第11話 「一人歩き」~俺が妹になるってめちゃ楽しい~

文字数 5,669文字

 世間の学校では夏休み突入初日の土曜日の昼。部屋であっきーさんの定例の整体を受ける僕。
「杏奈ちゃーん。女っぽくていい体になってきたなあ」
 そう言いつつ、柔らかくなってボリュームの出てきた、もう女の子のヒップに変わりつつある僕のお尻の腰骨のあたりをショーツ越しに触る彼。明らかに僕の腰骨の位置は女の子機能を埋め込まれた時から数センチ横に張り出してきたのが自分でもわかる。
「予定だと今日で一応終わりだけど、どんな感じ?」
 横で立って、じっと見ていた柴崎さんが彼に尋ねる。
「まあ、そろそろいいんでないかい?卵巣はもう正常に機能してるんだろ?」
「うん、血液検査の結果は問題無いみたい。もうこの子の血液は女の子そのものみたいだし」
「そっかあー」
 そう言って僕のヒップから手を離すと、いきなりパチーンとそこを強く叩く彼。
「よしっ終わり!後は杏奈ちゃん次第!食い物気をつけなよ。すぐ太るからな。あと毎日美容体操忘れずに!」
「いっ…痛い…」
 そう言ってうつぶせに寝転がったまま、膝まで降ろされたスカートをもそもそと着ける僕。
「あ。そうだレイちゃん(柴崎)いいもの見せてやるよ」
 そう言うとあっきーさんはワッペンやバッチやらストラップやらがやたら付いたボロボロのジーンズの中から封筒に入った一枚の紙を柴崎さんの前で広げる。それはいくつかのサインと勲章のイラスト入りの、何かうやうやしい感じの英語で書かれた、証書みたいなものだった。
「何これ?」
 柴崎さんがそれを読み始める横であっきーさんが得意げに説明しはじめる。
「まあ、簡単に言うなら、俺んとこさ、正式に早乙女美咲研究所の認可研究施設の一つになったって事さ」
「へぇー、そうなんだ」
 そう言って証書をあっきーさんから受け取り、興味深げに読む柴崎さん。
「あそこに河合さんて、生徒達のファッションアドバイザーやってる人いるだろ。そこと同列になったってわけだ。でもさ、何か気づかねーか?」
 独り言みたいに書かれた英語を読んでいる柴崎さんが顔を横に振るとあっきーさんが続ける。
「日本だから本来は日本支部の早乙女さんから来るはずだろ?少なくとも事前に連絡有ると思うんだが、直接本部から来たんだよ。そこのサイン、本部主幹の三宅さんのものだろ?」
「あー、ライ教授が引退してから本部香港からアメリカに移ったんだよね。で、それが、何?」
 証書から顔を上げてあっきーさんの顔を見る柴崎さんにあっきーさんが続ける。
「つまりはさ、ライバルになる前に取り込んでおこうって事じゃないの?俺っちの業績を無視出来なくなってさ?契約条項に有ったよ。これまで通りの治療を一般の人にやってもいいけど、施術方法は当研究所の指定人物意外に誰にも教えるなってさ。だんだんあそこも商売っ気出してきたな。特に三宅さんあたりな」
「まさかー」
 薄ら笑いする柴崎さんから証書を受け取り、カバンにしまいながらあっきーさんが続ける。
「今までの薬と手術とトレーニング以外に整体も必要だって気づいたんじゃねーの?がはははは!まあ、研究費も出るし、客紹介してくれるし、別に悪い話じゃねーからよ」
 スカートを履き終え、軽く身だしなみ整える僕を見ながら、尚も続けるあっきーさん。
「女性生殖器の移植はあっちでやったけど、少なくとも普通の男の子をたった二ヶ月で女の子でモデル演じれる女の子に改造したんだ。あっちの正規のコースじゃ、まだ女性化基礎トレも終わってない時期だろ?杏奈ちゃん、よかったなあ」
「女性生殖器の移植は、完全に自己細胞で女性化っていうライ先生の理念に反するからさ、極秘で実験的にやったから秘密だったんだけど、うまくいっちゃったもんね。まあ身内の臓器だったけど」
 独り言みたいに呟く柴崎さん。なんか聞いてるうちに、僕は僕自身の存在がなんだかすごい感じがしてくる。
 カバンを肩に担いで僕の頭をなでてくれるあっきーさん。もうすっかり女の子扱いされてる僕。
「どうすんの?御徒町のあそこはもう手狭になるんでしょ?引っ越すの?」
「ばか言え、あそこは俺にとっての聖地であり、研究の場だ。誰が何と言おうと離れねーよ」
 僕、女の子になって…杏奈になって良かったんだろうか?ともかくでも女の子って生き物が何なのかだんだんわかって来たのは事実なんだけど。僕はあっきーさんの元に行き、
「どーもありがとうございました」
 と深くおじぎする。そんな僕の手を両手で握って握手するあっきーさん。
「みろよこの手。最初はもうごつごつで俺も心配したんだけど、もうすっかり柔らかくて冷たい女の手だよ。もうちょっと細くなるといいんだけどなあ」
 女の子の笑い方、顔の筋肉をどう動かしたら可愛い笑い方になるかもいろいろトレーニングした僕の笑顔を見ながらあっきーさんが続ける。
「あ、女の子のバストアップの相談と治療もやってっから、時々来なよ。ロハでやってやっから。もう十分報酬貰ってるしさ。あ、それともこんなむさくるしいおっさんに、処女の胸揉まれるのは嫌か?がはははは!」
「あ、いえ、そんな事ないです」
 処女って言われた僕の顔がなぜか真っ赤になる。そうなんだ、僕処女なんだ。まだそれを失う所は出来てないけど。
「じゃ、俺これから用があるから。このあたりの漁師の兄ちゃん達と昼間っから飲みだ。これからここへもなかなか来れなくなるからな」
 そう言ってカバンをかついで飄々と部屋を出て行く彼。屋敷の玄関では水村さんが見送りの準備をしていた。
「本当、正直御徒町にも来てくれよな。体に異変起きたら必ず来るんだぞ。じゃな!」
 屋敷の門をくぐる彼の姿が見えなくなるまで僕達は彼の後姿をじっと見つめていた。
(作者注 早乙女美咲研究所については、別著書めたもるふぉーぜをご覧ください(笑))

