第14話 「僕、コスプレ計画始動?」~俺が妹になるってめちゃ恥ずかしい~

文字数 9,536文字

「はーい、まずは物議をかもし出した、マジックイエローこと薫ちゃんの変身シーン!」
 DVDであふれんばかりの本棚を探しつつ楽しそうに言う水村さん。彼女の部屋を見つつため息をつく僕。
 六畳二間ぶち抜いた京極商事の寮代わりの部屋は、化粧品と香水の臭いで充満していて、壁にはイケメンの写真や男性キャラのポスターが一面。漫画と化粧品と雑に畳まれたいろんな服であふれんばかり。多分アニメと思われるキャラクター服がかけられたハンガーがいたるところに掛かってて、多分そうじゃないかと思ってたけどやはり水村さん腐女子って言われる人だったんだ。
「この世界に善悪の妖精みたいなのが追って追われてやってきて、悪が一人の男子中学生の体を乗っ取って、学校の生徒を怪物にして、追ってきた善の妖精を追い払おうとするの」
 なんか良くある話だ。
「ふーん…それで」
 山と積まれた彼女の靴の箱をどけて、自分のスペースを作りながら彼女の話に相槌を打つ僕。
「三つの魔法のオーブを持ってきた善の妖精さんは、学校の三人の女子生徒を選んで、魔法かけて女戦士にするつもりが、間違えて一人男の子にかけちゃうの」
「はあ、バカじゃねーのそいつ…」
 僕の言葉を無視し、DVDを探し出し、プレイヤーに入れながら続ける水村さん。
「だからその女の子用の魔法かけられた男の子にはいろいろ弊害が出て、女の子二人は好きなときに変身できたり戻れたりするんだけど、男の子の薫ちゃんは女戦士になるのが嫌なのに、二人の意思で勝手に女戦士に変身させられるの。そして男の子に戻る時すぐに戻れなくて、毎回戻れる時間が延びていくの。それで最後は元に戻れなくなるんだ」
「嫌がってるんだから変身させなきゃいいじゃん」
「たって三人揃わないと必殺技のマジックアイテムが出せないのよ。そのアイテムは敵の怪物の弱点を示すアイテムなんだけど、ヤカンとかバスケットボールだとか、毎回変なもので、それみて三人は相手の弱点推理していろいろそれ使って攻撃したりすんの」
「ばっかばっかしい…」
 水村さんの手にしたDVDのパッケージ見ると、やはりどう見ても日曜の朝にやってる女の子向けのアニメらしい絵柄だった。
「チャプター25、薫の変身…これこれ、すっごく可愛いんだから。ちなみにコスの時はレッドが柴崎さんでブルーがあたし」
「あの自爆霊…こんな趣味有ったのか」
「いいじゃん別に。ほら始まるよ」」
 多分何十回も観てる癖に、初めてみたいにはしゃぐ水村さん。そうして信者増やしていったんだろう。
 今まで観た事の無いなんだか見てはいけない物を観たって感じのシーンだった。
 ちょっと可愛げの有る男の子が光に包まれ、苦しそうな嫌そうな表情する中、彼はトランクス一つの姿に。トランクスは見る間に縮んで女の子のパンツみたいになっていく中、くるっと背中を向けた薫君とやらの体の背中に白いブラジャーがはまり、肌がピンクがかった白色に変色していく。
 白の無地の女の子のショーツに包まれたヒップが大きく変形していく中、今度は再び前向きになり下腹部がアップされると、薫君のはいてる白いショーツの前に大きな膨らみ。ところがそれはたちまち体に生えて来たスカートで隠されてしまう。
 画面が胸元に変わると、薫君の着けてるブラはたちまち柔らかそうな肉で埋まり、胸元に谷間が出来ていく。そして顔がアップになると、さっきの苦しそうな表情は恍惚とした表情になっていて、唇が赤く染まり、頬が膨らんで睫毛が伸びて眉が細くなって、そしてばちっと開いた目が女の子の目に。
