【童話】たぬきのポン吉、異世界に転生する(下)

文字数 5,050文字

07 みんなで話しあい

 ポン吉はエルフの森に戻って、王さまとアンリに話しあいをするよう言いました。

 ――そして次の日。

 森の手前の川辺で、エルフの王さまと、人間の王さまは話しあいを始めました。アンリや、騎士団長のおじさんも一緒です。もちろんポン吉も。

「森の中に道を作るのはやめてもらいたい」

 エルフの王さまは言いました。すると人間の王さまは、

「しかしそれでは、町の人が困ってしまう。大きくなくてもいいから、作らせてはくれないだろうか」

「いやいや、それはだめだ」

 2人ともむずかしい顔をして、「ううん」とうなってしまいます。そこへ、しげみの中から1人の男があらわれました。あれは食堂であばれていた、ならず者の大男です。

「やや! なんだお前は!?

 ひげ面の騎士団長が、剣をかまえてさけびました。

「あやしいやつめ!」

「ま、待ってくれ!」

 ならず者はあわてて言います。

「変なことはしねえよ! そのう、王さまにあやまりたくって」

「あやまる?」

 騎士団長がこまっていると、人間の王さまが、

「きみはあのときの。どういうことかね?」

「すみません。あのときは腹がへって、イライラしてたんです。仕事もなくて、食べ物も買えなくて……。でも、王さまはおれたちのことを考えて、道をつくろうとしてくれてるんですよね? それに、おれたちのことを知るために、王さまはああやって身分を隠して。それがうれしくて」

 ならず者は、大きな体を折りたたんで、

「だからあやまろうと思って、あとをつけて来たんです。すみませんでした」

 そう言いました。

「ふむ、そうだったのか。もうよい。気にするでない。しかし、二度とあのようなことをしてはならんぞ」

「はい、王さま。ありがとうございます」

 ならず者は大きな声で泣き出しました。王さまはエルフたちに向かって、

「おなかが空くのは良くないことじゃ。つらい思いをするし、気分だって悪くなる。ケンカもふえる」

 言いました。それを聞きながらポン吉は、「たしかになあ」と思いました。

 そこへ、森のほうからガサガサっ! という大きな音がして、大きな犬の顔が出てきました。それも3つ。あのケルベロスです!

「ぬうっ、また暴れだしたのか!?

 エルフの王さまが槍をかまえて、いさましく飛びかかろうとします。

「ちょっと待って、お父さま!」

 アンリが指をさします。

「あれを見て」

 ケルベロスの横から、ずっと小さなケルベロスの子どもが、「キュウン」と鳴きながら、こちらを見ています。とことこと歩いて、お母さんケルベロスの足元に寄ってきました。お母さんケルベロスは、その小さな体をやさしくなめてあげました。

「ガウ、ガウガウ」

「なにを言っているんだ、この化け物は?」

 剣をかまえていた騎士団長が、そうたずねます。みんなよくわかりませんでしたが、ポン吉だけは、


『ピピピッ――』


 という音が聞こえて、ケルベロスの言っていることが、文字になってわかりました。

 けれど、

「うーんと、なんて書いてあるんだろう」

 読めなかったので、代わりに木の枝をひろって、地面に文字を書いてみんなに読んでもらいました。ぐねぐねした文字で、とても読みにくかったのですが、みんなはいっしょうけんめいに読みました。

