第3話
文字数 1,543文字
8月7日。
ここの地方では、今日が七夕だ。
今夜はお祭りだから、特別に夜遅くに類と会える。
浴衣を着て、お母さんといっしょに商店街のおもちゃ屋さんまで行き、類を迎えにきた。
この頃にはもう、類とはすっかり打ち解けていたけれど、私は相変わらずみんなから類を隠していた。
おもちゃ屋さんは商店街の端っこにある。
昔は駄菓子も売ってたみたいだけど、今は近くにスーパーもあるので、ここまで来る子はほとんどいない。
他の町におばあちゃんがいる子たちは夏休み中はそっちに行っていていなかったし、類の家の周りなら誰かに見つかる心配はないと思って、外には少しだけ出ていた。
お母さんが、おもちゃ屋さんのおばあちゃんに声をかける。
「こんばんは、お久しぶりです」
「あら、唯 ちゃん、こんばんは。いつもうちの孫があすみちゃんに遊んでもらって…ありがとうね」
「こんばんは」
奥から出てきた類を見て、お母さんが驚いているのがわかった。
「お母さん?どうしたの?」
「え?あ、ううん…こんばんは。はじめまして。」
おばあちゃんはお母さんに言った。
「本当に…綾にそっくりでしょ?」
「ええ、本当に…」
お母さんは、目頭を拭った。
綾。
この前もお父さんが言ってたっけ。
類のお母さんなのかな。
私は類に夢中で、誰にも見つからずに会うことに精一杯で、どうして類がここへ来たのか、そんな基本的なことさえ知らなかったことに、この時初めて気づいた。
お母さんはおばあちゃんのとこに置いてきて、私は学校の子に見つからないか、ひやひやしながら、類と出店をまわった。
ヨーヨー釣りと型抜きをしてから、リンゴあめとたこ焼きを買った。
これを持って、類と隠れよう。
「ねえ、山の上の方にね、神社があるんだ。そこに行く途中の階段に座って、これ食べよう。」
私の言葉に、類は微笑みながらうなずいた。
神社の方は、お祭りの日だけは上まで明かりがついていてとてもきれいだ。
たこ焼きを食べながら、類に聞いた。
「類はさ、どうしてこの町に来ることになったの?」
「お母さんが、死んじゃったから」
「え…お父さん、は?」
「お父さんは、いるよ。お父さんはね、僕らのために、本当に好きな、絵を描くことをずっとガマンしてきたんだ。だからさ、お父さんには今度はガマンしないで思いっきり好きなことをしてほしいんだ。…それは、ずっとお母さんの願いでもあったから。…だから僕は、お父さんに自由になってもらうためにおばあちゃんと暮らすことにした。…今の僕は、きっとお父さんのジャマになっちゃうだけだから。お父さんはそんなこと、絶対に言わないだろうけど。おばあちゃんには初めて会うのに、いっしょに暮らしたいなんて言ったら困るだろうなと思ったけど、全然そんなことなかった。僕、この町に来れて良かった。おばあちゃんは優しいし、この町、空気がすごく…澄んでる。」
類は、そう言った。
私は嬉しかった。
この町に類が来てくれたことも、類がこの町に来て良かったと言ってくれたことも。
けど、平気なわけなかったのだ。
お母さんが死んでしまって、お父さんとも離れて、初めて会う人と、知らない町で暮らす。
いつも口数の少ない類が、この時はすらすらと自分の思いを話した。
まるで、用意していたセリフを言うように。
小学生の私は、そのことに気づかずにいた。
ただ、類と一緒に、これからもずっと一緒にいたかった。
「ねえ、神社まで行ってみようか。そこで、お願い事しようよ。短冊はないけど、七夕の夜だもん、きっとお願いが叶うよ!」
類の顔が明るくなっていくのがわかった。
あの日、私が願ったのは
『もっと類と仲良くなれますように』。
そんな私の隣で、類は何を願っていたんだろうか。
いつまでも手を合わせている類の横顔を、私は、綺麗だなと思って、ただぼんやりと見ていた。
