第1話 「天狗火の秘密」

文字数 8,792文字

「いや~、満足したね僕は」
「満足したなら、別のことをしよう。もう十分だろ、文友」
 ゲーム機のコントローラーを置く。
「ナツ、待てよ。新記録のデータを取っておかないと」

 文友と呼ばれた狸が慌てる。
 普通の狸と違ってやせていて犬のように見える。
 実際に痩せ狸と仲間の黄月に言われている。

「妖怪は外で遊ぶものだと思ってた」
 ナツは多少の悔しさを込めながら言う。

 ゲーム機は昔に発売されたもので、丈夫なのが取り柄のようなゲーム機である。
 使われているソフトはレーシング系でナツはこのタイプのゲームを苦手としていた。

「今の世の中は狸には厳しい。遊び場もないし~」
 あっけらかんとしたものだ。ナツも拍子抜けする。

 妖怪は大昔から存在する“何か”である。
 様々な怪現象を起こすことで知られているが、姿かたちは動物だったり植物だったりしてはっきりしない。
 この舞網町にも大勢住んでいる。
 人から隠れて住んでいる者もいるが、目の前の化け狸のようにすぐ近くで生きる者もいる。

「本当に遊びに来ただけか?」

 遊び場が無いとは言うけれど、それは人間社会の街の中に限ってのこと。
 街の外に出れば森があり、何よりも彼の父親の住んでいる寺は敷地が広い。
 外で遊べないということはない。

「う~ん、鋭い」
「家から逃げてくるほどの事件を起こしたのか?」
「そうじゃないさ、たいしたことないよ」

 ナツの目の前の狸の姿が変化して、漬物石が出現する。
 化け狸はこのように色々な物に変身する力を持つ。
 石はそのまま小さく円を描くように転がる。

「姉ちゃんの酒瓶をひっくり返しただけさ」
「それは怒るにちがいない」
「あれは、きっと安酒だよ。そうにちがいない」
 一縷の望みをかけるように推測を言い始める。
 
 今、ナツと文友のいる部屋は、たたみ敷きの和室で長いテーブルが置いてあり、障子とふすまで隣の部屋と遮られている。
 年代を感じさせる部屋で一番新しいのはゲーム機だろう。
 そんな古い建物に狸の姿は似合っているが、その狸が熱中しているのが現代ゲームである。
 ナツもこの屋敷に来てから日が浅く、主である自分よりも屋敷の方が逆に主として迎え入れているような雰囲気がある。
 
 白い猫型人間のようなのが廊下から部屋に入ってくる。

「この前は、妖怪を大量に召喚して、大会を開きたいって言ってたねえ」
「白雲、あれは言葉の誤りだって」
 文友が言い返す。
 白雲と呼んだ猫はいつも笑顔だ。
 
 ナツはこの化け猫に出会ってから笑顔以外見たことが無い。
 尾は二本あって、人間の着物を着ている。
 執筆で疲れた肩を自分の手で揉んでいる二足歩行の化け猫は、気楽に誰とでも話すし、暗くなることを言うことが無い。
 小説家らしいがカタチから入っていて中身は良くないと白雲の妹から聞いたことがある。

「無理、そういうのが良くない」
 ナツは生真面目に提案を却下する。
 
 故郷に帰ってきて、この妖怪の住む屋敷を受け継いで以来、妖怪たちを無理やり動かすことを避けてきた。
 数百年生きる妖怪に比べればナツの数十年の人生などたいした長さではないが、人を動かしたり、動かされたりの経験からの判断だ。
 自分たちを精神的に支配するかもしれない物事に無頓着である妖怪たちの思考を少々疑ってしまう。

「作家の真似事はいいの?」
「真似事じゃなく本業だよ」
「完成したっていう話は聞いたことないし?」
「今日は筆が乗らないからやめとくよ」
「蜂だ」
 ナツが指さすと大きな蜂が部屋に飛んできた。

「僕にまかしてもらおう」
 手で体毛を抜いてそれを針のように伸ばす。
 部屋の天井付近を飛び回る蜂を目で追い、毛針を投げる。
 蜂は羽根だけを射抜かれて天井に刺さる。

「お見事」
 文友が歓声を上げる。
 白雲が針を付けて落ちてきた蜂を手で受け止める。
 ナツに向けてそれを見せる。
「つかまえたんだ。逃がしてやろう」
 捕まえた情けである。
 普通だったら、捕獲するよりも先に叩き潰している。

