第9話

文字数 1,346文字

あーあ…。

夏休みの1番の思い出にしたくて、夏休みが終わる頃に花畑に行くことにしたのが間違いだった。

今日がその日だったのに、外はどしゃ降りの雨。

明日もあさっても、今週はずっと雨。

夏休みが終わってしまう。


類に会わずに過ごす毎日はとても退屈だ。

でもまあいっか。
夏休みが終わったって、花を見に行くことはできる。



でも、何でだろう。
私が類との楽しみをもつと、その予定が崩れてしまうのは。



雨が降り続き、類と会えないまま3日が過ぎた日、めったに鳴らない家のチャイムが鳴った。

「あすみ、ちょっと出てー」

「はーい」

ドアを開けると、類と知らない男の人が立っていた。

「類…」

「こんにちは。きみがあすみちゃん?」
男の人は、穏やかな声で言った。
類とよく似た、優しい声で。

「あすみー、どなた?」

濡れた手を拭きながらお母さんが奥から出てきた。
そして、男の人を見て驚いていた。

「……広大(こうだい)、さん…?」

「唯ちゃん…久しぶりだね。類がすっかりお世話になったみたいで…ありがとうございます。」

「どうして…」

「実は昨日、綾のお母さんが倒れちゃって…」

「えっ!おばさんが!?」

「うん、でも、そんな大したことじゃないから安心して。…ただ、お母さん、それですっかり自分の体に自信がなくなってしまったみたいで…。すぐにとはいかないけれど、中学に上がる前には、類を僕のところに戻したいって話になったんだ。」

「えっ…」
類を見た。
類は黙って少しだけ微笑んだような顔をしている。
けれど、私にはとても悲しそうに見えた。



「……やだ……」

類がハッとした顔で私を見た。

「嫌だ!!」
私は叫んだ。

類の代わりに。

類。

類は叫ぶことができない。
嫌だと言うことができない。

きっと、ずっとそうだった。

お母さんが亡くなってしまったことも。

お父さんと離れたことも。

知らない町で暮らすことも。


そして今度は、この町を出ていくことも。


嫌だと叫びたかったけれど、叫んだって仕方ないことだった。

だから類は受け入れた。
ガマンした。

私たちは子どもで、そうするしか術がない。


類の手をとり、どしゃ降りの中を駆けていく。


守る。

今度こそ、私が。

守る?


…どうやって。



無我夢中で走り、気がつくと、神社へ続く階段の入り口にある、大きな木の下に着いていた。

「あすみ…」

「ねえ、嫌だよね?類。町を出るなんて、嫌だよね!?嫌だって、言っていいんだよ、私の前なら!言っていい、ほんとの気持ち!」

「…あすみ、落ち着いて。…ありがとう。僕の代わりに言ってくれたんだよね。」

「…違う、私も…私も、嫌だよ。類がいなくなるなんて、私も、嫌だ!」

「…あすみ。この町を出るのは嫌だ。あすみと離れることは…嫌だよ。でも、僕は、1人になるわけじゃない。お父さんといっしょにいられる。そう、思うことにした。」

「…類は、それで、いいの…?」

類は、何も言わずにいつものように優しい顔で微笑んだ。

きっとまた、そうするしかないから。

…ずっと、
気づかなくて、ごめんなさい。

類は、ずっと寂しかったんだね。

おばあちゃんが倒れた時だって、怖かったはずだ。

私では、類を守れなかった。
私では、類の寂しさを埋められない。


神様。
神様、七夕の日のあの願いを訂正させてください。

『類が、幸せでありますように。』

この願いだけは、絶対絶対、絶対に、叶えてください。






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