第9話

文字数 4,058文字

 暴れる黄月の気を引くために白雲が前に出る。
 二人の妖怪は、お互い攻撃をしかけないで様子を見る。
 白い毛並みの二又の尻尾が揺れていない。
 表面的には穏やかな白雲だが、彼も緊張しているのだ。

 ナツは本から力を引き出す。
 支配の術を黄月にかける。
 術をかけられた黄月が戦うのをやめて苦しみ始める。
 本来なら痛みを伴うものではないが、彼の信念に反することだから苦しむのだろう。

 社長が剣を頭上に掲げて支配の力を強める。
 黄月がさらに苦しみでもがいている。
 社長が術者として慣れていなくても剣の力が変わるわけではない。
 手ごたえから言って、支配の影響力は同じぐらいだ。

「お前が一番支配されるのを嫌っているんだろうけれど、助けるにはこれしかないんだ!」
 効果が無いとわかっていても話しかけてしまう。
?!
 声に反応して黄月の雰囲気が一瞬だけ元に戻った。
 どうやら、つけいる隙はありそうだ。

「妖怪を支配するのは私だ!」
 社長が剣を振るってさらに支配の力を強化しようとする。
 黄月が荒い息を吐き、苦しみ、迷う。
 もはや操られている本人次第かもしれない。

 黄月がナツに向きなおり、爪を向ける。
 白雲がナツと黄月の間に割り込んで守ろうとする。
 周囲の妖怪たちはナツたちのことを見守っている。
 黄月のことはナツたちに任せるつもりなのだ。

「敵を倒せ!」
 田島社長が剣を振り回して黄月の背後から怒鳴りつける。
 このうるさい態度が田島社長の本性なのだろう。
 実は良い人かもしれないと思っていたがそれは間違いだったようだ。

「敵か?」
 ナツたちから目をそらさずに黄月が聞き返す。
「そうだ、お前の憎む相手が目の前にいるぞ!」
 ナツはいまだに襲ってこない黄月の目を見る。
 黄月の目の輝きが少しだけ変化したように見えた。

「ちがいねえ」
 黄月がナツに背を向けて社長に向きなおる。
 誰かが声をかけるよりも速く社長に襲いかかった。

「ぐわっ」
 黄月の獣の速さに社長は対応できない。
 身動きすらできずに剣を持った腕を切り落とされた。
 出血して床に倒れてのたうちまわる。

 ナツは剣を取りに行き。
 白雲は社長を抑えに向かう。
 文友が黄月にかけよる。

「支配から抜け出したんだね」
「まあな」
 かけよった文友が安堵の息を吐く黄月に声をかける。
 いつものようにからかったりしないのは文友もまた心配していたのだろう。

「おっと動いちゃダメだよ」
 白雲が伸ばした毛針を社長の首につきつける。
 倒れている社長はおとなしくなった。
 だが、見た目は腕の痛みをこらえるだけで精一杯のようだ。

「ナツ、その武器を使って戦いを止めないと」
「わかった」
 白雲に言われるまでもなく、ナツは黄月が切り落とした腕に近寄る。
 手から剣を引きはがす。

 ナツが拾い上げた剣は装飾のある非実用的なものだ。
 剣の重さで腕が引っ張られる。
 ナツが霊力で生み出していた剣に重さは無いのと対照的である。

 剣を両手で持ち上げて使用する。
 剣から放たれる霊力が周囲の妖怪たちに放たれる。
 戦いが止まり、喧騒が収まる。

 操られていた妖怪は抵抗をするのをやめた。
 剣を持っているナツの言うことに従うだろう。
 白雲が社長を縛り上げているのが見えた。
 ついでに腕を縛って出血を止めている。

 戦いは終わった。



「こいつはどうすんの?」
 白雲が引きずってきた田島社長について文友が聞く。
「殺してしまうのかと思ったが、まだ生きていたな」
 ナツは剣を重たそうに持ちながら渋い表情を見せる。
 死んだほうがいいというわけではない。
 しかし、恨みを持った妖怪たちに狙われる余生に耐えられるのだろうか?

「殺しそこねちまったな。とどめを刺しちまうか?」
「やめとこう。人間社会で裁きを受けさせる必要があるし」
 一応、この事件の依頼人は人間の警察からのものだ。
「まあ、そうだな」

「それよりも、黄月を支配から解放しないと」
「そういえば、そんな力を受けていたな」
 白雲に言われてナツは気付かされた。
 黄月が普段通りに会話していたので忘れていた。

「よく、支配から逃れられたね」
 文友の言う通り、自力で支配の術を撃ち破ったのだろうか?
「まあ、本能で敵っていうのを判断したら、奴に襲い掛かったってわけだ」
 会話の様子では術を解除しなくてもよさそうだ。
 
「(それにしても、俺は味方として認識されてるわけだ。支配する相手でなくて)」
 ナツは小さな声で白雲と話す。
「(うん、そうだね。できれば友達として認識してほしいところだけどね)」
 白雲の言う通りで、黄月は友人と思っていた。
 だからナツのことを攻撃できなかった。
 ナツはそのように信じたい。

