第2話

文字数 7,447文字



2章
「それは、何?」
 白雲がナツに尋ねる。
「保憲からだ」
 ナツは玄関に挟まっていた手紙を確認する。普通の郵便の形式ではない。
「招待状だろうね、きっと」
白雲が中身を見るよりも先に予想する。
「ふん、外に見張りがついているな」
 玄関にやってきた黄月が忌々しく教えながら、毛が抜けている場所を掻く。
「平気だ、襲ってくる様子はねえ。完全に見張りだ」
 家の外は暗くなっている。さっきまで戦っていた妖怪たちは相手が退いたことを知って解散していった。数体の妖怪だけがナツと陰陽師への監視のために家の周囲に残っている。
 居間に戻ってくると、獣人状態の子狸がいる。黄月と白雲の2人もその状態だ。このまま誰かに見つかると騒ぎになりそうだ。
「手紙の中は見ないのかい?」
「その前に監視は家の中である必要はないだろう?」
 白雲の問いにナツが答える。
「最悪を考えて家の中も監視しないとねえ」
寒さに震えるマネをして子狸が話す。その首根っこを獣人姿の黄月がつかんで黙らせる。
「彼は文友、子供のように見えるけれど僕よりも年上だよ」
 白雲が子狸の紹介をする。
「よろしく」
「悪気はねえんだが、ちょっとイタズラがすぎるな」
 黄月が文友を戒める。彼は細い前足で頭をかく。山にいる狸のように体は痩せている。
 ナツは気を取り直して手紙を読む。手紙の内容は、この地方にある陰陽師の本部への地図と保憲の詫び状だ。お騒がしてすみません、と。また、あの場の戦いで取引して退却させたことについても言及している。
「なるほどね。陰陽師たちのところに行ってみる?」
 白雲が手紙をのぞきこんで尋ねる。
 考えがまとまらない。監視の妖怪たちと、ナツのことを必要とする陰陽師。しかも、双方ともに真相はまだ教えられない、という。とりあえずは妖怪を受け入れてはいるが。
「放っておいたらどうなる?」
 陰陽師の誘いを無視したら? 
「あきらめずに、また来るだろうな」
 それを聞いてナツは考え込む。
「熱心だから、というわけじゃなくて、他にいないからだよ」
 白雲が知ったふうに話す。本当に何かを知っているのだろう。誰かから聞くよりも自分で確かめろ、ということか。
「それで、どうするんだ?」
すぐに黄月に答えずに暗くなった外を見る。この前の式神が遠くにいるのが見える。
「まずは、何をしたいのかがわからなくては。それを確認しに行く」
 誰かに抜かれたのかもしれない毛の無い場所を気にしている黄月にナツが答える。
「まあ、とって食われることはねえだろうよ」
「陰陽師たちは、妖怪だけを相手にするからね」
黄月と白雲がそれぞれ言う。
「こいつも返しに行くよ」
 ナツは、小説を持ち上げる。小説の帯からハードボイルド小説であることがわかる。一応の訪ねる理由にはなる。
「そういえば、その姿は親父が帰ってきたらヤバイことになる」
「パニックになる?」
 ナツの言葉に文友が聞き返す。
「うちの親父は頑固だから、怒って暴れるかも」
「ひゃひゃひゃ、怖いねえ」
 文友がナツの返答に笑う。判断しようにも人間から見れば妖怪は敵であるけれど、先の戦いは妖怪が俺を守り、陰陽師のほうが危険だったような?
