第12話 ネアンデルタール人

文字数 2,527文字

 どれだけ刻がたったのだろうか・・
恐竜と呼ばれていた巨大生物が絶滅し、人が現れた。

 ネアンデルタール人である。
洞窟を住処(すみか)とし、マンモスなどの狩りをしていた。
狩りは集団でしている。
性格は温厚だ。

 ある一人のネアンデルタール人が、朝日が昇る少し前に洞窟を出た。
狩りをするため仲間のもとに向ったのだ。

 やがて朝日が昇る。
日が高くなるにつれ、草原のあちこちに陽炎(かげろう)が立ち始めた。
そのような光景を見ながら、仲間と合流するため少し歩きを早めたときだった。
進む少し先の景色が、少し揺れ始める。
まるで行く手を阻むかのように陽炎が現れたのだ。

 だが、その陽炎は周りの陽炎と様子が少し違った。
近づくにつれ、陽炎は徐々に形を変えはじめたのだ。
不定形でぼやかしていた範囲が明確になり始める。

 陽炎の輪郭が、人の形に変わってきたのだ。
その人形の陽炎を通し、草原が揺れ動いて見える。

 ネアンデルタール人は、怖くなり立ち止った。

 人の形を形成した陽炎はさらに変化をする。
色がつき始めたのだ。
それも、徐々に・・徐々に。
それにつれ揺れ動いていた色が固定されはじめた。

 やがて、それは人の絵のようになった。
そう・・、絵画に描かれた人だけを切取ってそこに置いたかのようだ。
そしてその絵が起伏を帯びはじめ、人となって現れた。

 ネアンデルタール人は恐怖に(おのの)いた・・・
悪霊だ!

 恐怖に震えるネアンデルタール人に、悪霊が話しかけてきた。
ネアンデルタール人は、目を見開き驚愕の顔になる。

 本能が逃げろと告げている。
だが、体が恐怖で動かないのだ。
(やり)を握りしめている手が、小刻みに震え歯がガチガチとなる。

 この頃のネアンデルタール人は言葉を持っていなかった。
コミュニケーションは目線、身振りなどで行っている。
だからネアンデルタール人は言葉というものは分らない。

 そのため、悪霊は言葉でネアンデルタール人に話しているのではなかった。
ネアンデルタール人の頭の中にイメージを伝えてきたのだ。
だが、ネアンデルタール人は、そのことに気がついていない。

 ネアンデルタール人は死を覚悟した。
しかし、覚悟したとき不思議と生きようとする本能が恐怖をすこし押しのけた。

 恐怖で強ばっていた手が、震えながらではあるが上がりはじめた。
槍を握っていた手だ。
そして腕が投擲する位置まで上がると、あとは勝手に体が動いた。
上半身を捻らせ全力で槍を悪霊に投げつける。

 狩りをしているネアンデルタール人にとって悪霊の居る位置は外す距離ではない。
槍は一直線に悪霊の心臓に向って突き進んだ。
槍が、悪霊の心臓を貫く!
そうネアンデルタール人が確信したときだった。

 飛翔した槍が、悪霊の直前で空中にピタリと止る。
そう、空中で静止したのだ。
そして・・

 カラン・・

 静止した槍が、その状態から地面に落ちた。
ネアンデルタール人は目を見開いた。
ワナワナと全身が震え、悪霊から目が離せない。

 やがて恐怖から、体の力が抜け膝をついた。
どうすればよいか分らなくなる。
その時、呪術師の教えがふと脳裏を過ぎった。
そして呪術師の教えに従い・・。

 悪霊に目を合せないように(ひざまず)く。
そして、腰に下げていた貴重な食料を手にとり、それを両手で(かか)げる。
食料を、悪霊に捧げたのだ。
悪霊を鎮めるために。

 しかし悪霊は食料を受け取らなかった。
そして、頭の中に再び語りかけてきた。

 その悪霊は、自分はオルリだと言った。
恐れることはない、自分は創造主だと言う。
そして素直に自分の質問に答えるようにという。
先祖は何時からどのように狩りを覚え、火のおこし方を覚えたか聞いてきた。
素直に長老の昔話や、語り部(かたりべ)が語った話を伝えた。

 それを聞くと、創造主は考え込んでいた。
そしてボソリと呟く。

 ”進化が遅い・・、遅いが進化はしているようだ・・。”
言っている意味は分らず、ネアンデルタール人は只管(ひたすら)(あが)め続けた。

 やがて、創造主はネアンデルタール人に向け左手を前に(かざ)した。
その直後、ネアンデルタール人は激しい頭痛に襲われる。
もがき苦しんだ末、気を失ってしまった。

 目が覚めると、言葉、芸術、文字という概念が浮んだ。
そして、なぜかこれらが理解できた。

 その様子を見て創造主は微笑んだ。
そして創造主は、それを活用するように伝える。

 伝え終ると創造主は少しづつ透明になっていった。
そして消えた。

 ネアンデルタール人には、創造主という概念が分からなかった。
そのためオルリのことを、偉大な精霊だと考えた。
そして己に固有の名前をつけた。
スタンと。

 スタンは皆に言葉、芸術、文字を広めようとした。
だが、同族には理解できなかった。
いや、理解しようとはしなかった。

 スタンは他のネアンデルタール人が思いつかないような事をするようになった。
それが、やがて狩りなどで他の者がひれ伏すような成果を上げ始める。
その結果、スタンはネアンデルタール人のリーダーとなったのだ。

 スタンがリーダーとなると、彼に周りは彼に取入ろうとした。
それが、スタンの考えを理解しようという原動力となる。
長い年月をかけ、スタンの教えはネアンデルタール人の間に徐々に浸透していった。

 そして、やがてネアンデルタール人独自の言葉が生れる。
言葉が生れると文字が開発された。
それを機に、ネアンデルタール人の文化が開き始めた。
文化が発達すると村が形成され、やがて階級が生れる。
すると、さらに村々を統括する者が現れ始めた。

 芸術も生れた。
洞窟に絵を描き生活の様子を描きはじめたのだ。
精霊への祈りを込めて。

 それから幾つかの世代交代の後、厳しい氷河期が訪れる。
そしてネアンデルタール人は知ることとなる。
創造主が言っていた進化の意味を。
進化したホモサピエンスが現れたのだ。
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