第8話

文字数 4,897文字

8章 
「きっと妖怪のほうの連合は上手くいかないよ」
「そういう話であったな」
 白雲の推測では各々の連合は上手く行かないとナツは聞いていた。
「だから、集まって戦うことになる前に真相を暴かないといけない」
 妖怪たちが協力するよりも先に行動しようと白雲は言うのだ。
「妖怪はいつだって寄せ集めだからな」
黄月も妖怪であるのにひどいことを言っている。実際にそうなのだろう。
 ともあれナツたちは陰陽師たちの拠点に潜入することになる。まずは、知り合いであるあきらに接触することになるが、そこまでの手順を相談している。
「あきらに会うっていうなら、呼び出したほうが早いよ?」
「連絡先を知っているのか?」
 ナツが携帯電話を取り出した朱音に尋ねる。
「お互いの番号を交換したから」
いつのまにそんなことをしたやら、女は油断も隙もない、とナツは思う。
「みんなそんなことに気づかないなんて、ドジばっかりだぜ!」
文友が叫ぶが、糾弾ではなくほとんど冗談混じりのものである。
「お前も気づけ」
黄月が文友を皮肉る。
電話であきらと朱音が話す。あきらは中に入ってからは何とかできるけど、入り口を通すことは出来ないから、それは何とかしてくれ、と。
あきらに電話で真相を聞いてみることも考えたが、実際に潜入してみないとわからないこともある、という反論が上がった。
「結局のところ、前に侵入したときと同じルートを通ることになるな」
「大丈夫なのか?」
 そのルートを見つけたとうい白雲にナツが聞く。
「大丈夫さ、あっちの世界やその出口を警戒するぐらいなら僕らのところに式神を送り込んだほうがマシだよ」
 白雲の言葉を当てにしてナツたちは陰陽師たちの拠点に向けて出発した。
かつて潜入したときの“異世界”への入り口は裏路地にあるらしい。街の雑踏を横目にそこを離れ、古風な家の立ち並ぶ裏路地に入り込む。
「ここの行き止まりには横道が本来は無いはずだけれど」
 白雲はいったん言葉を切りナツに奥を示す。壁にはさまれた細い道が右側にある。おそらく本来は袋小路になっていて家の間に隙間さえ無いに違いない。
「今は“異世界”に通じる道が開いている」
ナツたちが入り込むと急に視界が開けて建物が無くなり、大自然に放り出される。“異世界”では冬と夏の最中のようだ。ヒマワリ畑が雪に埋もれているのが見える。
「何度来ても慣れそうに無いな」
「ここはごちゃまぜになった頭の中のようなものだから慣れないほうがいいと思うよ?」
 朱音がナツに向かって話す。
 ナツは彼女の言葉にうなずき積もった雪の小道を歩いて先導する白雲の後に続く。
社会という異世界から戻ってきたのに、もう一度、異世界に向かうことになるとは。そしてすでに引き返せなくなっている。ナツは諦めのため息をつく。
そんな悩みで頭を満たすほど楽な道のりではなかった。誰かが歩いたであろう小道は存在するけれど足元に注意しなければならなくて、そのことで悩みが排除されてしまった。
「風邪を引かなければいいけど」
 ようやく元の世界に出てきたとき白雲が足にくっついた雪を払いながらそんなことをいった。彼ののん気な言葉と口調に悩みの残り物を払拭され、ナツは一息を吐いて前を見る。
前に逃げたときに入り込んだ藪から出てきたが周囲に陰陽師たちはいない。
「近くではねえが大勢いるな、匂いでわかる」
 黄月の言葉から待ち伏せは無いようだ。
 電話で聞いたあきらの居場所に向かうために先に行こうとする黄月に朱音が道筋を教える。途中で警備のためか鎧姿の式神が立っているのを何度か見かける。
「やっぱり数が多いんだな」
「数ばかりじゃ意味がねえぜ」
ナツの指摘に黄月が答える。
「勢い任せの連合なんて、付け焼刃で役に立たないもんだからねえ」
「本当に頼れるのは自分たちだけだな」
白雲の言葉にナツが呆れて言い返す。

陰陽師や式神たちを避けて進み、一行はあきらの待つ部屋に向かう。