「人間の姿ならいいんだろ?」
 黄月が言って、三人とも人間の姿になる。文友は帽子被った子供の姿、白雲は袖なしの白いTシャツにベストを着ている。黄月は締まりの無いYシャツ姿だ。
 ナツは無言でうなずく。

 翌日、ナツは保憲との約束どおり、陰陽師たちの根拠地に来た。地図の場所に来ると、古風な石垣が延々と続く場所に到着した。端を確認するのが嫌になる石垣の長さである。
「何かをお探しですか?」
眺めていると後ろから声をかけられる。女の子の声だ。
「ああ」
 振り返ると、白をベースにしたセーラー服の女子高生がいる。髪の毛は短く少年のようだ。スカートをはいていなければ本当に少年と間違えるかもしれない。
「曙蓬莱神社に用があるんだ。これを返したい」
 ナツが手に持って本を示す。それにしてもこの娘の声は、最近聞いたことのある声だ。本を見て、あっ、と声にならない声を上げて少女が驚く。
「僕が中に案内しますよ」
 案内された石垣の内部は広くて大きい神社がある、という感想だけである。参拝客がいて、鳩の群れが歩いている。それに近づくと鳩の群れは社のほうに飛んで逃げていく。
「普通の神社だな」
「表向きはそうですが、あなた場合は裏に回る必要があります。ついてきてください」
 この関係者と思われる少女はナツの事情を良く知っているようだ。そして、娘の声をどこで聞いたのか思い出す。
「ひょっとして、保憲か?」
彼女は笑顔で答える。
保憲が巫女服に着替えるらしく途中の部屋に立ち寄る。どこかで鳴いているカラスの声がナツの耳に入ってくる。
「僕の本名はあきらです。そっちのほうが慣れているのでそう呼んで下さい」
そう言って保憲ことあきらはナツを部屋の前で待たせる。部屋の前は通路になっていてむき出しの木による柱や壁によって形作られている。塗装もされていない柱を見ると自分の家よりも粗末に感じる。
しかし、そういうのもここだけである。この部屋に来るまでに、電源コードの類、電灯のスイッチがあって、完全にアナログというわけではないし、儀式に使われる場所は豪華すぎるぐらいの内装がしてある。
 複数のカラスがどこかにいるらしく、泣き声が合唱になってうるさくなってくる。ナツはその様子を見に行こうと部屋の前を離れる。
 背後で戸が開く音がする。
「どこへ行くんですか? 逆方向ですよ」
部屋を出てきたあきらに声をかけられる。
「わかった」 
ナツは短く返答する。
気にすることは無い、ただのカラスだ。
「お主が、夏木ナツか?」
「そうです」
 ナツは老人の言葉に答える。
「ふむ、危険なまなざしをしておる」
 こういうときは、良い目をしている、と言うのでは?
 あきらに案内されたのは畳敷きの和室で老人と男が待っていた。男のほうは昨日、あきらのそばに居た奴で、彼女の説明では人間ならざる式神であったはずだ。
 老人のほうは、禿げ上がった頭とは逆に口元には白い鬚を胸まで伸ばしていて、背筋はまっすぐだ。見た目よりも肉体は頑健なのかもしれない。
「話はあきらから聞いた。本来は、妖怪だけを相手にするはずなのに、人間にまで危害を加えそうになったらしいな。そのことをお詫びする、すまない」
 老人は机の対面に座っているナツに向けて頭を下げる。
「この方が、重岡元柳斎。陰陽師たちのまとめ役です」
 ナツの隣に座っているあきらが紹介してくれる。
「謝罪はともかく、何が起きているのか教えてくれ……教えてください」
 言葉の最後を言い直す。
「いいとも、まだ何も話していないだろうな?」
「はい、言いつけに従って」
 老人の言葉は、ナツではなく、隣に座っているあきらに向けられたものだ。
「すべてはこれが元だ」
 そう言って老人は脇に置いてあった木箱を机に上に置いて開く。
「これを持つための候補を争っていたのだ」
「これのために命がけの戦いを?」
 ナツが目を向ける木箱の中には古い紙の冊子が収められている。紐で閉じた古風な本のようにも見える。
「そうだ」
 ナツがあきらを見るが彼女は落ち着いている。どうやら本当のようだ。重岡老人の隣にいる式神は、老人が頭を下げたときにだけ感情がすこしだけ変化したように感じられたがこの部屋に来たときから表情を変えないままだ。
「この本は妖怪を倒すために使用される」
 妖怪退治というのに事務的な解説だ。年寄りの口調では感情の変化はわかりづらい。
「本は適任者で無いと害悪を招きますから」
 あきらが補足してくれる。
「そして、君が本の所有者に選ばれたのだ」
「妖怪退治をしろ、と言うのか?」
「そうだ、引き受けてくれるか?」
 ご老体の要請は一方的だ。語気が荒れる。
「質問いいですか?」
「なんじゃ?」
「なぜ自分が選ばれたのか? ということ」
 ナツの視線を重岡老人は正面から受け止める。
「お主は候補の中でも、特異な存在だ」
「あきらは違うのか? 優秀なのだろ?」
