 萌さんに教えてもらった呪文「あ・ま・え・ん・ぼ・う」を常に心がけて男子生徒にも接する僕。
 最初はすごく疲れて毎日毎日大変だったけど、僕の頭は次第にそれを難なくこなす様になっていく。
 体育の時間がすごく好きになった。体を見せない着替え方とかを何度も家で特訓。そしてわいわいお喋りしながら女子更衣室で着替。好きな男の子の事、生理の事、悩み事、体の事とか女の子同士でしか出来ない話を一杯聞かされたり、僕も話したり。
 丸首の体操着と短い紺の柔らかで短くて、スパッツみたいにぴっちり体に付くショートパンツ履いて、白のショーパン姿の男子の体操服姿を懐かしく思ったり、女の子達に混じって他の子達の体操服姿とか背中に透けるブラの線見たりすると、僕も他から見ればあんな体になってるんだって、改めて女になった自分が愛おしく感じてしまう。
 ソフトボール、サッカー、バスケ、バレーボール、ドッジボール。男の子時代は平凡だったけど、女子に混じればもうヒロイン気分。只、ヒップに付いた脂肪と、まだBだけど揺れに揺れまくる胸。いきなり女の子になった僕には邪魔でしかたなかったけど。
 後期いきなり始まったレオタード着用の創作ダンス授業。当然僕も含めてそんなの着るのは全員初めての事。みんな恥ずかしそうにブルーのそれに足を通して、お互いチェックのし合い。
 僕もすごく恥ずかしかったけど、それを着て鏡の前で乱れを直したり、髪を上げたりするけど、その動作が
「杏奈、なんかすごい色っぽい!」
 と評判になる。
 授業が始まってすぐ、僕の手足の動きのなめらかさがすぐ先生の目にとまり、何かやってたのって聞かれる。でもなんでもない。萌さんところでいろいろ女を教えてもらった時の経験にすぎなかった。男の人を誘う時の手とか足の動きだったんだけどね。 
 今からでも運動部に入らないかとお誘いあったけど、反則みたいだから僕は遠慮させてもらった。
 とうとう、ドッジボールで僕一人で相手を全滅させた時、体育の女の先生が転がってきたボールをポンと僕にぶつけて言う。
「ちょっと京極さん!あなた病気療養中に何やってたのよ!まるで別人になったみたいじゃん!」
 そうだよ、僕杏奈じゃなかったし、元男の子だったし…。ちょっと返答に困った時、
「まるでさ、亡くなったお兄さんが乗り移ったみたい」
 こともあろうに真帆ちゃんがそんな事を言う。と、ちょっと慌てた女先生。
「あ、あ、そうだったわね。ご家族全員亡くなって、ケガで入院してて」
 ちょっと頭をくるっと回転させて僕が言う。
「あの、入院して体の筋肉が萎えるの嫌だったから、ジムとかで運動して…。寂しさとかもあったから一生懸命…」
 その言葉を聞いた先生、
「あー、ごめんなさい。そういう事だったのね。本当辛かったわよね」
 と謝ってくれる。僕自身そんな嘘が一瞬で思いついて口に出来た事に自分でもびっくり。女の子になってから頭と口がなんだか良くなったみたい。それにしても、真帆ちゃんも僕にそれ言わせる為にあんな事言ったのかも。女の子同士ってテレパシーも使えるのかもしれない。
 瞬く間に、学校内の女の子で人気度トップクラスになってしまう僕。もう記憶喪失だったんだなんていわなくてもいい位に溶け込んじゃった僕。でも他の女の子達への気配りとかも絶対忘れない。
「えー!杏奈って、Neco Bang Bandの人と知り合いなの?」
「あの、ヒャッハー!ここから先はなんとかっていうアニメのオープニング歌ってる人でしょ?」