 そしてブラの上から上着とかパーツが付いていくけど、一瞬正面からスカートがめくれるんだけど、ちらっと見えたパンツはイエローのレースふりふりのショーツになってて、股間の膨らみは無くなっていて…。そして白に黄色とオレンジの、テレビで良く観るアイドルグループの衣装みたいな服になって変身完了。そして、ライジングサーン!マジックイエロー!の声とともに取る決めポーズ。
「ねー!可愛いでしょ!」
「変態じゃんか!」
「可愛いじゃん!」
「誰だよ、こんなの考えた奴!」
「柴崎さんがさっき言ってた幽霊信じないのに霊現象よく見る物書きの人」
 僕はあっけにとられ、水村さんの顔を軽蔑する風に見る。そんな事気にしないでまだ話続ける水村さん。
 イエローだけ元男の子だからショートヘアの設定なんだ。他のレッドとブルーはロングだけど。あ、そうそう最終回がすごいんだよ。実は悪の妖精に心を乗っ取られた男の子、普段は普通のイケメン男子なんだけどね、実はひょんな事から薫君と友達になるんだけど、変身重ねては元に戻るうちに女っぽくなっていく薫君が、次第にその男の子を異性として好きになってくの!」
「気持ち悪っ!」
「BLだよ!BL要素も入ってるの。それでね、最後のラスボスがその男の子でさ、ラスボス倒したらその場所に記憶喪失になったその男の子が倒れてんの!男に戻れなくなった薫君がさ、その子の記憶取り戻すとか言って、おつきあい宣言してさ」
「もういいよ!」
「次の日、ふりふりのドレス着た薫くん、じゃなくて薫ちゃんがその男の子とデートして、んで、キスしたら記憶戻るかもってキスしちゃうの」
 一方的にまくしたてる水村さんの口撃はまだ続く。
「最終回の薫君の変身がすごく可愛いの。今回変身したら薫君が男の子に戻れなくなるって三人がわかったんだけど、他の二人が絶体絶命のピンチになって、見ていてたまらなくなってさ、俺を変身させろって叫ぶの」
 そして再びDVDを操作しはじめる水村さんだった。
 変身シーンはすごくスローだった。それまでとは違い、ヒップが大きくなっていく薫君が一瞬透明になり、お腹には卵巣と子宮を連想させるハート型の白い光がぽっと生まれ、背景がブルーから淡いピンクに変わり、白の水玉がふわふわ浮く。変身中、薫君が何か呟いていた。
「俺、とうとう女になっちまうんだ。嫌だよ女の子なんてさ、体力無いし、意地悪だしさ、めんどくさいもん、お化粧とかさ、ブラだって…苦しいもん。男の子好きになっちゃうんでしょ。あたし、でも、可愛いから、まっいいかっ!」
 だんだん女言葉と声になっていく薫君が、なんだかかわいそうな…。あ、これって…!
「これ、もろ僕と同じじゃんか!」
「うん、そうだよね…」
 僕はある事に気づいた。まさか、この、ばかげたアニメの変身シーンが元で…。
「水村さん!僕を女にしたのって、まさかこのアニメが原因じゃ…」
 一瞬僕の顔をちらっと見た水村さん。だが、なんだか引きつった笑顔で再びテレビ画面を観る。
「な、なんの事かな?」
「これが原因でしょ」
「あ、あはは…」
 水村さんの声に僕はペタン座りのままがっくりと前に倒れる。
「た、だってさ、そうしてみたらー?あてがあるしーって言ったの、柴崎さんだよ」
 倒れたまま僕は両手で床のキティ柄のふわふわ絨毯をぎゅっと握る。あ、あの自爆霊(柴崎)も一枚かんでたのかよ!
