第1話
文字数 2,278文字
いつも未来に…明日に希望をもって、『明日』を『見つめて』生きていってほしい。
だから、『あすみ』と名づけた、と両親は言った。
それならそのまんま、未来と書いて、みらい、みき、みく、みくる…何でもいいからそっちの方が良かった。
山の中にあるこの町には、商店街があって、そこで生活の全てが揃う。
電気屋、花屋、本屋、おもちゃ屋、お肉屋、八百屋、家具屋。
郵便局も居酒屋もある。
農家や田んぼがあるわけでもないけれど、山と山に囲まれたこの町は、間違いなく『田舎』だ。
子どもたちが集まるのは普段は学校の校庭か小さな公園だけだった。
けれど、私たちが幼稚園に上がる頃には少し離れたところに遊園地もスキー場もできて、そこを目当てに夏も冬も観光客が来るようになった。
そのためにホテルもできたし、遊園地の周りにも人が立ち寄れるようなお土産屋さんみたいなものなんかもできた。
スキー客のためにスキー場のそばに1軒だけど、コンビニもできた。
歩いて行ける距離にそれらができたことで、夏休みも冬休みも余計にこの町から出ることはなくなったし、この町は活気に包まれてきた。
夏には商店街のお祭りもあるし、町内会で子どもたちのために企画された行事もたくさんある。
みんなが顔見知りで、平和で、のんびりしたこの町にはいざこざもない。
子どもにとっては何の不自由もない場所。
両親はこの町で生まれ育った幼なじみ。
勤め先もこの町の市役所で、母は結婚を機に専業主婦となり、父は変わらず、市役所に勤めていた。
商店街のお店にはそれぞれ、年齢は違うけれどだいたい子どもがいて、みんなひっくるめて友達だ。
私には、この町が世界の全てだった。
この町から出る理由なんてなかった。
小学生になって、あだ名がついた。
2年生頃だったか、私のおばあちゃんが私を呼ぶときに「あずみ」と呼ぶのを聞いたクラスの男子が、からかうようにそう呼んだ。
おばあちゃんはこの町の生まれではない。どこだったか、遠い町からお嫁にやって来たのだ。
独特の訛りがあって、私を呼ぶときいつも「あずみ」と聞こえた。
「あずみの方が呼びやすいよね!あずみって呼ぼうっと!」
男子がからかうのを聞いて最初にそう言ったのは、怜奈 だ。
私は怜奈が苦手だった。
苦手というより、本音を言えば、嫌いに近い。
いつも、何かと私に張り合おうとしてくる。
クラスで何か目立った役回りがあれば、まず立候補するのが怜奈だ。
けれど、決まって誰かがいつも私を推薦する。
その結果、多数決でなぜかその役割が私にまわってきそうになる。
小学生は残酷だ。
そこで怜奈が泣き出して、結局は私が譲る形になるのだ。
怜奈もきっと、私が気に食わないはずだった。
この町に似合わない、派手な顔立ちで目立ちたがり屋。
だけど圧倒的に人望がない。
黙って大人しくして微笑んでいれば、その綺麗な顔で人が寄ってきそうなものなのに、隙あらば人を蹴落とそうとする言動がいつも見え隠れする。
そんな怜奈が言ったにもかかわらず、みんなが呼びやすかったようで、「あずみ」というあだ名は定着した。
嫌だ、とは言えなかった。
こんな名前、嫌いだ。
明日から夏休みという日の夕方。お使いでお肉屋さんへ行った帰り道にあるバス停で、見かけない男の子に出会った。
大きなスポーツバッグを持ってバスから降りてきたその子は、一目見てこの町の子ではないとわかった。
夕暮れが、よく似合う。
まるで、絵に描いたような、
色白で、キリッとした、頭の良さそうな綺麗な顔。
着ているものだって、この辺じゃ売ってないようなオシャレなものだ。
その子と、目が、合った。
私は、息を止めた。
いや、止まったのかもしれない。
あんなに綺麗な瞳に映るのが恥ずかしかった。
そこへ走ってきたのは、おもちゃ屋のおばあちゃんだ。
