第15話

文字数 1,015文字

朝一番のバスに乗るために、お母さんに見送られて、家を出た。
お父さんには、帰ってからちゃんと話すことを約束して。

「夏休みが明ける前には、一度帰ってくるから。」

「わかった。行ってらっしゃい。」

手をふる私に、お母さんが続けた。
「類くんに伝えて!類くんのお母さんは…綾は、母親になれたことを幸せに思ってたって。…私もだよ、あすみ。あなたがいたから、未来が明るく見えた。…広い世界で、生きて。」

涙が出そうになるのをこらえて、力いっぱいうなずいて、私は走り出した。

不安を、振り払うように。


子どもの頃、嫌だと言えなかった類。
自分の気持ちを押し込めて生きてきた類。
そんな類が、最後まで、言ってくれた。
私といっしょに生きていきたい、と。

七夕の訂正した願い。


叶えられるのは、神様じゃない。



類と初めて出会ったバス停で、類を待とう。

そう思っていたのに、類はもうバス停のベンチに座っていた。

肩で息をしながら立ち止まっている私に、あの日のように類も気がつき、立ち上がった。

「あすみ…?どうして…」

重い荷物を道に放り投げて、類のところまで走り、類に飛びついた。

「私も、類と生きていきたい!」

それ以外の言葉は、いらなかった。

もう、ここで類のことを思って、鎖につながれてるみたいに待つことはしない。


あんなにも悩んでいたことがウソみたいに、私の心は風が通りぬけるように軽くなっていた。

心の中に、空が広がっていくみたいに。


そうだ。思い出した。
類がいれば、私は無敵だったんだ。







始発のバスの、一番後ろに乗り込む。

「ねえ、類のいた街は、どんなだった?」
「……そうだな…何でもあるけど、何にもない街…かな。」
「…ふうん…」

トンネルを抜け、町を出たところで振り返った。

あの深い山の中に、私の世界の全てがあった。


私の人生は、
あの町に育てられ、
あの町を出て始まる。

あの町を出る理由なんて、何もなかったはずだった。

けれど、そこを出て生きていきたいほどの理由ができた。
いっしょに生きていきたい人が。





去ってしまえば、廃れてしまったあの町は空っぽのかごみたいになるのだろうか。

いや、そうではない。

それどころか、遠くなるほどに、もっと思い焦がれ、もっと輝き、もっと強く心が求める場所になる。

戻れたときにはもう、元の姿はきっと心の中にしかない。


それでも。


寂れていたって、
廃れてしまったって、
あの町はずっとずっと、

私の、宝物。

「あすみ」

類が、私の名前を呼ぶ。



私の名前は今、やっと私の宝物になった。
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