「ま、まあまあ、なっちゃったものは仕方ないにゃー」
 怒りと悔しさで体を震わせてる僕の背中を柔らかいぽちゃぽちゃした手でぺちゃぺちゃと軽くたたく水村さん。
「あ、あのね、他にもさ、薫君女に変身するとこ誰にも見られたくないからさ、変身感じるとささっと走ってどっか隠れるの。ロッカーとかさ、人ん家の庭とかさ、女子トイレとか、プールの時には女子更衣室に逃げ込むの…」
 もうそんな声僕には聞こえてない。
「あと、変身解除で男の子に戻るまでの時間潰しもさ、バーガー屋に行ってやけ食いしたり、ブルーやレッドの女の子の家に泊まって更にお化粧されたり…」
「うっさい!うっさい!うっさい!」
 体を起こして膝を手で叩き、肩すくめながら叫ぶ僕。
「そんなに嫌がらないの。女同士の掟さえ守れば女って楽しいぞー」
 そう言いつつ、膨らみつつある僕の胸をブラ越しにぎゅっと掴む水村さん。
「ちょ、やめてよー!」
 なんで、こらあ!が言えないんだ僕。
「じゃ、わかったでしょ。明日あたしが仕事終わってからポーズの練習しよね。それまでクリオネ読んどいたら?あ、あとこのDVD貸してあげっからさ、おとなしくちゃんと観てなさいね」
 もう僕の意思とか希望とか完全無視だよ。

 この指であの人に何をしてきたの?同じ事してよ…好きなの、ほら二人の手をあわせてクリオネ…シャンプー変えた?じゃあたしも同じのにする…
「ふーん…」
 翌朝、軽いレースの白のショートパンツに白と紺のボーダーの薄いマリンスタイルのTシャツ姿でクリオネの誘惑を読む僕。彼氏持ちの女の子の気をなんとか自分に引きつけようとする女の子。最初はうざいストーカーと思ってたけど、その健気さにだんだん応援したくなってくる僕。
 やりすぎて警察に連れて行かれた時、泣き叫ぶ彼女に同情してしまう僕。なんでだろ、ちゃんとした男だった時はこんなねちっこい話なんて最初の二、三ページで放り投げてたのに。
 途中、
「ストーカーじゃん…」
 そう呟いた僕は、気晴らしに昨日のハイスクールマジックスリーのDVDを観始める僕。そこにはさっき読んだ小説とは違い、明確にわかりやすい女同士の友情、男女の友情と淡い恋心と面白おかしい学園生活が描かれていた。みんな明るく朗らかで、怪物になったまま死んじゃったクラスメートを偲ぶ場面も。
 そして毎回嫌がりながらも女戦士に変身して、変なマジックアイテムの謎を解き明かして敵を倒していく彼女達にすごく思いいれていく僕。
「えっと、こうするんだっけ…」
 あろうことか僕はペタン座りのまま、決めのポーズとかマジックアイテム出現の時のポーズを真似始める。こんな子供が観る様なアニメなのに、でもなんだかすごくにやってみたい気分。
 何度も観ているうちになんだか体がうずうずしてくる。すごく体動かしたい気分。
「水村さんは事務所だし、大澤さんも自爆霊(柴崎さん)も帰ってくるなら昼だろうし」
 勝手に決め付けた僕はぴょんと立ち上がり、駆け足で部屋から出て、いろいろ女の子ポーズとか練習させられた鏡の有る大広間へ。
 両手を上に、足を揃えて大きく背伸びする僕が鏡に映る。あれ、なんだろ?少し前ここでいろいろ練習した時と何だか違う。僕の全身が何だか妙に女の子っぽい。体小さくなってる?ショートパンツのせい?違う。太股?そういえば白くてふっくらしてつやつや…ううん、もっと変わった所が。
「あ、お腹だ…」
 そうだよ。僕のお腹から腰の部分が前にじっくり見た時より横に幅広くなってる。それで体が小さく見えるんだ。
 改めてショーパンの上からヒップを両手で触ると、足の付け根の部分がもうぽちゃぽちゃの手触り。太股ももうすべすべの感触で気持ちいい。
(だって、だってさ、女の子でキャンギャルやっちゃったんだもん。これくらい当たり前…)
 と思った瞬間、僕の頭の中でまるでファンファーレが鳴った気分。
(僕、僕!可愛いじゃん!)
