第12話 「海とビキニと精霊流し」~俺が妹になるってめちゃ楽しい~

文字数 11,366文字

 平日とは言え結構な人出の夏休みの大磯ロングビーチ。女の子達に後から混じるのが怖いからと早めに駅の改札に来た僕だけど、
「杏奈ちゃーん!」
 既に浅井穂香が、そして、女になり始めた時に夢に出てきたあの面々、生田彩、森本美優、星山瑠奈。今日のメンバー全員が揃って僕を待っている。
「はーい、紹介しまーす。京極杏奈ちゃーん。亡くなった望月君の妹さんでーす」
「あの、よろしくお願いします」
 僕はぺこりと四人の前で両手を前に組んでお辞儀。そして心の中でも、
(僕に女を教えてください)
 クラスメート四人にそう願っていた。
「杏奈ちゃん、そんなにかしこまらないでいいからさ」
「気楽にあそぼ。ほら、こんないい天気だし…」
 美優と瑠奈が僕にそう声かけてくれたその時、
「冷てーな!俺達をのけ者にしてさあ!」
 ふと聞き覚えが有る声が改札横のコンビニ付近から高杉が大胆な足取りで、だが強張った顔を下に向けて登場。と、
「高杉ィーーーーーー!」
 悲鳴の様な声が穂香の口から出る。

「誰だ!今日の事ばらしたのはーー!!」
 そう言って女の子達を怒った顔で見渡す彼女。と、さっきからおどおどしていた彩が、
「だ、だって、ついてきちゃったんですぅ」
 申し訳なさそうに下を向け、ぼそっと喋る彼女。
「彩!お前なあ!」
 と、高杉の後ろから何やら大荷物の入ったスポーツバッグを手に、烏丸そして、クラスメートの友達だった本間と池辺までが登場。うわー、懐かしい!元気にしてたかお前達。
「なんか、上手く今日の日にちの事聞きだされちゃってー、朝駅で…、だって、だって女五人じゃ心細いじゃないですかあ。それに隠れてボディーガードやってやるからって…その…」
 女四人の中で一番気の弱そうな生田を使うなんて流石だな高杉。しかし可愛そうなくらい怯えている彩の横でもう完全に怒っている穂香。
「そう怒んなよ穂香。ほら、いろいろビーチ用品持ってきてやったし…」
「重かったんだぜ、これ…」
 高杉の後ろでどっこいしょって感じでバッグを降ろす本間と池辺。
「ほら、折りたたみのビーチパラソルとビーチマット、浮き輪、椅子、重い物ばっかしでさ…」
 ちらっとそれを横目で見た穂香は大きくため息ついて、再びあさっての方向を向く。
「穂香、ほら、ビーチ料金以外は奢ってやるからさあ」
「本当?」
 やっと高杉の方を向く彼女。
「奢るだけじゃだめ!一日あたし達のパシリでいいなら近寄ってもいいわよ!」
「そう言うと思ったぜ。いいよな?」
 穂香と高杉の言葉におのおのうなづく、烏丸、本間、池辺。
「あ、あと、これな」
 そう言うと高杉は自分のリュックから紙袋に入った何かを取り出した。よく見るとそれは笹を編んだ大きな笹船。その帆には多分男だった頃の僕のつもりだろうか、下手な似顔絵が描いてあった。
「今日、あいつの弔いだろ。四十九日は済んじまったけど…」
 高杉がそう言った途端僕の足は崩れ、そしてしゃがんだ僕の目から無意識に大量の涙が出る。しかも嗚咽の様な声までもが口から出始めた。お前、なんて事してくれんだよ!お前そんなにいい奴だったのかよ!
「高杉!お、おまえなあ…」
 そう言いながら同じ様にしゃがんで僕の頭を撫でながら介抱してくれる穂香。もうまわりの人がみんな何事かとこっち見始めたじゃん!恥ずかしいじゃん僕!