 ナツは隣の少女に視線を向ける。彼女は困った表情をして両手の人差し指をつつき合わせる。その様子を見て自然とナツが小さいため息をつく。
「彼女は候補では無い。そもそも力があるか無いかは関係無い」
 ナツの指摘に重岡老人が答える。
「薬の中でも、劇薬といおうか」
 イマイチ納得がいかない。残り物とか危険物とかを嫌々ながら使おうとしているかのようだ。
「なぜ、妖怪と戦わなければならない? 候補者だからといって妖怪と戦う義務は無いし、他にも陰陽師がいるだろう?」
「それはもっともだが、神や仏の力が衰えて、陰陽師も昔ほど強くは無くなった。それゆえ武器を使用するのだ」
「その本はまさにそのために作られたと言われています」
 あきらがさらに説明を補う。
 他にも問題がある。倒された妖怪たちは恨むだろうし、報復もあるだろう。それはどうするのだ? それを聞く前に老人が口を開く。
「もうすでにお前は逃れられない」
 その言葉によって場が緊張する。
「先に妖怪と接触しているからのう。否応なしに、ワシらの“世界”に踏み込んできている」
 つまり自分は街の外と言う“異世界”から帰ってきたが、もう一度“異世界”に向かうことになる。
「もしも、自分がやらなかったら?」
“もしも”の話をナツはする。何となく聞いたつもりだったけれども、あきらのほうは落ちつかなくなる。
「仕方あるまい、代わりの候補を見つけ出すことになる」
「そして、新たな所有者は妖怪を皆殺しにするだろう」
 これまで黙っていた式神が言葉を発する。式神の言葉にあきらが厳しい視線を送る。
「前に持っていた者は、ありとあらゆる妖怪を法の下に処罰する者だった。どんなささいな罪でも逃さなかった」
 式神の説明が続いて、老人は黙ってしまう。ずいぶんと厳しい。俺が引き受ける仕事は、貧乏くじなのかもしれない。
ナツは了承する。
老人の言うとおり、他に選択肢など無いように思えたからだ。
そして、本を手に取る。式神が文句をつけるかと思ったが何も言わない。本は勝手に開かれて、文字が空中に浮かびナツの周囲を飛ぶ。
「そのまま、何もしなくていい」
 老人がナツを落ち着かせる。
 文字はナツを回った後に全身に張り付く。
「結びつきが行われているのです」
あきらが冷静に説明する。
ナツは腕を見る。張り付いた文字が光っていたがそれはすぐに消えて見えなくなる。
「これで、仲間ですね」
「だといいがな」
 ナツは声をかけるあきらに返答する。どうやら自分の人生は、貧乏くじの人生のようだ。
 その後、家に戻ることになった。というよりも、このまま陰陽師たちの勢力の取り込まれるよりも家にいる妖怪たちの意見を聞きたかった。家に帰してくれるように頼んで了承された。
 その帰り際に、ここに来たときと同じようにカラスが鳴いているのを聞く。
「鳴き声が気になるか?」
 ナツを送り出すために付いて来ている式神が話しかける。
「ついてこい」
 そう言って彼はナツを導く。一緒にいたあきらが何か言おうとするが黙ってしまう。
 導かれた場所は処刑場だった。それ以外に表現のしようがない。磔につかう大きな十字架に、絞首刑に使われると思われる台と縄、他の器具もどういうものかわからないが、その用途は理解できる。
 処刑場は外にあって太陽の光を浴びていたが、物騒な雰囲気は消えずに漂っている。十字架の上にいたカラスがナツたちの姿を見て逃げていく。
「あれは処刑場だ」
 式神の言葉にナツは返答できない。実際に肉眼でそういう場所を見るのは初めてだ。
「ここで妖怪を処刑していた」
「今はやっていませんよ」
 ナツはあきらを見る。彼女の視線は処刑場から動かない。
「少なくとも僕はね……」
「陰陽師たちは処刑人というわけではないが、妖怪の扱い方は、それぞれの個人に任されている」
あきらの声が小さくなった後に式神が説明を引き継ぐ。
「君もそうなるかもしれないな」
 何かを期待しているのかと思ったが、ナツを見る式神の目に感情は浮かんでいない。
「どうなるかはまだわからないよ」
 ナツは本を手に持っている感触を意識させられつつ、言い返す。
「そうだろうな」
式神はナツの言葉にまるで納得していないようだった。


 陰陽師たちの所に向かうのに駅を利用した。駅から自宅までは迂回するような道のりである。まっすぐに帰る道は裏道や近道を通らなければならない。
自然と竹林を通りぬけることになる。最初に白雲と出会った場所だ。
「おかえり~」
 声をかけられる。声を発したのはこの前と同じく白猫の白雲である。
「家で待っているかと思ったよ」
「妹が君のことを心配していてさ」
 こっちが気を抜いているときに妹の朱音のことを話し始める。
「そんなことないよ」
 その白猫のそばに赤と茶色の毛の猫が近づいてくる。狐と狸も近づいてくる、おそらく黄月と文友だろう。ナツは周囲に人がいないか確かめる。
「だいじょ~ぶ、人はいないよ」
 朱音が自信を持って話す。