「それはそうと、さっき電話が来て森屋刑事が事件についての意見を聞きたいって」
指でヒゲをつまんで伸ばしながら白雲が話したのは事件の調査依頼である。
 ナツたちが妖怪絡みの事件について助言をしたり、解決したりしている。
 だがしかし、ナツは片付けをしている文友にコントローラーを渡しながら考える。

 事件の解決をするという義務をナツは持っていない。
 この屋敷で見つけた本によって妖怪を支配しているわけなのだが、支配されない妖怪は好き勝手して暴れるので、結局、妖怪事件を解決することになる。
 本には妖怪の退治とかについても書かれていたので、覚悟はしていた。
 今まで、何度か事件を解決したが、平和的な妖怪からの苦情はない。

「内容は?」
 ナツがいつもより後片付けにもたついている狸を見ながら聞き返す。
 負けてばかりのゲーム対戦から抜けられるので内心喜んでいたりもする。
「峠の自動車事故だって」
「本当に事故か? 妖怪が絡んでいなければ協力はできないぞ?」
「それがわからないから、来てくれってこと」
 白雲は神妙な面持ちのまま笑顔を崩さない。
 器用なものである。

「電話があったみてえだな」
 態度の悪い狐が音もなく部屋に入ってきた。
「警察から妖怪絡みの事件で協力してくれって」
「どうにも、あの刑事は頼りにならねえからな」
 そう白雲答えながらも片づけている文友のゲーム機につまづく。
「気をつけろい、黄月」
 黄月と呼ばれた妖怪狐は、化け猫の白雲より大柄の二足歩行で尾は二つある。
 毛が逆立つように性格も荒っぽく、ケンカをしながら流浪してここ舞網町にたどりついたという過去を持つ。

「俺は抜けるぜ」
 やる気をなくしたのか黄月が逃げようとする。
「そいつはないぜえ」
「うるせえ」
 怒鳴る黄月に対してナツが本を取り出して、見せつける。
 本は古いもので紙を紐で閉じたものである。
 妖怪を退治するか支配するための品物で、力を使わなくても見せるだけで恐れる妖怪もいる。

 黄月は答える代わりに唸る。
「車を取ってくるぜ」
 ぶっきらぼうに言って黄月が屋敷から出ていく。
「データのセーブができたぜ」
  黄月と入れ替わりに化け狸の文友が言う。



 妖怪とは古来より生きる存在で意志を持った動物や植物、さらにはわけのわからないものの総称である。
 この舞網町にも妖怪は存在し、人間に混じって暮らしている。

「ずいぶんと時間かかってるな」
「あの狐は年寄りだからね、やることが遅いんだよ」
 文友が面白がって黄月の陰口を言う。
 そういう態度が黄月の怒りを買う原因のひとつだろう。
「妖怪に年齢なんて関係ないだろう」
「いやいや、うちの親父も黄月の数倍生きているけれど腰痛で困っていて」
 文友が腰のあたりを手でさすって伸びをする。
 身内に腰痛を持った者のいない白雲には理解しかねるようで無言で首を振る。
「きっと黄月も体のあちこちが痛くなってきているよ?」
「そうなったら俺が困る。まだ信頼できる妖怪は少ないんだ」
「へいきへいき、百年なんて妖怪にとってはたいした年月じゃないよ」
 ナツの動揺を吹き消すように軽い調子で白雲が答える。
「年月じゃないなら、暴力の数にちがいないよ」
「この話は、その辺にしたほうがいいね」
 黄月が聞いていたら怒りそうな会話になってきたので白雲が止める。

 ナツたちが雑談をして時間を潰していたが黄月は車を持ってこない。
「しょうがないな、俺が見てこよう」
「もう黄月は本で支配しちゃいなよ」
 そう言いながら文友が妖怪の力を使って人間に変身する。

 この化け狸は小学生のような子供の姿に変身する。
 服装は活動的なものでゲームのようなインドアの趣味とは逆である。
 変身した後に、携帯ゲーム機を取り出して、そこにあるのを確認して落とさないようにポケットに入れ直し始める。
 妖怪は様々な力を持っている。
 人に化けるのも彼らの力のひとつである。

「いつものことだよ、そのうち来るから待ってよう」
 白雲もまたナツの目の前で人間形態に変身する。
 変身の終わった白雲はナツよりも身長があり、Tシャツと短パンの上に作業ベストを着ている。
 人間の時でも化け猫と同じような笑顔を浮かべているのは変わらない。

