第10話

文字数 1,241文字

今日、類が、行ってしまう。

明日は初雪が降る予報。
類のお父さんが類を迎えに来たのはそんな日だった。



あの後、戻った私たちを叱る大人はいなかった。

類のお父さんは私の家でお母さんといっしょに待っていた。

類のお父さんは顔は似ていないけれど、声や話し方、仕草は類とそっくり。

あの日初めて、私は、お母さんが類のお母さんと親友だったことを知った。

友達なのだろうとは思っていたけれど、まさか親友だったとは思わなかった。

類はお父さんの前では嫌だとも言わず、転校するならなるべく早い方がいいというおばあちゃんの考えにも逆らわずに、雪の降る前にこの町を出ることになった。

類の転校を知ってまず泣いたのは怜奈だ。
それにつられるように、女の子が何人も泣いた。
類は最後まで男子には馴染めなかった。


類がいなくなるまであと何日かと数えながら、私は残された毎日を類と過ごした。
怜奈はもう、邪魔をしてくることはなかった。


明日お父さんが迎えに来るという日の前日、類が言った。

「神社に行かない?」

七夕祭りの日の神社へ、類と向かった。
「お母さんはこの町のこと何も話してくれなかったけれど…お父さんが言ってた。お父さんにここを教えてくれたのはお母さんなんだって。」
石段を上りながら類が言う。


石段を、神社まで上りきる。
私たちは景色を見渡せるところまで出た。
山にすっぽりと囲まれた小さな町全体が見渡せる。
山の向こうにはまた山があるだけ。

「…僕さ、帰ってくるから。」

類が急に口を開いた。

「え?」

「大人になって、絶対戻ってくるよ。」


嘘だ。
そんなわけがない。


「だから、また会えるよ。」


嘘だ。
類は、戻ってこない。


何も言えなかった。
涙だけが出る。

類が戻ってくるという、そんな微かな希望を私はこれから先、ずっとずっと抱きながら生きていくんだろうか。

それとも、それは本当の希望の光になるのだろうか。


「あすみ、またきっと会おうね。」

類の微笑みが、夕焼けに照らされる。


綺麗だな。
その微笑みを、私は目に焼き付ける。






…類が、行ってしまう。

クラスの女の子たちが見送りに来た。
類を囲んで泣いている。

怜奈はもう、泣いていなかった。

私はなんだか、近づけずにいた。

類のお父さんが私の方へ来た。

「あすみちゃん、類と仲良くしてくれてありがとう。きみはずっと、類の味方でいてくれたんだってね。きみがいて、類は本当に心強かったと思うよ。いつか戻って、きみに会いに来るって言ってた。」

「えっ…」

バスが来た。

類がこっちを見た。
初めて会った日のように。

「類…」

類は、微笑んだ。

これが、最後じゃないと言うように。

嘘なわけがなかった。

類がその場しのぎの嘘を言う子じゃないなんて、わかってたはずじゃないか。

だけど、怖かったから。

類が帰ってこなかったら、私の想いはきっと行き場がなくて泡になるしかないから。

「…待ってるから!!」

類は確かに微笑んで、そして、行ってしまった。


私が守りたかった、私の宝物。


私を守ってくれていた、私の宝物。


バイバイ、類。

もう会えなくても、

私はずっと、類の味方。




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