「あの曲ちょー面白い!猫がさー、自分の飼い主に向かって不平不満ぶちまける歌でしょ?」
「違う!俺はお前のご主人様だって、あれ猫が飼い主に言ってるんだって聞いた」
「前なんかバラエティ番組に出てたけど、ボーカルとキーボードが夫婦でさ、もう二人でお笑い漫才やってた!」
「ね、ね、杏奈!あたし会ってみたい!」
 ちゃんと要望に答えて、あのキーボードの女の人、あのロック衣装売ってる店で服買った時に会った人に即連絡してセッティングまでしちゃう僕。
 その代わり一晩付き合ってね♪と言われたのは内緒だけど!まいっか。僕もう完全な女だし。
 真帆ちゃんとは始業式の日の夜から始まって、時々ちょっといけない夜のお遊びしてる。いろいろサポートしてくれるからっていうお礼も兼ねて。
「ねえー、杏奈のあそこって今どうなってるの?」
 始業式の夜、真帆ちゃんに言われて戸惑ったけど、思い切って見せる事にした。だって変になってたら嫌だもん。
 以前不意に真帆ちゃんが見た時、まだあれが付いてたんだけど…。
 おそるおそるショーツ一枚だけになった僕のそれを指先でそっとめくる彼女。
「えー!もうこうなっちゃったの?」
「う、うん…まだ出来てる途中だけど、変かな?」
 元々精巣が入ってた所で今ぺしゃんこになった所の割れ目をぐっと指でかき分けて、その割れ目の中を触る彼女。
「ちょっと!どこ触ってるの!」
「すっごい!真っピンクじゃん…ううん、もうばっちし!保健体育の教科書とかに描いてる絵みたいじゃん!」
「そうなの?まだ内側のひらひら出来てないみたいなんだげど」
「見た感じはオッケーだよ。ここまで綺麗に左右ぴっちり対象形なんてそんなに無いんじゃない?」
「じゃさ、真帆ちゃんの見せてよ」
 女の子同士だから言えるその言葉。思えばすごい事その時言ったと思う。
「やだ…」
 ショーツ一枚で体をよじって恥ずかしそうに僕の方を向いて笑いながら言う彼女。
「えー、見せてあげたじゃん」
「やだ!絶対やだ!」
「なんでー!」
「だってさ、あたしのこんなに綺麗に整った形じゃないもん!」
「真帆!ずるーい!」
 結局お互いショーツ一枚同士で真帆ちゃんの家のベッドの上でキヤッキャッ言いながらじゃれあう僕達。そして結局見せて貰ったんだけど、そっか、やっぱり女の子って胸は見せてもあそこだけ絶対に見せたくないって理由がなんとなしにわかった。
 学校はたちまち文化祭の季節で、僕のクラスは今流行りの女の子だけのダンスを披露する事に。もう学校のアイドル状態になった僕は当然?ながらそのメンバーに選ばれ、やはり一緒に選ばれた真帆ちゃんと愛利ちゃんと放課後遅くまで屋上とか校舎裏で可愛いダンスの練習していた。
 それでここまで来ると僕にも女の苦難とか苦労とかがようやく降りかかってくる。
 女にしかない、頭痛、腰痛、手足の冷えとかの体の不調。水村さんからは、
「それ、多分あの日が来る時の前触れだよ。いつかなあ」
 なんてからかわれる。
 あと、生まれつきの女の子ならあまり感じないかも知れないけど、そろそろ女の子である事に不便を感じ始めた僕。
 ブラ苦しい!ストッキング面倒!朝の身支度めんどくさい!眠い!トイレ面倒!スカート気を使う!服に付いた埃とか汚れ気にしなきゃいけない!貰ったお祝い金殆ど服とコスメに使っちゃう!相変わらず毎日どっか痛む!電車で痴漢される!男の目線がいやらしい!
