華の一族 Ⅷ

文字数 2,225文字

 広場を静寂が支配し、取り巻く兵たちの息を呑む気配が伝わる。
 ランスロットはアロンダイトを双剣に構え、ヴォルフガングは得物のポールアックス、ヴァッサーゴを両手で握っている。
 強者になればなるほど、相手へぶつける闘気の放出が増大し、両者の間に渦を作る。その渦に呑まれたり、押し返されたりすれば、瞬く間に致命傷を負うことになるだろう。
 ランスロットとヴォルフガング。お互いに闘気の放出は互角。仕掛ける機会を測っている。
 武器の特性からいえば、ヴォルフガングのポールアックスが有利である。ランスロットのアロンダイトは連結剣に切り替えれば到達範囲は伸びるものの、それはあくまで馬上での使い方であった。ヴォルフガングのヴァッサーゴを如何に掻い潜り致命傷を浴びせられるかが、鍵になる。
 一方のヴォルフガングは、武器の攻撃範囲では優っているものの、一度懐に入られると、手数の多い双剣の餌食となる。自らの体格を考慮すれば、素早く身を躱すということも現実的ではない。一撃に賭ける必要があった。
  だが条件でいえば、ランスロットがやや不利であった。荒くれ揃いの部隊を力で従わせることを決めたランスロットにとって、闘いを長引かせるのは得策ではない。迅速に決着をつけてこそ、力の差を思い知らせることができるのだ。
 ヴォルフガングがヴァッサーゴの柄を少し動かす。誘いであるが、ランスロットはそれに応じることはない。共に相手の隙を窺っている。
 膠着状態が長くなると、どちらも焦れてくる。ランスロットもヴォルフガングも、狙っているのは相手が攻撃を仕掛けてきた直後の隙である。そこを捉えることができれば、勝負はついたも同然であった。
 深呼吸をしたランスロットは、かっと眼を見開いて土を蹴った。ヴォルフガングとの距離を詰めていく。
 ヴォルフガングが口もとでにやりと笑った。先にランスロットが仕掛けてきたのは、願ってもない好都合だったのだろう。力をたわめ、一撃必殺で仕留めるつもりである。
 ランスロットがアロンダイトを一本、ヴォルフガングに向けて投擲した。これはヴォルフガングにとって想定外の攻撃であった。アーテルフォルスを込めて投げられたアロンダイトの投擲は、距離的にも躱すことが難しい。舌打ちをしたヴォルフガングは、放たれたアロンダイトを叩き落した。
 咄嗟にヴォルフガングの頭浮かんだのは、アロンダイトを撃ち落した後、そのままの態勢で自分の体をぶつけて、ランスロットを吹き飛ばして追撃する、という戦法だった。だが、アロンダイトを叩き落したヴォルフガングの眼に入ってきたのは、投げられたもう一本のアロンダイトだった。
「なんだと⁉」
 右手首を返したヴォルフガングは、ヴァッサーゴを振り上げて、アロンダイトを宙に跳ね上げた。二本のアロンダイトを投げたランスロットは、これで徒手である。意表を衝いたつもりであったが、思わぬ反応の良さを見せたヴォルフガングにより、二発とも防がれてしまった。
「丸腰とは、勝負あったな。これで仕舞いだ‼」
 地を蹴り出したヴォルフガングが、ランスロットとぶつかる瞬間、思い切りヴァッサーゴを振り下ろした。勝負あり。誰もがそう思ったが、ヴォルフガングの手には、広場の土の感触が伝わってきただけだった。
 ヴォルフガングが正面を向く。左右を見回しても、ランスロットの姿はどこにもない。
「勝負あり、だな」
 ヴォルフガングとぶつかる寸前。ランスロットは宙へ跳躍していた。ヴォルフガングが上空へ跳ね上げたアロンダイトを掴み、下降と同時に、ヴォルフガングの肩めがけて、アロンダイトを振り下ろした。
 ヴォルフガングが膝を折ってうずくまり、呻き声をあげる。甲冑が割れ、肩に一撃が入った。さすがにランスロットは手加減していた。血は出ているが、致命傷には至っていない。
「ヴォルフガング・ゼーベック。なかなかの豪勇だな。だが、その一撃も当たらなければなんの意味もない。お前の腕前などその程度だ」
 ランスロットがヴォルフガングを見据える。顔をあげたヴォルフガングが、悔しさを押し殺すように下唇を噛んでいる。
 また広場が沈黙に包まれる。まさかヴォルフガングまでが遅れをとるとは思ってもいなかったのだろう。兵たちはあからさまな戸惑いを見せていた。
「へっ、ヴォルフガングよぉ。あんたもまだまだだな。そんな奴にやられちまうなんざ、虎豹隊の名が廃るぜ」
 取り巻く兵たちの中から聞こえてきた声が、威勢よく広場に響いた。誰ともなく道を空ける。
 堂々たる足取りで現れたのは、ランスロットとそれほど年齢の変わらない若者だった。燃えるような赤い髪と、大きな瑠璃色の瞳を持ち、肩に得物の大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を担いでいる。
「お前の名は?」
 若者がにやりと、自信満々の笑みを見せる。大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を頭上で振り回すと、石突きで大地をどんと突き、尖端を天に向けた。
「俺様の名は、ラモラック。ラモラック・ローデンクロイツだ。覚えとけ」
 ランスロットが注目していた、三人の男。その最後のひとりだった。
 闘気を放ったランスロットは、ラモラックを睨む。ヴォルフガングが屈した後だというのに、ラモラックには臆したような気配が欠片も見られなかった。
「てめえがどれほどのものかしらねえが、俺様にかかれば一捻りだってこと、教えてやるぜ」
 ラモラックも闘気を放ち、ランスロットの闘気とぶつかり合う。
 荒ぶる二人の闘気によって、再び広場が緊迫した空気に包まれた。
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