【童話】たぬきのポン吉、異世界に転生する(中)

文字数 4,803文字

04 おなかが空いて

 まちに戻ってきたポン吉。すこし歩いただけなのに……

「ああ、おなかが空いたなあ」

 本当に食いしんぼうです。

「ん? あれあれ?」

 おいしそうなにおいに釣られて、ふらーりふらり。そこはまちの食堂でした。テーブルにつくと、おねえさんが注文を聞きにやってきました。そこでポン吉は気がつきました。

「あのぼく、お金をもっていないんだけど……」

「ええ? それはこまるわ。お金がないと食事は出せないわよ」

 ううん、残念。ポン吉がすごすごと立ち去ろうとしたとき、窓ぎわの席から大きな声がしました。男の人の声です。

 見ると、ずんぐりとした体つきの、熊みたいな大男でした。立ち上がり、テーブルを叩いてどなっています。

「なんだと! オレはもっと食べたいんだ! どんどん持ってこいって言ってるだろう!?

「ですがお客さま」

 別のおねえさんがあわてています。

「お代がないようですので、これ以上はお出しできません」

「ふざけるな! 貧乏人はメシも食べられねえのか!」

 ガシャン!
 ならず者の大男は、お皿をぜんぶひっくり返してしまいました。おねえさんの悲鳴があがります。

 そこへ、となりのテーブルに座っていたおじいさんが、

「これこれ」

 立ちあがって言います。はげた頭と、真っ白なひげのおじいさんです。

「暴力はだめじゃよ。食べ物だって、そまつにしてはいかんぞ」

 まったくだ。ポン吉は思いました。ですが、ならず者は、

「うるさいぞ!」

 大きなこぶしを振り上げます。
 危ない!
 ポン吉は急いで駆け寄ります。

「ええい!」

 ごちん。
 ならず者のおなかに頭突きだ。

 けれども、

「なんだこの小僧?」

 大男はけろっとしています。尻もちをつくポン吉の前に、またあの文字が浮かびました。


『ピコーン』


【種 族】人間
【性 別】男
【クラス】無職
【魔 法】
 ・火  Level 1
 ・水  Level ―
 ・風  Level ―
 ・土  Level 4
 ・光  Level 1
 ・闇  Level 1
 ・毒  Level 2
 ・変身 Level ―
 ・飛行 Level ―
【固有魔法】
 ・赤ら顔の拳


「お前もなぐってやる!」

 どうしよう、ううんと、えっと……そうだ!

 ぼわわわわん――!
 白いけむりとともに、ポン吉は変身します。

 4本足の大きな体。黒くて短い毛並み。頭はなんと……3つもあります! そうです、森で出会ったケルベロスになってしまいました。

「がるるるるる!」

 ポン吉がほえると、ならず者は、

「ひいっ! なんだこの化け物は! たすけてくれぇ!」

 大急ぎでお店を出て、どこかへ走り去ってしまいました。

 ぼわん!
 それを見てポン吉は、もとの男の子のすがたに戻ります。

「ありがとう、たすかったよ」

 おじいさんがポン吉にお礼を言いました。


『ピコーン』

 音がしてまた文字が現れましたが、それよりポン吉は、

『ぐうう……』

 ううん、おなかが空いた。
 おじいさんもおねえさんも、みんな笑い出しました。


05 おおいそがし

 お店でおいしいご飯を食べさせてもらったポン吉は、まん丸になったおなかをさすりながら町を歩きます。そうそう、忘れてはいけません。人間の王さまに、森を壊さないようお話をしに行かなければならないのです。

 広い道を歩いて行くと、お城にたどり着きました。
 ずどーんと大きな門があって、その手前にはきびしい顔をした門番が2人立っています。

「あのう、すみません」

 ポン吉は言います。

「王さまに会いたいんですけれど」

「ダメだダメだ!」

 門番は首を振って、

「知らない人間を城に入れることはできないんだ。さあ、帰った帰った」

 ううん、厳しいなあ。
 物かげに隠れてポン吉は、アンリに化けてみました。どこからどう見ても、金色の髪をしたエルフの女の子です。門番のところに近づくと、

「おまえ、エルフじゃないか! 何をしに来た!」

 槍を突きつけられて大慌て!
 ポン吉は逃げ出します。

「そうだった……エルフと人間はケンカ中だった……」

 しばらく悩んだあと、ポン吉はぼわわんと姿を変えました。そうです、ひげ面のおじさんです。門番たちと同じようなよろいを着こんでいます。これならきっと大丈夫。

「やあやあ、きみたち」

 ポン吉はえらそうに胸をはって、手のひらを振りながら歩いて行きました。

「やや! これは騎士団長どの! どうぞお通りください」

 うまくいきました。門番たちはすばやく動くと、重たい鉄のとびらをギギギっと開きます。

 お城の中に入り、廊下を歩きます。赤いじゅうたんや、汚れひとつない白い壁。天井はとっても高くて、思わずポン吉はキョロキョロしてしまいます。すれ違う人たちはみんな、おじさんの姿をしたポン吉を見ると、まっすぐに立って頭を下げます。

 すると、廊下の向こうから誰かがやってきました。

「うわ! まずいぞ!」

 ポン吉はあわてて飛び上がります。立派なひげとピカピカのよろい。赤いじゅうたんをのっしのっしとやって来るのは、本物のおじさんです。このままでは、ポン吉の正体がばれてしまいます。

