第3話

文字数 16,672文字



3章
「明日まで待ってくれないか?」
 ナツが陰陽師たちと会ったのは今日の朝のことだ。そして彼の帰りを待っていた妖怪たちと公園で会って、今は太陽が傾いてきている。時間が立てば周囲は暗くなるに違いない。
 まさに妖怪と出会う“逢魔が刻”だ。
「いえ、急いだほうがいいので」
 あきらに呼び出されたナツは、街から外れた場所に来ていた。この辺りは古い民家が多く、廃屋になった家も多い。道には人の気配も無い。
「いったいどんな用事だ?」
「妖怪退治に参加することを依頼しに来ました」
 あきらが容易く頼んでくる。確かに妖怪退治のためと言われる力は渡されたし、協力も約束させられたが、こんなに早く依頼が来るとは思わなかった。
「これは上の命令なんです、逆らうわけにはいきません」
 本をくれた老人の顔がナツの頭に思い出される。ナツの中でクソジジイに評価が下がる。
「あなたの監視も命令されています」
 どうやら信用されていないようだ。無理も無い。
「僕は、そんなことをする必要はない、と思っているのですけれども」
あきらが口ごもる。
「ここから離れたところに退治すべき妖怪たちがいます」
 気を取り直してあきらが案内を始める。
 歩いている間、無言で歩く。とりあえずナツは何かを話しかけようと考える。
「その服は着なければならない決まりでもあるのか?」
 ナツがあきらの服装について聞く。彼女は顔に包帯こそ巻いていないけれど、昨日と同じく古い男物の軍服姿である。
「ええ、何でもこの服を着るという伝統と歴史がある……と聞かされました」
「無理やり着せられているのかと思ったら、そうだったのか」
 こんな暑苦しい服をずっと着なければならないことに驚いていたが、違ったようだ。
「たぶん、そう。でも、もしかしたらそんな伝統なんて無くて」
 あきらが考え込んでしまっている。
「帰ってから聞けばいい」
「そうですね」
 ナツがあきらに話しかけて考えるのをやめさせる。
 会話をしているうち現場に着いた。
 遠くから見る古寺は戸が閉まっているが、屋根の一部が崩れて屋根の中身が見えている。人の気配が無いというよりも、自然に飲み込まれて一体化している雰囲気がある。 
「さてどうしましょうか」
「ここから中の様子を調べることはできないか?」
 ナツがあきらに対して偵察を促す。古寺から離れた場所で足を止めたのも内部を調べるためだ。あきらがナツの意見に了承して、小さな式神で内部の様子を調べさせる。
「ずいぶん慣れていますね、戦いの経験があるんですか?」
「ガキのころに喧嘩を少々」
 ナツは“力”の文字を手の平に描く。
「強かったんですね」
「いんや。連戦連敗で、勝つことは少なかった」
 持って来た本を眺めながら。白雲と黄月たちは、自分たちのことを呼べ、と言っていた。それは最後の手段だろう。
「だから争いごとは嫌になった」
 あきらはナツの言葉に反応しない。暗い話など誰も聞きたくはない、とわかっていたがこうも無視されると自分のやってきたことに自信が無くなる。
 様子を見に行った式神が帰ってきて、5匹の妖怪がいることを教える。あきらが4体の式神を召喚する。ナツにも万が一のときの式神を護衛に当ててくれる。
「あいつらの罪状は何だ?」
「罪状と言いますと?」
 ナツが踏み込む前に思い出したことを聞く。
「ようするにどんな犯罪をやったかだ」
「はあ。……陰陽師にとって妖怪は退治するものと決まっているので」
 無差別だな。
「少なくとも、倒していいかどうかは、こっちが知っているかどうかです。ここにいる妖怪たちは陰陽師側の誰も知らない者たちなので」
「有益なら倒さないし、そうでない者はすべて“クロ”とみなすか」
 ナツがあきらの言い分を聞いて陰陽師側の真意を要約する。
「そうです」
 まっすぐな答えが返ってきた。あまりにもまっすぐなので好感を持ってしまいそうだ。けれども、うっとうしい世の中では生きていくのがつらいだろうな。
「監視よりも、経験が無いのが心配です」
「それはお互い様だ」
 ナツがあきらの発言にやり返す。ナツにはケンカの“経験”しか無い。
「しっ、気づかれます」
 2人が古寺の裏を回り、開いている場所から内部を覗うと、黒くて腹筋の割れているのと、目無し口なしの着物の男(?)と、上半身だけのと、鼠っぽいのと、わけのわからない灰色の塊がいる。
 2人は中に入って彼らに接近しようとする。
「!?」
あきらが地面にある角材につまずく。角材が転がって乾いた音を立てる。ナツはあきらの手をとって倒れそうなのを助けてやり、慌てて誤魔化すために角材を拾おうとする。
騒々しい音が聞こえてきて、着物姿で2本の尾と長いヒゲを持った鼠が驚異的な跳躍でかがんでいるナツに飛び掛ってくる。ナツが拾った角材を手にしてそれを投げつける。それは鼠の顔に当たってバランスを崩させる。
そこに、ナツを護衛していた式神が鼠の体に体当たりをして接近を防ぐ。古寺から残りの妖怪たちが出てくる。どうやら奇襲に失敗したようだ。