「わかったわよ…笹船に免じて許してやるわよ。でもお前らパシリだかんな!」
 しゃがんだまままだ両手を顔に当てている僕の背中をさすりながら穂香が言った。
 
 女子更衣室は二度目だけど、なんだよこの香水とココナツの充満した臭いはさ!それに僕、今日こんな恥ずかしい姿を男だった時の男の友人に…。
 横では、クラスメートの女の子達が次々に更衣専用の小部屋に消えて行き、そしてビキニの水着になって戻ってくる。
 そして水着姿の大勢の女の子達を見ていると、さすがに僕の頭にはまだ男が残っているらしい。ショーツで押さえた僕の退化したはずの男性自身がだんだん固くなっていくのがわかる
「ほら、杏奈ちゃん、あそこ空いたよ」
 親切にそう言ってくれる瑠奈に笑顔でお礼を言った後、僕は目を瞑って一呼吸した後、水着バッグを手に小部屋へ。鏡の前でワンピを脱ぎ、もう慣れた手付きでブラを外すと、赤黒く大きくなったバストトップもうBカップにまで膨らんだ水着跡の付いた僕の胸。
(もう、どう見たって女の胸だよね…)
 今更の様に呟き、ショーツを脱ぐと、女形に整えられた恥毛の下に、硬くなってぶらんと下がった僕の男の名残の突起物。硬くなっててちょっと痛かったけど持ってきた布テープでしっかりと後ろに固定。
 筋肉が消えでこぼこが消えただけではなく、全身にぽちゃぽちゃした脂肪をまとい始めた僕。長く伸び始めたおへそと、もう大分広がってしまった股間、横に張り出してきた腰骨、少しくびれはじめたウェスト。小さくさせられた肩と反対にだんだん大きくなり曲線で縁取られ始めた下半身。だんだん女の子体型になってきた僕。
「あたし…杏奈です」
 鏡に映ったむっちりしてきた太股を指で触りながら一言呟いて、頭の中を僕からあたしに切り替え、水着用のヌーブラを手にして、女になり始めた胸に吸い付かせてホックを留めると胸に出来るわずかな谷間。さっき見てきた大勢の女の子達に比べて遥かに貧弱な僕の胸。
「早く大きく…、うん、もう女だもん。早く大きくなんないかな」
 二ヶ月前なら口にする事すら信じられなかった言葉を呟き、僕は用意した水着に手を付けた。
「えー、杏奈ちゃん可愛いじゃん!」
「似合ってるよ!」
 ロッカーに戻ってきた僕に、花柄のタンキニ姿の彩と派手なスカート無しのビキニ美優とが声かけてくれてもう真っ赤な顔の僕。それは、真っ白なホルターネックのスカートビキニ。しかもピンクのフリルが胸元とスカートにアクセントの様に付いている。
「白ってさ、体型に自信無いと着れないよ」
 流行りの水色のバンドゥービキニ姿の瑠奈が僕のお腹つついて言うと、
「杏奈ちゃん、見かけによらず大胆じゃん」
 ピンクのスカートビキニになった穂香が僕の頭を撫でながら言う。
「ああもう!あいつらが来るってわかってたらもっと地味なのにしときゃよかった」
 一人スカート無しのビキニになった美優があきらめた様に言う。
「ねえ、こんなのあいつらに見せてやるなんてもったいないよね」
「ひょっとしてさ、男に声かけられるかなーって思って、こういうの持ってきたのにさ。もう彩!」
「彩!あんたのせいでよ!あんたの!」
 皆と比べて地味目の水着姿の彩が美優と瑠奈から攻撃されていた。そして、再び僕、女として太陽の下へ!
 
 男達の用意した大きなビーチパラソルとシーツの上で寝そべり、バーチボールや浮き輪とかで定番の女の子遊びをする女の子達。みんな大げさに笑って大げさに声上げて、大げさに転んだり悲鳴上げたり。
 なんか男達の目線を感じると、さらに張り切って…。そうか、女の子達ってボールや浮き輪が好きという訳じゃなく、それで可愛く遊んでいる自分を男達にアピールする為にやってんだ。
 僕もだんだんそれがわかってきたみたい。女の子に混じって笑ったり、声あげたり、女の子トレーニングで身に着けた可愛い仕草とかをこれでもかと披露。そして、女の子達をの可愛い仕草とか言葉を一杯真似した。
 比較的希少な白の水着の僕の背中にいつのまにか感じる男達の視線。まるで背中にそういうセンサーが出来たみたい。
(あー、見られてる!見られてる!)
