第5話

文字数 3,169文字



5章
 神社には大晦日のときに見られるような明かりをつけていた。足元が気にならないくらい明るいけれど、近辺で争いが起きているのに大丈夫なのだろうか? 
 留守番の妖怪たちはこの建物はまだ攻撃されていない、と話す。
「まあ、攻撃されて見ないとわからないからねえ」
 白雲が怖いことを言う。
「俺らが戦うんだぜ?」
「ともかく、家に入ってそれから考えるぞ!」
 黄月の言葉に杉乃が怒鳴り返す。
 神社の中は外よりは落ち着いていた。ここに逃げてきた妖怪たちもいるようである。彼らは歩いているところを急に襲われた単なる被害者だった。
「どちらにしても戦う準備なんてどっちもねえだろ。すぐに収まるさ」
 黄月が騒ぎに対してそんなことを言い放つ。
 杉乃はすぐに神社の状況を調べるためにナツたちを部屋に置いて出て行き、朱音が台所に行って何かを持ってくる、と言ってあきらを連れて出て行った。連れてきた彭侯は別室にておとなしくしている。
部屋にはナツの他には黄月と白雲、そして文友の4人だけになってしまった。
「これまでのことを整理しよう」
 文友がそう言ったので4人で事件に関する分析を行い、記憶と情報をまとめた結果、黄月が黙ってしまった。
黄月が毛を抜かれた部分を気にして手で触っている。4人で記憶を照らし合わせたが、矛盾は無くて、手がかりになるようなものも無い。一緒にいた誰かが手を出したわけでは無いようだ。
「別行動の妖怪が後を尾けて、殺害したということもあるね」
「それなら気づくだろ」
 白雲の推測に黄月が答える。
「わからないよ~、俺たちよりも強い妖怪ならば、においも気配も消すことだってできるわけだからね~」
 文友の反論に黄月は鼻を鳴らして答えるだけだ。
「重岡老人は、僕たちが出て行くときは生きていたわけだからね。犯人が後をつけてきたのなら、隠れていたか、もう一度戻って殺害したことになる」
「遠回りなことをしている」
「そうだね、難しいことをやっているね」
 白雲がナツの指摘に答える。
「つまり、その下手人は、恐ろしく強くて手練れで、黄月たちに気づかれずについてきて、俺たちがいなくなった後の騒ぎの中で、老人を殺害して、警戒厳重な陰陽師の建物から逃げたことになる」
 ナツが犯人の行動をまとめる。ナツを含む全員が悩んでしまう。
「うちの親父なら出来るかもしれないけど、ねえ」
「お前の親父なら、金を貸して借金まみれにしたほうが早いだろ」
 文友の意見に黄月が言い放つ。
「文友の親父さんは昔、寺の住職をしながら金貸しをしていたんだよ」
「なるほど」
白雲がナツに説明してくれる。
「つまり、強力な妖怪なら誰であるかは、限定されるね」
 白雲の言葉に一同が考え込んでしまう。
「いっそのこと現場に行ってみるか?」
ナツが思い切ったことを口に出す。現場百回だ。
「その現場は敵のど真ん中だ」
「そして僕ら妖怪と陰陽師は今激しく敵対している、と」
 黄月と文友が否定的な意見を言う。
 朱音が部屋に入ってくる。手に持った皿にはクッキーが乗っている。
「気分転換しないとダメだよ」
「周辺の妖怪たちがここに逃げ込んできているから、ここはかえって危ないかも」
 文友が答えの出てこない推理を止めるために話題を変える。
「杉乃はどうした?」
「あきらと話している」
黄月の問いかけに朱音が答える。
「人質を返還することだろうね」
 白雲がクッキーを一枚手にとってかじり、推測を語る。それを見てナツも一枚食べる。
「なかなか、おいしい。さっぱりした甘さがじわじわとくる」
 クッキーの甘さがナツの舌に染み入る。
「いやあ、あたしが焼いたものでさ」
 朱音がナツの言葉に照れる。兄の白雲は面白そうに2人を交互に眺める。
「楽しそうだな」
「そりゃあね」
 白雲が黄月に答える。周囲の皆は何が、とは聞かない。
