第7話

文字数 5,098文字


7章
「さっさと会わせてくれ」
 口の利き方の知らない黄月が相手に話しかける。ナツたちを囲んでいる衣服を着た蛇人間たちは険悪な雰囲気になっていく。
「これ以上話さないほうがいい」
 ナツが黄月に言う。
「安心しろ、奴らは手を出さないよ」
「あの連中は、前に来た時に会った奴と同じだよ、臭いでわかる」
 不信の態度のナツに白雲が解説する。
 黄月がしばしば攻撃的な態度を取るのを皆で抑えながら、ナツたちは応対するのを待っていた。ここまで来るのに近道と紹介するところの獣道を通り、途中、ぬかるんだ泥溜まりにはまりながら、竜姫の屋敷にまで逃げてきた。
 屋敷の近辺まで来て、ナツの周囲にいるような融通の利かない、竜姫の使用人たちに拘束されたのだ。もっとも、皆の剣幕から周りを囲むだけだったが、ナツたちは連れてこられて門の前で待たせられたままだった。
「誰が来ているって?」
 そう言って、メガネをかけた女性が門の扉から顔を除かせた。見た目からしてナツよりも年上だ。
「姉ちゃん」
 文友が声をかける。どうやら彼の身内のようだ。
 その姉貴が文友と、他の妖怪たちを見て、眉にシワをよせる。
「こいつらはわたしの知り合いだよ、解放してやって」
 彼女の言葉に蛇人間たちが警戒を解く。
「さっさとそうすればいいのによ」
 黄月が余計な悪態をつく。
「よせって」
 ナツが黄月の態度を戒める。文友の姉さんも黄月を手で制する。それを見て黄月がうなるだけになる。
 黄月も一応は彼女の言うことを聞くようだ。
「何がどうなってんだよ~?」
 文友が姉さんに質問をする。
「警備が厳しくなってるんだよ。あんたらついて来な」
 姉さんのそっけない指示にナツたちが従って門の内に入る。入るときに黄月が扉を手で押さえていたが、泥だらけだったのでしっかりと手形が残った。
 屋敷を案内されている間に主に彼女のほうが話していた。
 名前は酒匂、文友の姉であるという。
「このガキの面倒を見てくれて礼を言うよ」
「お礼を言われるようなことはしてない」
 酒匂の言葉にナツが答える。実際にたいしたことはしていない。
「そうそう、姉ちゃんはな~んも心配しなくていいからさ」
 文友が自信満々に言う。足を止めてその弟の様子を姉はじっと見ている。
何か思うところがあるのだろう。
「多少の根性は身についたからな」
「そうか?」
 黄月の言葉にナツが疑問を発する。
「精神的に成長はしているね」
白雲が擁護する。前向きな彼の性格は色々と助かる。
「そう言うならいいか」
 ナツは気に留めないようにする。酒匂もこれ以上は何も言わず、再び歩き始める。
 廊下に文友の足跡が付いているのに気づいたときに、竜姫のいる部屋に到着した。気づいたことを言う間もなく、部屋に通される。
 竜姫は前のときと同じように鎮座していた。酒匂はその横に座る。彼女よりも竜姫は背が低く見える。
「事情を聞かせてください。何があったんですか?」
 そのように話す竜姫の対面に座ってナツたちは、これまでの事情を説明する。神社が襲撃されたこと、杉乃が後に残ったこと、竜姫の屋敷に逃げてきたこと。話しているうちに竜姫の不機嫌な態度がひどくなっていく。
「杉乃が残ったままだけど大丈夫だろうか?」
 ナツが竜姫に問いかける。
「杉乃は封印されるに違いありません」
「彼女は神社の神木で文化財だから焼かれることはないと思うよ」
 竜姫の推測を白雲が解説して補う。
「それについては安心できるが、他にやることがあってな」
 黄月が話を切り出す。
「そうだね、まずは言いたいことがあって」
 そう言って酒匂は言葉を切る。彼女は文友よりも10歳は年上に見えるが妖怪だけに見た目どおりの年齢では無いのだろうな。
「これ以上は何もしないこと」
「え~、何でぇ?!」
「中立地帯みたいな神社を攻撃してきたから、みんな頭に血が上って、大戦争になるかどうかってところなんだよ?」
 酒匂はずれたメガネを手で直して、弟の言葉に答える。
「それで、おめぇさんは何のためにいるんだ?」
「戦いの準備のため。でも、本当は親父を止めるためだよ」
 不遜な黄月の問いかけに平然と酒匂が答える。
「彼女は親父よりも偉いのか?」
「うん、酒匂さんは親父さんの代わりに家業を仕切っている名代みたいなもんだよ」
 ナツの小声に白雲が答える。
 ともあれナツたちは意外な人物によって足止めされそうである。
「しっかりと調べてから行動せよ。デタラメを信じて動いてはならぬ」
それを杉乃は封印される前に言い残した、と黄月が伝える。
「中立の場所を攻撃するなんて」
「そりゃ“中立地帯”ではなく、“中立地帯みたいなもの”だからねえ」
 白雲が妹の悲嘆に答えてあげる。朱音は納得していない。
「人間と妖怪の間で約束されているというわけではないから」
続けて穏やかに白雲がナツに説明する。
妖怪にとっての苦境の中でも彼は人間に対する親愛の念を持ったままである。白雲はなぜにここまで人間に肩入れするのかな、とナツは思う。
「その場の勢いで殺しあうのはケンカだぜ」
「そうだね、そういうことだから、もう引き返せないかもね」
黄月の言葉に白雲が合いの手を入れる。人間に対する態度はともかく、悲観的である。
「収まりかけたと思ったら」
そういって、竜姫は眉を歪ませる。
「誰かが戦争を望んで操っているとしか思えません」
続けて竜姫が言う。竜姫の言葉で皆に様々な感情が浮かぶ。ナツも悩むところであるが、白雲が目配せをしてくる。これは話を切り出す機会である。
「色々と疑うよりも、確認したいことがあるんですが」
 ナツが話を切り出す。
式神の行動と重岡老人の死について不審を感じたことを話す。
「わかりました。他の妖怪たちにあなたたちが調査する行動を引きとめないように伝えておきます」
 すこし考えた後に竜姫がナツの言葉に理解を示す。
「そーいえば、こういうケースはあるの?」朱音
「人間や陰陽師を殺害することはありますが、ここにいる者たちにそういう話は無いと思います」
竜姫が朱音の言葉に答える。
その会話中に黄月が体に付いた草の葉を手でつまんで取っている。
「でも、向こうは、ここにいる連中がやったと言っているんでしょ?」
「そもそも陰陽師の術者と妖怪の戦いは闇から闇に葬られることが多くて」
竜姫は言葉を切り、土を払っている文友と黄月を見て、睨みつける。彼女は立ち上がって、二人をつかみ上げて、連れて行く。小さい体からは考えられないような怪力である。
全員が竜姫の後についていき、文友たちは向かった先の風呂に放り込まれる。
「そこで、きれいに洗い流しなさい!」
 先に放り込まれた2人だけでなく全員が竜姫に怒られる。
「誰だよ、近道しようなんて言ったのは?」
 文友が自分のことを棚に上げて言い出す。
「お前が一番汚れていたぞ」
 黄月が文友に言い返す。
「まさかあんなにぬかるんでいるとは思わなかったね」
 白雲の言葉に誰も納得しなかった。