「それはそうと、さんざん文句を付けていた奴がいたな」
 どうやら黄月は支配されていた時のことを覚えているようだ。
「あれは正気づけるために言ったんだよ」
「ほう?」
 黄月が一歩前に出る。
 文友は慌てながら後ずさる。

「いわば愛情のあらわれ、というわけで」
「おっと、支配の影響が残っているようだ。お前をぶっ飛ばしたくなってきた」
 逃げ出した文友を黄月が追いかけ始めた。
 狸と狐のいつものやり取りにナツたちは少しだけ安堵した。



 その後、田島社長は森屋刑事に預けた。
 田島社長の怪我は妖怪たちが直したけれど、腕はずっと不自由になるかもしれない。
 社長は警察に渡されるのを嫌がった。
「あなたを恨む妖怪たちに引き渡した方がいいのか?」
 ナツたちがそう言うと黙り込んだ。

 このことを甘い判断という妖怪たちもいる。
 とくに支配されて、利用された妖怪たちからの恨みはとくに強いものになった。
 そんな状況ではあるが、ナツたちも情けをかけたわけではない。

 社長の処遇はナツたちに任された。
 彼に操られていた妖怪たちはそれに納得したわけではなかった。
 けれど、この事件を率先して解決したのはナツと仲間たちであった。
 それに剣を失った今では無力な人間でしかない。
 だから、後でどうにでもなると妖怪たちは考え直してナツに預けた。

 事件に関しては秘書の葉上が証人となって洗いざらい話すつもりだ。
 彼女が協力的なのは妖怪の報復を恐れたためである。
 取り調べをしている警察は、妖怪を使った犯罪について証明できない。
 けれども、妖怪を使わない犯罪行為もあったのでそれで逮捕できる、と言っていた。

 操られていた妖怪たちは取り調べて封印するか解放するかになるだろう。
 元凶になった剣は、これも封印されることになった。

 目の前には回収した剣を元通りに長方形の箱に入れてある。
 ナツたちがやってきたのは集会を開いた神社の奥である。
 社長の剣をここに封印するためにやってきた。
 妖怪たちもこの神社の敷地内に封印されている。

「封印しちまうの?」
 膝まで身長しかない化け狸がナツに聞いてくる。
「剣の力でどうにかしてほしい乱暴狐の妖怪がまだ近くに」
「いい加減にしろ文友! ナツが決めたことだ」
 乱暴と評された化け狐の黄月が怒鳴る。
 ナツは傍らに立っている白雲と一緒に肩をすくめた。

 結局、妖怪を支配することで解決したのだ。
 支配することに悩んでいたにもかかわらず。
 黄月を支配したことは一時的であると思いたい。

「剣のことだけでなく、その本についてはどうするの?」
 白雲の問いかけはナツの思考を中断させた。
 悩んだところで今さらで、答えは決まっている。
 白雲もどう答えるか知っていて聞いてくる。

「これは持ち続けるよ」
 ナツは本を手に持って妖怪たちに答える。



 剣の封印を終えたナツたちは家に戻ってきた。
 ナツに協力していた妖怪たちは解散してそれぞれの住処に戻っていった。
 そのせいで、家の雰囲気が静かで落ち着いた雰囲気になった。
 ナツの家にいるのは白雲の兄妹と文友と黄月の4人である。

 居間では文友が狸の姿のままTVゲームをやってる。
 黄月は家の屋根にでもいるのだろう。
 白雲は小説の執筆が行き詰って自分の部屋から出てきたところだ。

 居間は外に通じる引き戸が開け放たれて庭が見える。
 周囲には家もなく木々に囲まれているので庭と呼ぶべきか疑問であるが。
 風もなく葉擦れの音も聞こえない。
 ぼーっ、として穏やかな日常になっている。
 事件が遠い過去のようだ。

「本を使って妖怪たちを呼び寄せられない?」
 文友がナツへの頼みごとを言い出す。
 ゲームをやめて休憩中のことだ。
 ナツが持っている本というのは、妖怪を召喚と支配、退治する力を持つ。

「なんのために?」
「そりゃゲーム大会のためさ」
「そんなことに支配の力を使ったら、それこそ恨まれるというもの」
 ナツが色々と悩んできたのに、こともなげに言ってくれる。

「文友は冗談で言っただけだよ。本気じゃあない」
「わかってる」
 傍らで同じく休憩中の白雲がナツをなだめる。
 ナツは気持ちを落ち着かせるために手で自分の顔をなでる。

「よお、遊びに来てやったぜ」
 いつの間にか二人の妖怪が庭に姿を見せた。
 緑色の甲羅を背負った河童と茶色の体毛のノブスマだ。
「あの乱暴狐は、とうとうくたばったか?」
 河童の三郎太がナツたちに聞く。

「傷ひとつなくピンピンしてるよ」
 文友が悪びれずに答える。
「それは惜しい」
 訪問した妖怪は天を仰いで悔しがる。
 黄月は何とも嫌われたものである。

「支配なんてしなくても自分の意思で来るよ」
 妖怪たちの訪問を見ながら白雲が言う。
「無理やりでなくてもいい」
「そういうこと」


END

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