第7話

文字数 12,428文字


 朱音が黄月たちを連れてくる。
 黄月たちは妖怪本来の狐と狸の姿に戻っている。
 この周辺は夕方になると人がいなくなるから、妖怪の姿を見せても大丈夫らしい。

「どこ行ってたんだ?」
「そりゃ年寄りの散歩につき合ってたんだよ」
「俺は小僧のお守りだ」
 黄月が言い返す。

「よくいうよ~、滅多に来ないから迷った、って言ってたじゃない?」
「言ってねえな、お前の聞き違いだ」
「覚えているよ、ちゃんと、どこかの暴力狐よりか覚えているって」
 黄月がそう言った文友をにらみつけて黙らせる。

「尋問は終わったんか?」
「終わった、色々と聞き出した」
「そうか」

「何かを見つけた、と言っていたな」
「ああ、そのことだが、こういう長方形の箱を見つけてだな」
 黄月がビルで見つけたものについての話をする。
 手振りで大きさを説明する箱は長くて、刀の一本でも入りそうだった。

「それで、こういう感じの文字が書かれていた」
 さらに、箱に描かれた謎の文字を、説明して描いて見せた。
 その文字はナツにとって見慣れないものだった。

「俺には読めない文字だ」
「どこで見つけたんだ?」
「ビルの社長室に入って、あさってたら見つけた」
 ナツが本の力を使って文字の解読をする。

「空っぽだったが妖気を放っていたな」
「ずいぶんと危ういことをするなあ」
「ついでだ」
「そうじゃなくて、あの時はまだ社長を襲撃する計画というのが本当かどうかわからないところがあったわけで」
「俺の直感では社長は怪しい奴だったがな」
 黄月は白雲の言葉を意にも介さない。

「読むことができるの?」
「本の力を使って読んでみたが封印をするぐらいしかわからない」
「文字が短すぎるんだね」
「もっと長く書かれていれば、何が入っていたかわかるんだが」
 白雲の指摘どおり、文字が短すぎて全体がわからない。

「他の文字は消えかかっていてたな」
 おそらくは陰陽師のような術師たちが使っている呪術文字だろう。
 文字が消えていたので、中に入っていたものを取り出すことができたのか。
 あるいは、何らかの警告文か。

「これって武器かな?」
「社長が妖怪のことを知っていたら身を守る手段にはなるけれど」
「これからとってくるか?」
「ビルにもう一度侵入するのか?」
「良くないよ、社長が行方不明になって警備が厳重になっていると思うし」
「それに、黄月が見つかったら知らない人のふりをしなければならないし」
 文友が余計なひとことを黄月に言う。
「俺にとってお前は、重要人物だからな。くだらねえこと言ったら、死ぬまで追いかけてやるぜ?」
 黄月が手の爪を伸ばしてちらつかせる。

「この神社の主は長生きしているから聞いてみたらいいかもしれない」
「杉野の奴か、まあいいだろう」
 ナツの提案に黄月が爪をひっこめる。
 神社の巫女をしている杉野はこの仲間たちの中でもとくに長生きしている。
 おそらくは黄月の見つけた箱についても知っているかもしれない。
 手分けして探そう、という白雲の意見に従って二人ずつに分かれて神社の中を探す。

「朱音を一人にしておくと心配だから、一緒にいてやって」
 白雲がそういって朱音とナツを一緒に行動させようとする。
「あにき~、私はそこまでダメじゃあないよ?」
「僕はひとりで探すから」
 白雲が朱音の意見を無視して話を進める。
 黄月と文友は早々にコンビで探しに行ってしまった。
 こうして三方向に分かれて探しに向かう。

「あにきはああ言ったけど、そんなことないよ」
「そうだな」
 ナツと一緒に探す朱音が隣に来て歩調を合わせる。
 白雲の気遣いは無用のものである、と兄妹以外はみんな言っている。
「そんなことないからね」
 朱音が強い口調でナツに念を押してくる。
「大丈夫だ。心配ない」
 ナツは朱音の気持ちに気圧される。