★
ここの地方では、今日が七夕だ。
今夜はお祭りだから、特別に夜遅くに類と会える。
浴衣を着て、お母さんといっしょに商店街のおもちゃ屋さんまで行き、類を迎えにきた。
この頃にはもう、類とはすっかり打ち解けていたけれど、私は相変わらずみんなから類を隠していた。
おもちゃ屋さんは商店街の端っこにある。
昔は駄菓子も売ってたみたいだけど、今は近くにスーパーもあるので、ここまで来る子はほとんどいない。
他の町におばあちゃんがいる子たちは夏休み中はそっちに行っていていなかったし、類の家の周りなら誰かに見つかる心配はないと思って、外には少しだけ出ていた。
お母さんが、おもちゃ屋さんのおばあちゃんに声をかける。
「こんばんは、お久しぶりです」
「あら、
「こんばんは」
奥から出てきた類を見て、お母さんが驚いているのがわかった。
「お母さん?どうしたの?」
「え?あ、ううん…こんばんは。はじめまして。」
おばあちゃんはお母さんに言った。
「本当に…綾にそっくりでしょ?」
「ええ、本当に…」
お母さんは、目頭を拭った。
綾。
この前もお父さんが言ってたっけ。
類のお母さんなのかな。
私は類に夢中で、誰にも見つからずに会うことに精一杯で、どうして類がここへ来たのか、そんな基本的なことさえ知らなかったことに、この時初めて気づいた。
お母さんはおばあちゃんのとこに置いてきて、私は学校の子に見つからないか、ひやひやしながら、類と出店をまわった。
ヨーヨー釣りと型抜きをしてから、リンゴあめとたこ焼きを買った。
これを持って、類と隠れよう。
「ねえ、山の上の方にね、神社があるんだ。そこに行く途中の階段に座って、これ食べよう。」
私の言葉に、類は微笑みながらうなずいた。
神社の方は、お祭りの日だけは上まで明かりがついていてとてもきれいだ。
たこ焼きを食べながら、類に聞いた。
「類はさ、どうしてこの町に来ることになったの?」
「お母さんが、死んじゃったから」
「え…お父さん、は?」
「お父さんは、いるよ。お父さんはね、僕らのために、本当に好きな、絵を描くことをずっとガマンしてきたんだ。だからさ、お父さんには今度はガマンしないで思いっきり好きなことをしてほしいんだ。…それは、ずっとお母さんの願いでもあったから。…だから僕は、お父さんに自由になってもらうためにおばあちゃんと暮らすことにした。…今の僕は、きっとお父さんのジャマになっちゃうだけだから。お父さんはそんなこと、絶対に言わないだろうけど。おばあちゃんには初めて会うのに、いっしょに暮らしたいなんて言ったら困るだろうなと思ったけど、全然そんなことなかった。僕、この町に来れて良かった。おばあちゃんは優しいし、この町、空気がすごく…澄んでる。」
類は、そう言った。
私は嬉しかった。
この町に類が来てくれたことも、類がこの町に来て良かったと言ってくれたことも。
けど、平気なわけなかったのだ。
お母さんが死んでしまって、お父さんとも離れて、初めて会う人と、知らない町で暮らす。
いつも口数の少ない類が、この時はすらすらと自分の思いを話した。
まるで、用意していたセリフを言うように。
小学生の私は、そのことに気づかずにいた。
ただ、類と一緒に、これからもずっと一緒にいたかった。
「ねえ、神社まで行ってみようか。そこで、お願い事しようよ。短冊はないけど、七夕の夜だもん、きっとお願いが叶うよ!」
類の顔が明るくなっていくのがわかった。
あの日、私が願ったのは
『もっと類と仲良くなれますように』。
そんな私の隣で、類は何を願っていたんだろうか。
いつまでも手を合わせている類の横顔を、私は、綺麗だなと思って、ただぼんやりと見ていた。
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