第3話

文字数 9,035文字

「人の気配がしねえな」
「そう? 気配なんて周りの建物からするよ?」
 文友が両手を広げて何かが漂ってくる仕草をする。

 ナツたちは刑事に協力するために被害者の家に来ていた。
 建物は2階建てで昭和のころから時間の流れが止まったような外観である。
 ナツが妖怪たちと一緒に暮らしている家よりも古びた印象がある。
 その古びた印象は建物がボロボロで手入れされてないためかもしれない。

「留守なのかも」
「留守なら留守で、調べやすいな」
 白雲の推測にナツが答える。

人間の姿に戻って調査を進めている。
 文友が給食室みたいな臭いがしている、と言い出す。
 この建物の近所で誰かが料理でもしているのだろう。

「昔、姉ちゃんが夕方まで帰らないと思って、部屋で遊んでいたらすぐに戻ってきてさ」
「それは災難だねえ」
「お前の姉貴はキツイ」
 文友の姉には黄月の性格も砕かれるようで、仲が良いという話は聞かない。
 もっとも、他の妖怪も苦手とする人は近寄らないらしい。
「それでね」
「誰もいないようだ。鍵もかかっていないな」
 被害者の部屋に近づいたナツが確認する。

 事件の被害者の名前は『山野辺』という。
 車のナンバープレートのからわかったのは名前と住所だけだ。
 何もかもが焼けていてそれ以外のことは判別できなかったのだ。
 後ろから付いてきている刑事は首を横に振る。
 まだ警察は部屋に入っていないらしい。

「まあ、中に誰か居ても片づけちまえばいいからな」
 黄月が両手の拳をほぐし始める。
「まだ、中に危険があると決まったわけじゃないからな」
「わかってるって」
 ナツの制止の言葉に黄月が返答するが、わかってないのは明らかだ。
 天狗火との戦いは彼にとってすっきりしないものだったから不満でも溜まっているのだろうか。

「ダメだ、わかっていないよ? この年寄りは」
「年寄りの冷や水とでも言いたげだな」
「むしろ火遊び、と言った方が」
 ここで文友を黙らせないと二人がつかみ合いのケンカをしそうだ。
「まあ、僕ら妖怪の感覚からして中に誰もいないことはわかっているんだけどねえ」
 そう言って白雲が耳に手を当てて何かを聞く仕草をする。

 妖怪の時の動物の体は飾りではない。
 動物と同等かそれ以上の感覚を所有しているのだ。
 白雲が二人の会話を遮ったために黄月が言い返す機会を失ってしまった。

「なるべく荒らさないでくれ? 後から警察が調べるから」
「大丈夫。心配ありません」
 ナツが仲間たちを代表して答える。
 もっとも完全に仲間たちを止める保障などないけれど。
「じゃあ、入るか」
「気軽だなあ、事件に遭ったとか」
 言葉を遮ってナツたちは部屋に入る。
 
 部屋は5人も入ると狭く感じられた。
 大勢いるせいで部屋の中がさらに暗くなる。
 部屋とは対照的な窓からの日光がまぶしい。
 光と闇の世界では部屋の飾りつけも古代神殿の装飾のように見える。

「散らかっているな」
 床に紙が散らばっている。
 それらには細かい文字で埋まっている。
「片づけの苦手な人?」
「だらしがないってわけじゃあないみたい、見て」
 タンスを開けると、畳まれた衣類があった。
 丁寧にたたまれた衣類を見るかぎりは、だらしないというわけではなさそうだ。
「タンスの中は荒らされていない」
 ナツがたたむよりも丁寧だ、と白雲が言う。
「誰かが入って慌てて探し物をして出て行った、というところか」
 ナツが状況から推測をする。

「はいはい、ちょいとどいて」
「何だ? 荒らすのは良くねえって」
「荒らすのが仕事みたいなやつが?」
「何だと?」
「まあまあ、静かにしたほうがいいよ近所迷惑だし」
 家族はいないようで、写真らしきものはない。
 まさに男の一人暮らしであるが、まだ一人と決まったわけではない。
「妖気も臭いもねえな」
 黄月の感覚から判断するなら、この部屋への侵入は人間の手によるものかもしれない。
 
 本の類は少ないが、カメラとその機器が置いてある。
 刑事がカメラを調べるがフィルムは入っていないようだ。

「それは書類に見えるが」
 白雲が手に取った大きな封筒から大量の紙を取り出す。
「この中に真相があるかも」
「あったら持ち去っているぜ」
 書類を熱心に調べる白雲を見て黄月があくびをする。
 この狐が退屈であくびをするときは差し迫った危険が無いときである。
 ここで手がかりは見つからないのかもしれない、とナツは思い始める。