「本を使って無理やり命令すると妖怪が恨む。それを知っているくせに」
「あの年寄り妖怪にはいい薬だと思うよ」
 ナツの心配など無視して文友が言う。
「彼に付ける薬なんてあるのかねえ」
「いやいや、ナントカに付ける薬はないって」
「まあ、そこまで悩まなくてもいいんじゃない」
 文友の言葉に答える白雲が気軽にナツに言う。
「誰かが本を持っていないといけないし、放置するのも危険な気がする」
「妖怪を支配できるなんて本を持っていれば、命を狙われるようなことになるねえ」
 白雲の口調は試すように聞こえるが、どこか楽しんでいる。
 文友は待ちくたびれたようで、一度しまいこんだゲーム機を取り出していじり始めた。
「気にしすぎてもねえ。どのみち僕らが周囲にいるから妖怪だって二の足を踏むさ」
「それに期待するしかないんだな」
「オレたち狸らは文句を言いに来たりはしてないでしょ」
 文友が二人の会話に口を挟む。
 妖怪たちの噂では狸たちとナツの持つ妖怪支配の本の間にはいくつかの因縁があるらしい。
 狸だけでなく他の妖怪にも思うところはあるようだ。
「何の不満もないってことだよ。黄月の暴力だけ何とかならないかね?」
「文友は冗談で言っているから」
 頭の後ろを手で掻きながら白雲が言う。

 黄月の黒塗りのワゴン車が姿を現す。
 この車は妖怪のものではなく人間が物理的に作ったものである。
 事件で壊されることがあるので妖怪の力による乗り物に変えようと最近黄月が考え始めているのをナツは知っている。
 もっとも文友は壊されて黄月が困っているのが面白いらしく、今まで通りでいいと主張している。
 車が到着するなり、ゲームをするのを止めた文友はそれが起きるのを期待しているように車を眺めている。

「鍵を見つけるのに手間取った」
黄月が運転席から顔を見せる。
 人間変身した白雲と同じくらいの年齢のワイシャツを気崩した男の外見をしている。
 ケンカにまみれた黄月の過去は江戸時代末期にまでさかのぼるらしい。
 荒っぽい性格なのに周りが怖がらないのは、敵と味方は分けているから、らしい。
「もうボケちゃったの?」
「口を閉じてろ痩せダヌキ」



 事件現場である峠にやってきた。
 峠は曲がりくねった道で片側が山でもう片方は崖になって森が広がっている。
 黄月によればここは裏道としてよく使われている、とのこと。

「妖怪が車で移動なんて」
「お前だけ歩いていくか?」
「よしてよ、僕は体力が無いんだ。ありがたく乗せてもらうよ」
「止まってからのケンカで良かった。運転中ならもう一件事故が起きるところだ」
 黄月たちが停めた車を降りながら言い争いをする。
 昔話で狐と狸は仲が悪いとされているが、これはそれとは違うような気もする。
「ナツ、俺がどれだけ年季を積んでると思っている?」
「人力車の時代からか?」
「正確にはカゴで移動してた時代からだよ」
 もっとも黄月と文友のやり取りはいつものことなのだ。
 ナツも二人のケンカに慣れた。

「あそこに森屋刑事がいる」
 白雲が指摘するところにシワの目立つスーツ姿の男がいた。
 
 見た目も中身も頼りないのが森屋刑事である。
 交通違反の取り締まりしている警官のほうが落ち着いているという妖怪たちの評判である。
 元々妖怪に関わる立場にいたわけではないが、引退した前任者の希望で妖怪事件を引き受けるようになった。

「来てくれたか」
「相変わらず使い走りか」
「そんなこと言うな、頼りにしているんだから」
 刑事も黄月の扱いに慣れたものである。
「こんにちは」
 ナツも彼に挨拶をする。
 妖怪は数百年生きているがナツは人間で年齢も礼儀もわきまえないといけない。
「これはきっと、君たちにしかわからないことだと思ったんだ」

 事故現場は道路上で起きたから後始末が大変そうに思えたがナツたちが到着したときには普通に車が通れるほど片付いていた。
 刑事は身振りを交えて話していて、内心慌てているようだ。
 黄月が頼りない、と言っているのもこれである。