 そうして、アンリがケルベロスのほうを見て言いました。

「そうなのね、赤ちゃんケルベロスが、エルフと人間の戦争をこわがっていたから、お母さんも怒っていたのね」

「がうがう」

 お母さんケルベロスは、3つの首でうなずきました。そしてケルベロスはこれまでのことをあやまって、もう一度仲よくしたいと言いました。

 ポン吉は、「かわいそうだなあ」と思いました。

 エルフの王さまは大きくうなずいて、

「やはり戦争はよくない。道を作ろうとするからこういうことになる。やっぱりやめるべきだ」

 人間の王さまは、こまったように白いひげをなでて、

「しかしそれでは、わしら人間は生きていけないのじゃ」

 みんなは、「ううん」と考えこんでしまいます。

 騎士団長は腕組みをして、ならず者はボリボリ頭をかいて、アンリはほっぺたに手を当てて、ケルベロスは空を見上げたり、地面を見たり、首をひねったりしています。

「そうだ!」

 ぽこん! とポン吉はおなかをたたいて言いました。

「橋をつくろうよ!」


08 ぼくはきめたよ

 ポン吉が言うと、みんなは首をひねりました。騎士団長のおじさんが、

「橋ってどういうことだい?」

「うん。森のうえに橋をかけるんだ。大きな大きな橋。そうすれば、森のなかに道を作らなくてすむでしょ?」

 ならず者の大男が、ずいと前に出て、

「いや待ってくれ、たぬ吉くん」

「ポン吉だよ」

「ポン吉くん。橋を作るっていうけれど、この森はとても大きいんだ」

「どのくらい?」

「オレたちの町が、すっぽり3つは入るんじゃないか」

 ポン吉は「ええ?」と驚いてしまいます。

「そんな大きな橋を作るのは大変なんだ。オレも橋を作る仕事をしていたことがあるからわかるけどな、時間もかかるし、材料だって必要だ。そもそも、そんなでっかい橋は見たことも、聞いたこともねえぞ」

「そんな……」

 周りの人たちもならず者の言うことに、うなずいたり、ため息をついたりしています。橋を作るのはむずかしそうです。

「がう、がう!」

 すると、赤ちゃんケルベロスがなにかを伝えようとほえました。「見たことがある」と言っているようです。

「見たことあるって、なにを?」

 アンリがたずねました。

「ガウ、がうがうがう」

 小さな3つの頭を、ぐるんと動かします。アンリは不思議そうに、

「橋? あっちの山から……、そっちの山まで? そんな大きな橋なんて……」

「ガウ! ガウウ!」

「光っていたの? 7つの色に?」

「もしかして、虹のことかね?」

 エルフの王さまが言いました。

「いいかい、あれは橋じゃないんだよ。人が渡ることはできないんだ」

「がうう……」

 残念そうに頭をさげる赤ちゃんケルベロス。ポン吉は考えました。自分の森で見た虹のことを。雨がふったあと、7つの色にきらきら光った、キャンディーみたいな虹。

「おいしそうだったなあ……」

 ぐうう、とおなかが鳴りました。

「だめだだめだ! いまはおなかを空かしている場合じゃないや」

 ぶんぶんと首をふります。
 けれど……

 ポン吉は、森のほうを見ます。緑がいっぱいで、そよそよとした風が吹き抜ける大きな森。エルフの森のうえに、あんなきれいな虹があったなら、きっとすばらしい景色になるに違いありません。

 おなかを空かせたならず者や、ケンカに怯えるケルベロス。

 このままでは、同じようにかわいそうな人たちが増えるのも、まちがいのないことでしょう。それはとてもいやなこと。ポン吉はいっしょうけんめいに考えました。おなかが鳴っても気にしません。

「ぼくにできること……」

 ぼそりとつぶやきました。そして、人間の体になってからのことを思い出します。騎士団長のおじさんや、アンリ、ケルベロス、エルフの王さま、ならず者、人間の王さま――

 みんなはいま、むずかしい顔をして悩んでいます。すこし悲しくなりました。

 おなかの虫も、しずかになりました。ポン吉はご飯を食べるのが大好きです。ご飯を食べているときは、みんなが笑っているから楽しいのです。パンを半分こすると、食べる量はへるけれど、なんだかとてもおいしく感じるのです。