 こんな感覚生まれて初めて!すっごい気持ちいいし、自分がヒーローじゃなくてヒロインになったみたいですごく楽しい。
 時折何か声かけてくる男達に胸元や顔の横でVサインする余裕も出てきたし、時折写真を願ってくる男達にも、相手がなんかイケメンそうだったら五人揃ってならおっけーとか。
 楽しい!もうむちゃくちゃ楽しい!女の子の姿になって、僕本当に良かった。
 遊びつかれてパラソルの下サマーシートで寝そべる僕達の次の楽しみ。そう、約束通り男達をパシリに使う僕達。
「あおいで」
「アイス買ってきて」
「タコ焼き買ってきてー」
「あたしコーラ」
 もうみんな好き勝手な事を高杉達に注文。そんな奴らも、
「はい、お嬢様」
「お姉さま、お待たせいたしました」
 とか、もうのりのりであたしたち?女組にあれやこれやと尽くしてくれる。
「本間クン!これイカ焼きじゃん!たこ焼きって言ったじゃん!」
「も、申し訳ございません。お嬢様」
「そんなこっちゃ立派なホストになれねえぞ!」
「いや、俺ホストになる気ねーし」
 本間と留美の間抜けな会話聞いて笑う僕。そして活動するガリ勉の烏丸はさっきからおとなし目の彩ちゃんの世話ばっかり焼いてる。
(男って単純…)
 一瞬そう思った僕は、つい二ヶ月前までは男だった事思い出してちょっとほくえそむ。
 昼まわった頃、もういいかげんに男達をゆるしてやろうって事で、僕達七人は揃ってパラソルの下でうとうとしていた。圧倒的にグループやカップルが多い人気のこの浜辺。僕も寝そべって浜辺のいろいろなカップルを眺めていた。
 例外もいるけど、彼女連れの男達はみな総じてイケメンが多い。がっしりした日焼した体、サングラスに煙草。どうだ、俺女連れだぞっていう自信に満ちた態度。
「ねね、あの人どうよ」
 横で同じ様に寝そべってる穂香が時々僕に男定めの問いかけしてくる。
「あの人は?」
「あ、あたしあの人の方がいい」
 僕と穂香でいつのまにかそんな会話が続く。いいなあ、たくましくて頼れそうでさ。ぼんやりとそんな男達を眺めている僕と穂香。
「ねえ、杏奈ちゃんてさ、彼氏はいるの?」
「え、あたし?あたしは、えと…」
 その時僕ははっと夢から覚めた気分。僕が昔片思いだった穂香。その穂香が僕に彼氏いないのって聞いてくる。すごく複雑な気分。
 とその時、いきなり僕の横に突然やってきてごろんと寝そべる高杉。
「こらあ、なれなれしくすんじゃないの」
 穂香は怒るというより、むしろ呆れたって声だった。
「いいじゃん。だって俺杏奈ちゃんの横にいるとさ、俺右京思い出すんだ」
 もはや右京の名前出せばなんでも通ると思ってるのかよ、こいつ。
 そんな高杉の体を見つめる僕。そういえば高杉もどちらかと言えばイケメンだし、体格もいいよな。女癖が悪くて女には賛否両論だったけどさ。
 僕は思わずそんな高杉の背中を無意識で突いてしまう。
「え?何?杏奈ちゃん?」
「高杉クン。オイル塗ってあげようか」
「え、え?本当?」
 僕を挟んで反対側でそれを聞いてた穂香。
「杏奈ちゃーん。本当そいつだけはやめといた方がいいよー」
「うっせーな穂香。あ、杏奈ちゃん、お願いしていい?」
「うん」
 過去一度こいつと海へ行った時、同じ様にオイル塗ってあげた事ある。友人として。でも今はなんだろ。その時より白く柔らかく冷たくなってしまった手で僕は高杉の背中にオイルを塗り始めた。ふと見ると、彩ちゃんも烏丸に同じ事してる。
(彩ちゃんと烏丸か。いいんじゃない?彩ちゃんがんば!)
 僕の目線に気が付くと胸元で小さくVサイン。夏はこういうにわかカップルが良く出来るって聞いたけど、本間と池辺、そして瑠奈と美優はずっと寝たまま。もったいない。
「杏奈お譲様、今度は俺が塗ってさしあげましょうか?」
 わざとらしくうやうやしく高杉が言う。と横で、
「たーかーすーぎー」
 いつのまにかサングラスをしていた穂香がこちらを向き、それを外して言う。でも僕には高杉がなんだか可愛く見えてきたんだ。
「あ、じゃ、お願いします」
 高杉と入れ替わりに僕がマットに座り、そして彼に背を向ける僕。そして彼の手がまず小さくなった僕の肩をがっしりと掴む。とその瞬間僕の肩に電気みたいなのが走っておもわず肩をすくめる僕。
「何もしないよ」
 高杉の声が聞こえて間もなく、オイルを手に付けた彼の手が僕の背中をなでまわし始める。その瞬間背中がぞくぞくして、ぽわーんとして。思わず声が出そうになるのを止める僕。
(な、なにこれ?なんなのこれ!?)