「ずいぶんと現場の処理が進んでるね?」
「ああ。君たちの正体について知られないほうがいいと思って」
 白雲に対して彼なりの気づかいを説明する。
「ただの事故なら付き合わん」
 黄月の言葉に珍しく文友が同意する。
 人間の事件に妖怪は興味を持たないものなのだ。
「珍しく意見が合ったね。きっと深いところでつながっているんだよ」
「黙りやがれ」
 道路わきのトレーラーに燃えた車両が積まれている。
 現場には捜査用のテープが張られていて、森屋刑事の協力が無いとナツたちは通れない。
「どこも人手不足なんだ」
 刑事は本当に困っているようだった。
 
 人間の噂では妖怪たちのおかげで警察が忙しくて暇もないと冗談交じりに言われている。
 けれども、ナツが妖怪側にいる限りでは人間の手を借りるほど妖怪の事件が起きているわけではなかった。
「まさに猫の手を借りる?」
「猫は確かにいるけどな」
「言い換えるなら、妖怪の手を借りる?」
「任せろ、俺の手なら空いているぜ」
 意気込む黄月の正体は化け狐である。
 
 狐と言えば人をだましたり、知的でクールな印象があるけれど黄月にはそういうものはない。
 攻撃的でケンカするのが日常茶飯事である。
 そのような黄月の存在は近隣の妖怪たちの悩みの種である。
 黄月は狐らしく狐火を使ったり、人に化けたりできるらしい。
 しかし、ナツは黄月がそれらの力を使うのをほとんど見たことが無い。

「黄月、こいつはね繊細な仕事なんだよ? わかってる?」
 憮然とする黄月に向けて文友が話を続ける。
「おたくの手じゃ、何でもかんでも壊すことになって」
「俺の手が壊すこと専門かどうか、黙ってみてろ」
 黄月が低い声で脅して文友を黙らせる。
「事故を起こした車がこれ、落ちた場所はそっち」
 森屋刑事が文友たちのやり取りを無視して話を進めようとする。

「妖気は感じるが」
 黄月がトレーラーに載っている車に近づいて嗅ぎまわる。
「これだけではね」
 白雲も黄月に同意する。
 彼ら動物型の妖怪たちは人間よりも嗅覚が働くので、妖怪の種類や妖気までも判別することができる。
「証言もあるんだ。あそこの……車を追い抜いたバイカーが、火の玉が飛ぶのを見た」
 まだ事情聴取を受けているバイカーを指さす。
「そして、現場から離れたところで車が燃えるのを見た、と言っている」
「判別不能なぐらい焼けているねえ、持ち主はわかるの?」
「一応、ナンバープレートから持ち主は判明した」
「この峠は事故を起こすことも多いし、珍しくない」
 まだ臭いを嗅ぐためか顔を近づけている黄月が否定的な見解を述べる。

「妖怪がらみじゃないのか?」
「バイクの運転手がウソつきでなければ、妖怪の仕業になる」
 ナツが黄月の言葉に動揺する刑事に静かに答える。
 手がかりが少なくて本当に妖怪の仕業かまだわからない。
「妖怪だったら、火の妖怪の仕業ってわけだねえ」
「僕は被害者の知り合いを探してみるよ」
 そう言って刑事はナツたちと別行動をとることを教える。
「無差別なのか、それとも理由があって殺人を行ったのか」
「俺のように人間嫌いにでもなったか?」
 ナツの思うところを黄月が口を歪ませ歯を見せながら皮肉る。
「いいや、どうにも納得できないところが、それが何かはわからないが」
「無差別にやったのだとしたらバイク乗りは運が良かったね」
 文友が峠から眼下に広がる森林を眺める。
「さて、聞き込みといくかな」



 事故現場から離れたナツたちは周辺妖怪に聞き込みをすることにした。
 峠の下には森林があって白雲たちによれば、妖怪はあまり住んでいないとのこと。それは逆を言えば、隠れ家にちょうど良いともいえる。
 森は乾いた印象があったけれども、実際には湿っていて森が生きているということを感じさせる。

「ある意味、これは森林浴だねえ」
「ちょうど良かった、健康について興味を持っているところなんだ」
「人の支配を離れ、街の支配を離れて、森深く」
「詩人みたい」
「本業は小説家だよ、僕は」
 慣れない場所らしく危なっかしく歩く文友に白雲が答える。
「自然こそが究極の自由だ」
「どうかな? 自由は自分で決めたほうがいい」
 先頭にいる黄月にナツが答える。