 旧鼠。年月を経た古鼠の妖怪。古いものでは数百年、生きるという。そのようなものは体も大きくなり、人間に化けることもできる。
 本の力によって、頭に妖怪知識が流れ込んでくる。
 ナツの前にはさらに他の2体の妖怪が接近してきたが、これはあきらの式神が相対した。他の2匹はナツたちに背を向けて逃げていく。
「待て!」
 そう言うとあきらは式神を連れて彼らを追いかけて行ってしまう。妖怪の足が速く、それを追いかけるあきらたちも走っていくのでナツが声をかける暇も無い。
「こんなときに一人にしないでくれよ」
 ナツは先ほど投げつけた角材を拾い上げて構える。一振りすると見た目よりも軽く感じる。だが、それが本の力で体が強化されているためであることにすぐに気づく。
ナツは自分が他の妖怪を召喚できることを思い出す。しかし、それは最後の手段であると心に決める。見たところ式神は十分に防いでいるように見える。
旧鼠が戦っている式神の頭を食いちぎる。
「まずいな」
 式神がやられて紙片に戻るのを見てナツがつぶやく。
旧鼠は走って近づいてくる。ナツは角材でつっかえ棒して旧鼠の腹にぶつけて接近を拒む。相手が角材をつかんだら無理やり相手の体ごと持ち上げる。
角材で旧鼠を持ち上げ、宙に浮かせて、角材を左右に揺らす、しがみついていて落ちない。式神を横目に見るがどちらも手一杯のようだ。
勢い良く角材を振って、旧鼠を地面に投げつけると着地に失敗して地面に転がる。攻撃できる隙を逃さないのがケンカだ。速やかに近づいて腕力で押さえ込む。
「まったく……ともかく封印だ」
 敵を取り押さえたものの扱いに迷う。結局、黄月たちに言われたとおりに命を奪わずに封印を施すことを決める。腕に文字を浮かべて封印の文字を探す。
「処刑をしないとは前の持ち主とは違うな」
 旧鼠は暴れていたときの刺々しい雰囲気がなくなり落ち着いて話す。
「違いを理解したのならおとなしくしてくれると良いんだがね」
 少しの間、お互いを見る3体の妖怪たち。1体は重ねた板に鬼の上半身がくっついている。もう1体は綿か布団のような素材で手や足に変形することができるようだ。
「おのれら、こっちを助けんかい!」
「命令するな!」
板の妖怪が怒鳴り返す。
その妖怪は自分の下半身を形成する数枚の板の間に挟んで式神を押し潰す。その式神は動かなくなり、消えて、人型の紙片が残る。
 板鬼。人間の生気を奪うという板の妖怪。見かけは古ぼけた一枚の板であることが多い。本の情報が頭に流れてくる。
 その板鬼の下半身の板が飛んできて、ナツはかがんでそれを避ける。スピードは無いが見るからに硬そうだ。外れたけれど、次に飛んでくるのは避けられるかどうかわからない。
「手も足も出まい」
ナツに押さえつけられている旧鼠が憎まれ口をたたく。見ると、もう片方の式神も体を広げた妖怪に包まれてしまう。そして中で暴れていたが動きがなくなり静かになる。
「そうだな」
そう言って地面に背中から組み伏せている旧鼠をつかむ。その旧鼠を板鬼に投げつける。上半身にぶつけられて板鬼はよろめいて倒れる。
 ナツはすぐにこの場を移動しようとする。護衛の式神が倒された以上はあきらを探して彼女の力を借りたほうがいいだろう。
「3対1だぞ! 3対1だ!」
 旧鼠が騒いで仲間を急かせる。そんなこと言わなくてもわかっているよ、とナツを含む彼以外のその場にいる者たちは思う。
 ナツが背後に気配を感じると、さっきのボロ布団のような妖怪がすぐ後ろに迫ってきていた。どうやら、宙を舞って、飛んできたらしい。
 ほこりの匂いが漂うボロ布団のような妖怪に包み込まれる。中は暗くて外部の明かりでおぼろげに見えるだけだ。ナツを包んでいる壁は手触りから綿であるのがわかる。
「ようやった!」
 板が重なる音と旧鼠の喝采の声が聞こえる。ナツはかすかな外部からの明かりを元に内部の壁を引きちぎろうとする。壁が動いてナツの体の回りにまとわり付く。
 ぼろぼろとん。古くてぼろぼろの布団の妖怪。人を包み込んで驚かせる。
 本の知識が流れてくる。他に弱点とかは無いのかね。
 いつのまにかナツは手足が動かせなくなっていて、顔だけを外に出して“簀巻き”の状態になった。
「さしずめ“海苔巻き”と言ったところだな?」
 旧鼠が勝ち誇って言う。
「このナツがお前たちとは場数が違うことを教えてくれる」
「ほう? どうやってだ?」
 旧鼠がナツの発言につっかかる。
本の力はまだ続いている。体をよじって丸まった布団が転がるように内部から動かす。一度転がれば後は勢いだ。
「うわ?!」
 横転を始めた布団に旧鼠がひかれる。元が布団だからケガはしないだろうが、驚かせるぐらいはできただろう。その場から離れるように転がり続ける。
 板鬼が追いかけてくるが、その身体的特徴から走るのは苦手なようだ。ぼろぼろとん、も抵抗してナツを締め付けてくるが、体力の違いがある。後は、どちらが目を回すかだ。
