策動 Ⅱ

文字数 4,083文字

 急報が届いてからランスロットは、城内の将兵から情報を集められるだけ集めた。マシューがマヌエルに同行しているために、八葉からの情報が無いのが痛かった。セリアに帰還する前に、斥候も放っている。敵の陣容もいち早く掴みたいところであった。
 ランスロットはセリアの守将、アチェロと情報を交換する。アチェロは自分の任を全うするつもりである。それでいいと、ランスロットは思っていた。虎豹隊に別の部隊の兵がつくのは避けたかったのだ。
「ティーベルド街道の途中でウェシャー砦があります。賊はそこに拠ってマヌエル様を待ち受けるつもりでしょう。自分はマヌエル様のお帰りになるこの城を、必ずや守り抜きます」
 アチェロの言葉に頷いたランスロットだったが、大局的な見方が出来ない軍人だと思っていた。マヌエルが迂闊に身動きできないのは、おそらくジーテガート軍もわかっている。警戒するべきはマヌエルが挟撃を狙うことだ。すると背後からの攻撃を警戒しなければならない。それならばアチェロが言うように、砦でじっとしている訳がないのだ。
「ジーテガート軍。賊の寄せ集めといえば聞こえはいいですが、その実は兵法にも通じた武装勢力。そんな彼らが果たして砦で悠長に待ち受けますかな?」
 不意に聴こえた声に、ランスロットとアチェロが同時に振り向いた。アチェロが眼を丸くして口を開いた。
「お前、まだここにいたのか。先ほどつまみだしたはず…!」
 ランスロットとアチェロの前に現れたのは、長身の男である。六フィール(一フィール=三十センチ)を超えるランスロットよりも、さらに大きい。
 赤みがかった髪はぼさぼさで、肩まで伸びている。鼻筋はすっきりとしており、頬はやや痩せこけている。一見端正に見える顔立ちだが、乱れた髪と無精髭がどこか冴えない印象を抱かせる。
 しかしランスロットが真っ先に注目したのは、長身の男の眼であった。金糸雀色(カナリアいろ)の瞳から発せられる強烈な光は、人を惹きつけるものであり、同時に警戒心を抱かせるものであった。
 長身の男に興味を抱くランスロットと、警戒を強めるアチェロ。対象的な二人の態度を察しているのかいないのか、男は両手を広げて首を振った。
「この乱れた世をしたたかに生き残る賊ですよ。砦で大人しくしている訳がないでしょう。おそらくは街道筋に罠を張って、後続を潰しにかかる。その上で大将首を狙うでしょうな」
 上機嫌で喋り続ける男に対し、アチェロが詰め寄った。男は慌てる風もなく、むしろふてぶてしいとさえ思える態度を取っている。
「貴様、マヌエル様と旧知の仲だろうがなんだろうが、勝手な物言いは許さんぞ。どうせ旧知の仲というのは偽りで、マヌエル様に無心しに来たのだろう。あつかましい奴め。すぐに叩き出してくれる」
 かっとなったアチェロを抑えるように、ランスロットは二人の間に入った。男は呆れたように首を横に振るだけだ。
「落ち着いてください。アチェロ殿。この男は一体何者です?」
 ランスロットは気を落ちつかせるように、ゆっくりとアチェロに話しかけた。もともと辛抱強い性根なのか、頭が冷えてきたアチェロが、男と距離を取る。
「昼前に姿を現したのです。フォルセナ戦争時のマヌエル様と交友のあった者だと。マヌエル様にお目通り願えないかと言ってきたのを、衛兵が追い返したのです。しかしそれでも館の周りをうろついていたので、私と親衛隊で捕らえて、セリアの外へ追い出したのですよ」
 アチェロが大きなため息をつく。怒り慣れてないために、一気に疲れが出てきたのだろう。アチェロがいては話が進まないと判断したランスロットは、場所を変えることにした。
「この男は私にお任せください。捕縛して虎豹隊に見張らせておきますよ。マヌエル様がお戻りなられてから、処遇を仰ぐと致します。おい、こっちに来い」
 男は抵抗せず、素直にランスロットに従った。
「私はこの男を拘束次第、出立致します。アチェロ殿はセリアを頼みます」
 気を取り直したアチェロが一礼する。生真面目な軍人らしい顔に戻った。
「わかっております。リンクス殿もお気をつけて。ご武運をお祈り申し上げます。輜重のことはお任せください」
 頷いたランスロットは、男を伴って兵舎に向かった。男は逃亡することも、騒ぐこともなく、ランスロットの後をついてくる。
 ランスロットは虎豹隊の兵舎に男を連れてきた。すでにラムサスやラモラック、ヴォルフガングが戦闘準備を終えている。
 男を兵舎内の仕切り席に連れてきたランスロットは、ソファに腰掛けた。男は立ったまま、ラムサスらに囲まれている。
「さて、名前を聞かせてもらおうか?」
 肘掛けに頬杖をついたランスロットは、男を見据えた。捕縛する気など最初から無かった。この男の口から出た戦術は、ランスロットが予測していたものと同じだったのだ。
 ラモラックが男を睨みつける。おどけたような態度を取る男が気に食わないのか、ラモラックが詰め寄った。
「てめえ、ぶん殴られてえのか」
 顔をさらに近づけるラモラックに対して、ラムサスが間に割って入った。