 なんだか、すごく、気持ちいい!男の時には経験した事が無い、なんなのこの心地よさ。それに加えてごつごつした荒々しい手で、何だか優しく大切にされているって感じで。目が自然に閉じて、口元が開いて…
(あ…ん)
 て声が出そうになるのをなんとか押しとどめる僕。何かで聞いた女の子の背中の性感帯って奴なのこれ?僕の背中にいつのまにこんなの出来ていたの!?
 それに今の僕は女の子に変身途中の男の子なんだ。奴の手が背中の水着のブラのホックに当たる度に胸がきゅんとなる。本当だったら僕も高杉みたいに男らしい体になるはずだったのにさ。
 杏奈の卵巣と子宮を移植され、ホルモンと変な注射されて、ヒッピーおじさんに体を小さくさせられて。胸も出てきて、全身に女の子の柔らかい脂肪を着せられてさ。泳ぐ時以外に普段でもさ、ブラ着けないと生活できなくなったんだぜ。それ無いとさ、歩く度に口から変な声が出るんだぜ…。
 なんてことを思った矢先、奴の体が僕の背中に少しずつ近づいてきてる気がする。そして水着越に僕のヒップになにやらちらちらと何かが当たる感覚。なんだろこれ…と思った僕の顔が突然真っ赤になる。
(あ、あいつ!僕に女を感じて、あの、ほら海パンの中の!)
 以前の僕ならこんな気持ち悪い物が当たっただけで飛びはねて逃げたんだけど、何故かそんな気にならない。それどころか…、
(ちょちょっと待て、なんだよこれ…)
 もうすっかり退化したはずの僕の男性自身が、まるで生き返った様に…。
(そんなばかな…)
 僕は目を見開き、驚いてぽかんと開けた口を急いで隠す。高杉に、女として扱われてる。それを思っただけで、気持ちよさなんてかけらもないのに、たったそれだけ思っただけなのに。あ、やばい!テープで後ろに留めたあれが、テープがピシッて言い始めた。まじやばい!
「ち、ちょ、ちょ…ちょっと、高杉、さん!」
 飛び跳ねる様に一歩前に逃げる僕。怖かった。男に性的ないたずらされるって感覚じゃなくって、僕の着けてるビキニのパンツの中にはまだ男のあれが有って、それを気づかれるのがすごく怖かった。
 横で寝ている穂香が
「またやったな…」
 と独り言の様に呟く。
「あ、いや、だってさ、杏奈ちゃん、可愛いんだもん。喋り方とかさ、右京そっくりでさ、他人の気がしねーんだもん…」
 マットの上にぺたんと座った、いつもの奴らしくないしおれた態度に僕はなんとなしに可愛らしさを感じてしまう。それにしてもあんなに気をつけてたのに、所々男の時の僕が出てたんだろうか。
「だーからやめとけって言ったのに」
 穂香の声に寝ていた留美と美優も何事かと顔を上げる。
「杏奈ちゃん犯そうとしてたの、高杉が」
「うっそ!最低!」
「高杉くーん!」
 二人から非難の声を浴びせられるも、
「してねーよ!そんな事こんな所で出来るかよ!」
 と弁解する高杉。
「ここじゃなかったらやったのかよ?」
 穂香の声に、
「うん」
 と言って少し笑いながら言う高杉に、女の子達がめいめい砂をかけて攻撃する。
 男だった頃の僕が穂香に片思いだったのは、てっきり穂香と高杉が出来ていると思ってたからだ。高杉は時々女の子にこういういたずらをする。後ろから抱きついたりした事もある。普通の女の子は泣き出したりしたけど、穂香だけはそういう時、
「もう!高杉!」
 と怒鳴って時折傘を手にして高杉を追いかけて行ったっけ?どういう訳かその後楽しそうに二人で教室に戻ってきたりしてさ。
「高杉、今度あたしに塗って」
 穂香が目をこすりながら彼に言う。
「やだよ、お前そう言って俺が近づいたら蹴飛ばす気だろ」
「しねーよ…」
「犯すぞお前」
「やれんならやってみぃ…」
 日焼け止めオイルの瓶を持って僕の側を離れる高杉。彼を盗られちゃった…。なんか残念て気持ちで再びマットに寝そべる僕。あいつだけはやめとけって言ってたのは、僕に対しての気遣いじゃなくって、高杉を盗られたくないからなのかな?男だった時は高杉が恋のライバルだったのにさ、今は穂香が恋のライバル…?て、ちょっと、何考えてんだよ僕!