 二人は意外と広い神社内部を歩き回る。
 神社の朱塗りの柱は塗り替えたばかりで色あせていない。
 このような赤い建物など街中では見ること無いが、このような神社では似合っていると思ってしまう。
 聞いた話によれば神社は数百年の歴史を持っているが、しっかりしたもので風雨に耐えている。

 朱音の頭からは見た目よりも厚さのない猫耳が髪の毛から伸びていて、ときどき動く。
 朱音の場合は猫耳よりも赤っぽい髪の毛のほうが目立っている。
 季節のせいか手足がむき出しになる活動的な服を着ている。
 彼女のおとなしい服など見たことがない。
 白雲は朱音の服装を似合わないと言っているが、朱音は兄の倍ぐらい動き回っている。

「あたしも、ここでたまに働いているんだよ」
「ここの神社で巫女に衣装を着て?」
「うん、そうだよ~」
「そうか、家事を頑張っているから、料理のバイトでもしているのかと思っていた」
「そっちのバイトもするけど、ここでもやってるんだよ」
 妖怪の仲間と一緒に働いた方が落ち着くのかもしれない。

「杉野に働かされるのなら厳しそうだ」
「そんなことないよ? 優しいぐらいだよ」
「そうか。俺たちが事件解決で一緒に行動するときは顎で使われたりするけれど」
「たぶん、アニキたちが敬わないからだよ。リスペクトが足りないって」
「白雲たちにリスペクトなんてあるかなあ」
 ナツの印象では見下さないけれど、一方で尊敬もしない、という感じだ。
「たぶん、あるよ、きっと」
 朱音が自信のかけらもなく答える。
 
 ナツたちは雑談しながらあちこち探し回って、ご神木の近くにまで来た
 ここの神社のご神木も同じぐらい樹齢である。
 その木は神社でご神木扱いされていて、数百年の樹齢があり、人が乗れるほど大きくてしっかりしている。
 その木の近くに小学生ぐらいの年齢の巫女がいて、一緒に白雲もいた。

「あにき~」
「ずいぶん早く見つけたね」
「そりゃ、こういう探し物は得意だもの」
「もっとゆっくりしていてもいいんだよ?」
「あにきは人間関係なんて気にしなくてもいいの」

 ナツたちが探している杉野はご神木の化身である。
 少女の外見をしているが、見た目とは逆に中身は年相応の落ち着きがある。
 巫女に扮してこの神社で働いていて、主に妖怪絡みで訪ねてくる人々に応対している。

「杉野ちゃんも一緒だね」
「“ちゃん”付けはよさんか」
「え~、いいじゃない」
「良くない」
 ナツも近寄って杉野に声をかける。
「今日、会うのは二度目だ」
「うむ、顔を見るだけならな。ともかく、ちょうど良いところに来た」
「白雲から話を聞いていれば手間が省けるけれど」

「まあ、だいたいのことは聞いた。それよりも、話したいことがあったのだ」
 杉野はいつもこの年寄りみたいな話し方をする。
 偉そうな態度に思えるが、ご意見無用の黄月も一応は彼女に従うので、それだけの根拠があるというわけだ。
 彼女と知り合ってまだ日の浅いナツはそこまで納得していない。

「お前たちの捕まえた峠神のことだがな」
「あいつのことなら解放することで決まった」
「わしの意見としては封印してしまってもよい」
「今すぐにというわけではないし、取引をしたのだが」

「封印したほうが人間のためなのだがのう」
 杉野が不満そうな態度で腕を組む。
 木の精霊である杉野は神社にいて人間の味方として生きてきた。
 だから、いつも人間寄りの意見を言う。
 この地方の妖怪勢力の中では一番人間に味方をしているのだ。

