第6話

文字数 8,790文字



「これから僕たちは田島社長が襲撃されるのを阻止することになるんだね」
「それに備えて警察官もやってきている。大丈夫だろうと思う」
 通りのいくつかにパトカーと警官が到着したのが見える。
 ナツと白雲はビルの周辺を一望できる建物の上で警備の様子を眺めている。
「人数が少ないな」
 映画で見たようにもっと大勢が派手にやってくるとナツは思っていた。
「襲撃の計画はさっき僕らが警察に伝えたばっかりだからだよ」
「準備には時間がかかるのか」
「それだけでなく信用できる情報かどうかってのもあるし」
 ナツたちは茂谷の死体から入手した計画書を警察に報告して、彼らに死体の現場を任せた。
 茂谷の死因は不明だが、妖怪の仕業であることがわかっていたので、ナツたちに次の標的であると思われる社長の護衛を警察が依頼してきた。
 警察の邪魔をしないようにナツと妖怪は警備をすることになる。
「こういうとき妖怪であることは損だね」
「人間だからって信用されるわけじゃないよ」
 ともかく彼らは田島社長のいるビル周辺を警備していた。
「いやあ、このまま人間の警察が片づけてくれれば楽でいいね」
「ほう。俺は自分の手で片づけたいがな」
「短気ってもんだよ、それは。年寄りの妖怪に変わって、若い人間が片づけてくれているというのに」
 黄月は答える代わりに鼻を鳴らして返答する。
 ナツが軽い気持ちになっている文友を諭す。
「文友、これは妖怪が絡んだ事件だから俺たちの手で片づけないと」
「わかってるって」
 妖怪にさらわれた静川女史についても行方がわからないままだ。
 彼女が本当に存在したのかという調査については時間がかかっている。
 そのせいかあるいは他の妖怪に出し抜かれたのが面白くないのか黄月はイラついている。
「いっそのことビルの中で守ったらどうだ?」
「そうは言うけど田島社長は建物の内部に入ることを嫌がってるって」
「ほう?」
「そのうえ、外出する用事があるってねえ」
「ビルにとじこもっていればいいのに何考えてんだ」
「わからないよ」
 白雲に話した黄月の直感は、役立つところではあるけれど、警戒を解いてまで仲間たちから離れるのは良くない。
「ナツ。もう一回、内部を調べようぜ。どうも俺の直感が怪しいと言っている」
「わかった。この護衛が終わった後な」
 パトカー以外にやってきた普通の車がある。
 乗っている人間を見る限り、それは私服警官のようだった。
 警察は体格がいいし訓練されているからそれとなくわかる。
 以前から社長を恨む者が多かったようで、警察も襲撃の虚実に理解を示している。
 妖怪を警察全員が知っているわけではないので、ナツたちは遠巻きに警戒するしかない。
 警官の動きは森野刑事が知らせてくれる。
「警備が地味で俺たちにもわからなくなりそうだ」
「そりゃあね、周囲への安全を考慮しているところもあるし」
「俺たちの出る幕があるかな、このまま警戒だけで終わりそうだ」
「どうかねえ、妖怪がらみである以上は、社長の襲撃に関して大胆になるんじゃない?」
「妖怪が加わっている分、自信過剰になっていると」
「うん。襲撃に妖怪がいると仮に考えてね」
 白雲の返答にナツはいやでも身が引き締まっていく。

「社長が外出するって」
「俺たちも付いていくことになるな」
「森野刑事は車で移動するって言っている」
「どうにかして外出しないように説得して欲しいところだな」
 面倒というわけではなく、あちこち移動されたら守ることはできない。
 警察は人間で仕事だからいいようなものの、ナツたちは妖怪の集団なので大っぴらに行動できない。
「車で移動中に襲われたら困るねえ」
「俺たちも車に乗りながら応戦するからな」
「いやいや、そこは普通に停車して降りて戦えば良くて」
「人間の警官と協力はできないから、相手の妖怪が警官と戦うつもりなら警官の目をくらませる方法を考えないと」
 二人で警備の手順を話し合っているといつもの妖怪によるいつものぼやきが無いことに気が付く。
 周りを見ると黄月の姿が消えている。
「黄月はどこいった?」
「警備の穴を探してくるとか言っていなくなったよ」
「いつもことだけど」
 文友が慣れた口調で嫌味を言う。
 黄月は良く単独で行動するので本当に慣れてしまっているのだ。
「どうする?」
「黄月はああ見えて隠密活動は慣れているから警官に見つからないと思うが」
「警官の邪魔はするかもしれないねえ」
 白雲がナツの言葉を継いでのん気に話す。
「あの性格だからな、ケンカにならなきゃいいけど」