 世の中は夏休み。僕の変身の具合が予定通り。いや予定より何故か良い具合だったので、僕は休み明けから京極杏奈で女子高校生として高校に通う事がイギリスの孝明おじさんの一存で決められてしまった。
 女の子で、京極杏奈で女子高校生で学校へ行く事になったらもうごまかしは効かない。八月末のその日までに僕は完全に杏奈になる必要が有った。後期の始業式までに、勉強及び経験・思考・癖・頭の中を完全に杏奈にしないと。
 勉強の方は一年前に習ったはずの事だけど、あまり成績の良くなかった僕にはわからない事だらけ。杏奈は優等生だったらしいから、とにかく柴崎さんと共に、時には教科書で頭を叩かれながら、早く大澤さんがイギリスから帰ってきてくれないかと始終思いつつ、高校一年の全科目を復習。
 不思議だった。あんなに嫌いだった国語と英語が嘘みたいに頭にすらすら入っていく。どちらも教科書の問題文が一瞬で頭の中に入っていく感じ。問題文じゃなく、物語を読んでいる感覚。誰がどういう気持ちで何を言ってるのか一瞬でわかってしまう。
 その反面、数学と理科系に関しては、前にも増して考える事がおっくうになってしまった僕。もう、とにかくめんどくさい。目線と考えが単一的になって、視野が一方向にのみ偏ってしまう。
 これが、いわば女の子の頭になっていってるって証拠なんだろうか。まあ、別にいいし、女になるんだったらさ、数学と理科系なんてさ、そんなの必要ないし…。
 なんて事を言うと柴崎さんに蹴りを入れられる始末。大澤さん!早く帰ってきてよ!
 