「約束した以上、撤回は無理だ」
 約束を破ってばかりいたら誰も信用しなくなる。
「わかっておる。しかし、お前の判断ひとつじゃからのう」
「監視も付けるから、今回は俺の決定を通してほしい」
「うむ」
 杉野が渋々というほどでもなく、むしろナツの反応を予測していたらしく、おとなしく引き下がった。

「ようやく来た」
「どうせ、ここにいると思ったぜ」
 黄月と文友が疲れた様子で近づいてきた。
「それを知っていて、なんで、時間がかかったんだ?」
 ナツの問いかけに黄月がうんざりしながらそばにいる化け狸の文友を見る。
「それはね、僕が推測を立てて引っ張りまわしたせいだよ」
 文友はまったく悪びれずに言う。
 どうやらいつものように文友に振り回されていたらしい。
 こういうときの文友は本気なのか、わざとなのかわからない。

「ま、すべてこいつのせいってことだ」
「黄月だって否定しなかったじゃん、ここは鼻が鈍るから、僕の推測を当てにするって」
「これからは当てにしねえ」
 黄月が化け狸をにらみつけながら言う。

「ま、それはさておき、黄月が見たという品物についてじゃがのう」
「俺が社長の部屋に侵入して見つけたものだ」
「侵入したって言っちゃったよ。偶然、見つけたと思ってたのに」
「黙ってろ」
 黄月に怒鳴られて文友が肩をすくめる。

「剣が入りそうな長い箱があったといっていたが」
「黄月の話では、そうらしい」
 黄月の勘がどこまで当てになるかわからないが、品物の正体が無難なものだといいが。

「わしの知識が確かならそれは大昔この地方にいた大鬼の物だ」
「その大鬼の所持していたものということは、所持していた社長は妖怪なのか?」
「違うだろう、大鬼は封印されているはず」
 杉野はいつになく真面目な表情で話を続ける。
「かつて、この地方で暴れていた大鬼は、妖怪たちを支配するための強力な道具として剣を作り上げた」

「社長がそれを利用すれば妖怪を操ることができるかもしれないな」
「そうだな」
「それで、大鬼はどうなったの?」
 朱音が身を乗り出して声を挟む。

「自分の作った剣を奪われて封印された」
「じゃあ、それが人間の手に渡ったの?」
「剣は人間が所持していたが、混乱の歴史の中で失われたらしい」
 箱の外見と箱に書かれていた昔の文字で判別できた、と付け加える。

 文友の父親が人間の攻撃をまったく寄せ付けないぐらい狂暴だった現役の頃に、その大鬼と戦って、手を焼いていたほど強い相手だった、という。
 人を殺すことなど何とも思っていなくて、人間の骨を山のように積み上げて丘が出来上がったという伝説が町に残っている。
 妖怪たちの間に起きた歴史は、現代において単なる昔話になってしまっている。
大鬼は最後に、人間たちの注目を集めて討伐された、と昔話は語っている。

「剣は大鬼の封印を解くことができるのか?」
「方法さえわかれば、解くことはできるだろう。もっとも、その後どうなるかわからんがのう」
「社長が最後の手段として大鬼を封印から解いたらまずいな」
「そもそも操れるかどうかさえ疑問だぜ」
 黄月が嫌味と皮肉を混ぜ合わせて横から言う。

「支配できなければ暴走して、復活した凶悪妖怪を相手にすることになるのう」
 動揺を隠しながら全員で相談する。
 ともかく、社長だろうが大鬼だろうが、この事件の黒幕を探し出さないといけない。
 探すのならば手がかりと場所がわからないといけない。
 まずは、捕まえた妖怪から捕まっている秘書の居場所がわかったからそこに向かう。
 そんなことを話していると杉野が近づいてきて話しかけてきた。

「それともう一つ」
「他に何かあるのか?」
「大勢の妖怪たちが相談に来ておる。近々、おぬしらが暴れることをかぎとったのだろう」
「暴れるなんて、物騒なことを」
 不服に思うナツが抗議の声を上げる。
「じゃが、事実じゃろう? 過去には何度もやっておる」