 警戒しているうちに現場の空気が変化したのがわかった。
 突然、深刻な面持ちで携帯電話をいじる私服警官たちが見えた。
 どうやらナツたちのいる場所とは別のところから襲撃が起きたらしい。
 駆け足で場を離れる者、その場にとどまる者。
 白雲たちも周囲を警戒している妖怪に連絡を取ろうとしている。
「刑事から車が襲撃されたって」
「まるで気付かなかった、社長は? 犯人は?」
「社長も車で逃げて警察が犯人の足止めをしたって。襲撃犯はすぐに逃げたみたい」
「オレたちの警備をくぐり抜けてきたとはよほどの手練れにちがいな~い」
 文友が芝居じみた驚き方をする。
「妖怪だからね」
 白雲がまるで何も気にしていないかのように穏やかに言う。
 敵の妖怪が一枚上手だったのか、それともまだ知られていない侵入経路でもあるのか。
 刑事から連絡が来て襲撃犯の逃げた方向を教えてくれた。
 皆で、言われた方向へ向かおうとするとき、ちょうど黄月が戻ってきた。
「よお、向こうで大騒ぎになっていたな」
「こんなときにどこ行ってた?」
「そうだよ、犯人が逃げちまうよ」
「ビルの中に入ったんだが、おかしなものを見つけたぜ。急ぐことではないが」
 ナツと文友の批判にも動じずに黄月が言う。
 普段なら、黄月の見つけた“おかしなもの”に興味を持つところだが、今は緊急事態だ。
「むしろ、襲撃犯のほうを追いかけよう」
 ナツが襲撃犯人の追跡を促す。
 他に妖怪の気配は無かったから単独犯である。
 追跡が始まった。
 どういうわけか社長の逃げた方向とは逆に犯人は逃げているようだった。 
 逃走犯の外見は笠をかぶって、神官服を着た男である。
 妖怪たちの情報にあった峠神にちがいない。
 相手の臭いがとぎれない限り犯人を見失うことはないだろう。
 茂谷を追いかけたときよりも通りやすいビルの谷間の道を選んでいて、動物の通る道を無理やり追いかけて息切れをしたナツも追跡に苦労しなかった。
 少しの間、追いかけて走っていたが、不審に感じるところがあった。
 始めにこの妖怪に遭遇した時はすぐに見失ったのに、今回は動きが鈍く感じられる。
 逃げる勢いにも捕まらないように全力という気力を感じられない。
「あそこの倉庫に逃げていくみたいだな」
 臭いをたどる黄月が峠神の逃げ込んだ場所を指さした。
 倉庫はかなり汚れていて表には意味不明な落書きがある。
 入っていくと天上からの明かりで建物内部は人間であるナツにも見通すことができた。
 明かりと思ったのは天上が穴だらけで太陽の光が入ってきているからだった。
 その天井の暗がりからナギナタを手にした峠神が降ってきた。
 ナギナタは先頭の黄月を狙ったものだった。
 が、狙い外れて体ごと黄月にぶつかる。
 黄月が背負う形になった峠神をとっさの反撃で投げ飛ばす。
「ここで決着をつけるつもりらしいな」
「おんや~、社長に面会申し込みの妖怪じゃあなかったのかな?」
 文友がブラックな冗談を相手に言う。
 しかし、そんな冗談も気にもせずに敵の妖怪が言った。
「獲物が罠にかかった」