 しばらく転がっていると布団の締め付けがゆるくなり、ナツが外に放り出される。転がりながら見ると布団は身動きしていない。目を回したようだ。
「待ちやがれ!」
 精一杯の脅し文句を言いながら板鬼たちが追いかけてくるのが見える。すぐに到着しそうだ。状況を確認して自分も目を回してバランス感覚がおかしくなっているのを感じる。
「もう限界だ」
 ケンカの経験があるといっても昔のことだし、妖怪退治の素人には精神的に限界である。援護のための妖怪たちを召喚することを決める。しかし、黄月たちの人間に心服しない態度を思い出して迷う。
 まだ、回転していたときの感覚の混乱が残っているせいか、足がよろめく。迷っている余裕など無い。腕に“召喚”の文字を表示する。
 召喚は一瞬で終わる。輝く円形が地面を彩り、そこから4体の呼び出した者たちが姿を見せる。
「ほれ、言ったとおりじゃないか」
 開口一番は文友である。狸の獣人の形態をしている。人間のときは背の低い少年の姿であったが、妖怪の姿でも小さくて痩せている。
「僕たちの力を借りるに違いないって」
 文友がさらに言葉を重ねる。
「気にしないでいいにゃあ、こっそりと近くまで来ていたから・・・」
朱音の言葉は白雲に手で制される。彼女の外観は猫の耳と尻尾がある以外は人間と変わりない。ナツはアカネと文友の手を借りて立ち上がる。
ちょうど追いかけてきた二体の妖怪が到着する。
「苦労をかけるが、手伝ってくれ。頼む」
「安心しろって、俺にかかっちゃあ朝飯前よ」
 そう言って黄月が板鬼に向けて走っていく。黄月は家で見たときと同じ二足歩行の狐の獣人の姿である。
「先走ってしまったねえ」
「僕は旧鼠の相手をする、文友たちはあそこで伸びているのを縛り上げて」
 文友の言葉を聞き流しながら、白雲が指示を出す。白雲も二足歩行の猫の獣人の姿である。最初に出会ったときの普通の猫に近い4足歩行形態ではない。
「なんと、しゃらくせえな!」
「平気平気、あいつは口先だけで強くないから」
 白雲はいつもの陽気な口調でナツに話して旧鼠に向かっていく。
 白雲の体毛が針のようになって飛んでいく。その数本は旧鼠の足元に刺さる。旧鼠は慌てて背を向けて逃げ出そうとするが、白雲が自分の体毛を伸ばして絡めとろうとする。
一方で、朱音と文友は目の回したボロ布団を縛り上げている。
 ナツは自分の出番は無くなったと思っていると、体に強い衝撃を受けて、足で衝撃を支えきれずに飛ばされて転がる。
 地面に転がる途中でナツは黒い人型の妖怪を見て、そいつが背後から飛び蹴りをくらわしたことを理解する。
「よくも、やってくれるな」
 強がりでナツは言う。けれども、言った後から、蹴られた場所が痛み始める。黒い妖怪は切り捨てたと思われる式神の元である紙片を手に持っている。
「手ぇ抜きやがって、あいつは」
 黄月の言うあいつとはあきらのことだろう。
 黒髪切り。家の中だろうと夜道だろうと、人の髪を切る妖怪。姿を見せずに髪だけを切っていくという。
 本からの説明が頭に入る。黒髪切りが紙片を投げ捨てる。
「待ってて、そっちに行くから」
 朱音の声だ。
「そんな余裕は」
無さそうだ、というナツのつぶやきが終わらないうちに、腹筋の割れてたくましい黒髪切が手をハサミに変化させて襲ってくる。ナツのバランス感覚はまだ戻っていない。対応が遅れるよりかは、と大胆に身を投げて避ける。
黒髪切のハサミはナツの背後にあった木を豆腐のように容易く切ってしまう。
危機的状況を忘れて感心してしまう切れ味だ。さらに転がって距離をとろうとする。地面に漬物石ぐらいの大きさの石を見つけて、ぶつからないように注意して止まる。これ以上、怪我を増やしたくない。
 ナツが味方の様子を確認する。
 黄月のほうは飛んできた板をすべて爪で切り捨てて、片腕も切って、相手が降伏したところだ。今すぐには助けに来れそうにない。
朱音が数本の針を投げつける。黒髪切はそれをハサミで払って防ぐ。白雲が体毛を伸ばして先ほどのように縛り上げようとするが、その体毛をハサミで切られてしまう。
「こりゃだめだ」
「兄きい」
「手はあるって」
ナツは転がっているところから立てひざをついて起き上がろうとする。黒髪切のハサミにはまだ体毛がまとわりついているが、片方のハサミを人間の手と同じ形にして残った毛も取ろうとしている。
「朱音、そっちを頼む」
旧鼠はすでに白雲の伸びた体毛で縛り上げられている。
白雲が黒髪切の背後に近づいていく。白雲はナツのほうを一瞬だけ見て視線を戻し、背後から爪で引っかこうとするが、かなり見え透いた攻撃である。それに気づいた黒髪切にさらに大きく変形したハサミで横払いに殴られる。
気を引くつもりなのだろう、それを活用してナツは静かに立ち上がろうとしていたが、気づかれて蹴られそうになる。とっさに持ち上げた石で髪切りの勢いのついた回し蹴りを防ぐ。石を力一杯蹴ってしまった黒髪切りは自分の脚を押さえて痛がる。
「くそっ!」
