第8話

文字数 5,741文字


封印された大鬼は昔から住んでいたらしいが、他の妖怪たちとはつるまなかった。
鬼の一族だけを伴って山に引きこもっていた。
けれども山は食った人間の白骨だらけだった。
 人間にとっては恐怖の存在であった、と昔話は伝える。

文友の父親の銀狸とか白雲の母親の赤岩とも戦った。
妖怪ゆえの縄張り争いというやつだ。
二人ともこの地方を代表する強力な妖怪であると知られている。
そのためかこの地方の住民の昔話に彼らの名前が出てくる。

「にゃあ、文友のお父さんが大鬼と戦ったことがあるっていうのに来ていないの?」
「無理だって。年取っているから」
 朱音の素朴な疑問に文友が答える。
 文友の父親の大狸は老いを見せ始めて力が衰えてきていると評判だ。

「あいつは、昔のままじゃないぜ?」
「そうそう、黄月の言う通り引退状態だよ」
 付き合いの長いと思われる黄月が指摘する。
数体を除けば、この街の近辺に強力な妖怪はいない。
それらの数体も集会には出席していない。
だから今ここにいる者たちでなんとかしないといけない。



ナツたちは社長が向かったという大鬼が封印された森にたどりついた。
森は日が暮れたせいで、木々の緑が闇で染め上げられている。
人間たちの間では妖怪の潜む森と言われているが、実際には住んでいない。
大鬼が封印されているので誰も近寄らないからだ。

封印の場所は森の中央であるとのこと。
何人かの妖怪たちも場所は知っているらしく、迷うことはないと言う。
代わりに剣で支配された妖怪たちが護衛に付いていると推測される。

「いっそのこと焼き払いたいぐらいだぜ」
「それはそうだけれど」
 黄月がうなりながら物騒な提案をする。
 黄月は妖怪側に味方するけれど、慈悲深いというわけではない。

「下手に封印を刺激したくない」
 森にどのような封印術がかけられているかわからない。
「森そのものが封印ということもありうるし」
「それに社長の支配している妖怪たちの中には無害な妖怪たちもいる」
「その提案は却下だ」
 ナツは慌てて黄月の案を否定する。
一瞬でも良い提案と思ってしまった。
 表面的なことだけで物事を決めるものではないな。

「社長さんの臭いがするねえ。それも最近のことだねえ」
白雲が森の臭いを分析する。
「あそこに向かったのは確実だな」
 ナツは封印の森をにらみつける。

「小説的にはもうひと苦労があるってところだね」
「問題なくあっさり片付くっていう小説展開はないの?」
「何事にもエネルギーを使うもんなんだよ」
 白雲が物知り顔で文友に言う。
 結局、苦労はどこにでも付いてくるらしい。


「手順を確認する」
 仲間である黄月たちがナツの周囲に集まる。
「社長が剣の力を使用すれば、俺たちも支配される可能性がある」
 妖怪の手下を探さなくても、自分を襲う妖怪を支配すればいいのだ。
 社長が剣の力を使わないわけがない。

「だから、そうなる前に剣を奪うか壊すかして引き離す」
「さもなくば、奴を殺すか、だ」
 黄月が自慢の爪を伸ばして気合を見せる。
 人を呪わば穴二つ、というが支配に失敗すれば自分が妖怪に襲われることになる。
 黄月の態度が率直な妖怪たちの感想だろう。

「もしかしたら、社長を殺すかもしれねえ。そんときは覚悟してくれよ」
「できれば、血を見たくないなあ」
「今更仕方ねえぜ、白雲」
 黄月が仲間たちに覚悟を迫ってくる。
 今回は、相手を生かしておくという手加減はできそうにないのだろう。

 黄月は人間という種族に否定的なところがある。
それがここに来て、表に出てきてしまったのかもしれない。
ナツは反応を知りたくて白雲を見るが、何も言うつもりがないようだ。
白雲はナツの判断に任せるつもりだ。

相手が抵抗するなら仕方がない。

「殺人を行っている以上は、この人間に味方しても、人間同士が許さないだろう」
 ナツは考えた末に、正しいと思われる理由を導き出す。
「うん、そうだね」
朱音がうなずいて納得する。
兄の白雲は無言のままである。
最適の解答というわけではないが、一応の納得にはなるだろう。

「もうそろそろ行こうぜ」
 黄月が突入を促してくる。
「後ろの妖怪たちは?」
 文友が背後を眺めながら聞く。

「彼らはここで待たせて、先に行った後で誘導する」
 大勢で行って動きが鈍くなっても困る。
「朱音はここにいて僕たちの連絡を待ってなさい」
 白雲が慎重の心がまえを込めるかのように朱音に言いつける。