「高杉クン、次あたし」
「あたしも」
 次々と声をかける留美と美優。女の子ってなんだかんだいいつつもこういう男が好きらしい。僕も…ってだからさ、なんでそんな思いが浮かんでくるんだよ!もう、寝る!今日の僕どうにかしてる!でなく、どうにかなっちゃったのかも…ね。
 穂香達三人の横でいびきかいて寝てる池辺と本間、そしてその向こうではちょっと離れて、烏丸と彩がいい雰囲気になっている。
(彩、頑張ってね。烏丸って見かけはガリ勉タイプだけど、根はそうじゃなくていい奴だからさ)
 どういう訳か烏丸でなく彩に応援の眼差しを送る僕だった。
 
「ここがいいんじゃない?」
 夏の長い昼もようやく薄暗くなった頃、穂香の指差す方向には大磯ロングビーチから少し離れた、まるで天国の門を連想させる様な真っ白な橋の袂に浅瀬の残る小川が有った。
 浅瀬に皆腰を降ろして、高杉の作ってきた下手な僕の似顔絵の帆の付いた大きな笹船を見守っていた。僕も男達にスカートの中が見えない様に横向きに座る。いつしか自然にそういう事が出来る様になってしまった。
「あ、これ、あいつの好物のたい焼き」
 そう言って、どこから買って来たのだろうか、ミニたい焼きを二個笹船に乗せる彼。
「よく食べてたよね」
「あ、あそこのはでかくて餡多くて重すぎて沈むからと思ってさ、ミニ買って来た」
「ふーん」
「いいとこあるじゃん」
 女の子達四人が口々に高杉をちょっとだけ褒める。とその時、
「あ、蛍!」
「え、うそ!?」
「本当、ほら!あそこへ飛んでった!」
 笹船に乗ったたい焼きの餡の臭いにでも引かれたのか、一匹の蛍が笹船の上を一周したかと思うと、川下の方へ飛んでいってふっと消えたみたい。
「蛍、いるんだ」
「えー、こんな所で蛍なんて聞いた事ないよ」
 ところが、僕の目には蛍は消えてなかった。それは川下の方の水辺の藪に留まり、微かな光を出していた。
「蛍、あそこにいるよ」
 そんな僕の言葉は、笹船を流す事に気をとられてかき消されてしまったみたい。
「じゃ、いくぜ、そーら!」
 高杉が指で押したそれは、暫くは後ろ向きに、そして水の流れに乗ってくるっと向きを変え、川下に向かってゆっくり走り始めた。
「右京!元気でな!」
 いきなり一人靴のままじゃぶじゃぶと川に入って船に向かって叫ぶ高杉。そして皆口々に昔の僕に向かってお別れの言葉を言う。そんな事されたら、また僕泣いちゃうじゃん。
 と、
「きょーねんのあーなたのおーもいでがぁー…てーぷれこーだーから流れていますぅー」
 お世辞にも歌が下手でカラオケとかにも行きたがらなかった高杉が、精霊流しの歌を歌い始める。
「あーなたのたーめにおとぉもだちもーぉ、あーつーまーあってーくれーましたぁ!」
 川の中に入って下手な歌を歌うというより怒鳴っている様に叫んでいる高杉。最後の方は震え声になっていた。
「あいつ、泣いてるよね」
「気づかれない様に歌ってごまかしてさ」
「なんだかんだ言われてるけど、可愛いとこあるよねぇ」
 高杉の背中を見ながら思い思いに喋る僕?達。
「あーなたのあーいした…」
 高杉の歌がふとそこで止まる。僕の両親も死んだんだという事を思い出したんだろうか。とその時、川下で見え隠れしていた小さな蛍の光が急に大きくなっていく。
「あっ…あっ!」
 驚いて声を上げる僕だけど、皆高杉が気になって気付いていない。やがてそれはしぼむ様にして中心に集まり、そして人型に形を変えていく。
(あ、杏奈!)
