華の一族 Ⅶ

文字数 3,448文字

 澄み渡る空が続いている。雲のない快晴になった。
 窓を開けて上空を見上げたランスロットは、晴れやかな気持ちで深呼吸をした。部屋の隅に置いてある棚から甲冑を取り出して装着する。アロンダイトを握り締め、部屋を出た。
 ランスロットが任された虎豹隊は総勢千五百の部隊であり、傭兵くずれや荒くれ者で構成された部隊であった。腕の立つ者が多いがまとまりに欠け、指揮官に任命された者はすべて逃亡している。
 ランスロットはマシューに頼み込み、虎豹隊の主要な人物を調べてもらった。その中でランスロットが注目したのは、三人の男である。ひとりは元イングリッドランド王国の将校であり、他家に騎士として仕えていたが、辞去してヴァレリア家の募兵に応じた。残りの二人は元傭兵で、ひとりは他家に雇われていたが、報酬で揉めることになり、手下を連れてヴァレリア家にやってきた。もうひとりはビフレスト州を転戦していたが、故郷に戻ってきた際にヴァレリア家の募兵に応じて参加した。
 この三人を取りまとめることが、虎豹隊を統率する鍵になる。ランスロットはそう思っていた。
 セリアの城外に集合ということは通達していたが、城外にはひとりを除いて誰も現れていなかった。
 たった一人集合に応じた男を、ランスロットはじっと見つめた。肩まで伸びたゴールドブロンドの髪。端正な顔立ちだが、鋭い視線が戦場を渡ってきたことを物語っている。背中には大振りのクレイモアを帯びている。
「一人か。他の者はどうした」
 男は肩をすくめて小さく笑った。来るはずがないとでも言いたげである。
「名前は?」
「ラムサスと申します。ラムサス・ハイン・レヴェイオール」
 ランスロットが注目していた、三人の男のひとりである。元イングリッドランド王国軍の将校であり、他家に騎士として仕えていた。三人の中ではもっとも戦績があり、ランスロットも警戒していた男だ。
「私がランスロット・リンクスだ。他の者はどこにいる?」
「皆、兵舎にいますよ。今頃起き出してきたと思います」
「そうか。ラムサス、お前も来い」
 ランスロットは城内に踵を返した。ラムサスは素直にランスロットに従っている。
 セリアの南西に虎豹隊が暮らす兵舎がある。他の部隊と諍いを起こすので、虎豹隊だけ別の区画に移された。それは無法地帯といってもいいものだ。
 兵舎群が並ぶ屋外に広場があり、井戸が設えてあった。そこに兵たちが集まっていた。
 ため息をついたランスロットは、兵たちを睨み付けた。しかし、ランスロットとラムサスが来たことにすら気づいていない兵たちは、水を飲んだり、顔を洗ったりしながら談笑している。
 ラムサスが苦笑している。いや、呆れているといったほうが正しいであろう。統制のとれていないこの部隊に、ラムサスもただ嗤うしかないようだ。
 ランスロットがアロンダイトを双剣に持ち替え、呪文を詠唱した。アロンダイトの刃が赤く燃え上がる。城内は兵だけでなく、民も生活している。信じられないランスロットの行動に、ラムサスも顔色を変えて駆け寄った。
焔撃剣(ブレン・ファイオ)
 ランスロットが炎の宿ったアロンダイトを振るう。剣先から放たれた二つの火球が広場に着弾し、轟音をあげた。さしものあらくれの兵たちも仰天し、全員ぴたりと動きが止まっている。
 ラムサスが啞然とした表情で、ランスロットの横顔を見つめている。とんでもないことをする男だ、と思っているのだろう。
「加減はしている。活きの良い兵と聞いているからな。仮に当たっても問題ないだろう」
「そういう問題ではないと思いますが」
 ランスロットは口もとで笑みを見せ、すっかり大人しくなった兵たちを再び見据えた。屈強な肉体をしている。指示に従わないだけで、各々日頃から鍛錬を積んでいる証拠である。弛んだ肉体をしている者などひとりもいなかった。
「新たに指揮官に任命されたランスロット・リンクスだ。教練のため、城外に集合と通達しておいたはずだが、何故集まっていない」
 ひとりひとりを凄むように、ランスロットは兵たちを見回した。騒ぎを聞きつけた他の兵たちも集まってきていた。ラムサスが興味深そうな視線をランスロットに向けている。次はどうするのか、その出方を窺っているようだ。