「では、突入だ」



「とうとう見つけたぜ」
塚の前に田島社長がいるのを見つけた。社長は行方不明になったときと同じ高級スーツのままだった。
その社長を十人以上いる妖怪たちが囲んでいた。剣の力で支配された妖怪たちである。彼らが不服そうにしているのは遠目で見てもわかる。

塚に集まる妖怪たちは規律正しくしているように見えた。
けれどもすぐに妖怪たちが剣の支配を受けて静かにしているのだと推測できた。
後ろのほうの妖怪はジェスチャーで隣の妖怪と意思疎通をしているのが見えた。
意訳すれば、やってられねえ、というところ。

妖怪というには神社の前に集まった者たちみたいに騒いで統制できないのが普通なのだ。
 天を突くような巨大な妖怪はいないようだ。
人間と同じぐらいの大きさのものばかりだ。

 社長たちは塚の前に集まっている。
 その塚が大鬼が封印された場所である。
大人の背丈ぐらいの高さに土が盛られていて、雑草が生えていない。
土がむき出しになっている。

強力な妖怪が封印されているというわりには、禍々しいものを感じない。
塚の前にいる妖怪たちも気後れしている感じが無い。
封印を解くなどできない、と軽く見ているのかもしれない。

「さて見つけたのはいいけど、どうするよ?」
「このまま戦う、黄月は社長の剣のほうを頼む。俺たちが周りの妖怪を押さえる」
 ナツが文友の問いかけに固い決意を持って答える。

「文友は外に応援を呼びに行ってくれ」
「妹が応援を連れてくるまでの我慢だねえ」
ナツたちは封印解除の儀式の邪魔をしなければならない。
儀式がどういったものか詳しく調べる時間が無かった。
けれど、儀式そのものを邪魔してやれば最悪は防げる。

「よっしゃ」
 黄月の気合の声と共に押し入る。
 ナツたちが相手の妖怪とぶつかるより先に現場が赤い炎に包まれる。
滅多に使わない黄月の狐火がさく裂したのだ。

一部の妖怪たちが動揺していた。
他の妖怪たちには動揺が見えなかった。
社長の集めた妖怪たちは荒事を好むタイプで何事にも動じないのかもしれない。
黄月の舌打ちが騒々しい中でナツの耳に刺さる。

しかし、社長本人は侵入者に驚いているようだった。
大鬼の封印解除する思惑が外れたからかもしれない。
慌てて社長は妖怪たちに指示を出して攻撃させる。
儀式を続ける様子はない。

儀式を続けてくれずに助かったとナツは思う。
襲撃を無視していたら封印を解かれていたかもしれない。
後は応援が来るまで耐えればいい。

向かってくる妖怪たちはバラバラで統制がとれていない。
それでも数が多いので三人だけでは苦戦するだろう。
 ナツは本の霊力で剣を生み出して構える。
 白雲が毛針を体から発射する。
 毛針が先頭にいた妖怪たちに当たって、他の妖怪が躊躇する。

ボール状の毛玉がナツの足にすりついて邪魔してきた。
その毛玉は手足を伸ばして猫みたいな生き物に戻った。
ナツは首根っこをつかんで持ち上げる。
こんなのまで支配していたようだ。

敵の妖怪の背後で社長がどやしつけて、強引に立ち向かわせている。
ナツたちの人数が少ないので囲まれてしまう。
囲むだけですぐには襲ってこないようで、遠巻きにしている。
その間にも社長の様子をときどき横目に見ている。

命令された妖怪たちは支配者の意図をそのまま実行するわけではない。
支配の道具を使い慣れていない者は、命令の言葉をそのまま実行するようにしてしまう。
それは妖怪たちに自己解釈で行動させてしまうことになる。
自己解釈だから妖怪たちにとって、攻撃さえしてればいい、という解釈にもなる。

「助けに来たよ!」
 化け狸の文友と化け猫の朱音を先頭に後続の妖怪たちがなだれ込んできた。
「あにき、無茶しないで!」
 一層大きくなった喧騒の中で朱音の兄を心配する声が聞こえてくる。
応援の妖怪たちは勢いに任せて敵に襲い掛かる。
統率されていないということでは同じであるが、数で戦うことを理解している。
ひとりに数人がかかりで対応して、次々と捕縛していく。

「お~い、どこへ行くんだよ」
 文友の言葉を無視して黄月が走っていく。
 黄月の走る先には社長の後ろ姿が見える。
 形勢が逆転して逃げてしまったのだろう。

「追いかけよう」
「無理、手が離せないよ」
 ナツの要請に白雲が答える。
 白雲は鳥の妖怪を伸ばした体毛で縛り上げている。
鳥妖怪は激しく暴れていて今にも体毛を引きちぎりそうだった。

「こっちの封印を頼む。ぬるぬるして捕まえておけないぞ」
 声をかけてきた妖怪は、ぬるぬるした黒い物体の妖怪をゆびさす。
 ナツのほうは捕まえた妖怪たちの封印を頼まれて追いかけられない。
 すぐにこの場を片づけて追いかけなくては。