さらにもう片方の足の甲にその石を投げる。黒髪切は、ぶつけられて、両足を痛めて、その場で体を投げ出して転がる。
「おっと待ちな」
降伏して地面に伏せている板鬼を放置してやってきた黄月が地面に倒れた黒髪切に爪を立てる。二本の爪で、後ろから首を挟む状態になる。白雲がさっきの一撃で負傷したように見えるのでナツがそれに役立つような文字を浮かべようとする。
「これくらい大丈夫だよ」
 そう言って白雲は、倒れてうめいている板鬼を伸ばした体毛で縛り上げる。
「これで全員かい?」
「まだ、一体残っている」
 白雲の問いかけにナツが答える。あきらが追いかけていった妖怪が1体残っている。
「それはどこに行っちゃったの?」
「あきらが追っかけていったままだ」
 朱音にナツが答える。そして皆にその妖怪の外見を教える。
「ああ、そういうの」
 文友は聞いても動揺しない。見た目が子狸なのでその態度に妙に説得力を持ってしまう。
「追いかけなくていいの?」
「いいさ、どうせ大して強い妖怪じゃない」
 朱音の言葉に白雲は何の心配もしていない。文友もうなずいて同意を示す。
「まあ、あの姉ちゃんだったら、返り討ちにしているだろうがな」
黄月が冗談とも本気ともつかないことを言う。
 そんなことを話しながら戦いが一段落したところに騒々しさが戻ってくる。話題になっていた本人たちが戻ってくる。
「逃げてきたみたいだ」
 文友の指摘どおり、先頭を話題の妖怪が走っている。
 のっぺら坊のような目無し口なしの大きな顔の着物姿の妖怪だ。古甕が化けた妖怪である、と本が教えてくれる。
 その妖怪の後ろをあきらと式神が追いかけてくる。
「到着したようだぜ」
「ずっと走ってたんだろうか?」
 黄月の皮肉っぽい言葉に誰も答えない。代わりにナツが疑問を抱く。
「そうみたいだねえ、ナツが思っているよりも時間は経っていないよ」
「まあ、確かに」
 ナツは白雲の推測を理解する。戦っていた時間を長く感じていたけれども、振り返れば実際にはそんなに時間が経っていないことに気づく。
 古甕の妖怪はナツたちの前まで来て一息ついたが、すぐに現場の状況を見て両手を挙げて、降伏を宣言する。まあ、彼以外は捕まったからな。
「封印してくれ、そういう話のはずだ」
 黄月たちの提案どおりにナツは封印しようと準備する。
しかし、追いかけてきて到着したあきらは息切れしながらも、厳しい表情を崩さない。懐から式神に使っていた紙片を取り出す。そして新たに式神を召喚する。
「ちょうどいい、この場でかたをつけようぜ」
「よせ」
 ナツが腕に出した壁の文字を触れて壁を出現させて、身構える二人を分ける。一触即発の状況になっている。
「どういうことなんですか?!」
「あいつらの力を借りた」
 あきらの詰問に率直に答える。そしてナツはこれまでの経緯を説明する。事情を聞いても彼女は疑いをやめないようだ。
「妖怪の力を借りるなんて」
「式神の力は借りていいのか?」
 不服な態度のあきらは横目で黄月を見るだけその皮肉に答えない。
「とりあえず封印されてくれ」
 ナツの言葉に捕縛された妖怪たちは顔を見合わせる。
「わかった」
妖怪たちは了承して、シドは約束どおり封印する。封印場所はその辺に置いてある石の中である。封印の形式は術者が選んでよい、とあきらが話す。
「封印よりも退治したほうが」
 しかしながら、あきらが不満の声を上げる。妖怪たちを前に良い度胸をしている。
「そんなに血を見たいんか?」
 黄月が不必要な挑発をする。
「まあまあ」
 白雲が2人の会話に割って入って場を収めようとする。
「何から何まで指示に従え、とは言われていないし」
ナツは不満のあきらに言い返す。
「倒したのは俺で、彼らの力を借りたのだから、こっちに決定させてくれないか?」
あきらは少しだけ戸惑ったようだが、すぐに気を取り直して答える。
「わかりました、それでいいでしょう。自分もまだ未熟ですしね」
 ナツの提案にあきらは納得した。本業では無いナツにピンチを招いた手前もあった。
 しかしながら、妖怪たち(主に黄月)とあきらの感情は険悪なままで、帰り道もお互いに歩み寄らなかった。途中まであきらと同じ方向を歩いたが、先の分岐路でナツたちとは別の方向を行って帰ることを話す。
「これからどうするんですか?」
 分岐路に着く前にあきらに尋ねられる。妖怪と仲良くしているのが不満らしい。一応、ナツは陰陽師、人間側に味方していることになっている。
 彼女はどちらの側に味方するのか、を聞いている。
「ここで決めちまいな。すべてを教えない連中なんて信用ならねえぜ」
 黄月がナツの考えを見透かし、陰陽師たちが本の使い方を教えていないことでなじる。
「僕も知らなかったことです」
ムキになってあきらが言い返す。
「本当に知らないみたいだね」
白雲があきらの様子を見て言う。
「近いうちに、陰陽師のほうと話をつけるさ」
ナツの言葉で今日のところは終えて、全員帰途に着いた。


「その傷は?」