 鏡の中の僕の顔はすっぴんなのに、小学生の頃のほっそりしてた杏奈の顔。なんだか杏奈が生き返った様。
(杏奈、生き返らせてやるか)
 僕は、早速さっきのビデオで見た薫君の変身ポーズと決めポーズを鏡を見ながら練習し始める。

「ここは、もう少し指反らせて…うーん、なんか今一つ…」
 あれからもう二時間。汗びっしょりになりながらデッキとテレビまで持ち込んでの僕の薫君になる為の練習が続く。コスプレというか、杏奈の可愛い姿を見てみたいっていうそんな感覚だった。
 それにしても、以前より体が軽くて柔らかい!男の時には曲がらなかった角度に体が曲がる。しかもぼきぼきいったりかくかくしない。全身の骨とか筋肉が柔らかいゴムになったみたいにすっと曲がる。それになんだか手が伸びた気も。そういえば二の腕にあったはずの男の筋肉はすっかり小さくなって、なだらかな曲線に縁取られて…。
 濡れたシャツにくっきりと浮かぶブラの線。今どこまで女になったんだろうって思う僕。
 それに、くるっと一回転するとき、以前にも増して体が安定してふらつかない。どうやら腰から先にえいって体をひねると綺麗に回れる事に気づく僕。多分太股とお尻にたくさん付いてきた女の子の脂肪のせい?それで重心が低くなって…。
「わあ!おもしろい!」
 一人歓声上げた僕はすっと部屋を出て部屋に戻り、腕をクロスして汗びしょになったシャツを脱ぐ。
「ブラも換えよっか…」
 そう呟いて、もう慣れた手付きで背中のホックを外して肩を抜き、貧乳だけどクアハウスでも女と認められた赤黒く大きくなったバストトップを指先でつんとはじいて、テニスの時に付けた楽なスポーツブラを付ける。
 そして明るいオレンジのティーシャツをかぶり、脱ぐときお尻の肉が邪魔しだしたショーパンをきゅっと脱いで、杏奈のクローゼットに入っていた、白のシフォンの裏地付きのミニスカートを手にする僕。
(こんなふりふりスカート、恥ずかしくて絶対履かないって思ってたのに)
 そう思いなかせら軽くそれを腰に当て、そしてとうとうそれに足を通してしまった。 
 再び大広間に戻ってきた僕。その姿で鏡に映りながら一回転の練習する僕。だんだん軸線がずれずに綺麗にふわっとスカートが綺麗にまくれてなびく様になっていく。
「えっと、この位のスピードだと、パンツがぎりぎり見えない、かな」
 相変わらず独り言呟きながら、今度は一回転した後の足、そして腕の位置を決めて、以前いろいろ見た女の子のポーズ集の可愛いポーズの練習をする僕だった。と、部屋の大きな壁掛けの仕掛け時計から小さな音楽隊と共にディズニーの名曲をかなで始める。時刻は丁度昼の十二時。
「あ、もうこんな時間…」
 思わず口に軽く手を当てて呟く僕。とほどなくどたどたと足音がして水村さんがひょいとドアから顔を出した。
「あー、ちゃんとやってるじゃん。へぇー、そういう可愛い服選ぶ様にまでなったんだ」
「ねえ、水村さん、みてみて♪」
 すっかり女の子気分になって水村さんに嬉しそうに言って、僕は薫君の変身ポーズと決めボーズ、そして最後にくるっと一回転を通しで披露した。ところが、
「ぶー!」
 その様子を見ていた水村さんが腕組みをしてそう僕に言う。
「え、なんで?、ちゃんと出来てたでしょ?」
 そう言う僕の前につかつかと歩みよる彼女。
「もっとぎゅっと、笑ってごらん」
 水村さんの声に僕は笑顔を作るけど、
「もっと、もっと、もーっとぎゅっと思いっきり笑ってみなよ!」
 そう言って彼女は柔らかくふっくらしてきた僕の頬をぎゅっとつねる。
「そう、それが普通」
 それは僕の頬の肉が限界になるくらい引きつった笑いだったけど、
「それで、目瞑ったり、横目で流したり、遠くみたり、カメラ目線だったり、口も開けたり閉じたり舌ちろっと出したり。とにかくいろんな笑顔をとっかえひっかえてさ、ほらいろいろやってみ?」
 鏡に向かって渋々笑顔の練習始める横で、
「男の女装レイヤーってなんで真剣な顔して演じる子ばっかなんだろねー、なんで女みたいに楽しくやれないの?」
