第8話  東宮

文字数 706文字

永観2年(984年)春のある日のことだった。
「女御様、お父上が、お話があるそうです。こちらに、お訪ねしてもよろしいかと。」
 女房の讃岐が取り次ぐ。父の東三条帝で最も身分が高いのは、我が子、現在の帝の一の宮。次が現在の帝の女御であるわたくし。そして、三番目が右大臣である父である。
几帳を隔て、父と話をする。
「女御様、昨日、帝より使者が参りました。一宮様についての内々のお話がある、ということで、他ならぬことゆえ、本日参内して、帝と久方ぶりにお話をしてまいりました。」
なるほど、それで今朝から騒がしかったのか。2年もの間、参内していなかった父が、どこへ出かけたのかと思っていたのだが。
「帝は、お元気でいらっしゃいましたか。」
 許せぬ思いはあったものの、一番に気にかかったのはそのことであった。
「わたくしのことは、なんと?」
「一宮様のことをたいそう気にかけていらっしゃり、おかわいらしいご様子を詳しく申し上げたら、たいそうお喜びであられた。」
「そうでございますか。」
まあ、宮様のことばかり。父は、わたくしの気持ちは、どうでもよいらしく、次の話に移る。
「帝は、譲位をお考えであった。」
「そうでございますか。」
 そうか。わたくしは、このまま中宮にもならずに終わるのか。
「帝は、次の春宮に、一宮様を望まれた。」
えっ。父が上機嫌なのは、そのためか。一宮様が天皇になられれば、父が摂政になるのは約束されたようなもの。わたくしは、中宮にはなれないが、国母となることができる。とはいえ、心穏やかではいられない。宮中の儀式で、中宮を務めるのは、わたくしではない。
八月二十七日、帝が花山帝に代わられ、七歳にして一宮は東宮となられた。
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登場人物紹介

藤原詮子…藤原兼家の正妻時姫の娘。同母の兄弟は、長兄道隆盛・次兄道兼・弟道長、姉超子。異母兄弟多数。我が子は、一条天皇だけ。

円融帝…冷泉天皇の弟。母は、兼家の姉藤原安子。村上天皇から見ると冷泉天皇は第2皇子。円融天皇は第5皇子。安子から見ると、第1皇子が冷泉、第3皇子が円融。ややこしい…。我が子は、一条天皇だけ。

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