「暴れるのは最終手段だ。平和的に解決しようとしている」
「できる限り、な」
 黄月が余計なひとことを挟んでくる。
「ともかく、そういう神社に集まった奴らとケンカなどせんように」
「そのつもりだ」
 そういうことで一番信用ならない黄月が答える。
 いつも攻撃的な態度をしている黄月がおとなしかったことなどない。

「穏便にな」
「穏便にするけれども、相談に来た妖怪たちが、ケンカを売ってくるの?」
白雲が疑問を投げかける。
 もっともなことである。
 自分の身を守れない、戦えない、だからこそ神社に来ているはず。
 そこに居合わせた元凶に戦いを挑むほどの元気があるものなのか。

「誰もが戦いを好んでいるわけではないからのう」
 杉野が苦渋の感情を含んだ答えを返す。
 実力不足の妖怪たちは嘆くしかないのだ。
「いらだちを感じる妖怪には“ナツが問題を解決してみせる”と伝えてくれ」
「わかった、伝えておこう。文友の父親も動いているから抑えは効くが」
 杉野が言葉を切って全員を見渡す。
「なるべく早めにな」



「警察の動きを無視して良いものかね?」文友
「どのみち警察は動けないさ。しっかりした証拠が無いからね」白雲
 そう言って白雲が目的の一軒家を見る。
 尋問から得た情報ではここに連れ去った秘書の静川をかくまっているという。
 その家の外装は、青い塗装で、年月のせいで色あせている。
 一階建てで周囲には低い灌木が生えている。
 自分たちが身を隠す場所はなさそうだ。

「まあ、相手側に妖怪がいるのは情報からわかっていることだしねえ」
「とりあえず全員つかまえちゃえってこと?」
 文友が白雲の考えを見透かして言う。
「俺たちは、単に様子を見に来ただけ」
 ナツは自分たちの責任回避をするために遠回しな物言いをする。
「ああ、相手がすこしだけ痛い思いをするがな」
 黄月が爪を伸ばしながらもこれから起きる喧騒に喜びを隠しきれない。
 すでにナツ以外は妖怪の姿に変身している。
 もしもこんなところを他の人間に見られたら、とナツは心配する。

「周囲の家は留守だ」
「そうそうオレたちがちゃんと確認してきたから」
 ナツは黄月たちの言葉に納得する。
 4人は周囲を注意しながら家に近づく。
 周囲を見回しても、人はいない。
 黄月が先頭に立って目標の家に近づく。
 
 隠れ家である家は4人家族で住むには狭いくらいの大きさだ。
 周囲は静かで素人である自分でも隠れるのに最適な場所とわかる。
 家と家の間隔が離れている上に、静かすぎるぐらいで本当にこの近所に人が住んでいるのかどうかもわからない。

「このあたりは街の中でも古い場所なんだよ」
 白雲が街の歴史知識を披露する。
「だから、働かなくてもいい人か、老人か、そんな感じの動き回らずに済む人たちの住宅街なんだよね」
「地元の妖怪にもなじみの場所なのかもな」

 十分に近づくと白雲が黄月に代わって先頭にたち、玄関の前に来る。
 自分の体毛を抜いてそれを妖力で針のように伸ばす。
 そうして針を鍵穴に突っ込んで開けようとする。

「こういうのは妹が得意なんだけどね」
 他の者はドアの周囲に隠れつつ周囲を警戒する。
 情報では、ここには妖怪の“関係者”しかいないということだ。

「中にいるな、臭いでわかる」
 黄月が家の中にいる“関係者”を嗅ぎ取る。
「開いた」
 そう言うと白雲は静かに玄関を開ける。 
 静かにナツたちが内部に突入する。
 
 入った玄関の壁はくすんだ黄色をしている。
 薄暗く明かりはついていない、廊下のじゅうたんに人間のものでない足跡をナツが見つけた。
 それは随分と重量がある何者かが踏んだようで、爪のはえた指の跡が残っている。
 
