第13話  「可愛くなるレッスン?」~俺が妹になるってめちゃ恥ずかしい~

文字数 4,935文字

「ちょっと待った!」
 広間の舞台裏にいつのまにか出来た柴崎さんの巣の扉を閉めようとする僕をいきなり彼女呼び止めた。
「これ、忘れ物」
 フランスで人気だという百合小説クリオネの誘惑の日本語版を手に、柴崎さんが扉に向かって来た。そして、手にした本で僕の頭を軽くはたく。
「あんた、何か勘違いしてない?」
「え?何を…」
 答える僕に、ああもぅ!って感じで本を持ってない左手で目頭を押さえる柴崎さん。
「もう!これだからもう!男って…、あ、あんた女になりかけてんだっけ…どっちでもいいや!」
 何の事かわからず僕は口を半開きにして彼女を見つめる。
「さっき変な事言ったわね?女同士のエッチがどうのとか」
「え、だって女同士出来てたって言ったじゃん?」
「はあ?」
 僕につかみかからん勢いで僕の顔をじっと見る柴崎さん。
「いや、だからさ、その、真帆と…」
「お前はバカか!」
 とうとう僕の首を両手で掴む柴崎さんだった。
「なんでいきなりそっちへ行くの!?最終的にそうなる子もいるけど!そこまでいかないケースが大半よ!」
「え、そうなの?女の子同士ラブラブでホテル行ったり…」
「Oh mon Dieu!!あーもう!あんたって子は!」
 そう叫んでいきなり僕の手を噛もうとする柴崎さん。なんだよ、今度はフランス語かよ!
「なにすんだよ!」
 間一髪で僕は自分の腕を柴崎さんから守った。
「お前家でそーゆービデオばっかり観てたんだろ?」
「観てねーよ!んなもの!」
 とうとう僕の口から久々の男言葉が漏れ始める、でも声はボイトレのせいか低い女声だった。
「もうどーすんのよこれ…先が思いやられる…」
 そう柴崎さんが言った時、いきなり部屋の戸を荒々しくノックする音が聞こえる。そして入ってきたのは、なんとイギリスに行ってるはずの大澤さんだった。
「あ、大澤さん、いつ日本へ…ごめんなさいすみません。誰もこの部屋使ってなかったので…」
「あ、ああ、いいんですよ柴崎さんそんな事」
 部屋に入るなりまっすぐ僕の所へ向かってくる大澤さん。しかもなんだか血相変えてる。
「あ、杏奈お嬢様、あ、あのね、今日昼ごろどこで何してました?」
 何かいつもと違う。それに少し怒っている様子だった。
「あ、あのぼ…あたし、元の高校のクラスメートと海へ…」
 その言葉に柴崎さんが割り込んでくる。
「な、なに!?元のクラスメートと海ですって!?」
「あ、あの、右京の妹って事で…」
 柴崎さんと大澤さんに詰め寄られてたじたじとなって話す僕。
「いや、そんな事はいいんだ。昼ごろ平塚とか藤沢市内にいらっしゃいませんでしたか?」
「いえ、いたのは大磯なんですけど。クラスメート全員証人だけど…」
 僕の言葉を聞いて驚いた様子で額の汗をぬぐう大澤さん。
「何か、有ったの?」
 大澤さんはその言場にしばし呆然とし様子で額の汗をシャツの袖で拭う。そして、
「あまり、信じたく無いのですが…」
 と持ってきた封筒から何枚かの写真を取り出した。それは何件かの家の写真とそのある部分の拡大図。多分孝明おじさんの会社の大澤商事の賃貸物件か何かだろう。
「カメラマンが…もう仕事したくないって、逃げちゃったんですよ」
 その写真を手にした柴崎さんが、それを見るなり大きく目を開け、口から悲鳴にならない悲鳴を上げる。そして僕の顔をじっと見ながら何かぼそっと喋って僕にその写真を渡す。
「心霊…写真…」
「えー!本当!?」
 僕は恐る恐るそれを手にして…ところが、僕はそれを見るとたちまち笑いがこみ上げてしまった。全く別の市内で撮ったその物件写真の窓には、一人の同一人物の女の子が顔を覗かせていた。但しその顔はあきらかにカメラ目線で、あっかんべーとかべろべろばあとか。
 言うまでもない。写っている少女は杏奈そのものだった。
「そういういたずらする子じゃないの?」
「いや、カメラマンは神奈川県の広範囲を車と電車で移動してるんですよ」