「迎えに行こうかどうか迷っていたんだ」
「そりゃ、心配させたな」
 ナツが白雲に答える。
「いえいえ、黄月も心配していたんだ」
「よせやい、お前のほうが妹の相手がいなくなるって、心配していたぞ」
 白雲の言葉にそばに黄月が言い返す。
 朱音が咳払いをする。
「それで、どうなの? あっちに味方するの?」
ナツが向こうで起きたことを彼らに説明する。隠していてもすぐに妖怪たちに知られるだろう。ナツの説明を聞いていた白雲は考えるようだった。
「実際のところ、どちらに味方するかはわからないし、決めてない」
 ナツの言葉はどこか他人事になっていく。重要であると意識しているのに、それとは逆に心が冷えていく。
「そうだねえ、わからないよねえ」
朱音がナツの言葉を肯定する。
「ちょうど良かった、決まってなくて」
「なんで?」
文友に朱音が尋ねる。
「見たいアニメがあるんだ」
 これから忙しくなって、きっと見逃すかもしれない、と文友がさらに説明するが朱音も周囲の妖怪たちも聞き流そうとしている。
「俺はまだ、お前さんに味方したわけじゃあない」
 さらに黄月は、もうすこし遅く来てくれれば眠っていられた、とぼやく。それは本心なのだろうが、彼の言動から人間に対して好意的では無さそうだ。
「確かに、さっきまでは妹の心配をしていたよ」
 白雲が横から口を挟む。
「それで今は?」
「今もそう」
 白雲は悪びれずにナツに答える。
真剣なのか、そうでないのか。
「人間とばかり仲良くするのは良い、と思うんだよ。主に恋愛関係で」
「あにきぃ、あのね」
 白雲に朱音がつっかかる。
 白雲の口調に嫌悪は感じられない。むしろ親しみさえある。口ではナツと人間の間を離そうとしていても、それとは別に人間に特別な思いいれはあるのかもしれない。
「もしも、向こうのために働くのなら……退治じゃなく、封印してくれ」
兄妹喧嘩を無視して黄月が頼んでくる。
「命を奪うよりかはマシだけれど、封印なんて出来るのか?」
 ナツの言葉に顔を見合わせる妖怪たち。
 何かまずいことを聞いたか?
「待て、何か問題があるなら言ってくれ、ヤバイことを聞いたような」
「本の使い方を完全に教えられたわけじゃあ無いんだね」
 白雲の言葉にナツは答えようも無い。確かにそうだ。
「妖怪のほうがこれの使い方に詳しいようだな」
使用者が一番詳しく無いというのはおかしな話だ。
「まあ、その」
 文友が言葉を切る。白雲も朱音も黙ってしまう。どうもおかしいな。
「俺はナツに任せるぜ」
「おやあ、人間に対してずいぶんと優しいじゃない?」
黄月の言葉を白雲が茶化す。
「やかましい」
 黄月が白雲に怒鳴り返す。
「判断するなら、暴れてから判断するぜ」
 どういう判断なのやら。
「退治でも封印でもなく、逃がすのは良いのか?」
「いいぜ、できるのならな」
 ナツの質問に黄月が答える。
「知らないっていうなら教えるしかないね。黄月が使い方を知ってるから教えてもらいな」
「他の奴よりも長生きだからね」
 文友の言葉に黄月が鼻を鳴らす。
 黄月の教えによると、体の表面に文字を意志で浮かび上がらせる。そして文字に触れて力を起動する、ということだ。実際に「力」の文字を浮かべて指で触ってみる。
「ほらよっ、と、ディスイズ!」
 文友が漬物石のようなものを放り投げる。ナツはとっさにそれを殴りつける。殴りつけられた石は粉々になる。
「すごい……ひょっとしたらもろかったとか?」
 粉々になった破片を見ながら朱音が言う。
「いんや、これが本のパワーだよ。同時に危険なものにもなるけれど」
 白雲の言葉にナツは神妙にうなずく。
「迷ったら俺たちを召喚しろ」
「妖怪を召喚なんて出来るのか?」
「……」
 黄月の提案にナツが質問を返すと皆が黙ってしまう。
「やれやれ、何も教えていないんだねえ」
「じじいどものやりそうなことだ」
 白雲は笑顔で、黄月は顔をしかめて話す。
「俺はともかくこっちの3人は、人間寄りだ。信用してもいい。安心して呼び寄せろ」
「ふっ、僕が人間に味方するなど、おっと」
 黄月の言葉に文友は自信満々に抗弁していたが、ゲーム機とカードゲームを落とす。
「骨の髄まで染まっているねえ」
 慌てる文友を見ながら楽しそうに白雲が言う。
「それでも問題があるなら、俺たちの集まる場所を訪ねな」
 そう言って黄月が自分たち妖怪の集会場所を教える。
「一度に教えるよりは、自分で確かめていったほうがいいかもしれないねえ」
 白雲の提案はもっともな気がする。このドジな妖怪たちに騙すなんて作業ができるとも思えないし。陰陽師も妖怪もナツの動向を見極めたいようだ。
「では、みんなで明日から本気出そう!」
「そうするよ」
 文友の気合の言葉を聞いて呆れながらナツは答える。


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