第13話

文字数 1,448文字

類のお父さんは一足先に帰っていった。

類がいるのはあと3日くらい。

急に降ってきた未来への選択。
どう決めたらいいのか、わからない。

類は高校を卒業したら進学せず、お父さんからも離れて各地をまわることにしたらしい。

類なら絵の勉強を本格的にすれば本当に絵で生活していけそうだと思った。
けれど、学校ではないのだと類は言った。
いろいろなもの、場所、人を見て感性を磨きたい。教わったものではない、自分だけの。
それは今、この時のこの気持ちでないとできないことなのだと。

それはきっと、前にお母さんから聞いた、類のお母さん譲りの考え方なのだろう。

それに私が同行?
…考えられなかった。

多数の人とは違う、そんな生き方を私ができるなんて思えなかった。

類とはいっしょにいたい。

でも、それだけで決めていいものなのか。

行かないなら、私は帰らない類をここで待ち続けるのだろうか。

考えても考えても、同じことの繰り返しだ。


結論を、出さなければ。
私しか、出すことはできない。



そして、決めた。

わたしはここに残る。
ここに残る理由はいくつもあるから。
家族、学校、安定した将来のための生活。

けれど、出ていく理由は類しかない。


そう伝えるために、類の家へ行った。


家の戸を開けた類は、私の顔を見て、悲しそうに微笑んだ。

それは、この町を出て行くと決めた日と同じ。
うつむいて、その顔から目を逸らした。


「ごめんね、困らせて…」
類の言葉に、顔をあげる。

「それでも言いたいんだ。悪あがきでも。…あすみ、ぼくといっしょに行かないか。」
涙がこみあげる。
類は私の気持ちをわかっている。

これが類との最後なのかもしれない。


「…なんてね…ダメだね。きみみたいに、ちゃんと愛してくれる家族がいる人を連れていくなんて」
類は悲しげに、優しく笑った。

いっしょに行きたい、けれど、行けない。
そう、きちんと伝えなければいけないのに、涙が声を押し込める。

「僕はちゃんと選んだ。たくさんの場所に行って、いろんな物を見て、いろんな人に出会って、やっぱりきみを選んだ。だけど…ああ…そうだね、きみは違うんだ。きみにはまだ選択する未来がある。他の場所や、人にこれから出会うんだよね。この町の、中でも、外でも。」

違う。
きっと、どんな人と出会ったって、私は類を選ぶ。
その想いは、確かだ。

…それでも、勇気が出ないのだ。
明日を掴む勇気が、私にはないのだ。

「ごめん…」

それだけ言うのが精一杯で、走って類の家をあとにした。


涙でぐしゃぐしゃの顔のまま帰った私を見て、お母さんが部屋に来た。

「あすみ。あすみはどうしたいの?」

「本当は…類と、いっしょに行きたい。けど、怖い。明日には違うことを思って、後悔するかもしれないから。」

「…ここに残る理由と、類くんといっしょに行きたいという気持ちはどっちが強い?」

お母さんの言葉に、はっとした。

「お父さんはわからないけど、お母さんは、もうこの町に未来があるとは思えない。…だから、想いが強い方に進みなさい。そうすればどんなことになっても、きっと後悔はしない。自分の生き方ができるはずだから。」

想いの強い方。

それなら答えは簡単だった。

類と、いっしょにいたい。

この何年間、会えなかった時間さえ、私を支えてきたのは、類とまた会いたいという想いだった。
誰と出会ったときでも思い出すのは、類のこと。
いつの瞬間も、分かち合いたいのは類だった。


空はずっと続いているなんて。
そんなことを思ったって、近くにいられなければ、心は類を求める。


私の心は決まった。

明日、類にもう一度会いに行こう。



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