 そして容姿端麗、成績優秀、学校のアイトドル的存在になった僕への妬み、嫉妬、悪口、陰口の応酬。しかも時には他の女の子の悪口とかを言わざるを得ない状況にも追い込まれてしまう。これが一番体に悪い。もう本当女の子になって間もないから慣れてないし、本当女の子って大変なんだってつくづく思う。
 そんな事思ってる時、文化祭のダンスの衣装あわせが有った。手作りなのかなと思ったら、既製品だけどどこかの服屋さんが作ったちゃんとしたもの。
 白のブーツ、白のミニの短パン、水色のベルト、そして白のロゴに袖に白いアクセントの入ったミニTシャツ。
 なんか可愛くてダンスの選抜メンバーと一緒に女子更衣室で早速着替える僕達。着替え終わって鏡を見ると、そこにはまるでいつか野球を見に行った時に見たボールガールみたいな女の子が映っていた。
「わぁー…」
 ショーパンにTシャツ姿って普通に小学校の時まではそんな格好していたけど、そんな姿でも今の僕はもうう普通に可愛い女の子にしか見えなかった。男の子の時よりも上に上がったウェスト、大きくなったヒップと小さくなった肩幅と胸部、Bカップまで膨らんで、ちょっと目立ち始めた胸元、そしていつのまにか細くなった首筋のせいだと思う。
(僕、とうとうここまで来ちゃった)
 女になって少し経つけど、なんだろ。悪口とか陰口言われたって、こんな可愛い格好したり美味しいもの食べるとたちまち機嫌が直っちゃう。
 しばし自分の姿に見とれていると、
「杏奈って足長いからさ、こういうのすごく似合うよね」
「ううん、愛利ちゃんだってさ、元々可愛いからこういうボーイッシュなの似会うよ」
 しっかりお友達もフォローする僕。お互いスマホで写真取りまくって、ラインとかツイッターとかインスタで即アップ。
「選ばれなかった子達、妬むだろなあ」
 真帆ちゃんがぼそっと僕に言うけど、
「そんなの気にしてたら女やっていけないじゃん!女はあ・ま・え・ん・ぼ・う・をしっかり意識しなきゃ!」
「え、何そのあまえんぼうって?」
 真帆ちゃん以外にもたちまち何人かが僕の所へ寄ってくる。別の所で別の会話してたじゃん!もう女って、いつだって耳ダンボでマルチだし、こんなの好きなんだからさ!
「成功する女の呪文と秘訣だって。療養中に教えてもらったの」
「えー、何々、教えろ!」
 メイクとファッション以外に、なんかこういう事に女の子って興味深深なんだ。あと占いとかさ。
「愛、哀、甘え、舞、笑顔、演技、謀略、冒険、褒め、嘘、歌、売込の事だって」
「へえー、」
「え、なんてなんて?愛と哀と…?」
「もう!ボードに書いてよ!」
 それ聞いて更衣室の中にある小さな連絡用のボードにそれを書く僕。
「覚えた?ここにいるみんなだけの秘密だよ」
 そう言って僕はその文字をさっと消す。
「あのさ、去年ダンスやってた先輩から聞いたんだけどさ…」
 突然一人の子が何やら話し出す。
「えー、何々?」
「去年さ、どこかのモデル事務所のスカウトの人が学園祭に来てたんだって…ひょっとかして今年も…」
 その言葉に、
「えー!マジ?」
「マジで?」
「うそーーー!」
 みんなの短い歓声があがる。
「じゃさ!練習がんばろー!」
「おー!」
 いつのまにか僕は皆のリーダー役にまでなってしまっていた。元が男の子だったから…だと思う。
 そして更衣室から本番の衣装のままどっと駆け出す女の子達。
 僕も一人だったらこんな可愛い格好人前で晒すのは恥ずかしかったけど、十人みんなでなら全然平気!
 放課後校庭に残っていた生徒達の注目を浴びながら、僕達というか私達は校庭の隅に陣取って練習始めた。
 
 その日の夕方、
「ただいまですー」
 くたくたに疲れて京極邸に戻った僕。
「おかえりなさいませー」
 そう言って出迎えてくれる水村さん。
「まだ引越しのばたばたが続いてて、社員の方まだ大勢残ってるんですよー」
「へー、そうなんだ。夜食におにぎりでも作ってあげようか?」
「あー、あたしも何か作ろうと思って、杏奈様、お願いしていいですかー?」
「うん、いいよ」
 そう言って僕は荷物を置いてトイレへ行く。今日練習途中からなんかだるくなって、お腹張って仕方なかった。
(ここ、毎日練習だったから…)
 トイレに座って膝に両手を乗せてそう思いながら頬杖をつく僕。男の子の時と違って、体の真下から出る感覚にもやっと慣れた。とその時、急にお腹がきりきり痛みだした僕。
(痛っ…なによこれ…)
 とその時、何かどろっとしたものがお腹の中を通り、ぼとっと下に落ちる。慌てて下を見ると、様式のトイレの水が真っ赤に染まっていた。
