第6話

文字数 4,148文字

6章
「何かわかったら連絡します」
 そう言ってあきらは杉乃に送られて陰陽師の元に戻っていく。
「俺たちは留守番ということだ」
黄月が宙空に言い放つ。
「それはそうと、上手くいくかな?」
 朱音が兄に尋ねる。
「こういうのは火が付くと、水をぶっ掛けない限り、小さく燃え続けるもんだから」
 白雲が言葉を切ってナツを見る。
「残っている種火を潰さないとね」
 白雲の言う通りかもしれないが、何をすれば良いのだろうか。
陰陽師が攻撃してくる理由が本当かどうかわからない。誰が犠牲者を殺害したのかもわからない。陰陽師勢力で起きた出来事の詳細は不明のまま、争いに巻き込まれている。
あきらを送り出したのは人質としての問題だけでなくて、向こうを説得させようとする意図もある。妖怪に対して理解がある者のほうが良い。
「とりあえず、中に戻ろう」
「中立だからな」
文友の言葉にナツが返す。
「どうだか~」
朱音までもが信用していないようだ。
「妖怪は約束を破るわけにはいかない。人間は約束を破って気にしない」
「それは……色々とすまないな」
黄月の言葉にナツが謝る。
「この前、陰陽師たちに押し入ったてことは、ここにいる面々が容疑者、ということだね」
「そうなるな」
 白雲が黄月に話しかける。
「僕らがいなくなったら、真相は闇、ということになるねえ」
 白雲が怖いことを言い出す。
「杉乃が小学生みたいな外見だから、夜道は危ないと思っていたら、こっちのほうが危ないんじゃないか」
「警戒はしておこう」
 ナツの言葉に黄月が答える。
 杉乃が戻るまで神社で待機。夜も深まる。家には連絡を入れておいたが、神社と杉乃の名前を出すと納得された。
そのことにナツは引っかかりを感じる。けれども、すべてが必然と思いたくないので、その引っかかりを忘れることにした。
しばらくすると、それぞれが仮眠をとってしまっている。人間であるナツは簡単に睡眠がとれるわけではない。けれども、妖怪たちは慣れているようでさっさと眠ってしまった。
「休まないのか?」
ナツが眠らずにうろついていると、後ろから声をかけられる。
「眠れるかって」
 声の主である黄月に答える。彼の手にはコーヒーが注がれたカップがある。
「俺が見張っている。やらせはしねえよ」
 今の彼の雰囲気は番犬というよりも獲物を求める狼だ。
「人間に思い入れが無いのだな」
「……そういうのはあいつらだけだ」
 沈黙の後、黄月が答える。
「白雲のことか?」
「あいつはあいつで人間に思い入れがあるからな。今の俺には無い」
そう言って黄月は、夜の闇よりも黒いコーヒーを一口飲んだ。
「“今は無い”なら、昔はどうなんだ?」
「さあてな? 俺の故郷は人間の開発で破壊されて、一族全員が追い出されたんだ」
「重い話だな」
 ナツには答えようの無い昔話だ。
「だから完全な味方でもねえ。」
 黄月はそう言っているが、ナツには彼の言葉に人間への思い入れを感じる。
「故郷を出る前は味方だったのか?」
「……忘れたな」
 縁側に残って眺めている黄月を残して、ナツが部屋に戻ってくると白雲が起きていた。
「表に敵がやってきている。ヒゲがビリビリと危険を感じ取っているよ」
 そう言って白雲が自分のヒゲを指で弾く。
「みんなを起こそう」
ナツは手始めに足元に寝ている文友を起こそうとする。
文友を起こして黄月と白雲のところに来ると、全員が起きて来ていた。
「中立ではなかったのか?」
「人間なら良くあることさ。それよりも前に捕まえた妖怪を解放しようぜ」
 ナツは躊躇する、凶暴な妖怪を解放して大丈夫なのだろうか? でも考える時間が無いのでその提案に従う。
 解放された妖怪たち――黒髪切りや板鬼たち――は、思いのほか素直に従った。けれども、とんでもないことに巻き込まれてしまった、と彼らは不安だらけだった。
「まったく支配される側の妖怪が本を頼ってどうすんだよ」
「お前も支配される側だ」
 黄月が文友に言い返す。
 ナツはそのやり取りを無視して、神社の外の領域にある林を見る。闇夜で姿の見えない者が落ち葉や枝を踏み歩く音が聞こえる。音を隠すつもりが無いらしい。
ナツの袖がつかまれて体ごと引っ張られる。たぶん引っ張ったのは白雲だろう。
「よけろ!」
 ナツが引っ張った者を確認するよりも先に黄月が無茶なことを言い出す。
慌てて皆が神社から離れる。離れた背後の神社で建物の壊れる大きな音が響く。ナツが振り返ると、巨大な人型の存在が神社の建物の半分を潰したのを見る。あきらが使用していたのと同じタイプの式神だろうか。
「杉乃ちゃんが怒るよ」
朱音が後々のことを心配する。
「上からだねえ」
 白雲の言葉を聞いて上を見ると、鳥型の式神が飛んでいる。あれに運ばれてやってきたのだろう。傍らで黄月が落ちてきた人間サイズの式神と戦い始める。彼に倒された式神が紙片に戻る。
「やっぱり妖怪ではなく式神だね」
陰陽師たちは前に無理やり妖怪を使役していたことを思い出す。
「なら安心して片付けられるぜ!」