 その明るい人型は、白いワンピを来て空中に座っている様に浮いている杏奈の姿に変わった。
「ち、ちょっと…」
 僕は驚いて高杉や皆の顔を見渡すけど、どうやら見えているのは僕だけらしい。只、いつもの杏奈とは全く違っていた。彼女は僕達の方には目もくれず、寂しそうな顔で自分の所に流れてくる笹舟をじっと見つめていた。
「…やーくそく、なんてしたおぼえないけどよー!お前の好きだったたい焼きも一緒に流してやるからなー!」
 もはや、奴の歌う唄は、さだまさしの精霊流しの歌じゃなくなってる。
「そーしーてー、黙ってぇ船の…バカヤロー!バカヤロー!!」
 そこでとうとう奴のやせ我慢は限界に達したらしい。
「おまえみてーな奴、天国へでもどこでも!行きゃいいだろ!」
 最後は震え声になり足元に有った小石を思いっきり笹船に投げつける高杉。石は船のはるか川下の水面に落ちて軽い水音を立てた。
 僕も含めた女の子達?四人はずっともらい泣きしてて鼻をぐずらせていた。僕の横にいた穂香。さっきの高杉をめぐる女同士?のせめぎあいのせいか、海からの帰りちょっとよそよそしかったけど、今は鼻をぐずらせながら僕の肩をしっかり抱いていてくれた。
 でも僕の気持ちはそれどころじゃなかった。僕だけに見えているらしい先程からぼーっと光っている杏奈の亡霊は、相変わらず寂しそうな顔で自分の足元まで流れて来た笹舟の帆をつんと指先で突いた後、川下の方へ目を向け、流れていくそれを見送っている様子。
 そんな杏奈を見ているうちに僕ははっと気が付いた。
(杏奈はあれに乗りたかったんだ。そして友人達に見送って欲しかったんだ!)
 僕の存在は高杉と杏奈に多大な迷惑と悲しみを与えてるにすぎない。特に杏奈は生きてる事になってるけど、彼女の心境はどんなだろ。そりゃ化けて出たくなる気持ちもわかる。かといって僕にはどうする事も出来ない。このまま悪霊にならなきゃいいけど。
 やがて笹船を見送っていた杏奈の亡霊は、指で目頭をなぞる仕草をした後、すっと消えた。
「あー終わった終わった!帰ろうぜ!」
 びしょ濡れになった靴で泣き顔隠しのつもりなのか、わざと川の中を大胆に歩き僕?達の方へ戻ってくる高杉。
「いきましょ…」
 穂香も僕の肩から手を外して岸の方へ歩き始めた。

 精霊流しをした場所のすぐそばのバス停から大磯駅へ。そこで皆と別れた後、僕が京極邸へ着いたのは夜の八時頃。半ば居候みたいに京極邸に住み着いて、水村さんの部屋で彼女とテレビを見ていた柴崎さんに挨拶した後、帰り道で摘んできた笹を手にして、インターネットのサイトを見ながら見よう見まねで小さな笹船を作った。
 杏奈に関する物は、もし見つかったらやばいと思って何も付けなかった。みすぼらしい笹舟だったけど、僕は暗闇の中懐中電灯を手にそれを手に持ち、田んぼの用水路みたいな小川に向かった。
 持ってきた一本の蝋燭に火を点し、その笹船をその小川に流す僕。
(杏奈、これ、お前のだからな…)
 暗闇の中、懐中電灯と暗い街灯で照らされた笹船がゆっくりと流れていくのを見つめながら、僕は白くて細くて柔らかく変わりつつある両手を合わせ、改めて杏奈の冥福を祈った。
 部屋へ戻った僕はもうなんだかやりきれなくて、ふと目に留まった杏奈の大きな熊のぬいぐるみを棚の上から降ろし、それを抱きしめてベッドの上にダイブ。何故こんな行動したのか自分でもわからないけど、とにかくぎゅっと何かを抱きしめたかっただけ。
 そして女の子としてすごした今日一日の事や、高杉に触られた背中の感触を思い出し、一人悦に入る僕だった。
 と、突然僕のアイフォンにラインからの着信通知の音。驚いてそれを眺めると、
(うわ、真帆からだ)
 そこには、
「今度の土曜会えない?」
 との真帆からのメッセージが届いていた。これは会わない訳にはいかない。もう会った後どうなるかはもう考えない!杏奈と真帆って、どこまで行ってたのかあいかわらず全然わかんないけどさ!