 さらに、玄関の隅に割れた木製の熊の置物がある。
 すごい力をくわえたように見える。
「握りつぶされたみてえだな」
 その壊された置物を見た黄月が小声で言う。
 この廊下は広くないし、長くもない。
 廊下を進んだ奥に部屋があるのが見えた。
 さらに廊下の途中の壁にもドアが付いている。
 部屋の中を確認しなくてはならない。
 
 ナツは黄月たち二人に先の部屋を確認するように促し、ナツと白雲はドアの脇に控えて、慎重に開こうとする。
!!
 奥の部屋で物音がした。
 つぎに聞こえたのは誰かが裏のドアを開いて走っていく音だ。
「気付かれちまった、追いかけるぜ」
 奥の位置にいた黄月と文友が追いかけ始める。

「うわっ!」
 白雲の驚きの声と共にドアが破られて、その破片が降りかかる。
 ドアを破って出てきたのは、ナツよりも背が高く、角が頭から生えていて、鋭く伸びて短剣のような牙を口から出していた。
 影のような黒い肌をしていて、厚手の腰布を巻いただけだ。
 見たところ武器は持っていない。
 その妖怪はちょうどナツと白雲の間の位置を占領することになった。
「こいつは裏鬼っていう妖怪だよ」

“裏鬼”は、ナツたちの住んでいるこの地方特有の妖怪である。
 ある裏通りで僧侶ばかりを襲う何者かがいるという噂が広まった。
ある僧侶がそれを知らずにその裏通りを通った。
 そこで僧侶は何者かに取りつかれそうになった。
 一心不乱に念仏を唱えると、憑いたものがいなくなった。
 ほっとしたのもつかのまで、今度は、凶悪な鬼が姿を現した。
 生きた心地もせずに観念して仏へ祈ると、雷が鳴って鬼は雷に撃たれて倒れた。

 このように、正体について知っている白雲が「裏鬼」の背後から解説してくれる。
 二人で挟むかたちになっているが、すれちがう幅が無いから、二人で協力というわけにはいかない。
 ナツは本の力でまっすぐな剣を出現させてこれを構える。

 剣は自分の胸から地面まで届くので1メートル以上の長さがある。
 日本刀のような見た目にすることもできるが今回はこの形にした。
 これは霊力で生み出すものでどんな形に作り上げてもいいのだ。
 網の形にして相手を魚のようにとらえることもできる。

 対する裏鬼は腕が太く、胴回りが数人分もある。
 裏鬼がナツをにらみつけながら、距離を詰めてくる。
 白い帯のような体毛を伸びてきて裏鬼の太い胴体を絡めとる。
 白雲が背後から援護をしているのだ。
 見たところ裏鬼はそれをほどくことができずに両腕を振り回せない状況だ。

 チャンスと思ってナツは切りかかる。
 突然、裏鬼がナツを無視して、方向を変えて背後に向かって走り始めた。
 白雲は避けられないので、さらに後ろに退く。
 体当たりするつもりか?
 二体の妖怪が玄関を破って、外に出る。
 ナツはそれを追いかけて外に出る。

 白い毛並みの化け猫と黒い肌の裏鬼が取っ組み合いをしているのが見えた。
 裏鬼はナツに背中を向けているのでこれに攻撃をする。
 距離を詰めて剣を振りかぶって切りかかる直前、裏鬼がナツのほうに注意を向けた。
 慌てて白雲から離れて、距離を置く。

「大丈夫か?」
 ナツが白雲に声をかける。
 怪我などはしていないように見える。
「大丈夫だよ、ちょっと油断したね」
 玄関を壊した音は周囲に聞こえたはず。
 近隣の住民は前もって不在であることはわかっている。
 逃げた者を追いかけた黄月たちが戻ってくる気配はない。
 おそらく彼らも手こずっているのかもしれない。