「ふむ、こっちのほうが重要かも」
 書類から目を離して白雲が机に上にあった紙束に目を向ける。
 紙束から一枚つまんで慎重に引き抜いて読み始める。
「脅迫状のように見えるな」
「調査をやめないと殺すって」
「それで殺されたわけか」
 残りの紙束も脅迫状である。
 脅迫状には調査を止めることと、そうしないと遠回しに死ぬ、ということが書いてある。
 どうやら山野辺は脅迫されていたらしい。
「これは手がかりになるな」
 森屋刑事が脅迫状を手にする。

「被害者はどういう人だったの?」
「まだ聞き込みが始まっていないんだ」
 白雲の言葉に刑事が答える。
 黄月たちが何らかの気配を感じて玄関のほうを向く。
 玄関にメガネの臆病そうな態度の女性がいた。
 かなりの厚化粧をしていて、体を無理に押し込んだようなサイズの合わないスーツを着ている。
「何があったの?」
 誰かが答えるより先に黄月が体をタンスにぶつけて音を立てる。
 ナツが落ちてきた物をとっさに受け止める。
「気をつけよう」
「すまん」
 黄月が横目に見ると女性は怯えたようだった。
「安心してください僕は警察の者です。事情を聞きたいのですが」
 森屋刑事が安心させるようと話しかける。
「ところでさっきの話の続きを聞きたい? 姉ちゃんが部屋に戻った後に何が起きたのか」 
 ナツは受け止めた物を元あった場所に戻す。
「ひどい目に遭ったということはわかる」



 ナツたちは刑事が女性から事情を聞くのを遠巻きに眺めていた。
「黄月が脅かすから僕らが遠巻きにされたんだよ?」
「体をぶつけただけだ」
 文友の批判を受けても黄月は動じなかった。
「何か聞き出せるかな?」
 批判する二人を放っておいてナツは白雲に聞いてみる。
「期待しないで待ってみましょう」
「まるで期待してないな」
「それはね、事件が計画的である可能性が出てきたからだよ」
 
 ナツと白雲の傍らでは、批判を止めた文友が好きな料理について黄月に聞いている。
 明らかに黄月が嫌いそうな物をしつこく言い並べている。
 料理の名前を言うたびに黄月の顔がどんどん不機嫌になっていく。

「計画的だからなんの証拠も残さないし」
「まあ、確かに俺たちが現場に到着しているときには事件が始まっていたからな」
 最初に現場に来た時は通り魔的な妖怪の仕業と考えていた。
 実行犯である天狗火を捕まえたところ他にも仲間がいることがわかった。
 相手は計画通りに動いていて、ナツたちは後手に回っている。
「あの人も無事でいられるはずないんだけどね」
「確かに部屋は荒らされていたな」
 その人間の女性は落ち着かない様子で刑事の質問に答えている。
「妖怪を支配するだけでなく人間にまで巻き込むとはね」
「俺にとっては人間なんてどうでもいい存在だ」
「よく言うよ、人間相手にでもケンカを売るくせに」
「向こうが勝手にケンカを売ってくるだけだ」
 黄月がぬけぬけとケンカ相手に責任転嫁する。
 ナツが知る限り黄月がケンカを売ったことは無い。
 相手が暴力を振るうぐらい怒らせたことは数えきれなかった。

「いっそのこと黄月も支配してもらったらいいよ、暴力が減る」
「できるかよ、そんなこと」
 文友が自分の頭に向けて指を動かし支配される仕草をする。
「それに支配したからと言って殴り合いが無くなるわけじゃねえ」
「あれまあ、それなら支配の意味がないね。逆にそこまでして妖怪を支配したがるもんかね?」
 会話に退屈した黄月が、人間の住居はどこも同じでいい感じがしないとかぼやき出す。
 そんな黄月の態度を見ながらもナツ自身も指が神経質に動いて心中が穏やかでない。
 仲間たちからすれば妖怪を支配して利用している者は悪かもしれないが、ナツにとっては自分の悪い見本を見せられているようなものだ。