 黄月は先頭を進み、臭いで森にいる妖怪の痕跡を探している。
 彼は狩をするように臭いで追跡する、と妖怪たちの間の評判だ。
「それはどんな本の引用かな?」
「経験だよ。昔いた学校が自由を重視していてね」
「いたぜ」
 白雲とナツの会話を黄月が遮る。
 黄月が森に棲んでいる妖怪を見つけたらしい。
 一行が慎重にしながら黄月についていくと、倒れた幹の上に猫かリスのような小動物が座って休んでいた。

「この妖怪はノブスマって言ってねえ」
「ムササビに見えるな」
「妖怪なんだよ」
 白雲が説明するのはぬいぐるみのような動物に見えるのは野衾(ノブスマ)という妖怪である。
 腕と足の間に薄い膜のようなものを持っていてグライダーのように滑空することができる。
 妖怪のためかムササビよりも大きく、大人の猫ぐらいの大きさがある。
「本当に?」
「見ての通りの妖怪ですって」
「見た目が変わらんからしょうがねえよ」
 黄月のぼやきがナツを強引に納得させる。
 会話に加わらない文友が疲れたのか足のマッサージを始めている。

「聞きたいことがある、火を使う妖怪をこの辺で見たことあるか?」
「そいつのことをお探しで?」
「殺人容疑がかかっている」
「おお、それはこわいこわい」
「向こうの峠で人を車ごと焼いた」
「なるほど、で、捕まえたいと」
 意味深長にノブスマはナツの事情説明に何度もうなずく。
 ノブスマの態度を見た黄月が体をゆすり始める。
 ナツはそれが相手のはっきりしない態度に黄月がイラついている仕草であることを知っている。

「何か知っているみたいだな」
 風が吹いてきて森をざわつかせる。
 ナツが空を見ると雲が風と一緒に走り去っていく。
「雨が降るかな?」
「まだ大丈夫だろ。それよりも、じれったいから無理やり吐かせちまおうぜ」
 黄月が物騒なことをナツに言う。
 百年以上も昔から暴れていた黄月の評判は知らない者がいない。
「力まかせは良くない」
 妖怪も一律でなく、様々な者がいる。
 話し合いが通じる者がいれば、黄月のように攻撃的な者もいる。
「俺たちは犠牲者を増やすためにやっているわけじゃない」
「わかってるぜ」
 声を荒くしていた黄月が落ち着きを取り戻す。
 
 今のところナツは嫌悪感よりも好奇心が優先されている。
 だが、永遠に続くものは無い。
 長く続けば、ナツも心身共に疲れて、嫌になってくるかもしれない。
かもしれない。
 そうなったら? 
 そのとき考えればいい、とナツは前向きに考え直す。

「他に方法があるか? 文友の奴に話させて情報を吐き出させるなんてうまくいきっこねえ」
「貴重な協力者だ。まずは説得してみよう」
 
 妖怪絡みの事件を解決して回っていることは周知になってきている。
 だが無関係な妖怪に協力させるための理由が無い。
 追っている妖怪が近隣の妖怪と敵対していればいいが、そうでなかったら?
 それこそ黄月のように腕力にものを言わせて脅すか、ナツの持っている本の力で支配するしかない。

「捕まえるのは人間のためだけでない」
「他の理由とは?」
「妖怪のためでもある」
「本の力で監視している領域で暴れた妖怪だ。ルールを破ることなど何とも思っていない」
「暴れん坊ですな」
 ノブスマが横目に黄月を見る。
 視線とその意味を黄月が察したようだが忍耐を発揮して黙っている。
「なんとかしないと他の妖怪も巻き込まれるに違いない。協力してくれ」
 少し考えた後にノブスマは納得したようだった。

「つい最近、泉の近くに炎の妖怪が居ついたらしいんですよ」
「知ってるんじゃないか」
 文友がノブスマの態度に批判の声を上げる。
「いやなに、あんたらの探している妖怪と同じかどうがわからんですし」
 ノブスマは値踏みするようにナツたち全員を見回す。
「このあたりの妖怪はその話をしていまして」
「どんな奴?」
「わかりませんよ。あっしは直接顔を合わせたことは無いんで」
 ナツと黄月は無言でノブスマと白雲の会話を見守る。
 白雲に任せたほうがいい、と思ったからだが、黄月などは短気を起こさないように歯をときどき食いしばっている。

「案内できる?」
「ええ、いいですよ。そんなに危険なら何とかしてもらわないと」
 どうやら案内させることで話がついたらしい。
「こりゃ簡単に片付きそう」
 文友が調子の良いことを言う。

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