 文友たちが放り込まれた後に、全員が風呂に入ることになった。近隣の妖怪たちが集められるので“汚いなりでは困る”というのが竜姫の意見である。
 湯気の中、ナツは露天風呂の空を見上げる。曇っているせいか、星は見えない。白い湯気だけが夜空の模様である。
「いやはや良い気分だ、思い遺すことが無くなるね」
 傍らで猫人間状態の白雲が話しかけてくる。
「これから死にに行くようなことはいわんでくれ」
 ナツが言葉の不穏さを感じて言い返す。
「そう、だから、自分に何かあったら妹を頼むよ」
「後ろ向きだな……妹と仲良くさせたいだけだろうが」
「うん、そうだよ」
 ナツに指摘されても白雲は悪びれない。
「もう十分すぎるほど仲が良いよ」
「いやいや、もっと仲良くなってくれないと」 
 ナツの反論を気にせずに白雲のペースで話が続く。
 犬の遠吠えが聞こえてくる。
「またかい?」
「あれは普通の犬だよ。妖怪の犬のものじゃないよ」
「どっちも同じだろう」
 反論するナツに文友と白雲が遠吠えを説明してくれる。
「犬は嫌いでは無いけれど、噛まれたことがあって体に恐怖が残っている」
ナツが自分に残っている恐怖症のようなものを語る。
「ふんふん」
白雲が興味深げに聞いている。好奇心の部分は猫そのものだ。
「それよりも なぜ妹にこだわる? どんな事情があるんだ?」
白雲のこだわりには、裏の事情があると推測される。
「いやあ、何しろ、古い話でねえ」
「そんなに昔のことか」
「いんや、最近だよ、20年ぐらいしかいきてないからね、僕は」
「わざわざ、大げさに言わなくても」
父親は普通の猫で人間に育てられた。年を経て妖怪になり、同じ妖怪であった母親と出会って自分を生んだ。父親は亡くなったけどその人間に対する気持ちが自分に受け継がれている。だから、彼は妖怪よりも人間に味方するのだ、と。
 このように過去を簡潔に話した。
「それで、他の妖怪ほど人間を敵と思っていないのか……話に出てきた母親は?」
「昔は関東の北に住んでいて、今は九州にいるよ」
 それっきり、白雲は過去について話さない。
「まあ、人間を助けるためなら協力は惜しまないよ?」
「俺は妖怪の味方だから人間なんてどうでもいいがな」
 二人に話しかける黄月の口調は皮肉っぽい。
「けれども、今回のことは妖怪のほうもひどいことになるよ?」
白雲が黄月を言い負かす。うなる黄月。
“人間に味方する妖怪”と“人間に敵対する妖怪”、悩んでも答えは出そうにない。
「わかった、中間をとって俺が中心になるということで」
「いいけれども……お前が一番の問題児だ」
黄月の言葉にナツは肩をすくめる。
「そういうわけだから、妹のことは頼んだよ」
白雲に妹のことを一方的に約束させられる。