「罠だって、見事にかかっちゃったね」
「なんで罠をこっちに仕掛けるんだ?」
「まさかオレたちがあまりにも強すぎるから?」
「素直には答えてくれないだろうな」
 ナツは自分たちの軽口に峠神が乗ってくるかと思ったが、まるで興味を示さない。
「そんなもん奴らに聞いてみろ!」
 黄月が文友のおしゃべりに怒鳴り返す。
「しかし、おかしいね。周囲に妖怪の気配はこいつしかいなかった。そうなると、社長のほうに別の妖怪が向かっているわけでもないわけで」
「つまり狙いはこっちということだな」
 理のある白雲の言葉にナツが答える。
「まったく、オレたちに罠をかけるなんてしゃらくせえな」
 ナツ以外の全員が妖怪としての正体を見せる。
 一方、相手は一人しかいないくせにまるで動じていない。
 峠神が念じると衣服の隙間から自分を複製したような小さな分身が大量に現れる。
 その分身たちは人間と同じぐらいの大きさになっていく。
 数の有利で逆転されてしまった。
「おい、相手の術を止めろ!」
「無理だよ、もう術が完成しているよ」
 白雲の言う通り、ナツたちが邪魔する暇を与えることなく峠神は分身の術を使った。
 一番近くの分身に白雲が針のような毛を何本も放った。
 それが刺さった分身は倒れて、姿が変形して、小さなムカデの姿となった。
「単独犯って言ってたのは誰だよ」
 相手の数が多いことに文友がぼやく。
「単独犯なのはさっきまでだな」
 ナツもゆっくり準備していられない。
 本の力で体に文字を浮かばせる。
 剣よりも殴り合いのほうが向いているかもしれないと思い『力』と『剛』の文字を浮き出させる。
 これで刃物を通さない肉体と、車を持ち上げる怪力を持つことになる。
 号令の下、分身たちが向かってくる。

「こういう連中を見ると強引な妖怪支配も必要かなと思えてくるよ」
「支配なんていらねえぜ、全員片づければいい」
「逆に片付けられたら意味ないけどね」
「どうせ下っ端だ、気配でわかるぜ」
 黄月が爪で相手を切り裂きながら、文友はカエルに化けて敵の頭から頭に飛び跳ねて混乱させながら言い合いをしている。
 ナツのほうはと言うと腕で分身たちの刃を防ぎ、力まかせに殴り倒す。
「ナツの方が先だ、黄月は放っておけ」
 峠神たちがナツの方に集まってくる。
 ナツの背後に分身のひとりが迫ってきた。
 白雲が毛針を大量に飛ばして背後からの攻撃を防ぐ。
「どうやら本当に君の方が狙いらしい」
「そうみたいだな」
 ナツのほうに大勢やってきたのは実力の違いを認識してのことではないらしい。
 敵の黒幕とカタチは違っても、妖怪を支配することをやっているので、妖怪に狙われるということは初めてではない。
 けれども、目の前の戦いが長引けば心理的な圧力になってくる。
 やはり、命を狙われるというのは精神的に良くない。
 黄月がうなり声を上げながら鋭い爪を振るって、振るうたびに敵が倒されていく。
 文友は巨大な岩に変身して、転がって慌てて逃げる敵を跳ね飛ばしていく。
「黄月たちは十分に強いから心配いらないよ」
「確かに、でも長引かせるわけにはいかない」
「そうだねえ、早く片づけないと警官がここを見つけてしまうからねえ」
「人間がここに来たら妖怪の戦いに巻き込まれてしまう」
「人間では太刀打ちできないよねえ」
「そうは言っても峠神の分身は大勢いるからどうしたらいいのやら。地道に一人ずつ片づけていくか?」
 白雲が足元で毛バリが刺さっているムカデをつまみ上げる。
「分身の妖術だよ。すべてが本物の妖怪じゃないよ、本体がいるんだ」
 つまんだムカデを放り投げて説明する。
 本体を倒さないと延々続くわけだ。
「全員集結!」
 ナツは声をかけて散らばって戦っている仲間たちを自分のところに集める。
 集まった妖怪たちは背中合わせに戦う。
 戦いながらナツは自分の考えを皆に話す。
「俺が敵全員に向けて攻撃する。本体が危うくなれば、その本体を守る動きをするはずだ」
「そうなったら攻撃しろってか、度胸試しだな」
 こういう攻撃は自分が動くことはできない。
 むやみに動けば仲間のほうが位置を崩して怪我をするし、敵よりも先に自分のほうが力尽きるかもしれない。
 ナツには他によい考えが思いつかない。
「実行するぞ、敵の動きをよく見ておいてくれ」
 ナツが手のひらに剣の文字を浮かばせると、周囲の無数の剣が霊力で生み出される。
 浮かんだそれらの剣をナツたちの全方位に向けて無差別に飛ばす。
 剣はナツたちの周囲を取り巻いている峠神とその分身たちを攻撃する。
 飛んでくる剣の攻撃を避けきれない分身たちが、倒れ伏してムカデに姿を戻していく。
「文友、ちゃんと探せよ」
「探しているよ、もしも、これがうまくいかなかったら君をオトリにするっていう作戦を提案をするよ」
 黄月が横目で文友をにらんだが、すぐに本体探しに戻った。
 奥のほうにいる一人を守ろうと周囲の数人が動いているのが見えた。
 ナツからの攻撃を防ごうとする一団に向かって黄月と文友が走る。
 守ろうと動く他の分身たちにナツの飛剣と白雲の毛針が飛んできて倒されていき、道を切り開く。
 たどり着いた黄月と本体である峠神が切り合いになる。
 峠神が黄月の攻撃に気を取られている間に、文友が大蛇に変身して峠神に巻き付いて地面に引き倒す。
 倒れた峠神ののど元に黄月が爪をつきつける。
 峠神は武器を手放し、降伏の意思を示す。
「まあ、オレたちにとってはたいしたことは無かったな」
「ついでにお前を黙らせる罠があったら良かったがな」
 周囲にいた分身たちは本体が捕まったので術が解かれて消えてしまった。
 黄月たちが憎まれ口をたたきながら峠神を拘束しているのを見ながら、ナツはある疑問が浮かんできた。
「白雲、本当に社長よりも俺のほうが奴らの目的だと思う?」
「可能性としてはかなりあると思うけど?」
 否定しない白雲の答えに、ナツはため息で返答する。