「キャッ!」
 思わず大きく短い悲鳴上げる僕。その意味は以前から知らされていた。
 顔を真っ赤にする僕の呼吸と心臓がどんどん荒くなっていく。
(お、おちついて…)
 予めトイレに用意していたキットを手に取り、丁寧に処理する僕。お腹の痛みはまだ消えない。
(これが毎月一回来るんだ…)
 ナプキンつけ終わった僕はすっごいため息付いて立ち上がってトイレからのろのろと出てくると、そこには水村さんが、何故か嬉しそうな顔をして立っていた。
「さっき、なんか悲鳴あげたでしょ?まさか…」
「うん、そのまさか」
 僕は水村さんの顔を見つめて重々しく口を開く。
「来ちゃった…あれ…」
 その途端、
「おめでとうございますぅーー!」
 そう言って僕に飛びついてくる水村さん。と。その後ろで、
「え?え?何の事?」
 二人で振り向くと、そこには仮の事務所で働いている、ちょっと偉いお姉さんが不思議そうな顔して立っていた。彼女もトイレに来たんだろう。
「来たって?あれのこと?なんでおめでとうっなの?まさか!お嬢さん…男と?」
「ううん違うの違うの!」
 そのお姉さんの言葉に一瞬考えるふりして喋る水村さん。
「あのね、杏奈様、ほら、事故の後遺症で…」
 そう言った時、なんかわかったふりするお姉さん。
「ああ、わかったわかった、遅れてたのね。ごめんなさいねー」
 そう言ってつかつかとトイレの前に行く彼女。
「あんまり遅れたりしたらさ、駅前の○○って婦人科行って見たら?すごく評判いいからさ」
 そう言ってトイレのドアに消える彼女。
「杏奈様、これでもう完璧なオンナですよー。後で赤飯持って行きますからね」
 小声で言う彼女の声を聞きながらも、僕は暫く体の震えが停まらない。
(僕、とうとう、本当の女の子になっちゃった…)
 女子高校生の杏奈になってから、実は僕高杉クンと何度か会っていたんだ。だんだんデートっぽくなって最近はもう手まで繋いじゃってる。そして早くも九月の終わりの週末、とうとう彼から意味ありげなデートのお誘いが有った。
 なんとなくそれを予感しつつ僕は、彼の好きそうな可愛い下着を着け、そろそろ履きなれてきたストッキングで足を包み、杏奈の持ってた可愛いスーツに身を包んで、バッグを手にしてもうウキウキ気分で京極のお屋敷を…出れるはずがなかった。
 だって今日ひょっとすると、僕ロストバージンするかも。多分他の女の子達以上に緊張していた。たった五ヶ月で完全な女の子になっちゃった僕。そんな僕が、男の人と今日…。
 だってさ、あれが僕の体のあそこに入るんだよ!萌さんからいろいろ事前に聞いたけど、体を触られる感覚は市村さんに教えてもらったけど、あれが僕のお腹の中に入った時、僕どんな顔すればいいの?わかんないよ!まあ、それって僕に限らずどんな女の子でもそうだと思うけどさ。
 渋谷駅で待ち合わせなんだけど、その前にどうしても会っておきたい人がいて、少し早めに出た僕。向かい先は御徒町駅の横の小さな古ぼけたビルが立ち並ぶ所。お目当ての所の窓には、何か古ぼけた電光掲示板が有って、ウェルカムとかという文字が流れていた。
(良かった。今日開いてる)
 下が料理屋のビルの二階に上がって、ドアを開けて、
「こんにちわー」
 って挨拶する僕。そこは整体屋と骨董品屋が一緒になってる不思議な店だった。
「はーい」
 という声と共に僕が見たのは、古い大きな壺を磨いているあの人。僕が水着モデルやる羽目になった時、急いで僕の体型を出来る限り直してくれたあの人。
「あれ、どちら様でしたっけ?」
 振り返ったその人がそう言ったけど、突然
「まさか!杏奈ちゃん!?」
「そうでーす。お久しぶりでーす」
 立ち上がったその人に僕は抱きつく様にハグ。その人は御徒町のAKIさんだった。
「どうしたの?見違えたよ?どう体の方は?」
「う、うん」
 恥ずかしそうに顔赤らめた後、ぼそっと続ける僕。
「実は、その、先日…」
「先日どうしたの?」
「あれが来ました…」
「あれ?あれってまさか?」
「はい、一ヶ月に一回来るもの」
「本当かよ!おーい!」
 僕の言葉にびっくりして大声上げるあきさん。
「じゃあ何か?杏奈ちゃん、早乙女(早乙女美咲研究所)の子達より後に治療初めて、その子達より早くマジな女の子になっちまったって訳か?」
「はい、そんな感じです」
「嘘だろー!おい…」
 そのまま椅子にどすんと座ってあきれ顔するあきさん。
「それで、その…今日、彼氏と、その…ロストバージンするかもです」
「なんてこった!」
 僕の言葉に大笑いする彼。
「なんか、その、すごく心配で…何していいのか…」