「こいつを倒して、早く黄月たちの応援に向かわないとな」
 ナツが内心の焦りを隠しながら白雲に言う。
「させるかよ!」
 白雲ではなく、いかつい顔の裏鬼が怒鳴り返す。
 
 裏鬼が呪文を唱えると一本の剣が宙に現れた。
 ナツの剣とは違って幅広で刀身も短いものだ。
 剣は踊るように舞った後にナツの方へとまっすぐに飛んでくる。
 自分に向かってくるであろうと予測していたナツは剣の初撃をかわす。
 剣は背後に飛んで行ったあと、軌道を変えて再度ナツのほうに向かってくる。
 ともかく避けるしかない。
 
 白雲のほうは裏鬼の背後から体毛を伸ばして絡めとろうとしていた。
 裏鬼もそれを察知して、体を縛ろうとする体毛を払いのけようとする。
 なかなか捕まえることができないでいる。
 鬼の注意が白雲に向かっているならば、と。
 
 ナツは鬼に向かって距離を詰めようとする。
 裏鬼の頭上にさっきのとは別の剣が出現してナツは足を止める。
 それは最初のものと同じようにナツに向かって飛んできた。
 今度のは紙一重でかわす。
「大丈夫かい?」
 白雲が心配してナツに声をかけてくる。
「ああ。どうやらこの妖怪は剣をいっぱい投げつけるのが得意なようだ」
 裏鬼は答える代わりにさらに剣を増やす。
 
 その後も剣は増え続けて5本の剣が飛ぶようになった。
 白雲も剣の攻撃をうまくよけているが永遠に回避行動が続くわけではない。
 ナツが裏鬼の様子を見ると、つよがりの言葉も発しない。
 相手にとって有利になっているはずなのだが。
 先ほどは剣がすぐに軌道を変えて襲ってきたが、今の動きは一本だったときと変わって軌道を変えるのが遅くなっている。
 軌道を変える瞬間が遅いので距離が開いて、予測しやすくなってきている。
 
 剣が増えれば増えるほど制御が難しくなっているのかもしれない。
 それならば、とナツは決意する。
 剣の動きを予測して、飛んでくるのを避けて、すぐに手を伸ばして剣の柄をつかむ。
 ナツは裏鬼に向かって奪った剣を力まかせに投げつける。
 この予想外の動きに裏鬼は呆気に取られて反応できない。
 飛んできた剣が裏鬼の肩口を切り裂いた。
 
 裏鬼はその場に倒れこんでしまった。
 空中の剣が動き回るのを止める。
 避け続ける苦労がなくなってナツは安堵する。
 白雲のほうはすばやく裏鬼に近づいて、毛針を両手持ちの大きなものに変化させて裏鬼の面前に突きつけた。
 裏鬼は観念したようで先ほどまで放っていた怒り混じりの殺気が消えていく。

「こいつを封印して二人の応援に行こう」
 裏鬼が術を解いて剣が消えていくのを眺めながらナツは言う。
「その必要はないぜ」
 声のしたほうを見ると黄月と文友が女性を捕縛して連れてきた。
 どうやらナツたちの援護の必要は無かったようだ。

 黄月が連れてきた女の外見は整っていない髪の毛をしていて大雑把な人間性を感じさせる。
 さらに乾いた心を投影しているかのような潤いのない肌をしていて、強気な態度には臆病さがまったく感じられない。
 白雲が持っていた似顔絵を示す。
 その絵を見ながらナツは女性に声をかける。

「本名のほうで呼ぶべきか、それとも偽名で言おうか?」
 妖怪に誘拐された秘書の似顔絵と目の前の女性を比べる。



「つまりはすべて社長の仕業ということでいいわけだね」
「そう」
 ナツは女を睨みながら言う。
 白雲とナツは天狗火を連れてきて尋問部屋にいる。

 外は日が落ちて暗くなっている。
 それで部屋は電灯の明かりで照らしている。
 太陽の光とは違いが出る。
 このように尋問している状況では電灯が薄気味悪く感じられるだろう。