「類 !」
その子に駆け寄り両肩に手をのせ、撫でながら
「よく来たねえ、遠かったでしょう、ごめんね、迎えに行けなくて」
と話しかけている。
おばあちゃんの孫なのかな。
夏休みが始まるから遊びに来たんだろうか。
でも、今までに見たことがない。
おもちゃ屋のおじいちゃんは2、3年くらい前に亡くなっていて、それまでは夫婦でいるところしか私は見たことがなかった。
おばあちゃんの子どもらしい人にも会ったことはない。
類と呼ばれたその子がこっちを見ていることに気づいたおばあちゃんも、こちらを向いた。
「あら、あすみちゃん!こんばんは」
「こんばんは」
軽く会釈をしながら、男の子をチラッと見る。
「あの…あすみちゃん、今何年生だった?」
「4年生です」
「あっ、あらーそう、ちょうど良かった!この子ね、おばちゃんとこの孫で、類っていうの。夏休みが明けたらあすみちゃんたちと同じ学校に転校してくるから、よろしくね、あすみちゃんと同じ4年生だから!」
「えっ」
こんな綺麗な男の子が、こんな田舎の学校に?
私は信じられない気持ちでいた。
なんだか胸がドキドキしてきた。
「良かったら、夏休み中にいっしょに遊んでもらえない?」
「えっ」
また驚きながら、男の子を見た。
男の子は、少しだけ微笑んだ。
その顔が優しくて、私はさらに恥ずかしくなって、その場から逃げたくなった。
「早くお友達ができると、おばちゃんも安心なんだけど」
「あっ…はい!わかりました!じゃあ、明日、遊びに行きます!」
慌てて返事をし、また会釈して、私は走って家に向かった。
走りながら、私は今までに見た中で1番キレイな男の子のことを思ってドキドキしていた。
あの子にこれから毎日会える。
そう思うと、生まれてから今までで1番ワクワクする気持ちが湧いてきた。
『今までで、1番』
それが、類との出会いだった。
★
だから、『あすみ』と名づけた、と両親は言った。
それならそのまんま、未来と書いて、みらい、みき、みく、みくる…何でもいいからそっちの方が良かった。
山の中にあるこの町には、商店街があって、そこで生活の全てが揃う。
電気屋、花屋、本屋、おもちゃ屋、お肉屋、八百屋、家具屋。
郵便局も居酒屋もある。
農家や田んぼがあるわけでもないけれど、山と山に囲まれたこの町は、間違いなく『田舎』だ。
子どもたちが集まるのは普段は学校の校庭か小さな公園だけだった。
けれど、私たちが幼稚園に上がる頃には少し離れたところに遊園地もスキー場もできて、そこを目当てに夏も冬も観光客が来るようになった。
そのためにホテルもできたし、遊園地の周りにも人が立ち寄れるようなお土産屋さんみたいなものなんかもできた。
スキー客のためにスキー場のそばに1軒だけど、コンビニもできた。
歩いて行ける距離にそれらができたことで、夏休みも冬休みも余計にこの町から出ることはなくなったし、この町は活気に包まれてきた。
夏には商店街のお祭りもあるし、町内会で子どもたちのために企画された行事もたくさんある。
みんなが顔見知りで、平和で、のんびりしたこの町にはいざこざもない。
子どもにとっては何の不自由もない場所。
両親はこの町で生まれ育った幼なじみ。
勤め先もこの町の市役所で、母は結婚を機に専業主婦となり、父は変わらず、市役所に勤めていた。
商店街のお店にはそれぞれ、年齢は違うけれどだいたい子どもがいて、みんなひっくるめて友達だ。
私には、この町が世界の全てだった。
この町から出る理由なんてなかった。
小学生になって、あだ名がついた。
2年生頃だったか、私のおばあちゃんが私を呼ぶときに「あずみ」と呼ぶのを聞いたクラスの男子が、からかうようにそう呼んだ。
おばあちゃんはこの町の生まれではない。どこだったか、遠い町からお嫁にやって来たのだ。