「ああ、これね。まだ治っていないんだ」
 白雲が腕に包帯を巻いていたのを見てナツが聞く。
次の日、ナツは妖怪たちの集会場所へ来ていた。その場所は、正月ぐらいにしか人が来ない神社だ。辺りは静かで鳥さえいないように感じられる。
「妖怪だからと言ってすぐに治るわけじゃあないしね」
歩きながらも白雲の言葉は続く。
神社は静かなものでその敷地に入るのさえためらわれる。静かなのは当然でナツが見回しても周囲には広大な畑と林が見えるだけだ、民家さえ無い。
 白雲に促されて入っていくと、神社の御神木が2人を出迎える。
「それよりもこれを恩に着るというのならば」
「その本はどういうの?」
 ナツが白雲の持っている本に話題を移す。白雲の怪我はナツに攻撃させるために彼が相手の気を引いて、傷ついたものだ。怪我のことは悪いとは思っているが、ここに来たのはすべてを話してもらうためだ。
「これね・・・ふむ、まずは読書と言う行為がどういうものなのか、を話さなくてはならない」
 なぜか、長そうな話が始まるし、妙に偉ぶっている。
二人は境内にやってくる。神社は新しい塗装をされているわけでもなく、それがかえって建物の古さを際立たせている。
「読書と言う行為は自分の知らないことを本によって知ることになる。それは異世界へ向かうこととなんら代わりが無い」
まあ、確かに、主人公が見たり聞いたりの物事を擬似体験しているわけだからな。これもまた異世界出向のひとつである。
「ちなみにぃ、その本は、新刊が売り切れていたので別のを買ってきたんだよね?」
いつも間にか姿を現していた朱音が指摘する。
「お目当ての本がなかったからな」
 白雲が朱音の言葉に返す。
ナツは朱音に軽く挨拶する。朱音のほうが照れくさそうだ。そんな2人の様子を白雲が交互に眺めている。
「そういえば、黄月は?」
 あいつもここに来ているとナツは考えていた。
「あそこ」
 朱音が神社の屋根を指差す。良く見るとそこで人型の狐が横になっている。彼はこちらを見ずに手を上げて挨拶を返す。
「ようやく来たようじゃのう」 
 妙に年寄りくさい言葉遣いで後ろから声をかけられる。先ほど横を通ったときにはいなかった巫女服の少女が御神木の横に立っている。見た目も体格も小学校低学年ぐらいだ。
「あの子は杉乃。この土地にいる三人のまとめ役の1人だよ」
白雲が紹介する、本の力のおかげでか彼女からは妖怪が発する妖気のようなものを感じ取れる。ナツが頭を下げて挨拶する。しかし、杉乃は厳しい顔で挨拶を返す。
「気を付けてよ、ナツと陰陽師たちのことで神経質になっているから」
 この少女が不機嫌そうなのはそれが理由か。
「まあ、それは中に入ってゆっくり話すとしよう。ついてまいれ」
 ナツたちに加えて黄月らは神社裏の建物に案内される。そこには人が住めるような住居部分がある。神社ほどではないがそれなりに古さを感じる建物だ。
「茶はいらんぞ、そんなに長い話にはならんから」
 杉乃が同じ巫女服を着て動きまわっている者たちに声をかける。どうやら住居部分には人がいて完全な無人ではなかったようだ。彼女らも妖怪の気配を持っている。
案内された部屋にナツと白雲兄妹と黄月、そして杉乃が入る。部屋は客間か休憩室のようで、凝った装飾などは存在しない。シンプルにテーブルと座布団が置いてあるだけだ。
「文友がいないけど、大丈夫か?」
「用事があるから、後から来るって」
 ナツの問いかけに白雲が答える。
「このまま始めよう、どうせあやつがいてもいなくても変わらんからのう」
 杉乃は文友がいないことを気にしていない。
そういえば、他は見た目が人間の姿であるけれども、黄月だけは外にいたときの人型の狐のままだ。
「気にすんな、どうせ人はこねえし」
黄月の物言いは大雑把だ。杉乃はそんな黄月を見ただけで何も言わない。
杉乃が改めて自己紹介をする。彼女はこの神社の御神木の精霊であり、数百年以上を生きていると同時にこの辺り一帯の妖怪たちのまとめ役でもある、と話す。
「まあ、見た目に関しては脇に置いておこうよ」
子供の外観に納得していないナツに白雲が言う。
「話を始めよう。正直に言うと、その本を持っていると殺されるぞ」
 ナツは周囲の妖怪を見る。誰も彼女の言葉に反論しないか、あるいは、知らないためかナツのように驚いている。これが妖怪たちの説明しづらいことか。
「この本に関しては前にも持ち主がいたように聞いている」
「ああ、そやつが殺された持ち主じゃ」
 ナツが取り出した本について杉乃が教える。
「もう一度確認するけど、本当に? 殺された? 間違いとかではなく?」
「うむ」
 半信半疑で確認しても同じ答えだ。
 杉乃の説明によると、本の使用者はこの世の妖怪、精霊、土地神、木霊などを支配、召喚できるという。またそれらの退治と封印も出来る、と。
「これが一番重要なことじゃが、使っていると妖怪どもから恨まれるのでのう」
 ナツが横目に皆を見る。黄月は肩をすくめ、白雲は何も気にしていない。