 一人ぐちる水村さんだった。
 
 丁度その頃、江ノ電鎌倉駅前の時計塔の前に、髪をぴしっとピンで留め、紺のタイトスカートに薄いブルーのブラウスにダテ眼鏡のインテリ風の女性が人ごみに紛れて立っていた。と、そこに一人の女性が駅から駆け出してきて何やら耳打ちして去っていく。
 インテリ女は駅の改札を注意深く眺めていた後、時計塔の方へ歩いてくる一人の高校生位の女の子を見つけると、足早にその子の所に駆け寄っていった。
「はあい、彼女。ちょっとお時間有る?もし良かったら少しアンケート付き合ってくれないかな?報酬付きよ」
 最初は怪訝な目でその女性を眺めていた女の子は、報酬付きと聞くと興味ありげにインテリ眼鏡女の顔を見る。
「ただねぇ、ちょっと特殊な質問だからさ。アンケートにお答え頂けるかどうか…」
「何に関してですか?」
 ちょっと興味深げに聞く女の子に、インテリ女はあたりを見回して小声で答える。
「あたし大学院で心理学専攻してるんだけど、女の子同士の友情と恋愛…まあ、百合って物に関してね」
「え、どこの大学ですか?」
「え、ま、あの、○京大学(まあ、卒業したの昔だけどね)」
「えー、すごいじゃないですか!で、なんであたしを?」
「ふふ、長年やってるとね、雰囲気とかでなんとなく、この子そうかもって。あ、興味あるだけでもいいの。喫茶店で三十分位時間くれたらお昼と三千円お渡しするわ」
「あ、あの、少しだけ興味ありますけど…」
「じゃあキマリね。少し先にちょっといい喫茶店あるんだけど、そこでいい?」
「あ、いいです…」
「じゃ手つなごっか?」
「え、お姉さんもまさか…」
「あはは、冗談よ」
 揃って喫茶店へ向かう二人。この二人こそ自縛霊こと柴崎女史と、杏奈の百合友達の真帆ちゃんだった。真帆ちゃんも柴崎女史のこの変装にはどうやら気づいてなかったらしい。

「だめですー!バレエの人みたいに、一瞬で力こめてくるっと回るんです。その方が目も回りませんからー」
「だめ、僕もう目がくらくらする」
 とうとう床に倒れて息切らせる僕だけど、そんな僕に水村さんの容赦ない声。 
「口だけじゃなくて、目もおっきく!目で笑うの!それじゃ吉本女芸人じゃん!鏡見てみろよったくー!」
 京極家の大広間では水村さんの僕へのレイヤー特訓が続いていた。女って男の前だといつも笑顔でいるけど、いつも笑顔を作り続けるってとても大変だって事がわかった。
「はい次、カメラ向けられた時のポーズの八番!口閉じておもいっきり笑って、両手でVサイ…脇締めろって言ってんだろがよ!」
 いつのまにか水村さんの手には画用紙を畳んだ即席のハリセン。それが僕の手に容赦なく攻撃をしかける。
「いったーい…」
 痛くないけど、女で暫く暮らしてきた僕の口から思わずそんな声。
「はい次九番!腰に手を当てて…違う!最初に手をハの字にして、つんとおすましして腰に手当てて!顔ふって髪なびかせるの忘れないで…足ハの字にしてどうすんの!」
 今度はハリセンが数初僕の太股に飛んでくる。
「もう、何考えてポーズとってんのよ!」
「何って、何も…」
 ハリセンが二発僕のお尻に当たる。
「だってこんなのやった事ないからわかんないじゃん」
 疲れて座り込む僕の言葉に大きくため息つく水村さん。といきなり彼女は僕の背後にまわり、両手で僕の膨らんで目立ってきた胸をブラ越しに鷲掴み…。
「キャー!」
 多分生まれて初めて女の悲鳴が僕の口から出た。振りほどこうとする僕のバストトップを更に水村さんの冷たいすべすべの指が襲う。あ、だめ、ちょっと、力抜ける…。
「杏奈さーん、女はね、将来に備えて常に自分のファンを一杯作っておくんだよ。あたし可愛いでしょ?綺麗でしょ?もっと観て!って常に思いながらカメラの被写体になるの」
「そんな事言われたって…」
 僕の言葉にきっとなった水村さんの手に力が入る。
「ちょっと水村さん!あ、やん!」
 今度は僕の口から甲高い女の悶え声にも似た悲鳴が出る。だめだ、一度こんな声出ちゃうとどんどん勝手にでちゃう!