「いやあ、数が多いねえ」
「見つかったらアウトだね」
 白雲ののん気な発言に、緊張感の無い文友が調子を合わせる。
ナツは避けた者の数を数えたが数え切れなくなってきて背筋が寒くなった。敵地にいることを認識せざるを得ない。何もかもが追い詰められているのを感じる。
 待ち合わせ場所は、前に来たことのある部屋だ。廊下の壁に仮面が飾ってある。到着すると文友が仮面に興味を示し始めた。
「あきら、いるか?」
着替え部屋の戸をたたいて確認する。着替え中では無いだろう。あきらの声がして彼女が顔を出す。
「あなたたちも来たんですか」
同行している妖怪たちを見てあきらが少々驚く。まあ、在野の妖怪がこの状況で徘徊するなんてありえないだろう。
「仲裁に来てやったぜ」
挑発するかのように黄月が話しかける。
「ケンカはよせ」
ナツが黄月をたしなめる。今はケンカをするような状況ではない。
「本当に仲裁が必要になるかもしれませんよ」
黄月を無視してあきらが言う。
通路では見つかるかもしれないので一行は部屋に入って会話をする。
「葬式をすべきだと思うのですが“報復をしろ”という言葉を残しているのです」
 部屋の中であきらが重岡老人の死に際の言葉を説明する。その遺言のおかげで陰陽師たちが戦いを始めているのだろうか。
「誰がその言葉を伝えたんだ?」
「式神の刀児が言葉を聞き取っています。殺された現場を見たのも彼だそうです」
 ナツの言葉にあきらが答える。文友が仮面を被っている。通路から持ってきたようだ。
「容疑者が妖怪っていうのは?」
「近づけないけど、聞いた話では証拠があるとか。」
 白雲が取り上げた仮面を被りながら話すのにあきらが答える。無くなったとわかったら探すかもしれない、と文友に飾りの仮面を戻してくるように促す。
「証拠を確かめようぜ」
 黄月が率直な意見を言う。ナツも彼の意見に賛成である。あきらは余り乗り気でない。
「あの式神が僕らの近くをうろうろしていたから疑っているんだよ。彼に話を聞きたいけれど、どこにいるかわかる?」
白雲があきらに細かく説明してあげる。
「わかりません、ここ数日の間はあわただしくて、彼がどこで何をしているか気に留めていませんでした。」
 妖怪同士で顔を見合わせる。皆の疑いが確信になっていく。
「そういえば、彼はどんな理由で行動しているのでしょう? 誰かの支配に入ったというのは聞いていないし」
「昨日の今日だし、新しいボスを探しているだけなんじゃない」
仮面を廊下に置いて戻ってきた文友があきらに推測を話す。
「う~ん、どうかなあ」
 白雲は文友の推測を受け入れない。
「後で探し出して聞いてみましょう」
 あきらがそう言って式神について会話を止める。
「先に証拠を確認したほうがいい」
ナツはとりあえず目的を最優先する。
「そうだね、このまま何もわからないままだと溝が深まるばかりだね」
白雲がナツの言葉に同意する。
 途中、式神が待機している場所を何度か迂回して証拠が保管されている場所にやってきた。ここまで戦いが無かったのは、あきらが屋内の警備状況を知っていたからだ。
 部屋まであと少しのところで先を進む黄月が戻ってくる。
「門番どもがいるぞ?」
「おかしいですね、前までは誰でも入れたはずなのですが」
 ナツたちがこっそりと確認すると、確かに部屋の前に犬型と巨人型の式神が立っている。
「どうしてこうなったか誰かに尋ねてみましょう」
ため息をつくと、警備の関係者を探そうとする。その腕を白雲がつかんで止める。
「その暇はねえ」
黄月が声を荒げる。彼は強行突破するつもりである。
「倒すと気づかれるよ?」
そう言って朱音がナツを見る。ナツは迷うが、すぐに決断する。
「手早くやろう」
ナツたちには迷っている暇すら無く、この真相を探る目的のためにここまで来たのだ。
「俺はあっちのデカイのを片付ける。」
黄月が巨人型の式神に立ち向かう。
「“デカくない”ほうは犬に見えるぞ? そっちの方を」