 にやにやと笑いながら、ひとりの兵がランスロットに近づいてきた。徒手である。ランスロットを挑発しようとしているのが明らかな態度だった。
「たしかヴァレリアの奥方の遠戚だっけか。戦に負けて家が没落したんだろ。そんな負け犬に指揮されたら、俺らまで負け犬根性が染み付いちまうぜ。勘弁してくれよ」
 男が高らかに笑うと、見ている兵たちからも笑い声あがった。馴れ馴れしく肩に腕を置いた男の態度が、ランスロットの神経を逆撫でする。
「この腕をどけろ。指揮官に対する態度か、それが?」
「はあ、なんだって? 誰が指揮官なんだよ、笑わせんな。まずは頭を下げて従ってくださいって言うのが筋だろうが」
 ランスロットは男の腕を振り払うと、肩で体当たりをする。不意のことで、男が態勢を崩す。まさか自分よりも体格で劣る相手に態勢を崩されるとは思っていなかったのだろう。完全に無防備になっていた。
 ランスロットが右手のアロンダイトを斬り上げる。男の腹から肩にかけて、斬撃が走り、血飛沫が舞う。アロンダイトの鋭い一撃に、男が呻き声をあげてうずくまった。
「口の聞き方に気をつけろ。私はお前たちに嘆願にきたのではない。命令しているのだ。それに、お前たちの代わりなどいくらでもいる。べつに放逐してもよいのだぞ。大人しく従っておいたほうが身のためだと思うがな」
 広場が騒然としてきた。ランスロットの高圧的な態度に敵意を剥き出しにした兵が、十人ほど前へ出てきた。どこから取り出したのか、それぞれ剣や斧など得物を持っている。
「おい、小僧。いい気になるなよ。いかにヴァレリアの旦那に認められたからってな。俺たちが認めない限り、指揮官でもなんでもねえ。くだらねえ真似はやめることだな。今なら謝れば許してやるぞ。そこの広場に跪いて、額を地面に擦りつけろ」
 怒声が広場に響き渡る。周辺の住民も、怖いもの見たさに物陰から見守っている。
「十人か」
「なにぃ⁉」
 予想もしないランスロットの返答に、大柄の兵が眼を剥く。ランスロットは涼しい顔をしたままだ。
「たった十人に囲まれてもな。面白くもなんともない。私を叩き伏せるなら、全員でかかってきたほうがいいぞ」
 大柄の兵のこめかみに青筋が走る。十人の兵が歯軋りをし、怒声をあげながらランスロットに襲い掛かる。
 それはまるで流水の動きのようだった。如何に十人の兵が攻撃を繰り出しても、ランスロットはそのすべてを見切っている。一撃と受けることなく、ランスロットはひとり、またひとりと剣撃を浴びせ、ものの数十秒で十人の兵を戦闘不能にした。
 さすがのラムサスも眼を瞠っている。まさかランスロットがこれほどまでの手練れだと思っていなかったのだろう。十人が地に伏した時、広場は不気味な静寂に包まれた。
 しばしの沈黙の後、どこからか拍手が聴こえてきた。兵の中から、ひと際大きな男が姿を現した。身の丈七フィール(一フィール=三十センチ)を超える巨躯の兵である。四角い顔と黒い乱れた短髪、大きな眼が印象的だった。
「なかなかの腕前だな。じゃあ、次は俺が相手をしてもらおうか」
 誰も口を挟まないということは、この男が兵たちの中でも腕利きの戦士だということは、想像がついた。
「次はお前か。名はなんという?」
 男が肩に担いだのは、両刃のポールアックスだった。刃の中央には、悪鬼の意匠が施されている。
「ヴォルフガング・ゼーベックだ」
 ランスロットが注目する三人の男のひとりである。元傭兵で、故郷に戻ってきた際に、ヴァレリア家の兵となった経緯を持つ。
「言っておくが、俺は手加減が苦手でな。首が飛んでも文句は言えないぞ。まあ、首が飛んだら口もきけないがな」
 ヴォルフガングが得物を構える。陽炎がヴォルフガングの体から揺らめき、闘気と共にアーテルフォルスが発せられる。やはり熟練の手練れである。
「これまで随分と手加減してきたが、ようやく骨のある奴が出てきたか。遠慮はいらない、ということだな」
 ランスロットは双剣のアロンダイトを構えると同時に、アーテルフォルスを発した。
 ランスロットとヴォルフガングの間で、闘気とアーテルフォルスがぶつかり合い、渦を巻く。
 その緊迫した対峙に、全員が眼を奪われていた。
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