「なぁに? どうしたの?」
「文友の言っていることさ。妖怪の支配は結局のところ恨みを残すんだろうな」
「そうは思わないよ」
 白雲は気にもせずに笑顔のままだ。
「支配してもヒドイことをしなければいいのさ」
「それをしないという保障はない」
「ふむ」
 答える白雲は言葉で納得しているようだが、表情は変わらないままで、やっぱり何も気にしていないようだった。
 ナツはときどき白雲が本当に何も考えていないのではないか、と思ったりする。
「状況は違っても支配されるような生き方をしてきたからな」
 ナツは胸の内の感情を息と一緒に吐き出した。
「でも実際に大勢の人間がそれを手に入れてきたわけだからね。持っている奴の全員がヒドイことをしたというわけじゃないよ」
「そうなればいいけど」
 言い争いに飽きたのか文友たちがナツたちのほうにやってきた。
「黄月の奴が飽きたとか言い出したよ?」
「ここで突っ立っててもしょうがねえだろ?」
「帰るか、尋問で絞り上げるかしたいって」
「もう少し待てよ、こういうのは時間がかかるもんだ」
 そう言ってナツが黄月の気性を抑える。

 文友が自分の肩のあたりを手で掻き始める。
 タヌキや他の動物たちが足で体を掻く仕草に似ている。

「話に参加するわけじゃないし、何かを聞き出せる様子でもないし」
「ほれほれ暴力が状況を悪くしたんだから」
 文友と白雲が油を注ぐようなことを言い始める。
「だからこそ、俺は帰ったほうがいいと言ってるんだ」
「こんな壊すだけの狐の趣味が、なぜ日曜大工なんていモノづくりなんだろうね?」
 黄月が自分の趣味について答えずにうなる。
「何でもいいんです、気付いたことがあったら署のほうに連絡をください」
 離れているのに刑事の声がやけに大きく聞こえてきた。
「聞き取りが終わったようだ」



「相変わらずここは静かなこと」
 ナツたちは地元の神社にやってきた。
 この神社は訪れる者がいないとき周囲の古びた木々に気おされるように静かになる。
 家のほうに戻っても良かったのだが、妖怪たちが訪れる神社のほうが情報集めに良いと判断してのことだ。
「ここは昼寝するのにちょうどいいんだがな」
「ここはそういう場所じゃないよ、神社と書いてねぐらって読まないよ」
「俺にとっては同じだ」
 黄月はたまにこの神社で昼寝をしていることがある。
 そして神社の住人たちに迷惑がられて追い出される。
 住人である妖怪たちもすっかり慣れている。
「そのうちここを出入り禁止になるよ?」
「もうなっていたりして」
 声をかけた赤毛に猫耳の少女がこちらにやってくる。
 衣服も赤色で動きやすい服装をしている。
「あにき、事件は終わったの?」
「まだだよ、朱音」

 朱音は白雲の妹であり、彼と同じ化け猫である。
 自由奔放な性格で兄と違って彼女は本当に何も考えずに生きている。

「解決はこれからだ」
 ナツの言葉を聞いて朱音が何度もうなずく。
「封印した天狗火はおとなしくしている?」
「うるさいくらいだよ」
 この兄弟はナツが初めて出会った妖怪である。
 人間に友好的な妖怪で良かった、とナツは常々思っている。
「にぎやかになっちまったな」
「そうりゃそうさ、昼寝をしている場合じゃないよ」
 黄月が文友をひと睨みした。
 朱音にこれまでの経緯を白雲が説明してやる。
「そうかわかった」
 白雲が無言でナツに目を向ける。
 あれは、妹は何もわかっていないにちがいない、という目線である。
「なによう、私だってちゃんと仕事ができるんだから」
 どうやら朱音は兄の視線に気づいたようで抗議し始める。
「いやいや無理しなくていんだよ。おにいちゃんは妹が幸せに暮らしてくれればいいんだから」
 白雲は芝居かかったような口ぶりで話す。
 それが芝居でなく本気の態度であることを仲間たちは理解している。
 朱音に対して過保護なところがあった。

「兄き、事件解決のために頭数が必要なんでしょ!?」
「でもねえ、ナツが召喚すれば数なんてどうにかなるし」
「ナツ、あたしも協力させてよ。いいでしょう?」
「いいよ」
「やった」
 朱音が喜んでいるのを横目に白雲が話を聞きたがっているようだった。
「僕が妹を大切にしていることはわかっているだろう?」
 そう話しかける白雲の言葉に怒っている様子はない。
「どのみち朱音は勝手についてくるよ。だったら近くにいたほうがいい」
 朱音は猫だけに好奇心のままに行動することがあった。
 置いていけば一人で行動してトラブルに巻き込まれるにちがいない。
「そうだねえ、君が妹を守ってくれれば問題ないからねえ」
 そう言って白雲が朱音とナツを交互に見る。
 そんな兄妹の思惑は置いておいて事件のほうに戻らないといけない。