「真帆ちゃんごめんね!わざわざありがとね!待ち合わせどこにしよっか?」
 とにかくそれだけ返信して、僕はとにかく部屋を出て水村さんの部屋に向かった。
「え?先生?自分の部屋に戻ったよー」
 パジャマ姿のまま自分のベッドに寝転んで漫画を読みながら答える水村さん」
「自分の部屋って、いつのまに他人の家にさ」
「いいの。大澤さんもイギリスに行っていないし、ここ暫く人が来る予定ないからさ。あ、二つ隣の部屋ね」
 水村さんの部屋を出てそこに向かう僕。そこは確か大広間の控え室の畳敷きの小部屋だったはず。
「しつれいしまーす」
「え、杏奈ちゃん?いいよ、入っても」
 柴崎さんの声を聞き、その部屋に入った僕は中の光景を見て唖然とする。
 キティちゃん柄のカーペットの敷かれたその部屋には、巨大なキティちゃんのぬいぐるみが少なくとも十匹。布団にちゃぶ台とかカーテンとかポスターとか、簡単な家具まで揃えてあって、すべてキティちゃん仕様。
 そんな中でちゃぶ台の上のパソコンを見ながら、キティちゃん柄のパジャマを着てカップラーメンをすすっている柴崎さん。
「何、この部屋…」
「いいじゃない、あたしはこいつらに囲まれないと落ち着かない人間なの」
 僕に気を留めず、カップラーメンを手にじっとパソコンの何やらキティちゃんファンサイトか何かを見つめている彼女。あんたさー、他人の世話焼く前に自分に世話焼いたらどうなんだよー。
「早く結婚して赤ちゃん産めば?」
 僕の体に埋め込まれた杏奈の卵巣と子宮が僕にそんな事を言わせる。
「何よもう、ガキのあんたにそんな事言われたくないわよ」
 まるでませた女の子に言う様な言葉を返す柴崎さん。
「それで、何か用?」
 そう言って再びカップラーメンをすすり始める彼女。
「女の子同士のエッチってさ、男とどう違うんだっけ?」
 途端彼女は咽ぶ様な咳とともに、口の中の物を全てカップの中にぶわっと戻し、
「ケホッ!ケホッ!ケホ!」 
 とものすごい勢いで甲高い声を出して咳き込み始める。普段の彼女からは想像できない、なんとも可愛らしい咳の連続に僕も一瞬吹いてしまう。そして立ち上がり尚も咽びながら、本棚から一冊の文庫本を取り出して僕に投げつけて言う。
「ケホッケホッ…、あ、あんたの口から…、こんなに早くそんな言葉、ケケホッ、出るとは…思わなかったわよ!とにかくそれでも読んで勉強しとけ!ケホッケホッ…」
 彼女が投げてよこしたその本は、あ、噂のクリオネの誘惑の和訳版…フランスの女の子達に大人気って奴?
 柴崎さんは、備え付けの小さなピンクのキティちゃん柄の冷蔵庫からエビアンのペットボトルを取り出し、おもむろに一気飲みして、ぜいぜい言いながら続けた。
「何?会う事になったの?」
「う、うん…」
「いつ!?」
「今度の土曜日…」
「わかってる?あんたが男だって言わかったらさ、大変な事になるのよ」
「…僕って、もう女なんでしょ?」
「あそこに割れ目と穴二つ開かないうちは女とは言えねーんだよ!」
 取り乱して恐ろしい事を言う柴崎さん。
「じゃあ…早く作ってよ…」
「そんな簡単に出来るもんじゃないわよっ!」
 そう言ってへなへなとカーペットの上にペタン座りする柴崎さん。
「あの二人がどこまで行ってたか…。しかも相手は女の子になりかかってる男の子…こんなケース始めてだわ…」
 多分、そうだと思う。
「明日の夜もう一度来なさい!解散!」
 そう言って僕を部屋から追い出す柴崎さんだった。
 そして同じ頃、真帆ちゃんもすごい事になっていた。
 彼女は僕のラインの返信をみるやいなや、自分のアイフォンをベッドに放り投げて叫ぶ。
「あいつ!絶対杏奈じゃない!!誰よ!誰なのよ!!」
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