 それから程なくたったある日の午後、杏奈の本棚の本でまだ未読の本とかを読んでいた僕のアイフォンに、僕の片思いの女の子だった浅井穂香からラインで連絡が入った。
「杏奈ちゃんお久!元気してる?高杉ブロックOK?あいつバカだから。あ、今度の水曜海行くよ!またあとで。んじゃね♪」
 てっきり社交辞令だと思ってたのに、本当に行くの?僕まだ…その…海開きとか風呂の時はさ、身近に来る人がいなかったし、横に柴崎さんとかいたし、一人で女の子で、一般の人の前に女の子で…なんてさ…。でも…。
 突然ベッドの上に飛び乗って、足ばたばたさせて、
「あーん、もう!」
 なんて声まで上げてしまう僕。僕本当に変わっちゃった…。でも、なんだろう、声出したら一瞬できょとんとしてしまう僕。
「よし、冒険のつもりで行こう!」
 まあ、なんとかなるんじゃない?ってだんだん後先考えなくなってきた僕。
 そして杏奈の洋服箪笥をおもむろに物色する僕。水着は有ったんだけど、その…。
「なんかガキっぽいのばっか…」
 あんな性格なのに、なんだよこのふりふりに、おおきな水玉ぼちぼちに、なんだこれ…。金銀ラメのスカート付ワンピ…。なんだか僕の趣味に合わない。杏奈のクラスメートと行くんだったら、これでも仕方ないかって思うんたげど、なんか、女になり始めた僕の、趣味ではないんだけど…。どうなんだろ…、女って自分の趣味じゃなくて人に見せる為に自分に合った服とか水着着るって聞いたんだけど、いわばこれが杏奈の考えた、杏奈が人に見てもらう為の水着って事?これが僕に合ってるって事なの?
 杏奈の箪笥の引き出しの前にペタン座りして、フリフリのスカートビキニを両手に持ち、顔の前でため息付く僕。これだったらさ、僕が海の日イベントに付けさせられた、ブルーのイルカのワンポイント付き水着の方が…。でもあれイベント用だし…。あーもう!杏奈のバカ!
 僕はそのまま部屋を抜け出し、水村さんと一緒にお昼の休憩中の柴崎さんのいる部屋に駆け込む。
「ねえ、柴崎さん、ちょっといい?」
 見ると彼女は水村さんと一緒にビール片手にスルメつまみながらお昼のバラエティ番組の視聴中。
「んあ?」
 すっかり赤い顔で返事して僕の顔を見る柴崎さん。
「何?あんたも食べる?スルメ?」
「昼間っから、何ビール飲んでるのよ?」
「あ、いいじゃん、そのイントネーション。女言葉うまくなったじゃん」
「いいからもう!」
 ちょっと顔を赤らめた僕は事の次第を柴崎さんに話す。
「ほらー、この前風呂に連れてって正解だったじゃん」
「なんか女に自信付いたみたいですね」
「すげーなあたしたち、二ヵ月半で普通の男の子をビキニ着て女の子に混じれる女の子に仕立て上げたんだぜ。早乙女美咲研究所超えたぜ」
「えー、そんなにすごいんですかあ」
「もういいから!」
 半ば酔っ払って話す二人を僕がせかす。
 と、柴崎さんは考え込む素振りを見せた後、ちゃぶ台の上の缶ビールをぐいっと飲み干してその上に置く。
「ちょっと部屋で待ってな。相談してくる」
 そう言って柴崎さんはふらつく足で部屋を出て行った。
 程なくして柴崎さんは何やらメモを手に部屋に戻ってきた。
「ここ、渋谷のブティックTOMOって所に行ってさ、店長の河合とも子さんに相談しな。多分あんたに合ったの選んでくれるよ」
 手渡された地図と電話番号見て、僕はちょっと不安だった。試着とかするんだろ。僕が万一男だってばれたらさ…。
「気にすんな。店長のとも子さんも早乙女美咲研究所の卒業生で、元男だからさ」
「えーーーー!」
 僕と水村さんが同時に声を上げる。
 
 杏奈のジーンズのスカートとロゴ入りのピンクのTシャツに着替え、地図を頼りにその店に行くと、中は女の子達で一杯。特設の水着コーナーにも女の子達が群れていた。気後れしそうになったけど、
(大丈夫、僕は女、女なんだから)
 つんとおすましで店に入り、バイトらしき女の子に店長さんの事を尋ねると、早々に店の奥に案内された。店長らしき女性と、オーナーらしきおばさんの二人だった。
「オーナーの河合まき子です。こちらが店長の河合とも子」
「あ、あの、京極杏奈です」
 あ、河合まき子さんて、先日あっきーさんから名前だけ聞いたあの人。ぺこっとお辞儀すると、オーナーのまき子さんが目を細める。
「話は聞いてます。杏奈さん、おおっぴらにはしてないけど、研究所では噂は聞いてますよ」
「今年の四月まで、男の子だったんですよね?信じられないけど」
 小声で僕に話す二人。僕も目の前のこの可愛らしい女性が、元男の人だったなんて信じられない。
「あの、まき子さんも、その…」
「ああ、あたしは違いますよ。元々女でしたから」
 そう言ってまき子さんがとも子さんに早速水着選びを指示する。残ったまき子さんはなんか落ち着いてなんでも相談できそうな人って感じ。僕は事の次第と、そして初めて一人で女の子に混じって海行くんたけどって事を話した。
「そうねー」
 長い髪を振って、考える素振りで指を口に当て、女らしい優雅な素振りを見せるまき子さん。
「いいじゃない。杏奈ちゃんじゃなく、女の子になったあなたで接してみたら?何も遠慮いらないわよ。あなたの元クラスメートでしょ?兄さんと似てても不思議がらないわよ。兄さんの口癖とか仕草が妹さんに写ったっていう事にしてさ」
 そっか、そういうもんなんだ。
「あとねー、女の子達に女を教えてもらうつもりで遊んで来なさいな。高校生でしょ?まだまだ子供なんだからさ。普通に女の子でも男っぽい事する事とか有るからさ。あと可愛いと思った女の子の仕草はいくらでも真似してかまわないわよ。みんなより年下っていう状況なんでしょ。なんでもいいからどんどん喋って、可愛く振舞ってさ。大丈夫、あなた可愛いからさ」
 柴崎さんとは違う落ち着いた話ぶりに僕の不安はどんどん消えていく。
「男は自分の着たいもの着るけどさ、女の子は自分に合った物を選ぶでしょ。店長のとも子はね、その事に関しては超能力みたいな物があるのよ。人の為にあの子が選んだ服は、まあまず絶対間違いないわ。水着だってそうよ」
 と程なく店長のとも子さんが水着を一着持ってきた。
「杏奈ちゃん。これ、あたしの一押し」
 僕はそれを見た時ぎょっとした。
「えー!これ着るの!?」
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