「本を無くしたら殺される。前の持ち主がそうであった」
 部屋が沈黙で覆われる。
「身から出たサビ、とはいえ他にやり方はあったと思うけどねえ」
「頭に血が上った奴らに手段なんてえのは無いのさ」
 白雲の擁護の言葉を黄月が突き放す。
「そうじゃなくて前の持ち主のほう」
 白雲の言葉は殺し方のことを言っているのでは無い。
「聞いた話によると、ちょっとしたイタズラでも容赦が無かったって」
「ああ、小さな罪でも許さずに処刑していて、妖怪たちは影で“処刑人”のあだ名を付けていた」
 朱音の指摘に黄月が答える。彼は他の者よりも良く知っているようだ。
「どうかのう?」
「そこまでひどいのなら恨まれるのも当然なのでは?」
 杉乃の言葉にナツが素直に答える。
「それに、あなたたちが話したことを陰陽師たちは教えていない」
「不利になることなど聞かせるものかよ」
ナツの疑問に黄月が憎まれ口で答える。
「本を扱えないなんて、人手不足になっているようだねえ」
 白雲が普段よりも穏やかに言う。
「だんだんわからなくなってきた。妖怪たちは何をして欲しいんだ?」
 話を聞いて、本のリスクを知ったものの、妖怪と陰陽師への不信が大きくなっただけのような気がする。
「ここの神社に集まる連中は静かに暮らしたいだけじゃ」
 杉乃は穏やかに説明する。
「それに対して陰陽師たちは」
「妖怪と見れば、攻撃してくる。そういう奴らさ」
 ナツの言葉の後を取って黄月が言う。
「話している最中じゃぞ」
杉乃が黄月をしかる。口を挟んだことだけを怒ったわけではない。ナツに対して妖怪について前向きに考えて欲しい、と思って話しているのだろう。
 だが、荒っぽい黄月を見ていると陰陽師も妖怪も対して変わらないように思える。
「まあ、どっちの色眼鏡を着けるか、というだけの話さ」
 白雲がナツの困惑する心を見透かして話す。
 結局、話が長くなって荒くれ者たちに代わって、朱音が手伝って茶を出すことになった。
「うちの居候どもは、どうにも気が利かんのう」
杉乃がぼやく。そして、ゆっくり考えよ、と言って朱音を連れて席を外す。部屋にはナツと黄月と白雲の三者だけになる。
「どっちに味方するか? ということだな?」
「そうだな」
 ナツの確認に黄月が答える。
「どちらにも味方しない、というのは?」
「無しだ」
 黄月が即答する。確かに良い考えでは無いかもしれないけど。
「有りだよ」
白雲がナツの発言を擁護する。ただし――それは陰陽師と妖怪の両方を敵に回すことになるよ、と話す。
 朱音がお茶を持ってくる。化け狸の文友も一緒にやってきた。今は狸の姿だ。
「面白そうなこと話しているじゃん、俺もマゼテクレー」
「面白くなんてねえぜ」
 黄月が毒づく。2人のやり取りに構わず、朱音はテーブルの上にお茶を置いていく。
「いやあ、いつものやり取りだよ、こんなの」
 白雲が2人を説明してくれる。
「僕は真面目にやっているよ?」
「お前は、面白ければ何でもいいんだろ?!」
 黄月が厳しい指摘をする。
「真面目に、面白ければ、どちらでもいいって考えているよ!」
 黄月と文友のやり取りは続く。
 結局、雑談になって結論も出ないし、選ぶことができないまま建物を出る。決断をするにはまだ早すぎる。
「本を失くしたら殺されたので、肌身離さずにな」
帰り際に杉乃が助言してくれる。神社に居る妖怪たちに見送られて鳥居を通り過ぎる。
「さて、どうする?」
 神社の敷地の外に出ると黄月が尋ねてくる。文友は父親の言葉を伝えに来たらしく、まだ神社に残っている。
「陰陽師たちのところに行って、あいつらが何を考えているか確かめてくる」
 結局、答えが出せないままだ。けれども、妖怪のほうの言い分はわかった。だから今度は陰陽師の言い分を聞く。
「辞めるの?」
「それとも返しにいくのか? どうせ、お前にしか使いこなせないし、返す義務はねえ」
 朱音と黄月が聞いてくる。
「その本は、本当に陰陽師たちのものか怪しい品物だからねえ」
 白雲が黄月の言葉を補う。
「色々と確かめるだけだ」
 疑惑を確かめなければならない。



「わざわざ来なくてもいいのにね」
 陰陽師たちの神社に到着するなり、文友が言い出した。
「ちゃんと確認しないといけない」
「律儀だなあ」
ナツの言葉に白雲が感心する。
「本当にいいのか? トラブルになるぞ?」
黄月がナツの意志を確認する。
ナツたちは陰陽師たちのいる神社に来ていた。陰陽師側の意見を聞くためである。
妖怪たちを疑っているわけではない。もしも、彼らに不利なことがあるのならば彼らは必死になってナツを止めようとするはずだ。しかし、そのようにはならなかった。それどころか彼らは非常事態のためにナツを送り迎えすることまで約束した。
それでナツは白雲たちと一緒に来た。
「しかし、このまま行くと楽しいことになりそうだね」
文友が愉快そうに話す。
「百パーセント喧嘩になるな」
 黄月も確信を持っている。
「そこで僕らは表で待機しているよ、何かあったら中に踏み込むから」