朱音の焼いたクッキーをあきらにも食べさせようということでナツが呼びに行くことになった。
「本人が決めることだから」
 白雲がそう言ってついてこようとした朱音を止める。
ナツが部屋から廊下に出る。歩くと自分の足音の大きさと比較して、周囲が静かなことに気づく。戦いは遠くのほうで起きているのかもしれない。
こうしている間にも神社の外の暗闇では、妖怪と陰陽師たちが戦っているのだろう。ナツは争いの音が聞こえないかと思って外の様子に聞き耳をたてる。代わりに、杉乃の話し声が聞こえてきた。
 声のするほうに向かうと、杉乃とあきらが廊下で立ち話をしている。ナツは気にせずにその場に近づく。そして、みんなが呼んでいることを伝える。
「うむ、人質を返す段取りの説明をしていたところじゃ」
 杉乃の言葉にあきらが肩をすくめる。
「人質を返さずに、竜姫のとこに戻したほうがいい、という者もおるようじゃが……事情を知っている者が向こうにいてくれたほうがいい」
 ナツは小さく安堵の息を吐く。
「さて、部屋に戻るかのう」
 杉乃が部屋に向かい、ナツも後に続こうとする。そのナツの手をあきらが引っ張る。
「話があります」
 杉乃を先に行かせて、2人はその場に残る。
「さっき、朱音と話しているのを見た」
「それは同じぐらいの年齢の女の子、だからです」
 どちらも少女というわけだ。女のことはわからん。
「仲良くなったもんだ」
「いえ」
 あきらが黙る。わだかまりがあるようだ。
「妖怪を完全に信用したわけではありません……一緒に陰陽師のところに戻りましょう」
 ナツはあきらの目を見る。真面目な提案のようである。腕を組み、目を閉じて考える。
陰陽師たちは人間であるがナツを騙したようなもの。つぎに妖怪たちに味方しようとしたが、信用すると決めた彼らに犯罪の容疑がかかっている。犯人はいまだにわからない。
誰も信用できなくなってしまった。
そして、途中で辞めることはできない。どちらか選ばなくてはならない。だがどちらも血まみれで条件が同じである。単純に善悪では決められない。
「俺と一緒にいた妖怪たちには、ここまで裏切られていない、だから信用する」
 ナツの決意を聞いてもあきらは意気消沈しない。
「どちらが悪いか、というよりも、信頼を選んだから・・・安心しました」
 あきらが今の気持ちを話す。
「あきらが向こうに行って、彼らを説得してくれると助かる」
「ええ、そうですね、しかし、本当に大丈夫ですか?」
 妖怪たちのところにいること自体が自分のみを危うくするかもしれない。思い返してみると、今のところ自分が傷ついているわけではないし。それに加えて、白雲がナツをかばって負傷していることについて思い出す。
「大丈夫だ。あのドジ野郎どもに何かできるとも思えないし」
 あきらが肩を震わせて小さく笑う。
「何だ?」
「いえ、何でもありません」
 部屋に戻ると他の者はまだ話していた。
「無いことは証明できないねえ。だから、あることを示して貰わないと」
「それも、向こうの仕事だからな」
 白雲の言葉に黄月が答える。そして、相手は示してこない。
「いっそのこと、ここにいる妖怪をすべて支配してしまえば、争わずに済むかも?」
白雲のナツに向けた小声は制御のない力を持った者にとっては誘惑的である。
「やめとこう。これからもこの妖怪たちと隣人としてやっていくならば、強引な真似はできない」
「とりあえず勝ちそうなほうに味方すればいいんでない?」
朱音の提案は楽観的である。
「この後ひとつにまとまるならそれでもいいけど、そうではないからなあ」
その提案は白雲に完全否定される。
「でもさあ、こんなおおっぴらに暗殺なんてことするのかな?」
朱音の指摘に白雲は黙ってしまう。
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