「こんなことをして満足か?」
「さあな。お前さんしだい」
 目の前で縛られている峠神は、ナツの本によって力を封じられているので逃げることはできない。
 ナツたちは、行方不明になった社長を探すためにも、この峠神を尋問しなくてはならない。
 どういうわけか妖怪に命を狙われた社長は現場からうまく逃走したはずなのに連絡がとれない。
 単に電話がつながらないだけかもしれないが、妖怪による暗殺が完全に終わったわけではないから、警察が社長を探している。
 ともかく、誘拐されたなら痕跡ぐらいは残っているから、警察はそっちを探すらしい。
 峠神から情報を得たら、社長を探すのを手伝わないといけないだろう。
「この俺がこんな目に遭うとは」
「その小さなものに封印されるのが嫌なら答えたほうがいい」
 文友が持ってきた虫かごが目の前の机に置かれている。
 峠神を小さいムカデの姿に戻してここに閉じ込める
「そうだよ~? 最近、君みたいなのが封印されてさ、まだ封印されたままなんだ」
 峠神は白雲に答える代わりに鼻で笑った。
 ナツたちは倉庫で峠神を捕らえて、天狗火を尋問した尋問室に連れてきた。
 どのみち警察ではこいつを尋問できないからだ。
 本の力によって峠神は全身に封印文字を入れられて力を封じられている。
「お前を操った奴について言え」
「知らん」
「他の妖怪たちについては?」
「それも知らん。他にもいることだけは確かだ」
「こりゃダメだね」
 白雲が気持ちを改め、いつもの笑顔をやめて、話し始める。
「今回の事件の黒幕は妖怪を操る力を持っているんだ」
「妖怪を支配するというわけだ」
 自分も妖怪を支配できるくせに他人事のようにナツは話す
「君にとっては危機的状況じゃあないのかい?」
「事件で色々と協力することになったが、心の底から従っていたわけではないだろう?」
 ナツと白雲が交互に話して相手の気持ちを和らげようとする。
「人間ごときにこんなことになるとはな」
「昔は人間に恐れられたものだ」
「人間どもは神として祭り上げた。そうして災いを防ごうとしたのだ」
 峠神がつらつらと昔話を話し始めた。
 人間に対して良い感情を持っていないようだ。
「誰かに操られたかなんて、どうでもいいことだ」
「本当に?」
「人間とも妖怪ともあまり関係を持たなかったのだ」
「そんなんだから付け込まれたのだろうな」
「そこの人間の言う通りだ。関心が無さすぎた」
「関心を持つのに遅すぎることは無いかもよ?」
「山に引きこもる生活が嫌いなわけではないのでな」
 峠神が白雲の導きの言葉を遮る。
「もう一度支配される可能性だってある。今みたいに自由にしゃべることだってできなくなるかもな」
「世間様には興味がない。支配するだ、されるのだ、とかどうでも良い」
「興味なしか」
「僕のほうも興味がなくなりそうだねえ」
「あとは封印するしかないな」
 ナツが机の上に置いてあった虫かごをつかむ。
 峠神が態度を変えて黙ってしまう。
「単に操られていただけだ」
「何事にも無関心であっても封印は困るというわけか」
 文友の話では、こいつもそれほど悪い妖怪というわけではないらしい。
 妖怪基準と言う但し書きが付くけれども。
 自分の意思で悪事に加担したわけではない。
 ある意味こいつも被害者である。
 本を使って支配するような強引なことはできない。
「人間を匿っている」
「ふ~ん」
 白雲は疑わしげにわざとらしく言う。
「本当だ。それの居場所を教える。操った奴には重要人物らしい」
「つまり、連れ去った人間の居場所を話すんだな?」
「これで誘拐事件が片付くねえ」
 白雲の言葉に無愛想だった峠神が動揺を見せた。
「誘拐? ああ、その女についてお前たちは知らないんだな」