「社長が妖怪を支配する道具を手に入れて、自分の会社を大きくしようと企んだわけだ」
「そう、そしてこの葉上という女が証拠隠滅のために変装して近づいて、殺しを手引きした」
「すべてを推理するとそうなるねえ」
「立派な殺人犯だ」
 ナツと白雲は一方的に話を進める。
 芝居かかった白雲の態度は尋問相手に揺さぶりをかけるためである。

「手引きじゃなく、何をつかんでいるか調べたかっただけよ」
 誘拐された静川の振りをしていた葉上という女は言い返す。
「妖怪を利用すれば、悪事の証拠もなく会社の拡大ができる」
 ナツの言葉に葉上が沈黙してうつむく。

「直接の罪はなくても、間接的に殺人をしたことになる」
 人間のルールならば殺人の罪にはならなくても手伝ったということで重い罪になる。
 だが、妖怪が間に入っているせいで、人間のルールでは裁くことはできない。
 妖怪の関わっている部分は証拠にならないからだ。

 ナツには他にも疑問があった。

「なぜ、俺たちを狙う?」
「そういえば、なぜか僕らを狙っていたねえ」
 ナツの質問に同意した白雲が腕組をしながら葉上を見下ろす。
 相手を混乱させるために言ったのではない。

 葉上は答えない。

「この石には天狗火が封印されている」
 ナツは天狗火の封印された石を取り出して手でもてあそぶ。
「ここで封印を解いてもいいんだぞ?」
 完全に脅しである。
 あまり手段を選んでいられない。

「面会人、いや面会妖怪というわけだねえ」
 白雲が穏やかに嫌味なことを言う。
 そう言いながらも横目でナツのほうを面白そうに見る。
 彼は下手な芝居だねえ、と言いたいのだろう。

「妖怪たちの噂で、同じように妖怪を支配する者がいるという話があった」
 観念した葉上は低い声で語り出す。
「社長は邪魔になると考えたんだ」
「ふんふん、襲撃はニセモノで、本当は僕らを狙った攻撃だったわけかあ」
 白雲が呆れた様子だ。
 それもそうだナツも呆れてしまって息を吐きだした。
 あれだけ物々しい警備までしたのにすべてが演技だったのだから。

「社長を探さないといけないねえ」
「まったくだな」
 すべての黒幕は田島社長だということがわかった。
 最後に残った者は彼だけだ。
「逃げた社長はどこにいる?」
 ナツが葉上に聞く。



 神社に近隣の妖怪たちが集まってくる。
 人間の外見をした者もいるが、多くは動物や植物あるいは器物の姿をしている。
 煙や影のような見た目からは判別できないようなのもいる。

 ナツはすべての妖怪を知っているわけではない。
 だから、この中には自分にとって危険な妖怪がいるのかもしれない。
 普段、神社の狭さを感じたことは無いが大勢が集まると手狭に感じられた。

「大勢集まっているねえ」
「けっ、頭数が足りてればここまでする必要はないのによ」
 白雲の指摘に黄月がぼやき返す。
 どんなときでも黄月の態度は変わらない。
 そんな黄月とは逆にナツは緊張のために口の端を引き締める。

「しかたがないさ。この事件に関しては少人数で調べていたんだからねえ」
「そのほうが動きやすかったらからだ」
 白雲の皮肉に黄月が鼻を鳴らして答える。
 白雲は黄月の態度を気にせず猫髭を指で伸ばす。

「今になっては数の不足が仇になっている。だから納得してくれ」
「わかってる、期待してねえがそうも言ってらんねえからな」
 ナツの言葉に黄月が悪態づく。
 忌々しそうに黄月が牙を見せる。

 妖怪たちの集会が始まる。

 ナツは境内に集まった妖怪たちに対面する
 ざわめいていた妖怪たちもナツが話そうとするのを見て騒ぐのが小さくなる。
 しかし、完全には静かにならない。
 騒いでいる者がいる群集を眺めてナツは諦めと覚悟を持つ。