 彼の笑い声が更に勢いが増す。そして、
「大丈夫!大丈夫!ぜーんぜん問題なし!下手な演技なんかしなくていいから!思ったまま感じたまま相手に接すればよし!」
「え、そうなんですか?」
「あんなのに決まったルールなんて無し。一つだけ言うなら、気持ちいいよって感情を相手にさ、自分のやり方でいいから伝えれば、それで問題なし!」
「そうなんだ!」
「がんばれよ!応援してるぜ!あ、俺これからお客さんだから。今度ゆっくりな」
「あ、はい。あの、ありがとうございました!」
「そのうちそっち行くかもよ。最近美味い野菜とか豆腐食ってなくってな」
「あ、是非!」
 そう言って僕はあきさんに別れを告げて店を出た。
 
「どうしたのその格好?」
 待っていた高杉クンはいつものラフな格好とは違い、髪を整え、まるで何かのメンズファッション誌のまねをしたかの様なすっきりした服装。聞けば夏休み中ずっと僕とのデートを想定してバイトしてたらしい。
「え?おかしい?」
「ううん、別にいいけど、なんかいつもと違うから」
「お前もなんか今日ちょっといいじゃん」
「ありがと」
 もう僕をお前と呼ぶ様になった彼と早速手を繋いで、高杉クンの庭という渋谷を散歩。ファミレスで食事奢ってもらったり、アクセとかファンシーグッズ買ってもらったり、女の特権を最大限使う僕。なんか悪くない。本当お姫様気分。
 午後過ぎ、彼の足はとうとう道玄坂の方へ。ぎゅっと彼の腕を掴みながらちょっと震え気味の僕。お互い今日はそういう日にしようって、約束した時からなんとなく意思疎通していた。
「ここ、結構可愛い部屋あるんだぜ」
「そうなの?」
「ラブホなんて初めてだろ?」
「当然じゃん!」
 本当はいろいろ大人の女を教えてもらつた萌さんの家がまんまラブホだったけど、嘘ついてそんな事言う僕。

「休憩な。流石に泊まるとやばいから」
「うん、休憩だけね」
 意地悪くそう言って、
「あー疲れたっ」
 て言ってベッドに寝転がる僕。内心はもうどきどきだったけど。
「シャワーあびてこ」
 何気ないふりしてそんな事言う高杉クンだけど、僕の知ってる限り彼には女経験ないはず。
「一緒に入る?」
 とかいきなり言われて、
「何それ?」
 と言い返す僕だけど、僕はもうベッドの上でスーツの上着を脱いでいた。
「あ、これ…」
 ミニスカートから覗くストッキングに包まれた僕のむっちり柔らかく、太くなった太股。もう女になった僕にはそれのセクシーさなんてわかんなかったけど、
(綺麗な足になったなあ)
 と思う僕。
 シャワーから戻った彼はそんな僕を一目みて、いきなり笑いながら僕の背中に回って抱きしめた。
「可愛いくなったよな、お前。海開きの時のキャンギャルだろ。あの時なんか細かったけど、今すごく女の子っぽくなったよなあ」
 ぎゅっと抱きしめられて最初は抵抗したけど、すぐに力を弱めた。僕なりの
(いいよ、好きにしても)
 の合図だった。そして彼は僕の耳元と頬にキスを始める。
(あ、始まった…)
 その時はその位にしか思わなかったけど、ベッドに座って体勢変えて抱きかかえる様にされた時、僕は全身の力が抜け、そして、僕は元の親友とゆっくり口を合わせた。
(前に萌さんとか市村さんとキスとかした時は僕まだ女じゃなかったもん。今日は女としての初めてのキス)
 これがファーストキスなんだって自分に言い聞かせる僕。その途端、もう慣れっこになった僕の女性香がいいつもより強くなっていくのがわかった。長いキスが終わって僕は彼の目をじっと見つめる。
「好きだよ、杏奈」
「うん、同じく…」
 僕達はもう一度長いキス。
 信じられなかった。僕の口からあんな可愛い悶え声出るなんて。男の人の体に触れた所があんなにじんじん感じるなんて。萌さんにいろいろ教えてもらったけど、あんなに艶かしく体が動くなんて。彼の下になり、キスされながらいろんな所を愛撫される僕。
 そして、とうとうBカップまでになった僕の胸を口に含まれた時、すっごい声が僕の口から漏れた。思えば今年の春、事故に会う直前までは僕と高杉クンの体ってほぼ同じ体格だったはず。
 それが彼の体は色黒く、たくましく、硬くなり、逆に僕の体は小さく柔らかくなり、胸は膨らんでヒップは彼より明らかに大きくなって、彼の固い体を柔らかく受け止め、そして彼の股間のものは固く熱くなって、ショーツごしに僕の何もなくなって広くなった股間に当たる。
 その時初めて僕は自分の股間に出来たばかりの割れ目の中がじゅんと湿っていくのを感じた。
 あ、僕もうだめ。スイッチはいっちゃう!女のスイッチが!