 峠神との取引で連れ去った人間の情報を交換条件に封印をしないことになった。
 だが、当分はナツの親しい妖怪たちによって監視されることにはなるだろう。
 尋問部屋を出る白雲とナツは外に向かう。
 聞き出した情報を皆に話して行動に移さないといけない。
「まあ、複数の妖怪を支配しているかもしれないとは思っていたけれど」
「そうだねえ、やっぱり大勢いるんだねえ」
「直面すると厄介だな」
「そうだねえ、こっちも数をそろえないとねえ」
 普段から親しい妖怪たちだけで事件を追いかけているので、こういう数で押してくる状況になったときは不利になる。
「でも、それはそれで本を使うことの信念に反するような」
「このままいけば最悪なことになるよ。」
「この本を使って妖怪を支配すれば、恨みを買い、やがて報復をされると最初に言ったのは白雲だぞ?」
 妖怪支配の本を手に入れたときに白雲も一緒に居て、本のことについて教えてくれた。
 本を所持していることが良いことばかりでないことも話してくれた。
「そうだね、それを覚悟のうえで使って、多くを助けてきた」
「助けるためなら、恨みを買わないといけないというわけか?」
 白雲が困ってしまって眉を下げる。
「そうとは言えないけど。でも、今の時点では恨まれる道を選ぶことしかできなくない?」
「そうかもしれない。覚悟を決めるしかないか」
 白雲が元気づけるようにナツの肩を叩く。

 この神社は数百年前に人間が建てたものだ。
 いつしか人が参拝しなくなって代わりに妖怪たちの集会所になった。
 住んでいる妖怪が人間の味方であるためかこの神社には妖怪たちを閉じ込める用意がある。
 ナツたちも捕らえた妖怪たちを閉じ込めたり封印したりするので世話になっている。
 ナツたちが神社の外に出ると、待っていた白雲の妹の朱音が近寄ってくる。
「あにきぃ、取り調べは終わったの?」
「終わったよ」
「そうなの? でもまだなんか、浮かない顔をしているけれど?」
「ナツのことで少しね」
「どしたの? あにきがなんかやらかしたの?」
 朱音が兄の白雲を横目でにらむ。
 兄妹は仲が悪いわけではない。
 朱音がつっかかって、それを白雲が軽くいなす、というのが常である。
「大丈夫だ。悩み事の相談に乗ってもらっただけだ」
「悩みならあたしが相談に乗るよ? あにきなんて引きこもってばかりだから」
「妹よ、僕は引きこもっているわけではないぞ? 在宅の仕事をしていると言いなさい」
 はぁい、と朱音がそっけない返事をする。
「ほら、こんな風にナツを支えてくれる妖怪もいるから」
 白雲が妹を見ながらナツに言う。
「わかったよ」
「それで? どうすんの、あの妖怪」
「あいつは条件付きで解放することに決めたよ」
 ナツの言葉に暴力を好まない朱音が納得したようだった。
 この化け猫の兄妹はそろって暴力を避ける性格をしている。
 怪談に登場する化け猫たちの半分は人間に敵対的であった。
 けれどもこの兄妹は残りの半分の猫たちのようである。
「そのわりには、ってなんか問題でもあんの?」
 朱音はナツたちの顔をやたらと見つめる。
「峠神の話した内容にも問題があってね」
「それは何?」
「言わない」
「む~」
 朱音が白雲をやぶにらみする。
 白雲は別に意地悪をしているわけではない、たぶん。
「みんなが集まったときに話すから」
「黄月と文友を探してきてくれ、話しておきたいことがあるんだ」
 わかった、と言って朱音が呼びに行く。
 話しておきたいことは峠神から聞き出したこと。
 それに加えて、その聞き出したことをもとにした今後の行動方針についてである。

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