 僕はなんやかんやと杏奈の姿を夢とかさんざん見てるので特に怖くはなかったが、柴崎さんと大澤さんにとっては恐怖らしい。
「前から賃貸物件の紹介写真に妙な物が度々写るというので、昨日戻ってきたのですが、こんなにはっきりと…旦那様にお話していいものか…それではこれで」
 そう言うと大澤さんはため息をつきながら部屋から出て行った。
「あ、あたしは信じないからね。幽霊とか」
 僕の心にさっき噛みつかれた恨みがひしひしと思い浮かんでくる。
「だって、杏奈いるじゃん」
「あんたは偽の杏奈でしょ。しかもまだ変身途中だし」
「いるじゃん…」
「ど、どこに?」
「そこの窓の外」
 その途端、
「キャアァァーーーーーーー!」」
 すごい悲鳴をあげて自分の布団の中に潜り込む柴崎さんだった。頭まですっぽりと掛け布団を被り、夏用の丈の短い布団に足まですっぽり入れようと必死にもがいている。
「あ、杏奈ちゃん、ま、まだいる?」
「んなの最初っからいねーよ。へー、幽霊が怖いんだ」
 僕がそう答えた瞬間、僕の顔に黄色のキティちゃん枕が飛んできた。
「てんめぇぇぇ!」
 すかさずその枕を手に取って僕を殴りつける柴崎さん。え、なんでだよ!相手は女だろ、なのに、怖い!逃げようとしても、足がすくんで…。
 
 騒ぎと、バン!ボフッ!ボン!という音と罵声を聞きつけて飛んできた大澤さんと水村さんに止められるまで、狭い部屋でさんざん僕を追い掛け回し枕でなぐりつけた後、布団の上で疲れたのか大の字に寝転がる柴崎さん。
 怒った柴崎さんが怖い。反撃できない。逃げられない、体が重い…。僕もうこんなに臆病で鈍くなっちゃったのか。
「だめだよー、彼女の前でお化けの事言っちゃあ」
「…信じない癖に?」
「信じたくないんだよー」
「自分で自縛(爆)霊って言ってるのに?」
「自分こそが霊で、他を認めないらしいんだけど」
「…変な奴…」
 なんとなしに柴崎さんの部屋から出るのが気難しくなって、柴崎さんの寝ている横でうつぶせになって頬杖をつき、ペラペラと[クリオネの誘惑]の本をめくる僕。
 その横で大澤さんが戻った後、駆けつけてそのまま居ついて柴崎さんのおやつらしいポテチを勝手にぼりぼり食べる水村さんの間でそんな会話が始まる。
「ねえ、柴崎さん、お化け嫌いだったの?」
 両足の膝から下をパタンパタンと上げたり元に戻したりしながら恐る恐る聞いてみる僕。最近太股とお尻にぴったりスキニージーンズがくっついて不思議な気分。なによりそんな仕草を無意識でしてしまう僕。
「るさいわね!ほっといてよ」
「心理学の人でしょ?幽霊の正体なんて…」
「あたしの知ってる物書きの人だって、幽霊信じないのに霊体験何度も経験してる人だっているのよ!」
 ずっと天井見つめながら柴崎さんが答える。
「ふーん…」
 本を片手にそう言いながら床の上をごろごろ転がる僕に水村さんが話しかけてきた。
「あ、それクリオネの和訳でしょ?」
「うん。ねえ水村さん、女同士で出来てるって、レズと違うの?」
「ぜーんぜん違うよー」
 呆れた様に言う水村さんだった。
「なんで男はそんな風に、あ、女に変身中だっけ?」
 そう言いつつ僕のレディースのストレッチジーンズのヒップを触る彼女。
「丸くて大きくて柔らかくなってきたよね」
「やめてよー、いいじゃんそんな事」
 その手を軽く払う僕。最近体が女になりつつある事を指摘されるのが嫌だというか、恥ずかしくなってきたんだ。
「いや、だからさ、出来てるってどういう事?」
「百合だよ百合」
 ポテチを手にその場で座りなおして、ショーパン姿で大胆あぐらをかく彼女。もう僕水村さんからも元男だって思われなくなってきたのかも。
「ティーンの女の子じゃ珍しくないよ。友達から一歩進んで二人だけの世界作っちゃうの。趣味とかー、好きな食べ物とかファッションとかー、男以外は嬉しい事悲しい事みんな共有しちゃうんだよ。時には一緒に飛び降りたりしちゃう危ない事もしちゃうしさー。更に発展してお互いキスしたりじゃれて抱き合ったり、そこまでは普通に有る事だよ」