 とうとう僕の履いてたショーツを外す彼。思わず前に市村さんと遊んだ時みたいに両手で顔隠す僕。
「うわ、綺麗…」
「え、どしたの?」
「こんな綺麗なの初めて見た」
 その声聞いた時、女になった僕の頭が怒り出す。
「え?何初めてじゃないの?」
「え、初めてだよ」
「嘘!他の女のと比べたでしょ?」
「いや、写真とかで」
「信じらんない!」
 高杉クンが女経験無いって知ってたけど、僕の頭の中から相手を困らせてやれって指示が飛んできて…。
「だから俺初めてだって!」
「どうかなあ!」
 ちょっと笑い気味に言う僕。それを彼は察したみたい。
「そこまで言うなら!こうしてやるよ!」
 いきなり彼は僕の女になったばかりの所に自分の舌を当てる。その途端僕の口からは短い悲鳴が上がって背中が弓なりになった。クリトリスに変わった僕のあれを舐められた時、僕の口から長めの悶え声が勝手に出てしまう。
 何?何なのこれ?何なのこの感覚!僕に出来たあの部分て、あんな事されるとこんなに…!
 僕のあそこはもう湿るどころじゃなくて、何かの液体がじわーっと流れてきてもうびしょびしょになっていく。そしていきなり僕の股間に彼の熱く固いのをあてがわれ、ちょっと抵抗する僕。でも内心は、
(あっとうとう来ちゃう!)
 って感じだった。でも現実は違ってた。彼は間違いなく童貞。そして僕はついさっき女になってあの部分も出来上がったばかり。自分でも何がどうなってるかわかんない!
「違う!そこじゃないの」
「どこだよ…」
「もうちょっと上みたい…痛い!」
「あ、ひょっとしてこれか?」
 その時あそこにするっとした感覚が有ってその途端、何か火傷したみたいな痛み。
「痛ぁーい!」
 そのままずぶずぶと高杉の物が入っていく感覚。
「痛い!痛い!痛!痛!ちょっとやめて!」
 と次の瞬間消える様に痛みが消える、後に残ったのは何か熱い硬いものが僕のお腹に留まってる感覚。
「入ったぜ!」
 彼の言葉に僕は軽くうなずく。と。途端に彼の腰が前に後ろに動き始めた。と僕の口から勝手に子犬の鳴き声みたいな声が漏れる。
「あん!あん!あん!…」
 何、この感覚!信じられない!だめ…あそこが熱くなる!やらしい声が勝手に出ちゃう!頭の中真っ白になっちゃう!だめだ、これ、僕…僕…、これが、女なの!?
 彼の物が奥に力いっぱい突かれる程、体全体にじわーって不思議な気持ちよさが行き届いていく。
(あ、萌さんの言ってたあれ、やってみよ)
 確か男の子の時に、あれをぴんと立てる筋肉がそのまま女の子のあそこをきゅっと締め付ける筋肉になるって言ってたのを思い出す僕。
 やってみるとすごい!高杉クンがその途端ものすごく気持ちよさそうな顔する。
(あ、おもしろーい)
 それを繰り返しきゅきゅっとやってあげると、僕自身もすごく感じるし、彼の僕を突く力がぐっと強まっていく。
 (あ、気持ちいい!もっと!もっと力強く!)
 そう思って僕は高杉の背中に手を回して思いっきり引き付ける。僕の口から出る悶え声は次第に長く伸びていく。自分でもすごい声出してると思うけど、だめ!もう止まんない!