「ほとんど捕まえたねえ」
「ここは任せて黄月を追いかけよう」
「ひとりで行かせて大丈夫だったかな?」
「そうはいうけれど、あいつは俺たちが行っても言うこと聞かないからな」
 ナツと白雲の関心は逃げた社長とそれを追いかけた黄月に移る。

「見てよ? 黄月が戻ってきたよ」
二足歩行の狐が戻ってくるのが見えた。
いまいち足取りに力が入っていない。

「社長はどうなったんだ?」
 ナツが勢いのない黄月に尋ねる。
 黄月が歩みを止めて飛びかかってくる。
そばにいた白雲がナツの袖を引っ張る。
 ナツの体が引っ張られて、黄月をよけることができた。

「様子がおかしいな」
「おかしいのはいつものことだよ」
文友はいつもの調子で話すが、黄月の様子がおかしいのは皆が思っていた。
 黄月のことを知る妖怪たちは遠巻きになる。

「とにかく取り押さえよう」
 ナツが周囲の妖怪たちに促す。
 妖怪たちも異変を察知して暴れようとする黄月に立ち向かう。
 しかし、黄月の態度は普段以上に荒々しくなっていて捕まえることができない。
こんな状況にもかかわらず、黄月は動揺する様子もない。

「妖術か他の術がかかっているのかも」
白雲が黄月の様子を見て疑問を示す。
ナツはその言葉に気付かされて術がかかっているかどうか確かめる。
本の力を活性化させて、黄月にかかっている術の種類を調べる。
すぐに霊力の文字が黄月の体に縛られているのが見えた。

何らかの支配のための術がかかっているようだ。

「白雲の言う通りだ。誰かに支配されている」
「そのとおり」
 白雲の代わりに聞きなれない年配の声が答えた。
 声のほうを見ると、いつのまにか逃げたはずの社長が戻ってきていた。

「この危険な妖怪は私が支配した」
 人間種族に黄月が危険と言われてしまった。
「すぐにお前たちも手下にしてやる」
社長は開き直って剣の力で対抗するつもりのようだ。

「まったく、どうしようもないね、引退して引っ込んでいたほうがマシだったかも」
このときとばかりに文友が罵り始める。
そんな黄月はやっぱり罵られていても平然としている。
普段なら言い返しているはずだ。
黄月は本当に支配されてしまったようだ。

「黄月はもうダメだ。社長と一緒にヤツを倒そう」
周りの妖怪が黄月ごと社長を倒そうと言い出し始める。
状況はすでに詰みの状態に入っている。
社長が妖怪たちを支配するよりも先に、彼のほうが妖怪に殺されるかもしれない。

 集まった妖怪たちは社長に支配されたくないので強引な解決行動をとるだろう。
 そうなったら最悪の場合、黄月の命をあきらめることになる。
 妖怪たちに慈悲がないわけではない。
だが、黄月みたいな無法者が人質にとられたら、容赦なく攻撃をしかけるにちがいない。

 どうすればいいのか?

「僕らは仲間じゃないか、忘れたの?」
白雲が黄月の振るう爪を受け流しながら説得する。
が、黄月は無視して襲い掛かっていく。
「普段から支配だのルールだのを嫌っているくせに、肝心なときはダメなんだから」
文友は普段よりも調子づいているように聞こえても動揺が声に出ている。

「どうする? 数に物を言わせて捕まえるか?」
「そんな余裕はないよ、残る手は本の力を使って支配することだね」
ナツの近くに戻ってきた白雲が言う。
「支配をすれば、後は術の霊力の勝負になるけれど」
 ナツが渋い顔をしながら言葉を濁す。

ここまで妖怪を支配しないようにしてきた。
それは黄月みたいに反抗する妖怪がいるからだった。
もし、黄月を支配すれば今までの妖怪との関係を潰すことになりかねない。

「黄月が相手では手加減しづらい。完全に術で支配することになってしまう」
「支配してしまってもいいかも」
「簡単に言うけれど、もっと深刻な問題であって」
「ナツに支配されても、それは黄月を解放することになるからいいのでは?」

「どのみち、世の中というのは何かに支配され続けるものだから」
 白雲が黄月に視線を向ける。
 何人かの妖怪が黄月を遠巻きにして戦っている。
 普段の何者にも縛られずに暴れている様子とは違って、黄月の暴れ方はぎこちない。
親しいナツたちからはそれが不自然に見えた。

「初めから自由なんて無いというわけか」
 ナツは大きく深呼吸をして決意する。
 黄月に恨まれるかもしれない。
でも、嫌な奴に使われるぐらいなら解放したほうがいい。

「白雲は黄月を引き付けてくれ、逆に支配してやる」


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