 全員が風呂から出た後に、竜姫に会いに行くと問題が発生していた。
「説得したいのですが、久万山の融通が利かなくて」
竜姫が大きなため息をついていた。
「杉乃がいない分、意見が分かれてしまっているんだね」
白雲の指摘どおり、杉乃を含む三人の代表でこの地域をまとめていた。彼女がいなくなったので意見が二つに分かれたのだろう。
「説得しないといけないね」
 ナツが白雲の言葉にうなずく。
 部屋には竜姫の他に、文友の父と姉がいて2人で何かを話している。屋敷の者たちが空になった酒樽を運んでいく。
 ここにいる3人で飲んだようだ。けれども、竜姫を含めて3人の妖怪の顔色は変わっていないようである。
「いよいよ戦争?」。
「そんなの金にならないよ」
文友の言葉に対して酒匂の言葉は厳しい。シビアな性格のようだ。
「何か食べる? 茶菓子? あたしが持ってくるよ」
朱音が気を回してくれる。
しかし、久万山がそれを断り、ナツたちに向かって話し始める。彼はひとしきり陰陽師たちへの怒りを吐く。
「じきにこの地方の妖怪たちに我々の方針が行き届いて全面的な争いごとになるだろう」
「原因がはっきりとわからないのに争うのは良くない」
 ナツは意を決して久万山と話す。本の力が自分を守るとはいえ大物相手では緊張する。
「攻撃と言う事実さえあれば、他はどうでもいい!」
怒り心頭な久万山は強引なことを言い出している。ナツのほうは、とりあえず真実追求したい。このままでは会話が平行線である。
「そういうのは良くない……原因を調べることを提案する」
 ナツが久万山に向かって言う。
「全面戦争になりそうな争いごとを“ケンカ”の売り買いのように受け止めている」
 久万山や他の妖怪たちも“戦争”ではなく“ケンカ”として認識して、勢いだけで何とかしようとしている。理性的になれば解決できるとわかっているはずだ。
「戦うのは俺たちだからな」
「納得させて欲しいもんだよ」
黄月と文友が口々に不平を言い出す。
「そうはいってもワシらは」
久万山は抗弁してナツを否定しようとするが、酒匂に腹をつねり上げる。
「私はナツの言うことに賛成するよ」
酒匂は父親をつねりながら竜姫のほうを見る。久万山は痛みで声が出なくなっている。
「もしも、杉乃がいたら賛成するに違いありません」
「期限付きで、調査は僕たちでやるから」
白雲がもっともな擁護をする。
「何日も待てないぞ」
ナツと黄月たちを久万山が睨む。
「十分だぜ」


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