「あーん!あーん!あん!あん!」
 彼の動きに同調するかの様に口から漏れる声も、だんだんオクターブが上がって、嬉しそうな、悲しそうな不思議ま声になって、
(あん、ずーっと続けて欲しい!いつまでも!ずーっと!ずーっと…)
 とうとう僕の体が宙に浮いてる感覚になる。こんなの前に市村さんにされた時のはるかに何倍も、何倍も…、それに何だか大事にされてる、喜ばせてくれる、気持ちよくさせてくれる…。
 彼の腰の動きが止まらない。すごく長い時間だった気がする。そして、僕の頭に微かに残っていた小さなお城みたいなのが崩れる。
(僕!僕…ぼく……違う…違う!あ…あ…、あたし、あたし!あたし!あたしなんだ!)
 僕がいつのまにかあたしになった瞬間、あたしは空中からまるで落ちるみたいな感覚に襲われて…。
「キャーーー!」
 多分こんな甲高い悲鳴上げたの初めてだと思う。
「高杉クン!好き!好き!だぁーーい好き!」
 もうへとへとになったあたしはそう言って彼の体にぎゅーってしがみついちゃった。彼もなんだかいっちゃったみたい。
「おつかれさま…」
 僕はそう言ってはあはあ言ってる彼の口にそっと口付けしてあげる。不思議だった。少し間をあけると僕はけろっとしてるのに、高杉クンはまだはぁはぁ言ってる。
「ねえ、もっかい…」
「あ、だめ、俺もう疲れた」
「えー、そんなのやだ」
 彼のものを見ると、ゴムかぶったそれはもうすっかりしなびちゃって。
「ねえ、もうだめなの?」
 それを指で触りながら残念そうに言うあたし。
「また、また、今度にしよう、俺達、まだ、高校生だしさ、泊まったらさ、そっちも、やばいだろ?」
「う、うーん」
 なごり惜しそうに彼のものを指でさわり続けるあたし。こんなに気持ちよくしてくれた彼。なんだかすごく申し訳ない気がして。彼の前では素直にいよう。そう思った時、あたしはあるとんでもない事を考えてしまう。
「にゃうー」
 そう言って両手で彼の腕を掴み、軽く甘噛みするあたし。
「な、なんだよー」
「あのね、あのね、すごい事言っていい?」
「な、なんだよ」
 僕は覚悟決めた。今から思えばなんでそんな事言ったのかわかんないけど、とにかく彼を騙し続けるのはよくないんじゃないかって思ったのは事実。
「あのね、もしさ、あたしが実は右京だった、なんて言ったら信じる?」
「はあ!?」

 時間はもう夜の七時過ぎ。駅のホームまで彼を送っていった僕は別れが寂しくてもうめそめそしていた。
「面白かったぜその話。右京の奴、俺の事いろいろ杏奈ちゃんに言ってたんだな。話してくれた事全部本当だよ」
 そう言って電車の出入り口の中にもたれかかって大笑いする高杉クン。あたしの話なんて全く信用しなかった彼。もう本当あいつ利口なのかバカなのかわかんない。でも普通に考えたら、そうだよね。
「じゃなー」
 扉が閉まる時、あたしは彼におもいっきりあっかんべーしてやった。そう、いつぞや杏奈の幽霊が怒って京極不動産の物件写真に写りまくって、全部そのまま心霊写真にしてだめにした時のあの顔みたいに。
(そう言えば、杏奈、天国で元気かなあ。お友達一杯出来てるといいなあ)
 あたしも京極邸のもより駅の鎌倉駅で降りて、バスに乗って、屋敷の近くのバス停で降りての帰り道、ずっと元気な杏奈の姿を思い出してた。今は自分が杏奈になっちゃったけど。
 今日あんなに気持ちいい事した僕。星空見てると、だんだん女として自信がついてくる。
 僕水着でキャンギャルやったし、今やメジャーになったバンドとお友達になって、一緒にライプで歌っちゃったし、女の子同士も経験したし、そして今日早くもロストバージン。もうクラスのみんなより遥かに先進んでる!男の子だったけど、いつしか女になって、そして今日大人の女性になった。あたし絶対クラスのみんなより先に行ってる!もう悪口陰口なんて言いたい奴に言わせときゃいいじゃん!あたしはあんた達より上よ!
