Cigar-Kiss②

文字数 1,080文字

 サン・アントニオ・プリズン。


 マルガリータ島にある世界一自由で危険な刑務所。


『逃げ出さない事』が唯一の規則である所内には麻薬や銃が溢れ、

 囚人達はテレビを見、パソコンを弄り、殺し合いをして日中を過ごす。


 まさに地獄の中の極楽と言っても良い。


 脱獄を試みた者は、監視塔にいる看守からの銃撃を受け、愚かしさを後悔する暇もなく殺される。


 まあ、法の秩序を失った極楽刑務所から脱獄する者は皆無に等しいのだが。


 ――、でもそんな情報なんて、どうでもいい。


 僕達に来た依頼が、たまたまその刑務所脱獄の手伝いで、たまたま成功報酬が1万ドル。


 依頼があって報酬が手に入る。


 それ以上でも以下でもない。

 ブロロロロ… …


 65年式マスタング・コブラの腐りかけたエンジン音が響き渡る。

 こんなロートル車をレストアもせずに走らせているのは、世界広しと言えど、ここベネズエラだけだろう。
グロリア、そろそろ着くぞ。準備はOKか?
 僕はハンドルを握りながら訪ねた。
女は準備に時間が掛かるって学校で教わらなかった?
生憎と給料以上の事を教えてくれる恩師には巡り会えなくてね
なら覚えときな。女は出かける前に魂の洗濯を済ますのさ
OK。ヒッチハイクしている神父を探してみよう

 シュッとZIPPOのフリント・ホイール音が後部座席から聞こえたので、彼女が本日数十本目の煙草に火を点けたのだと解った。


 洗濯どころか真っ黒になりそうだと思ったが、口に出すほど僕は愚かじゃない。

 今回、グロリアが受けてきた依頼は、至極簡単な物だった。


『ある人物』をサン・アントニオ・プリズンから連れ出す。


 それだけだ。


 連れ出すと言っても正式な書面に基づいた物ではない。


 後部座席に、これでもかと積まれた銃器の類が、連れ出す方法のヤバさを物語っている。


何だよアッキー。ニヤけて何考えてるんだい?
何だと思う? 聞いて驚くなよ。晩御飯(ディナー)の事さ
 マスタング・コブラのエンジン音が、バスッ、バスッと嫌な音をたて始めた頃、前方に楽園(エデン)が見えてきた。
さあ開演と行こうか。派手にやろうぜアッキー!

 カシャリとAK-47にカートリッジを差し込む音が聞こえる。


 洗濯を終わらせた後部座席の悪魔に比べたら、今からやり合う相手など子鬼のようなものだ。


 ゴブリンがサタンに勝てた話など、終ぞ聞いた事がない。

 僕は振り向かずにサムズアップを決め、アクセルを踏み抜いた。


 刑務所のゲートは多少風通しが良くなるだろうが、


 あとでピザでも届けておけば、お偉いさんも納得してくれるだろう。





ゴブッゴブゴブ。


(訳:続きは劇場でお楽しみ下さい)

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