 白雲が情報を整理して話し始める。
「森屋刑事は応援を呼んで現場を検証するって言ってたけどねえ」
「あの現場は刑事に任せて、こっちはやれることをしよう」
 ナツたちは刑事が被害者の恋人から聞き出しことをまとめようとする。
「山野辺は何かを調べていて、そのことで脅迫された」
「そして殺された」
 山野辺は脅迫されていた。
 静川という名前の恋人はそのことを知らない。
 白雲の指摘の通り、脅迫が殺しにつながったと思われる。
「彼女が言うには、山野辺は何かを調べていたようだったが何かはわからない」
「刑事の尋問も役に立たねえな」
 黄月がぼやき始める。
 尋問じゃなく聞き込みだよ、と文友が黄月の言葉を訂正する。
「部屋は荒らされていたから何かをつかんでいた可能性があるねえ」
 結局のところ手がかりらしい物は無かったが、妖怪が関係した事件に巻き込まれたことは確定した。

「どうすんの兄貴? あのうるさくしている天狗火って奴から聞いてみるの?」
「やめとこう、きっと何も手がかりは出てこないよ」
「でもさあ、他に手がかりはないんでしょ?」
「戦ったときにわかったんだ。あの妖怪は詳しく理解するほど知性は無いよ?」
 兄である白雲の反論できない受け答えに朱音が黙り込む。
 むーっ、と朱音は釈然としない態度をする。
 ナツの経験的から兄弟姉妹というのは仲がいいのか悪いのかわからないところがある。
「知性が無くても考え方が異質でこっちの質問にまともに答えるかどうか」
 ナツが二人の会話に口を挟む。
「異質って、そんなにあたしたちと違うの?」
「まあね。人間に近い物の考え方をしているわけじゃあなさそうだよ」
 そよ風が境内に生えている木々を騒がせる。
 緑の葉を付けた木々は見ようによっては黒にも見えて、灰色の曇り空と一緒に見ると不安になってくるような色合いである。

「でも、天狗火が何をしていたかを調べてみれば?」
「調べるなら妖怪のほうじゃなく殺された人間のほうだな」
「じゃあ、早いところ調べないと」
 朱音が大げさに身振り手振りを交えて言う。
「待て、他にも問題はある。封印した時に、天狗火の支配が解除されたみたいだ」
 別の強力な術をかけたときにその影響で以前にかけた術が打ち消されることがある。
 そして封印した時に天狗火にかけられた術が打ち消されるのがわかった。
「代わりになる新しい妖怪を支配している可能性がある」
「それどころか、もっと大勢の妖怪が支配されているかもしれないねえ」
 白雲が笑顔で不安になるようなことを言い出す。
 けれども彼の言うとおりで、支配されているのが一体だけとは限らない。

「縄張りからいなくなった妖怪がいないか調べるよ」
 好奇心いっぱいの朱音が調査を申し出る。
「オレも親父のコネで調べてみるよ」
 文友は狸のネットワークで調査をしてみるようだ。
 文友の父親はこの地方でもっとも勢力のあった妖怪たちの一人であった。
 今は引退して寺の住職なんてものをやっているが。
「僕らは被害者のほうを調べよう」
「そいつはつまり」
「他の仕事に妖怪が絡んでいないかを調べる」
 犯人は妖怪を支配していると思われるので、仕事上で妖怪絡みのトラブルがあると考えて、関係者を探すことにする。
 白雲の携帯電話が鳴って応対する。
 なにやら深刻そうな会話をしている。
 その様子を見ていた黄月があくびをかみ殺す。
「森屋刑事からの連絡で、静川がさらわれたって」



「あの刑事は頼りないと思っていたがここまでとは」
 黄月がぼやき始める。
 Yシャツの袖を直しながら言っているが、勢いで破いてしまいそうだ。
「相手が妖怪ならしょうがないよ」
「慣れていないとは言え情けねえ奴だ」
「人間は驚くのに忙しいからねえ」
「頼りないと言っても他の誰かに変えられないだろう」
「妖怪がいるなんてことは知らないほうがいいからねえ」
 ナツが白雲を見ると白い歯を見せていつもの笑顔を見せる。
「妖怪の協力者はもっと落ち着いていればいいんだ」
「人間嫌いなわりには気にかけているみたいだな」
「これはこれ、それはそれ、だ」
 黄月が鼻を鳴らして答える。