 そして、たくさん笑うからおなかが空くのです。みんなのしょんぼりした顔を見ていると、悲しいし、おなかも空きません。

「ねえ。ぼく、やってみるよ」

 みんながポン吉のほうを振りむきます。

「ぼくが変身してみる。虹の橋になって、みんなが通れる道になるよ。そうすればもうケンカもしなくてよくなるし、ご飯もいっぱい食べられるよね」

「待つんじゃ、ポン吉くん」

 人間の王さまがあわてて言います。

「虹の橋になってしまったら、きみはどうなるんじゃ? 虹になってしまったら、もうおいしいご飯も食べられないぞ?」

 エルフの王さまも、

「そうだ、きみにそこまでしてもらうわけにはいかない――」

 2人の王さまは、心配そうに言いました。同じような顔をして、同じようにポン吉を引きとめました。そんな2人を見くらべて、ポン吉は笑いました。

「もう、ケンカはしなくてよさそうだね」

 王さまたちは、びっくりしたように顔をあわせて「まいったな」と苦笑い。

「おいしいご飯をありがとう。ぼく、わかったんだ」

 みんなを見まわして、ポン吉は言います。

「おなかいっぱいになるのもうれしいけれど、みんなが笑っているほうが、ずっとずっとうれしいんだ。だからぼくが虹になったら、みんな笑って見上げてね」

「ポン吉さん」

 アンリが涙をうかべます。

「だめよ、そんなことだめ!」

 ポン吉の体が光ります。はじめはお星さまのようにキラキラと。つぎに、太陽みたいに元気よく。

「ありがとうアンリ。パンもドーナツも、ミルクティーもとってもおいしかったよ。またいっしょに食べようね」

「ポン吉さん……!」

 すると光は、緑色に変わりました。メロンみたいにおいしそうな緑。光はどんどんつよくなって、空たかく、まっすぐにのびました。

 アンリは大粒の涙をながします。その一粒が、青く光って宙に浮かびました――川の水みたいな、透きとおった青です。お団子みたいに、まん丸に浮かびます。すうっとポン吉に近づいていって、そのとなりで、空に向かって伸びました。

 エルフの王さまからは、海のような青い光。
 ケルベロスの親子からは、ぶどうと同じむらさき色。

 黄色い光は騎士団長のおじさんから。人間の王さまはオレンジで、ならず者からは野イチゴみたいにまっ赤な光。

 7つの光が束になって、まっすぐ、まっすぐ――。

 森の向こうへと曲がって、ぐうんと伸びていきます。


『ピコーーン』

 どこかで音がします。

虹の架け橋(コネクトワールド)


 ポン吉は笑って手をふります。ぽろりと涙がこぼれました。ああ、おいしかったなあ、楽しかったなあ。みんなみんな、おんなじ気持ちになれるといいなあ。

「じゃあね、みんな。ごちそうさまでした」

 ポン吉は、大きな大きな虹になりました。



 それからというもの、人間とエルフはケンカをやめて、仲よく暮らしました。

 ならず者はいっしょうけんめい働きました。虹の橋を渡って、みんなの分まで、おいしいものを両手いっぱい買って帰ります。ケルベロスの親子は、もう暴れたりしません。虹の橋が壊れてしまわないように、親子仲よく見張っています。2人の王さまは、川のほとりに大きなテーブルを置いて、アンリのいれたミルクティーをいっしょに飲み干します。

 騎士団長のおじさんは、ひげをなでて、空を見あげました。

「不思議なこともあるもんだ。なあ、ポン吉くん」

 森のうえには、きらきらの虹が光っています。


  + + +


 はっとして、ポン吉は目をさましました。
 一本松の幹の下。
 
 よだれをぬぐって顔をあげます。

「あれ?」

 足は4本。体は毛むくじゃら。もとのたぬきの姿です。

「ポン吉さん」

 キツネの女の子が、ポン吉の顔をのぞいて言いました。

「またお昼寝してたの?」

「うん……なんだか、夢を見ていたみたい」

 ポン吉はぼんやりした顔で、

「人間になって、おいしいものをたくさん食べる夢」

「ヘンなポン吉さん」

 キツネの女の子はおかしそうに笑います。

「それより、ねえ、見て」

 くいっと首を空に向けて、

「不思議なこともあるものね。雨も降ってないのに、ほら虹が」

 ポン吉も空を見上げました。
 そこには、キャンディーみたいにおいしそうな、7つの光。

 空に光る橋のうえで、みんなが笑顔で手をふっていました。


(おしまい)

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