 ナツは神社のほうを見る。自分たちのいる場所は神社が見える裏路地である。これ以上近づくと周囲に張られている結界に遮られる、と。
結界は通常は見えない壁のようなものであるが、近寄らせないものだとか、妖怪が足を踏み入れたら火に包まれて燃えてしまうものだとか、色々あるらしい。
「結界があるのに中に入れるのか?」
 ナツが当たり前に思う疑問を聞く。
「異世界を通るから大丈夫」
 また、知らない言葉が出てきた。ナツは本から知識を引き出そうと準備する。
「抜け道みたいなもんだ」
 黄月が白雲の言葉を短く説明する。
「できれば、本を持ったまま、妖怪側に戻って欲しいぜ」
 黄月が神社に向かおうとしたナツに言葉をかける。
「お前さんの代わりにイカレた奴が所持者になるのは困る」
 白雲たちは何も言わない。彼らも同じ気持ちのようだ。ナツは少しだけ考える。
「そうなるように話をつけるよ」
 ナツはそう言って、妖怪たちと別れて神社に近づく。神社と言ってもこれは広い。この前来たときは大勢の術者たちが住み込んでいるようだった。
背後から声をかけられる。知ってる声だ。
「何しにここに来たのですか?」
 ナツが振り返ると学校の制服姿のあきらがいる。
「聞きたいことがあって来た」
「そうですか」
 やや冷たい態度。ナツが戻ることを喜んでいる顔ではない。警戒の顔だ。
「案内してくれるか?」
「妖怪たちは一緒で無いんですね?」
「そうだ」
 嘘ではない、今は一緒にいないだけだ。
 あきらがため息をついて頭に手をやる。
「ついてきてください」
 前のときと同じようにナツは中に導かれる。途中、巫女や神官服の者たちとすれ違う。杉乃のいる神社などよりも建物の規模が違うせいか人の数が多い。
 そして、着替えるから、と言って再びナツを部屋の前で待たせる。
「結界があるから、妖怪たちは入って来れないでしょう」
 あきらが着替えながら外にいるナツに声をかける。
「そのようだね」
 ナツは答えながら、柱にかけてある仮面を見る。それは木彫りの翁の仮面でただの飾り物のようだ。手で触ってみる。
 落っこちる。
 慌てて手で受け止める。
「どうしました?」
「何でもない」
 あきらの問いかけに答える。
手に取った仮面を被ってガラスに自分を映す。考えれば飾り物を落とすことぐらい誰かに見つかっても問題ないと思う。ここに来るのは2度目だが、術者たちのナツに対する視線は最初に来たときと変わらない。
「あの本は最終手段だと聞きました」
 部屋越しに話しかけられてナツはガラスに映った仮面に注目してしまう。
「皆、神経質になっていて妖怪たちとの争いが始まる、と噂する人もいますよ」
 ナツには答えようが無い。
「妖怪たちが暴れだす前に先手を打つらしいです」
 杉乃は静かに暮らしたいだけだ、と言っていたな。
 戸が開いて巫女服のあきらが出てくる。その彼女に案内される。案内されるのはこの前と同じ場所のようだ。
「本は強力なものなので、扱える者も限られています」
 歩きながらあきらが話す。
「だからこそ最後の手段と聞いていますが」
 この前と同じ部屋に到着する。戸が開いていて、中から話し声が聞こえる。たぶん、式神と重岡老人だ。
奪う、妖怪をまとめる、反対する、人間に味方する。そんな不穏な言葉が聞こえてくる。ナツと本の処遇をどうするか、を話し合っているのかもしれない。
 ナツの背後からあきらの視線を感じる。
「早く入りましょう」
 あきらがナツに入室を促す。
立ち聞きをやめて部屋に入ると予測したとおりの声の主である重岡老人と式神がいる。
「よく来た」
 老人の言葉にナツは挨拶を返すが、席に着かず立ったままだ。
「話を聞こうではないか」
 部屋にいる重岡老人は、何かを言いかけた式神を制止して、訪ねて来たナツに言う。
 ナツは昨日、妖怪と戦ったことを説明する。
話が妖怪たちの手を借りたことに差し掛かると、老人の視線が刺ささるようである。しかし、ナツが老人の前にある箱に注意を向けると、彼は怖い目つきをやめて、それを後ろに控えている式神に渡す。
「それは何です?」
 ナツの背後にいるあきらが聞くと、何でもない、と答える。挙動不審である。
「昨日のことはあきらからも聞いておる。逃がしたそうじゃな」
 老人は取り繕って昨日の行動を咎める。
「封印したんですよ」
 老人の言葉にナツは反抗する。
「あきらは若いし、仕方あるまい」
 そう言って老人はナツの言葉に答えずにあきらを見る。その視線に彼女は恐縮している。
「それは経験不足ということだ。ここにいる術者たちは、妖怪は退治するもの、と教えられてくる」
 式神が老人の言葉を補う。あきらはともかく、俺の扱いには複雑な事情があるようだ。
「話して無い事がありそうだ」
 ナツが低い声で問いかける。
「妖怪を召喚することができる、とは言わなかった」
「話す必要はなかったからだ。聞かれもしなかったしな」
重岡老人は悪びれもせずに話す。
「言い訳を」