独特の訛りがあって、私を呼ぶときいつも「あずみ」と聞こえた。
「あずみの方が呼びやすいよね!あずみって呼ぼうっと!」
男子がからかうのを聞いて最初にそう言ったのは、
私は怜奈が苦手だった。
苦手というより、本音を言えば、嫌いに近い。
いつも、何かと私に張り合おうとしてくる。
クラスで何か目立った役回りがあれば、まず立候補するのが怜奈だ。
けれど、決まって誰かがいつも私を推薦する。
その結果、多数決でなぜかその役割が私にまわってきそうになる。
小学生は残酷だ。
そこで怜奈が泣き出して、結局は私が譲る形になるのだ。
怜奈もきっと、私が気に食わないはずだった。
この町に似合わない、派手な顔立ちで目立ちたがり屋。
だけど圧倒的に人望がない。
黙って大人しくして微笑んでいれば、その綺麗な顔で人が寄ってきそうなものなのに、隙あらば人を蹴落とそうとする言動がいつも見え隠れする。
そんな怜奈が言ったにもかかわらず、みんなが呼びやすかったようで、「あずみ」というあだ名は定着した。
嫌だ、とは言えなかった。
こんな名前、嫌いだ。
明日から夏休みという日の夕方。お使いでお肉屋さんへ行った帰り道にあるバス停で、見かけない男の子に出会った。
大きなスポーツバッグを持ってバスから降りてきたその子は、一目見てこの町の子ではないとわかった。
夕暮れが、よく似合う。
まるで、絵に描いたような、
色白で、キリッとした、頭の良さそうな綺麗な顔。
着ているものだって、この辺じゃ売ってないようなオシャレなものだ。
その子と、目が、合った。
私は、息を止めた。
いや、止まったのかもしれない。
あんなに綺麗な瞳に映るのが恥ずかしかった。
そこへ走ってきたのは、おもちゃ屋のおばあちゃんだ。
「
その子に駆け寄り両肩に手をのせ、撫でながら
「よく来たねえ、遠かったでしょう、ごめんね、迎えに行けなくて」
と話しかけている。
おばあちゃんの孫なのかな。
夏休みが始まるから遊びに来たんだろうか。
でも、今までに見たことがない。
おもちゃ屋のおじいちゃんは2、3年くらい前に亡くなっていて、それまでは夫婦でいるところしか私は見たことがなかった。
おばあちゃんの子どもらしい人にも会ったことはない。
類と呼ばれたその子がこっちを見ていることに気づいたおばあちゃんも、こちらを向いた。
「あら、あすみちゃん!こんばんは」
「こんばんは」
軽く会釈をしながら、男の子をチラッと見る。
「あの…あすみちゃん、今何年生だった?」
「4年生です」
「あっ、あらーそう、ちょうど良かった!この子ね、おばちゃんとこの孫で、類っていうの。夏休みが明けたらあすみちゃんたちと同じ学校に転校してくるから、よろしくね、あすみちゃんと同じ4年生だから!」
「えっ」
こんな綺麗な男の子が、こんな田舎の学校に?
私は信じられない気持ちでいた。
なんだか胸がドキドキしてきた。
「良かったら、夏休み中にいっしょに遊んでもらえない?」
「えっ」
また驚きながら、男の子を見た。
男の子は、少しだけ微笑んだ。
その顔が優しくて、私はさらに恥ずかしくなって、その場から逃げたくなった。
「早くお友達ができると、おばちゃんも安心なんだけど」
「あっ…はい!わかりました!じゃあ、明日、遊びに行きます!」
慌てて返事をし、また会釈して、私は走って家に向かった。
走りながら、私は今までに見た中で1番キレイな男の子のことを思ってドキドキしていた。
あの子にこれから毎日会える。
そう思うと、生まれてから今までで1番ワクワクする気持ちが湧いてきた。
『今までで、1番』
それが、類との出会いだった。
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