第16話:「最終章」天国の階段を昇るレフとアリサ

文字数 2,457文字

1月3日サウジアラビアとイランが国交断絶を宣言した。その直接的なきっかけは、サウジ政府が反体制派と目したシーア派指導者を処刑したことを受けシーア派中心のイランでサウジ大使館が焼き討ちされた事でした。また6月23日、EU離脱の賛否を問う英国の国民投票で離脱派が勝利した。国民投票の結果は英国経済の先行きを不透明にすると同時に、英国が抜けること
はEUにとっても大きな経済的損失になる。

 その上EUからの離脱を決定しながらも英国政府がEUとの「特別な」関係を求めていることに他のEU加盟国は反発した。続いて10月8日米国で大統領選挙が行われ共和党のトランプ候補が民主党のクリントン候補を破った。「米国第一」「米国を再び偉大な国にする」ことを主張する一方で外国人をはじめ女性やマイノリティ弱者への差別的な発言が物議をかもしながら、最終的にトランプ氏が当選した事は、世界に大きな衝撃を与えた。

 トランプ大統領の誕生は貧困、格差、人種や宗派に基づく差別、対テロ戦争への厭戦感情など米国社会に蔓延する閉塞感と「強いリーダー」への渇望を印象付けた。2017年、1月に正式にトランプ氏が米国大統領に就任して嫌な予感が漂っていた。案の定、メキシコとの国境の壁を作る話が現実味を帯びてきた。多国間貿易協定:TPP、温暖化ガス削減:パリ協定からの離脱と、次々と唖然とするような政策を実行してきた。

 何か、今後の世界情勢に大きな影を落としそうな気がした。2017年3月にレフとアリサが毎年出かける、ポルトのコスタズメラルダ・ヨットクラブの様な、海辺に近く、景色がきれいな所に引っ越したいと考えるようになった。リスボンのレストランは他の人に任せ、ゆっくりと老後の人生を送りたくなった。そんな時、ドライブしてる途中でリスボンから海岸線を北上して約100kmの海岸沿いにナザレという名の港町を見つけた。

公園、ショッピングモールもあり高台には新しい家が建っていた。その高台から海岸を見下ろした景色が、ひと目で気に入った。ここが良いねとアリサに言うと、ほんとに素敵とこたえた。そこで不動産会社を訪ねてみると、いくつかの売り物件が出ていた。不動産会社で条件を聞かれ大きな部屋の2-3LDKで景色の良い所と言う条件を挙げた。しかしあまり海に近い所は塩害で大変だから少し離れた所の高台が良いと不動産屋さんからアドバイスを受けた。

 とにかく希望に叶いそうな物件を数件見せますと言いレフとアリサが不動産屋の車で出かけた。その中で一番眺望の良い港から少し離れ、坂を上がった所の2階建ての築5年の3LDKの家をが気に入った。7件ほど海に近い家を見たが、ここからの景色が一番気に入った。価格は23万ドルと言った。そこで現金で支払うから20万ドルと言うと渋い顔をしたが現金なら良いと言い購入した。不動産屋の店に行き、契約書にサインし不動産屋の口座番号を聞き入金した。

 その後、入金がされたのを確認でき次第、家のキーを渡すと言ってくれた。紅茶を飲みながら待ち入金確認できたと言われ家の鍵をもらった。早速、家に入り、家具の配置や必要なものを考え、近くの店へ行き注文して、明日配送するというので了解した。家の近くのホテルに1泊して観光名所、病院、スーパーマーケットなどを多くの情報を教えてもらった。その後、4月から住み始め、ゆっくりとした夫婦だけの生活が始まった。

 用事がある時は車で高速で40分のリスボンへ出かけた。近くのスーパーで売ってる、魚、肉、野菜、果物が新鮮で美味しい料理もつくれ充実した生活を送った。暑い夏はアイルランド、イギリス、スウェーデンで避暑に出かけると言う優雅な生活を送れた。たまに長女のソフィアや長男のマキシムが訪ねてくる程度で静かな生活をはじめた。その後、年も暮れ2018年となった。この年も、ローマ、バルセロナ、パリ、ウイーンなどを回り観光をしてまわった。

 夏はイギリスの湖水地方が気に入り美しい花が咲く草原を散歩したりカフェでゆっくり、お茶を楽しんで、平穏な暮らしを楽しんだ。2018年9月に孫のブルーナとセルジオ、アマンダが車でポルトのコスタズメラルダ・ヨットクラブへ来ると連絡があり車で出かけた。そこでレフの82歳のバースデー・パーティーを盛大に祝ってくれた。ブルーナとセルジオ、アマンダもアメリカで成功して家を持ち充実した生活を送っている話を聞かされてファミリーの活躍を喜んだ。

 その晩は、いつもよりも楽しく酒を飲み、ぐっすり寝てしまった。極寒の土地に育ち苦労を重ねてきた人生が、やっと80歳を過ぎて花開き実を結んだと実感でき、もうやり残した事はないと感傷にふけった。翌日、家に帰る前に1泊してポルトの町の観光して回った。その後、ナザレの家に戻り、いつも通りの平穏な日々が続いた。そんな、2018年の10月の雨の日、レフとアリサがリスボンへ仕事の相談でソフィアに呼び出され出かけた。

 リスボンに1泊してマキシムの店も見て回った。繁盛しており商売は順調の様だった。その後、リスボンから自宅のあるナザレの郊外の高台にある家へ帰る途中だった。家の近くの海沿いの道を走行中、対抗車線の車が前の車に追い越しをかけてきて、それをよける様にしてハンドルを切ると車がスリップしてガードレールに激突し、それを破ってレフの運転する車が海の中へ落ちた。警察を呼んでダイバーの捜索で2つの遺体を見つけた。

 連絡を受けて急いで現場に駆けつけたマキシムとソフィアは泣き崩れて茫然自失だった。これによってレフとアリサはシベリヤ抑留から始まりウラジオストク、ヤルタ、リスボンへの大移動という波瀾万丈の人生の幕をおろした。その夜は満月で大きな月が穏やかな波間に映り神々しいほど美しい景色だった。それはまるでイワン、マリア、ベロニカ、エミリアが待つ天国へレフとアリサが登る階段の足元を照らすように夜空に煌々と輝いていた。(終了)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み