妖怪たちから聞いた本の真実を問いかける。退治しなくても封印できることを、妖怪の恨みを買って殺害される、かもしれないこと。
「なぜ隠す必要がある?」
「味方かどうかもわからなかったからな。我々のほうに味方することを確かめたかった」
 正直に話すよりも、罪を背負わせて共犯にするつもりだったのか? 老人のシワに隠れている表情は読み取れない。
「罪のはっきりしない妖怪を攻撃させたことについては?」
「ここでは、妖怪の存在そのものが悪だ」
ナツは自分の顔が少し歪むのを感じる。
「封印した妖怪たちの悪事は、判明していない」
「それは」
老人の言葉が濁る。式神が2人の間を遮る。
「妖怪の存在自体が悪だ。これは変わらない」
 式神が杓子定規なことを言い出す。どうやら決別のときだ。
「現場はずいぶん違っているではないか?」
「本を使うだけなら候補はいたが、少しでも我々のやり方に近い者を選ぶ必要があった」
 選び抜いた者が自分のようなロクデナシでは、誰もが納得しないような気がする。
「返せ、とは言わないのか」
「本との結びつきは運命的なものだ。簡単には離れない」
 老人の代わりに式神が答え、腰の刀を抜いて構える。


後ろで扉を蹴り破る音がして、妖怪たちが入ってくる。彼らは部屋の人間が反応するよりも早く、行動して、部屋を制圧する。あきらは白雲の伸ばした毛に捕まり、黄月がその首に爪を立てる。
「おとなしく! 全員そのまま!」
 文友の言葉が式神の行動を止める。
「いつの間に侵入したのじゃ?」
「さあてな、それよりもここでやりあうか? おめえたちの信頼も無くなるぞ?」
 黄月が老人に言い放つ。
「よせ」
 式神が行動しようとするのを老人が止める。たぶん、人質のあきらを無視して攻撃しようとしたな。
「行かせてやれ」
 老人が式神に指示を出す。式神は刀を収める。
 ナツは去り際に彼らを見て、妖怪たちと連れ立って部屋を出て行く。
「どうやって入ってきたんだ?」
 建物内を移動しながら、いまだ人質状態のあきらが詰問する。
「さあ?」
 白雲がとぼける。
「白雲が新しく見つけた“抜け穴”のおかげさ」
 黄月があきらに教える。
「最初に言っていた異世界のことか」
「うん、そう」
 白雲がナツの言葉に答える。
 庭にある藪の中に白雲が入り、疑わしい態度のナツに皆が入るよう促す。意を決して入ると、ナツは自分が夕日に照らされて影に覆われている山に囲まれた場所に立っている。
「ここが“抜け穴”の先にある“異世界”だよ」
秋の風物詩であるトンボが目の前を横切り、春に咲くはずのアブラナに停まる。季節感も何もない。常識すら無いかもしれない場所であることを理解する。
「こういう世界があることは噂には聞いていましたが」
 どうやらあきらもなじみが無いらしい。
「それと、妖怪じゃないと道に迷うと聞いています。たぶん僕らでも……」
 あきらの言葉に脅かされてナツは先導する白雲を見失わないように神経を張り詰める。
「これからどうすんだい?」
「考えがねえわけじゃねえ」
 白雲に声をかけられた先頭の黄月が足を止める。“異世界”から抜け出したので周囲は普通の風景になっている。もっとも人間には違和感が無いぐらいである。
「神社に戻ればいいんだけど、迷うことなんてあるのかい?」
「迷ってるんじゃねえ」
 白雲の追及に言い返す。
「問題があるなら言ってくれ」
 ナツが黄月に要請する。
「ほう? 神社の世話になるのは面白くないねえ。杉乃は見た目がちびっこだし」
「そっちじゃねえ、神社には戻らない」
 文友の言葉に意外な答えを返す。
「ではどこに?」
「別の安全な場所に向かう。ちょっとした宮殿にな」
 妖怪たちは黄月の文友への返答に納得したようだ。人間2人には何のことかわからない。
 ナツたちの向かった先は、神社とは反対方向である。ナツの記憶では、そちらの地域はまだ未開発の場所で谷や沼地などが多い、と覚えている。
 ナツがあきらのほうを見るが彼女は少々呆れているように見える。彼女はこれまで振り回されたばかりだからであろう。
「ほら、あそこが宮殿、というやつだよ」
「大きな屋敷に見えますね」
 白雲の言葉にナツではなくあきらが答える。人質ではあるが相応の好奇心はあるようだ。
 広い湖を横切った先にはヒザまで繁茂した草むらがあり、そこに屋敷を見ることができた。和風の建物だが、ショッピングモールぐらいの大きさはありそうだ。
「とりあえず、話をつけてこなきゃいけねえ」
 そう言って黄月は一行よりも先に進んで、門番の脇にいる者たちに近づく。ナツの目には和服を着ているだけの普通の人間に見えるが。黄月は門番たちと話し始める。
「妖怪ですね」
 あきらが話しかける。ナツがうなずく。本のせいか彼らから人とは違う気配を感じる。
「大丈夫なようだ」
 黄月が離れて止まっているナツたちに入るように手招きする。
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