「ほらその声、この胸。もうあたし杏奈さまが元男の子だなんて思ってませんからね!」
 あ、だめだ、それ以上されると、僕変になりそうだから。でも水村さんの攻撃は続く。
「杏奈さまが一人暗い表情だとあたしとか先生(柴崎)まで迷惑すんの!今年こそコスプレ雑誌の巻頭カラー飾るんだから!チームワークよ!女になるならそれくらいわかってくーだーさーい!」
 水村さんの声なんてもう聞こえてない。目がうつろになり半開きの口から出ていた微かな喘ぎ声がだんだん荒くなっていく。胸に二つ出来た女の子の敏感な場所からくる感覚が僕の頭を狂わせて行く。と、突然体に何かの新しい仕組みが出来上がったらしい。退化した筋肉からありったけの力を出して水村さんの両手をなんとか振りほどいて、ぺたん座りのままくるっと彼女の方へ向き直る僕。そして、
「よくもやってくれたわね!」
 口から普段よりも一オクターブ高い声が出た後、僕は今度は水村さんの両胸をTシャツ越しに掴み、そして押し倒した。
「え?え?」
 いきなりの事に気が動転したのか、抵抗も無く僕の下敷きになる彼女。ミニのスカートから白いものがちらちらする。
「なによ!めいちゃん(水村)ばっかり一方的にあたしをいじめてさ!今度はあたしがいじめてやる!」
 口から見事な女言葉。そして僕は両手は彼女のTシャツの上から彼女のブラ越しに、お返しにとばかり大きな柔らかい脂肪の塊と突起物を襲いにかかると彼女の口から軽い悲鳴があがる。
「あたしだってさ、こんなの昨日初めてよ!そんなにすぐなんてできないわよ!なによ!こんなおっきな胸してさ!」
 僕の口から何故かすらすらと頭にも無い女言葉で勝手に出てくる。
「ちょっと、杏奈様!ちょっと、やめてください!あたし、なんだかおかしく…」
 と、突然僕は自分のしている事がどういう事かわかって、すっと正気に戻っていく。
「あ、あの、ごめんなさい…」
 すっと両手を元に戻すと、意外にも押し倒された状態のままけたけた笑い始める。
「あーおかしかったですぅ。今の杏奈様の表情とか声とか、生前の杏奈様そっくりなんですもの」
 そう言いながらゆっくりと体を起こして僕の前にぺたん座りする水村さん。
「うれしかったです。あたしとふざけあった時の杏奈様みたいで。そーれーにー、あたしはもう百合は卒業したんですよ」
 あ、杏奈の奴まさか水村さんともこんな遊びしてたのか。
「あー、いい運動になりましたー。じゃ午後のお仕事あるので戻りますね」
 そう言って何事もなく部屋を出て行く彼女。すげえタフ…。それにしても、さっきの僕なんだったんだろ。一瞬だけど完全に女の子になってた。まあ、水村さんも僕をもう元男扱いしてなかったみたいだけどさ。 

 丁度その頃鎌倉のとある喫茶店の前では、食事とアンケートとやらを終えた真帆ちゃんと、何かの調査員らしい人に化けた柴崎さんがいた。
「いいんですか、お昼奢ってもらった上に三千円ももらっちゃって」
「いいのよ、いろいろ面白い話聞かせてもらっちゃったし。特にお話の後半生々しかったわね。クリオネの名シーンとかさ」
 真帆ちゃんの言葉に謝礼の入った封筒を渡しながら笑顔で答える、調査員に化けた柴崎さん。
「あ、あの耳のピアス可愛いですね」
「あ、これ?手作りであたしのお気に入りなの。真帆ちゃんにも良かったら同じ物あげようか?んで二人で百合百合する?」
 なにやら意味深げな表情で真帆ちゃんが言った言葉を全然気にする事無く、上機嫌な柴崎さんが冗談を言う。
「それじゃ、何か有ったらご連絡しますので、今日はこれで失礼するわ」
「ごちそうまでしたー」
 柴崎さんの別れの挨拶にそう言って足早に鎌倉の商店街を駆け足で去っていく真帆ちゃんだった。しかし彼女の表情は穏やかではなかった。
(間違いない…途中で気づいて良かった…今度の土曜日が楽しみだわ)
 真帆ちゃんがそんな風に思ってた事を柴崎さんは知る由もなかった。
 
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