白雲の確信の言葉を受けて黄月が声を張り上げる。
 神社の境内は侵入してきた式神との乱戦になってきていた。
ナツは鎖を出して巨大な式神の動きを封じようとする。巨人の式神は神社の周囲の林から顔が出るぐらいの大きさである。その腕に鎖を絡ませる。
 力負けしないように“力”の文字を出して引っ張り返そうとする。
「うわっ」
ナツのそばにいる文友の声を上げる。ナツが引っ張り返した式神がバランスを崩して倒れてくる。ナツとは十分に離れているが、倒れる場所には先ほど半壊した神社がある。
式神は倒れるのに抵抗することもできずに、倒れて神社が押しつぶされる。
犬の式神がナツに向けて走ってくる。鎖を操っているナツは身動きが取れない。白雲が背後に来て犬たちを防ぐ。
鎖で身動きが出来なくなった巨人からどこかで見たような式神が離れる。
「どっかで見たような奴だな」
犬への恐れが無くなって、安堵したナツに緊張が戻ってくる。
「あいつは、重岡のじじいの式神だぜ」
黄月がナツの疑問に答える。ナツは陰陽師たちのところにいた刀児という名の式神であることを思い出す。その式神はこちらが行動するよりも先に走り去る。
「逃げた~」
「怪しいね」
 同じように式神の姿に気づいていた白雲兄妹が非難の声を上げる。白雲の疑いの言葉がナツの胸に違和感を生じさせる。ナツが何かを考える暇もなく、先ほどの巨大な式神と同じぐらいの大きさの大木が歩いてくる。
「おぬしら、何やっておる」
 ナツたちの近くに来た大木に空いた穴から杉乃の声が聞こえてくる。人間の足のように折り曲げて歩く根っこが動きを止めて、枝が腕のように動いて穴から出てきた杉乃に足場を提供する。
「見ての通りの厄介ごとさ」
黄月が悪態で返答する。
「留守番をしていたら、式神が襲ってきたんだ。それともう1つ気になることが」
「まあ、待て。わしが話をして場をおさめ……」
 ナツが杉乃に説明している途中で杉乃の言葉が途切れる。杉乃は完全に潰れた神社を見て文字通り固まっている。
「あいつのせいです」
「あの式神のせいです」
 みんなして、責任転嫁してその怒りの矛先を変えようとする。まあ、半分は奴のせいだ。
「良かったじゃねえか、建て替えろよ」
「おのれ、奴らめ……許さぬ!!」
 杉乃には黄月の言葉が聞こえないらしい。彼女の髪の毛が怒りのための逆立ち、ここまで運んできた人型のようにも見える大木が神社に倒れている式神を持ち上げて投げる。
「怖いね~」
 文友がのんきなことを言う。
「どうやら、式神だけで術師はいねえな」
黄月がにおいを嗅いでいる。
「黄月の鼻は確かだろうね、他のところにいるのかもしれないけれど」
 白雲が黄月の言葉を補うが、ナツは別のことを考えていた。
「何を考えているかわかるよ。あきらが裏切ったかもしれないって疑っているんだね?」
「白雲の言ってるとおりだ。送り返してその入れ違いに攻撃されたからな」
 考え始めると思考の迷宮に入りこみそうだ。飛び道具が飛んできてナツが考えるのを中断して屈んで避けようとするが、それを白雲が爪で払い落とす。
「助かったよ」
「いえいえ」
 ナツが白雲に礼を言う。一方で、考えるのは良くないと思った。まだ戦っている最中だ。
「信用したんだから、裏切りを疑うのは良くないよ?」
「さあてな? 俺からすれば、あの女にそこまで頭が回るとは思えねえけどな」
 黄月はそっけないし、朱音は前向きな意見を言う。
「それとも陰陽師たちには、後ろ暗いことでもあるのかねえ」
白雲が疑うようなことを言うが、口ぶりほど疑っていない。
「まだ、裏切ったと決まったわけじゃあない」
ナツはそう言ってこの話題を締めくくろうとする。
「人質がいてもいなくても襲撃はされたさ」
 黄月がもっともなことを言い捨てる。
 神社を取り巻く林の木々が大きく揺れて、うごめく根を足代わりにして地中から這い出してくる。動き出した木々は枝を伸ばしてまわりにいる式神たちを薙ぎ払う。
「ここは任せて竜姫のところに行くのじゃ」
 杉乃が妖術を使用して木々を行動させているのであろう。
「心配しなくても大丈夫」
白雲がナツに向かって太鼓判を押す。
「むしろ俺たちがいないほうがやりやすいかもな」
その黄月の言葉を証明するように、神社の周囲は木の化け物だらけになって、式神たちに対して力任せに暴れている。
「杉乃はここの神木だから、せいぜい封印されるだけだよ、たぶん」
白雲の言葉を受けいれて境内にいる妖怪たちに集まるように指示を出す。本の力を使って無理やり従わせることになるかと思ったが、全員が素直に集まってくれる。
「黄月、先に行って皆を導いてくれ」
「わかった」
そう言って黄月が先に進み、皆がその後をついていく。
「近道を通る」
 神社を出たらすぐに脇道に反れる。見たところ急斜面なのでナツは躊躇する。しかし、すぐにその腕を白雲と黄月に抱えられて無理やり入っていく。


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