「簡単に説明は聞いたと思うが、ある企業の社長が封印された大鬼を解放しようとしている」
 妖怪たちが深刻そうに近くの者と話し始めるのが聞こえてくる。
「彼は剣の力で支配した妖怪を護衛として連れているはずだから、ここにいる者たちで追いかけて行動を止める」
 いつもは態度が悪くぼやきたがる黄月が静かに成り行きを見守っている。
 それだけ真面目な状況なのだ。

「これを放置すれば、大鬼が解放されて、剣によって支配されて、大勢の妖怪が彼らの下僕になるだろう」
 ナツは自分の顔が歪むのを感じる。
 集まった妖怪たちから不平不満が出る。
 しかし、表立って反対意見を言うものがいない。
 ナツが妖怪を支配して強制させることができるのを知っているからだ。

「戦ったほうがいいんじゃないか?」
 協力しようとう声が出てくる。
「そうは言っても、俺たちには関係ないことだ」
「しかし、大鬼が復活するとなると、この地方は戦争じみたことになるぞ? 巻き込まれるのは御免だ」
「逃げるより仕方あるまい」
「逃げても誰かが大鬼を止めなければ、いずれ他の地方にも支配の手を伸ばすぞ?」

 すこしだけ議論になる。
 顔見知りの妖怪は肯定するが、気乗りしない妖怪は否定的な意見を吐き出す。
 賛成する妖怪は、ことの緊急性を認識しているに違いない。
 否定する者たちは余計なことはしたくないらしい。

「もしも、みんなが反対したら?」
 小声でナツの脇に並ぶ文友が話す。
「そりゃ、俺たちだけでやるまでだ」
 黄月が当然だとばかりに小声で返す。

 誰も戦わなかったら、大鬼は解放される。
 それを社長が剣で支配する。
 あるいは社長が大鬼を抑えられずに返り討ちに遭う。
 どちらにしろ、この地方の妖怪を支配しようとする何者かと戦うことになる。

「ぞっとするよ、まったく」
「どうせ、俺たちは目を付けられているんだ。逃げ場所はねえぜ?」
 社長はナツたちのことを邪魔者として見ているから、逃げても追いかけてくるにちがいない。
 戦う以外に選択肢がないことを意識し始めるとナツは落ち着かなくなり、肩に力を入れ直す。

「黄月はそれでいいけれどさ」
「みんな平等にひどい目に遭うわけだからねえ」
 白雲が指先で髭を触りながら言う。
 ナツも普段から好き勝手に生きている妖怪たちを当てにしているわけではなかった。
 こういう集まりを持ったのも妖怪たちのやる気が無いのを考えてのことだ。

「どうせ最後は我らを支配するのだろう?」
 妖怪たちの小声が聞こえてきた。

 支配の本を手に入れたのは偶然自分の家にあっただけだ。
 その後、本の支配を嫌う妖怪に襲われて、撃退した。
 襲った妖怪たちは本を持つ者は同じ精神性を持つ、と話していた。

 支配欲については否定しない。
 しかし、それだけでがすべてではない。
 人生経験上、何度か人をまとめる立場になってその難しさに痛感させられた。
 これは支配者でなく、いち個人の頼みである。

「支配はしない」
 ナツは妖怪たちの顔に浮かんだ感情を眺めていく。
「これは命令ではない。だから協力するかどうかひとりひとりの考えに任せる」
 もしも、本当に誰も協力しなかったら? 
 そのときは自分一人で戦うしかない。
 社長はナツのことを敵として認識しているのだ。
 生かしておくはずがない。

「わかった協力しよう」
 少し間をおいてから言い出す妖怪が出てきた。
 それに続いて大勢が協力を申し出てくれる。
「どっちの支配がマシか、という問題があるからな」
 妖怪たちの誰かが言った。

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