 ナツたちは被害者である山野辺の恋人である静川のアパートにやってきた。
 高級そうなアパートだ。白く塗られて明るさが強調されている。建物も周辺の環境も汚らしさ、というものがない。
 古いもの、安いもの、などはどこか年月を経た汚れや色あせたものが見つかるはずだ。
 この場所には新しいものばかりだ。
 森屋刑事はナツたちを待っていた。
 普段から落ち着かない様子であるが、今はさらにひどくなっている。

「よく来てくれた」
「どんな状況?」
「車で送っていって家の前で静川さんを降ろしたら、誰かがアパートの上から飛び降りてきて」
 刑事が建物の上を指す。
 アパートは4階建てで、その屋上から飛び降りるのは人間業ではない。
 黄月が白く塗られた壁面をまぶしそうにしていた。
「妖怪の仕業だな」
「とっつかまえてやるぜ」
「待て、もう少し話を聞いてからだ」
 刑事がナツの言葉にうなずいて話を続ける。
「そいつは、俺を突き飛ばして、静川さんをさらって逃げた」
 逃げた方向を指さす。
「追いつけなくて連絡したんだ」
 刑事が自分の汗をぬぐう。
 走って追跡したせいか全身が汗だくである。
「妖怪の特徴はどんなの?」
「笠をかぶっていて、白い神官のような服を着ていて、薙刀のような武器を持っていた」
「住宅地をそんな恰好で歩いているのは妖怪だねえ」
 黄月は今にも追いかけていきそうで落ち着かない様子である。
「それだけでなく、被害者の恋人のほうも重要人物だったわけだ」
「何か知っていたのかもしれないねえ」
 白雲の言葉に一同が神妙な顔つきになる。
 自分たちが表面的に感じていたものがすべて覆されているのだ。

「ともかく追いかけないと」
 頷いて白雲が携帯電話を取り出す。
「協力してくれる妖怪すべてに連絡して相手の動きを調べさせよう」
「そうだねえ、呼び出しても話を聞くだけなら恨みを持たないかもねえ」
「俺は臭いをたどって追いかけるぜ」
「追いかけるのはいいけど、一人で行っても返り討ちになるかもよ」
 息を巻く黄月を白雲がたしなめる。
「ひとりで行動するのはよせって」
 ナツの言葉に黄月が無言の抗議をする。
 白塗りの建物の表面を雲の影が嘗めていく。
「殺害せずにつれて逃げたのは何かを知っているからだ」
「確かにすぐには殺さるわけではないけど」
「ともかく他の妖怪に連絡するのを待て」
 ナツ自身も今すぐ追いかけたい気持ちである。
 相手に先手を打たれているので慎重にことを進めないといけない。

「他にもまだあるんだ」
「おい、まだなんかあんのか?」
 黄月が野獣の本能をむき出しに怒鳴る。
「忍耐を学ぼう。今からでも遅くないよ?」
「(うなる)」
「まだ、重要なことが?」
 黙る黄月に代わってナツが尋ねる。

 ナツたちは刑事にうながされてアパートの内部へと入っていく。
 住人は多くないらしく階段を上がっても誰にもすれちがわなかった。
 階段の壁も白く塗られているが階段の傾斜が厳しいので、ナツは処刑台の階段を上がるような気分になる。
 仲間が声を上げて雑談している以外は。

「みんなに連絡したけど」
「あの化け狸に見つけられるか疑問だな」
「いやいや、わからないよ?」
「どうだかな」
 黄月が不承不承な態度を見せるが、まだ不信を持っているのは明らかだ。
「黄月、仲間を信じよう」
 ナツが黄月をなだめる。
 4人の中で黄月との一番古い知り合いは文友なのに、なだめる役割はナツと白雲なのである。
「狸野郎を信じて浮かばれたことがないぜ」
「文友もそう思っているかもな」
 黄月が無言でうなる。

「なかなかいい部屋だねえ」
 静川の部屋に入った白雲の第一声である。
 声は明るいけれど含んだところがある。
「まったくだな」
「見てよ、日差しがキレイに入って部屋が明るくなっている」
「ちょうどいい向きの場所だな」
「眺めもなかなか」
 そう言って白雲がベランダに歩いていく。
 あえて周囲を無視するようなそぶりである。
 確かに日差しと眺めはいいが、それだけしか部屋にはない。
 部屋には何もなくて、椅子一つ無い空の箱のようだった。
「もぬけのからだ」
 心に重荷が追加されるのを感じてナツがため息を吐く。
「引っ越したというわけじゃあなさそうだね」
「きっと、最初からいなかったんだ」
 こうなると名前も住所も偽物かもしれない。

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