「えいっ!」

 ぼわわん。急いで変身したのは、ならず者の大男。ようし、これなら大丈夫。ポン吉がほっとして、騎士団長のおじさんとすれ違おうとしたところ、

「うん? なんだおまえは?」

 おじさんに呼び止められてしまいました。

「あやしいやつめ、こいつを捕まえろ!」

 周りにいた兵士たちがドタバタとポン吉を取り囲みます。しまった! これも失敗だ! ポン吉は慌てて走り出します。

「あっ! こら待て!」

 待てと言われて足を止めるたぬきはいません。すたこらさっさ。ポン吉は大急ぎで逃げて、廊下の角を曲がったところで、もう一度変身しました。今度は、食堂で会った真っ白なひげのおじいさんです。

「ほら、捕まえたぞ! ……って、あれ?」

 追いかけて来た兵士は、ポン吉の姿を見ておどろきます。

「こ、これは国王さま! 失礼しました!」

「国王さま?」

 ポン吉は首をひねりました。


06 王さまは大変で

 なんということでしょう。
 あのおじいさんは王さまだったのです。そうとも知らずポン吉は、おじいさんの姿に変身してしまったので、まわりのみんなは勘違い。

 ポン吉を王さまの部屋にとおして、「王さま」「王さま」といろんな話を持ってきます。けれども、たぬきのポン吉にはちんぷんかんぷん。

「かんがい? きんゆうせいさく? でふれ?」

 何が何やらさっぱりです。おいしいのでしょうか。でふれは何だか、スフレみたいでやわらかそうだ。そんなポン吉の様子を見て大臣は、

「王さまはお疲れのようだ」

 そう言って、家来たちを追いやります。ポン吉はふう、とため息。

「そうだ、大臣のおじさん」

「おじさん?」

「ああ、いやちがった。これ大臣」

 なるべく偉そうにしてポン吉は言います。

「エルフの森のことなのだが」

「森? ああ、東の森ですな。分かっております。すぐにでも工事に取りかかります」

「ええ!? それはだめだよ!」

「だめ?」

「ご、ごほん。それはいかん。工事はやめなさい」

「なぜですか?」

「あそこにはエルフや動物たちがくらしているんだ。工事をしたら、住むところがなくなってしまうではないか」

 大臣はううむ、と頭をひねって、

「しかし王さま。あそこに道を作らなければ、国民は飢えてしまいます」

「うえる?」

「お腹が空いてしまいます」

 それは大変だ。ポン吉は目を丸くします。

「先ほども内務大臣が申しましたとおり、いまこの国の経済は冷え切っているのです。昔はトウモロコシを作っていればそれだけで良かったのですが……」

 ああ、焼きもろこしが食べたいなあ。ポン吉はじゅるりとよだれを拭きます。

「今はそうはいきません。他国などは交通網を整備して、より多くの商売を行っています。しかし、我が国の主要街道は、細くて険しい道ばかりで、商人も寄りつきません。積み荷も多くは運べません。それに嵐が来たときには、どこへも逃げることができないのです。また土木工事は新規の雇用も生み出し、一時的とはいえ貧困にあえぐ国民を助けることにもなります。故に、新しい街道を開発することこそが急務でして、B/Cの観点からも――」

「もうすこし分かりやすく言いたまえ」

「道ができると、たくさんご飯が食べられます」

「なるほど」

 ポン吉はうなずきます。そうです。エルフたちが森で暮らしているように、人間たちはこの国で暮らしているのです。おなかいっぱいご飯を食べて、スヤスヤしあわせに眠るためには、あそこに道が必要なのです。

「ううん、でもなあ……」

 ポン吉は困ってしまいます。どっちの言うことが正しいんだろう。エルフの王さまかな、大臣かな――

「おや」

 するとそこへ、あのおじいさんがやって来ました。

「きみは誰だね?」

 はげた頭のうえに文字があらわれます。


『ピコーン』


【種 族】人間
【性 別】男
【クラス】国王
【魔 法】
 ・火  Level 10
 ・水  Level 21
 ・風  Level 41
 ・土  Level 34
 ・光  Level 55
 ・闇  Level 1
 ・毒  Level 3
 ・変身 Level ―
 ・飛行 Level ―
【固有魔法】
 ・橙香の豊穣(アルミネ)


「まずい!」

 ぼわん! 驚いた拍子に、ポン吉はもとの姿に戻ってしまいました。

「こいつはニセモノか!?

 大臣がさけびます。

「兵士たち! このニセモノをつかまえろ!」

 ドカドカと兵士たちが部屋に入ってきます。これは大変だ。ポン吉は全速力で走り出しますが、

「これこれ、あわてるでない」

 本物の王さまが、やさしい声で言いました。

「大臣よ、そこの彼は私を助けてくれたんだ」

「しかし王さま、こやつはエルフのスパイかもしれません」

「エルフの?」

 王さまはすこし考えてから、ポン吉に言います。

「なにか事情がおありかな」

   ◇

 ポン吉は、エルフの王さまや、アンリから聞いた話を伝えました。

「だから、森がなくなったらこまるんです」

「事情はわかった。しかしな、ポン吉くん。わしらだって、皆を追い出したくて道を作るわけではないのだよ。仕方のないことなんだ」

「王さまは、エルフの王さまとお話したの?」

「ん? いや、それは使いの者に任せておるが……」

「だめだよ!」

 ポン吉はぽこんとおなかを叩きます。

「ケンカになったら、ちゃんと話し合わなきゃいけないんだよ。ぼくだって、キツネの女の子とケンカしたときには、ごめんなさいをして、そしてパンを半分こするんだよ」

 横で聞いていた大臣が、

「そういう問題ではないのだ」

 怒り出します。けれど王さまは、

「ふむ。ポン吉くんの言うことももっともじゃ。……よし、エルフの王さまと、一度話してみようじゃないか」

「本当!?

「ああ、本当だとも。ポン吉くん、エルフの王さまにも、話がしたいと伝えてくれないだろうか。いま、人間があの森に入ったら警戒されてしまうからの」

「わかりました!」

 ポン吉は元気よくお城を飛びだしていきました。
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