「杏奈!見てる?あたし、本当に杏奈になったよ!女の子になったよ!」
 天国で見守っているという杏奈の幽霊の最後の言葉を思い出し、空に向かってそう言って手を振る僕。雲ひとつ無い珍しい綺麗な星空だった。
「たっだいまーっ!」
 大人の女になったっていうすごく気持ちいい感覚で、元気で屋敷の玄関に入っていくあたし。夕食の料理の匂いが漂う中、水村さんが出迎えてくる。
「杏奈様、おかえりなさい。そうそう、もうお仕事はいってますよー」
「えー、もう入ってるの?」
「今度の土日、住宅展示場で受付とお客様のご案内の仕事ですよー」
「あ、わかりました。ありがとうございまーす」
 そう言いつつ玄関脇をそっと覗くと、元々畳敷きの大広間だった二つの部屋が、ふすまぶち抜きで机とか応接セットが並んでて、すっかり会社の事務所みたいになっていた。一人そこで仕事していた、僕が初潮迎えた時に会ったお姉さんがまだ仕事している。
「あ、杏奈ちゃん、展示会の衣装届いてるから、後で着てみてね」
「はーい」
「ここ良いわねー、残業で電車なくなったらそのまま部屋で寝れるしさ、台所に夜食の材料あるし」
「無理しないでくださいね」
 そう言って軽く彼女に挨拶してあたしは自分の部屋へ向かう。
 部屋の廊下を歩いてると、なんだかいつもと違う雰囲気を感じるあたし。なんかあたし最近変に感とか当たるし何も無い所に人の気配とか感じるんだけど、今感じたのはいつもよりすごく異様な雰囲気だった。
(まさか?部屋にだれかいる?)
 立ち止まって聞き耳立てると、部屋で誰かテレビつけて観ている様子。
(えー、誰?誰だろ?)
 ちょっと怖くて部屋の前でじっと立ち止まっていると、
「キャハハハハハハ!」
 突然聞こえた笑い声。それあたしが以前何度も聞いた声、その声の主って、まさか!
 あたしは部屋のドアを思いっきり開けた。と、そこにはなんと…
「あー、お姉ちゃん、おかえりなさーい」
 暗闇の中、蒼い光で包まれた杏奈の亡霊がテレビを見ている。ご丁寧に手にポテチの袋持って、コーラみたいな物まで横に用意して…。
「あ、杏奈…なんで?なんでここにいるの?」
「これ、マジカルスリーだっけ?魔法少女の三人のうち一人が男の子ってアニメ。敵を倒すヒントだけが魔法で出てくるってのが面白いよね。それ勘違いしてさ…ヤカンが出てきたら相手の正体が野狐なのに、男の子が変身した女の子がさ、ヤカンで殴ればいいのかーって言ってさ、いきなりどっかの学校から大きなヤカン見つけ出してきて、それで相手殴ったりしてさ、すっげー単純で…」
 あたしの質問に答えずあいかわらずキャハハハって笑う幽霊の杏奈。
「それでさー、元から女の子の一人が、ヤカン?野狐?狐!?狐と言えば油あげ!とか言ってさ、ひたすらヤカンでガンガン敵ぶっ叩いてるイエローその場に残してさ、戦闘中にわざわざ豆腐屋に行って、すみませーんとか言って店の油あげ全部買い占めて、一人がお会計して領収書まで貰ってさ、もう一人がそれ敵の頭の上にばらまいてさ、萌え萌え状態になった敵を魔法のロープで縛りあげるのー。あんなに強かった狐の魔物がさ、は、俺とした事がなんたる失態とか言って、もうばからしくてさー!」
 もう一人でべらべらと喋り続ける幽霊の杏奈。確か生きてる時だって機嫌がいい時はこうやって一人で喋り続けてたっけ。 
「あんた、それ何?また墓場からかっぱらってきたの?」
「え、違うよ、さっき天国のコンビニて買って来たの」
 さ、最近の天国ってさ、何でも…ありなの?誰が店やってんのよ。
「いや、だからさー、あんた天国に行ったんじゃないの?追い返されたの?」
「ううん、行ったよー」
 驚いてるあたしの横で涼しい顔してボテチばりばり食べ続ける彼女。
「あのね、天国の神様にさ、お姉ちゃんの事話したらさ、じゃあ心配だから時々降りてちゃんと指導してあげなさいって言われたの」
 な、なによそれ、天国ってそんなに緩い所だったの?まあ、とりあえず俺、いや僕…、ううんあたしの中にまだ杏奈はいた。 
「あ、これ天国のおみやげのお饅頭。食べる?」
俺の中の杏奈 完
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