「さあ、みんなで大きい奴にアタックだ!」
文友が皆にわざとらしい声をかける。絶対わざとだな。さっさと行ってしまって、ナツの意見など聞いていない。
「まあ、本当に危うくなったら助けるよ」
白雲がナツに声をかける。
「安心して」
朱音もうなずいて言う。 
犬は苦手なのに何故か押し付けられる。他の妖怪を召還しようと思ったが、止める。潜入して調査するのが目的であって、戦うのが目的ではない。
「ここを守るとは、よほど重要なんだろうな」
 そう言ってナツは彼らが守っている扉を見る。隙を見て部屋に入れるかもしれない、と考える。鍵はかかっていないようだが、戦っている奴を放置するわけにはいかない。
「全くだぜ、倒して洗いざらい泥を吐かせようぜ」
黄月が巨人の足を爪で切り裂く。
小細工は無理、力押しになりそうだと思っていると。犬がナツのほうに向かってくる。先に部屋に入るのは無理みたいだ。
 犬とナツの間に朱音が割ってはいる。
「だ~いじょうぶ、まかして!」
 朱音が犬を威嚇して戦っているのを前にして、何かを感じて横目に見る。足を切られた巨人がバランスを崩してこっちに倒れてくる。
ナツは犬のほうばかりに気をとられていた。巨人はちょうど犬とナツの間に倒れてくる。
「倒れるぞ!」
 そう言って、ナツが朱音の手を引っ張る。逃げた背後で巨人が倒れてくる。それに群がっていた他の妖怪らは皆、早々に散っているように見える。
「危なかった~」
 朱音が安堵の声を上げる。上手くいったと感じて背後に向き直る。そこに巨人の体を乗り越えて犬が飛び掛ってくる。
確認する余裕すら与えられず、ナツは身を投げ出してよけて、勢い余って転がる。
ナツが立ち上がって自分の隙を見せないように犬と向き合う。倒れている巨人はまだ手足を動かしている。あのでかいのから離れて戦わないと。
「先に僕が部屋に入りましょうか?」
 あきらが入室することを意見する。
「お前だけ入っても意味が無い」
黄月の言う通り、妖怪側の者が入らないと証拠の真実性が疑わしくなる。
 他の式神の相手をしている間に巨人が起き上がってくる。完全にやっつけていなかったようだ。そしてナツの前には犬型の式神がいる。
しかし、吠える声とともに、近づいてきた黄月が一撃で犬型の首を切り飛ばす。その黄月の背後に巨人の手が迫り、誰かが警告を発する。
「任せろ」
 ナツが答えて、本の力で剣を出す。そして黄月の背後から迫った巨大な腕を切り落とす。そのナツの背後を朱音が守る。
 ちょうど別の犬型の式神がナツの背後に来ている。
「こんなのは大した相手じゃないよ」
 白雲が気楽に言って、その背後に迫った犬に向かって、カボチャ付きの“つる”を投げつける。犬はそれに絡み取られて身動きが出来なくなる。
 遅まきながらあきらが式神を召還して、巨人に立ち向かわせる。
「こんな状況だけど、無理して妖怪側に協力しなくてもいいぞ」
ナツが念のために言っておく。あきらは協力しているが陰陽師側の人間だ。
「僕も、何が起こったのか、真実を知りたいんです」
 あきらも心を決めたようだ。
 一進一退の戦いを続けていると通路の奥から増援が来るのが見える。
「だんだん、にぎやかになってきたよ」
文友が冗談なのか、どうなのかわからないことを言い出す。
「それはそうと、どうしよう?」
朱音のほうは弱気になってしまった。
争いの騒ぎが大きくなっている。時間がかかればかかるほどすべてが不利になって最悪に向かう。不退転の決意で来たが、手の平を返すときかもしれない。
「何人かは帰そう。俺と白雲と黄月の三人で一か八かで」
「いいや、先に行け」
ナツの意見に黄月と白雲が反論する。彼らはここに残ってナツたちに真相を確かめさせるつもりだ。
「わかった」
ナツは短く返事をして、分かれて、部屋に入る。


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