「ふーん、そうなんだ」
「ほら、学校とかでもさ、いつも二人でいる女の子っているじゃん。そーゆー子は案外その世界に入ってるかもよ」
 目を輝かせながら喋る水村さんが続ける。
「杏奈様も九月から女子高校生でしょ?いずれわかるよ」
 その言場に僕は無意識に両手を口に当てぎょっとする。あと…、一ヶ月と少しじゃねーかよ!と思った時、
「よし、この路線で行こう!」
 布団に寝転がってた柴崎さんががばっと上半身を起こす。
「杏奈と同じになるのはもう無理だから、事故をきっかけに変わったって事にしよう!成長期だけど事故のショックで身長伸びたけど痩せて、胸もお尻も小さくなったって事で!体が以前より硬くなったのは、少しでも運動しようとしたそのせいだって事にして…」
 僕と水村さんが何事かと顔を合わせる。さっきの幽霊の事ですねてたんじゃななかったらしい。
「めい(水村)ちゃんさ、この前のお風呂での話やるよ!今度の木曜の夜の夏祭り!」
 いきなりふられた水村さんは、ふと天井見上げて一瞬考え込む。
「え!あの葉山の奴?だって今イエローが北海道行ってていないじゃん?」
「だーかーら、こいつにやらせんだよ!」
 僕を指差す柴崎さんの手を見つつ、
「おーおーおー…」
 とうなずきながら思いっきり笑い出す水村さん。何の事かさっぱりわからない僕は黙って彼女の顔を見つめる。
「とにかく!今度の土曜日だけどさ!もう真帆ちゃんの母性にかけるしかないの!多分真帆ちゃんが今まで甘えてたとおもうから、今度はあんたが甘える番になるの。んである程度の杏奈の違和感と変貌は許してもらうの!」
「だから、それとこれと何の関係あるんだよ!」
 僕の返答に柴崎さんは大きく息吸って更にまくしたてる。
「今のあんたから女の可愛さってのがまるで感じられないの!」
「あたりまえじゃん!僕、無理矢理杏奈にされつつあるんだから!」
 と、いきなり僕の胸倉を掴む柴崎さん。
「おめー、本当に酒持って雪山行くか?」
 口を尖らせて恨めしそうに彼女を睨んだ僕に柴崎さんが続ける。
「女の可愛さを身に付ける為に、今度の木曜の夜は付き合ってもらう」
 その横で
「うーん、うまくいくかなあ…」
 と呟く水村さんだった。
「何すりゃいいんだよ…」
 僕の胸倉を掴む柴崎さんの顔が意地悪そうな顔になる。
「…ハイスクールマジックスリー…」
 どこかで聞いた事ある。テレビ番組…だっけ?
「は、はあ?」
「こ、す、ぷ、れ」
「な、なに?」
 引きつった笑いを浮かべる僕の顔をじっと見つめながら、柴崎さんの顔がさらに悪魔の笑顔に変わる。
「今週木曜日、裏葉山マリーナのコスプレナイト花火大会、そのイエロー役で出てもらうよ!」
「な、なに?それ?」
 あいかわらず凍った笑いを浮かべる僕。
「めいちゃん(水村)あたしちょっと出かけてくるから、その間こいつに教えてやって!」
 そう言うと柴崎さんはすっと立ち上がり、キティちゃんパジャマを脱ぎ捨て、横に畳んでいたTシャツとジーンズを手に取る。元はといえ、男だった僕が横にいるのに全く気兼ねしない。
 すらっとした真っ白に体に大きなヒップ。ブラからこぼれそうなDカップの胸をゆらゆらさせながら着替える彼女を眺める僕。男だったらそんなの見たら股間が動くはずなんだけど、もう別になんとも思わない。
(僕もいつかあんな体になるのか)
 そう思いながらじっと彼女を眺める僕の手を掴んで立たせる水村さん。
「はーい、そうと決まったら鑑賞会!あたしの部屋にれっつごー」
 そう言うと部屋に柴崎さんを残し、僕の手を引っぱっていく水村さん。
(もう完全に女扱いされてんな)
 水村さんの部屋に連れて行かれながら、今更ながらそんな事を思う僕。しかし、水村さんの部屋って、独身OLの部屋って行くの初めて。どんな部屋?
 
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