「ラモラック、よせ」
 ラモラックと距離を取った男は、身だしなみを整えた。風体は浮浪者に見えない。ローブは魔法衣であり、腰には装飾の施された煌びやかなダガーとブロードソード。そして、なんらかの魔法道具を帯びていた。
「もう一度言う。名前を聞かせてもらおうか」
 男はランスロットと向き合った。じっと見つめてくるその視線。この男がただの虚言者ではないことはすでにわかっている。
「ルーカン・シドニア・ヴァーデン、と申します。以前は皇都ログレスにおりましたが、今は職も無く、あてもなく、ただ彷徨う放浪の身です」
 ヴァーデンが口もとでにやりと笑った。
「それで、マヌエル様に何の用だったのだ」
 指先で頬をなぞったヴァーデンは、いきなり声をあげて笑い出し、頭の後ろを掻いた。
「いやいや、ブリタニア州を目指していたのですが、路銀が尽きましてね。まあ、旧知の仲ということで、マヌエル殿のご慈悲に預かろうかと思った次第です」
 一瞬真顔になったランスロットは、次の瞬間に声をあげて笑った。滅多に感情を表さないランスロットの様子に、ラムサスらも眼を瞠っている。
「本当に金を無心しにきた、という訳か」
 ひとしきり笑ったランスロットとヴァーデンは、再び眼を合わせた。
「ええ。諦めてここを去ろうかと思いましたが、もう一度訪ってよかった。面白そうな御仁に会えましたから」
 にやりとヴァーデンが不敵な笑みを見せる。ランスロットもまた、ヴァーデンを見つめて口もとに笑みを浮かべている。
「先ほどの見解、聞かせてもらおうか」
 それだけでヴァーデンは何のことかわかったのか。即座に頷いてみせた。
「ジーテガート軍はモンフェラート州のグウィス市を支配している。勢力はおよそ五千となると、二千ほどがこのアスランティア郡に侵入しているでしょう。なぜこのような行動をとったのか、はたまた見当もつきませんが、おそらくジーテガート軍の意思ではない、と私は思いますね」
 両手を広げて仰々しく語るその仕草。その姿に、ランスロットは噂で聞いたことのある、とある男を重ねていた。
「そもそもジーテガート軍は獲得した自分たちの領分を守っていくという賊軍。攻められれば頑強に守り抜きますが、自分から攻め込もうという気はない。そんな連中がわざわざ州境を越えてアスランティア郡に侵入しますかな。甚だ疑問です。ティーベルド街道を封鎖したといっても、詳細は掴めず。ですが完全封鎖には至っていないでしょう。でなければ伝令も行き来できないはずですからな。ウェシャー砦で守りを固めるのもあり得ない。罠を張り、高所から迎撃するのが得意な連中です。平地の砦に籠るはずがない。おそらくは街道筋にある高台で待ち構えているでしょう」
 身振り手振りで、大仰に語る姿。それは、フォルセナ戦争の英雄であり、宰相ウーゼル・ジール・ローエンドルフそのものであった。
「セリアから来る救援をね…」
 つまりこのまま進めば、ジーテガート軍の罠に嵌まることになる。ヴァーデンはそう忠告していた。そして、この戦いがジーテガート軍の目論見ではないこと。それもランスロットの見立てと一致した。
「戦の経験は?」
 ランスロットが訊くと、ヴァーデンがうやうやしく頭を下げた。
「この道、十年以上を経る熟練でございます」
 その時、ランスロットは立ち上がっていた。すぐにラムサスたちが直立する。
「出撃する。兵を集めろ」
 ラムサス、ラモラック、ヴォルフガングが応答して駆け出す。すでに三人の体には、熱い血が駆け巡っていた。
「良き騎士ですな。指揮官の意見に即座に反応するとは」
 三人の背中を見送ったヴァーデンがしみじみと語る。何度も首を縦に振り、その芝居がかった仕草にランスロットが苦笑した。
「ルーカン、と呼ぶべきか。それともヴァーデンか?」
 ヴァーデンが肩をすくめた。すでにふてぶてしい態度はしていない。むしろ、ランスロットに敬意を払っているようにすら見える。
「お好きなように」
 ランスロットがヴァーデンの顔を見る。
「武器はあるか?」
「宿に愛用の武器があります。年季の入ったものですがね」
「わかった。お前も来い、ルーカン。活躍に応じて、報酬を弾んでやろう」
 ランスロットは兵舎を出て城外へ向かった。すでに兵が集結している。しばらく待っていると、先端に鎌状の刃と刺突・斬撃用の槍、そして相手の武器や体を引っ掛けるフックが付いたポールアーム、ウェルシュフックを持った、ヴァーデンが現れた。ラモラックが顔色を変えている。
「どうも」
 馬の乗りこなしも見事である。それを見たランスロットがゆっくりと頷いた。
「いくぞ。ティーベルド街道を進む。日頃の教練の成果を発揮する時がやってきたぞ。風のように進軍し、火のように攻め立てる。賊軍に力の差を思い知らせてやれ!」
 怒号のような喊声が、天を衝かんばかりに響く。
 戦場へ駆ける。心地よい昂りと闘志が、ランスロットの身体を滾らせていた。

 


 
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